第伍話 【1】 競技式合同訓練

 次の日。僕達は全員、妖怪用の旅館にある、大ホールに集まっています。


 1階に宴会場と大ホールって、ここ広すぎないですか……。

 しかも良く見たら、おじいちゃんの家にいる妖怪さん達だけじゃなく、ここの工場で働いている妖怪さん達もいるし、海の妖怪さん達も沢山います。


 その大ホールの前方の壇上に、おじいちゃんと妖怪食の職人、化け狸の妖食茶釜さんがいます。茶釜さんは大きくて、その壇上の半分を占拠しちゃってるよ。


 それにしても、今日はこんなに大勢集まって、何かイベントでもやるのかな? それとも、皆で遊ぶのかな。僕はそんな事ばかり考えてます。


「今日はいったい、何をするの?」


 そしてソワソワしながら、後ろの方で皆の様子を眺めています。


 それと、おじいちゃんに言われて、服装もラフなものじゃなくて、家でいつも着ている巫女さんの服です。しかも、ミニスカートバージョン。

 これ……恥ずかしいからここでは着たくなくて、家に置いてきたはずなのに、何で里子ちゃん持って来てるの。

 着ろと言われた以上、ちゃんと着ますけどね。ただ、何か企んでいそうなんですよ。


 それと、昨日から僕は、背後から誰かに狙われていないか、それが気になってしょうが無いのです。


『椿、閃空の事を気にしていてもしょうが無かろう。捜査零課の者に頼るしかない』


 バレていましたか……白狐さんと同じ事を、おじいちゃんにも言われたんだけど、やっぱり気になるよ。

 そりゃ、気にしていてもしょうが無いですよ。でも、いつ僕に復讐の牙を向けてくるか分からないから、それが不安なの。


『大丈夫だ、椿。まだ確実に脱獄したわけでも無いし、1度撃退しているだろう? それなら、心配する必要は無い』


「その油断が命取りなんですよ、黒狐さん。でも確かに、心配し過ぎてもしょうが無いですよね」


 旅行中だろうと、僕の身の回りには、変な事が起き過ぎじゃないかな? 意地悪な神様ですね。


「さて、皆の者。今年もやって来たぞ、競技式合同訓練の日がな!」


「「「うぉぉぉおおお!!!」」」


 その後、予定の時間にでもなったのか、おじいちゃんが声を張り上げました。ただ……それに負けじと、周りの妖怪さん達が雄叫びを上げたんです。

 咄嗟に耳を伏せたけれど、まだうるさいので、手でも押さえてみます。それでもうるさいです。


「皆張り切り過ぎ……」


 そう呟くと、横に居た里子ちゃんが、僕に向かって言ってくる。


「皆翁の罰を、受けたくないからね」


「え、これ……罰があるの? それは嫌だね……」


 どうやら、罰のある合同訓練のようです。

 そのまま里子ちゃんが説明してくれたけれど、これは毎年恒例になっていて、場所は1年毎に交代でやっているそうです。


 実はこの旅館も、おじいちゃんの家と同じで、妖界からやって来る妖怪達の、住処兼修行場になっているのです。旅行で来る妖怪も居るけどね。

 そしてこの前言ったように、センターとの橋渡しもやっています。それとは別で、ライセンスを取ったり、昇級を狙う妖怪達の修行場にもなっているのです。


 そしてそういう場所は、全国に何ヶ所もありました。


 京都は2ヶ所だけで、京都市右京区の外れにある、僕が今住んでいるおじいちゃんの家と、妖怪食の工場兼旅館の、この場所です。


 そして年に1回、おじいちゃんの家の妖怪さん達と、ここの旅館に住んでいる妖怪さん達とで、合同訓練を行っているのです。

 ライセンス獲得や、昇級を目指した訓練となっているので、内容は本格的なものになっていました。


「良いか! 内容は、毎年恒例となっとる『鬼ごっこ』じゃ!」


 おじいちゃん、張り切ってるなぁ……別におじいちゃんは出るわけじゃ無いのにね。多分だけれど、罰が楽しみでしょうがないのでしょう。


 鬼ごっこって言ったけれど、里子ちゃんからルールを聞いて、人間達がやるようなものじゃないって分かったよ。

 鬼がタッチするのは変わらないんだけど、鬼は1人じゃないですね。


 おじいちゃんの家の妖怪さん達と、旅館の妖怪さん達とで分かれ、それぞれ2チームになるんです。

 そしてお互い、相手チームの人を鬼となって捕まえるんだけど、誰でも良いわけじゃない。

 開始前に、各妖怪さんには一枚ずつ紙が配られ、そこに書かれている相手チームの妖怪さんを、捕まえないといけないのです。


 当然だけど、自分も相手チームの誰かに狙われているから、隠れたり追いかけたり、その駆け引きが重要になってくるみたい。


 そして、鬼として相手を捕まえた後は、自分の鬼に捕まらないように、ただ逃げるだけになるようです。早めに自分のターゲットを捕まえた方が、楽になるということです。その後、他の妖怪さんの協力をしても良いみたい。


 因みに、捕まったら罰が待っています。おじいちゃんの説法を正座で、訓練が終了するまで聞く事です。


 勝利条件は、相手チームが全員捕まれば勝ちになります。そしてこれが終わるのは、どんなに短くても半日はかかるそうです。

 終盤で捕まったらまだマシだけれど、開始直後で捕まったら……もう悲惨じゃん。


「皆ご苦労さんだね~」


 これ、僕は多分参加しないので、のんびり見学というか、カナちゃん雪ちゃんとで、もう一回海にでも行こうかな。


 だって、僕はライセンス五級だし、上の級も取りたいかなって思うけれど……今はね。それに、ここに居る妖怪さん達は、良くて六級って言っていました。

 僕が出たら、それこそバランスが悪くなりそうですよ。それに、おじいちゃんからも出ろとは言われ――あれ、ちょっと待って。それじゃ、この巫女服を来た理由が……。


「何をのんびりしとるんじゃ、椿! お前も参加じゃ! そのままで良いと思っとるのか!?」


「えっ?!」


 おじいちゃんの怒号で、強制参加させられました。やっぱりこの服は、その為に……


 ちょっと待って。確かに、このままの実力で良いとは思ってはいないけれど、僕の中の変な力が、突然暴走しちゃうかも知れないんだよ。


「でも、僕には――」


「良いか椿! 神妖の力に怯えたままでは、過去の記憶が蘇った時、お前はお前では居られなくなる! それが嫌なら、神妖の力を扱えるようになれ!」


「そ、そんなむちゃくちゃなぁ!!」


 おじいちゃんにそこまでハッキリ言われると、このままでは駄目なんだって思うし、記憶が戻る事への恐怖が蘇っちゃうよ。


「センター長からも許可を得ておる! 良いか! そこの妖狐、椿は特別扱いじゃ! 彼女は全員を鬼として捕まえられ、また全員が鬼となる! 今年初の特別仕様じゃ!」


「ちょっと~!!」


 何で僕だけ、そんなにハードなんですか!? うわぁ……皆の目が野獣の様に光って、僕をしっかりと見てるよ。


「勝利条件は変わらんからな。要するに椿は、特殊キャラと言う事じゃ! そして見事、椿を捕まえた者には、次のライセンス試験でその旨を伝え、斡旋をしてやろう!」


「それって違法になりませんかぁ!?」


「センター長も許可しとると言っただろう?」


 それって、この事も含まれているんですね。

 そして皆の顔が、野獣の目から猛獣の目に変わりました。何でこんな事に……。


「姉さん。悪いっすけど、自分が捕まえるっすからね?」


「えっ? 楓ちゃんも出るの? 皆ライセンス持ちなんだから、君にはキツいんじゃ無いのかな?」


 すると今度は、僕の左右から白狐さん黒狐さんが現れ、腕を組んで言ってくる。


『何も本気の戦闘をするわけではない。あくまで、捕獲する事を前提とした、鬼ごっこじゃ。だから、ライセンスを初めて取ろうとする者も、積極的に参加している』


『捕獲用の妖具もある。それに、多少の怪我くらい、治癒妖術の使える者もいるから、全く問題ない』


 その後に黒狐さんが、捕獲用の妖具を見せてきました。

 それは手錠の様なもので、とても重そうに見えます。だけど手錠って、かけるのが大変じゃないかな。


 僕が不思議そうに見ていると、黒狐さんが試しにと、近くに居た美亜ちゃんに、その手錠をかけてみせた。


「ミギャッ?!」


 体のどこにでも、その手錠が触れると、一瞬で両手に移動してしまい、そのまま手錠がかけられるようになっていて、あっという間に美亜ちゃんの手には、手錠がかけられた。

 すると美亜ちゃんは、その手錠の重みで、腕も一緒に床へドスンと落ち、そのまま上げられ無くなってしまいました。


「ちょっと~!! 何で私で試すのよ!」


『そりゃ、嫁に手錠はかけられんからな』


 黒狐さん……ドヤ顔で言われても、美亜ちゃんが可哀想ですよ。

 

「とりあえず分かりました。おじいちゃんの命令だし、仕方ないよね。うん、出来るだけ頑張ってみます」


 すると白狐さん黒狐さんから、とんでもない言葉が飛び出してきました。


『そうそう。我等も翁のチームとして、訓練に参加をするからな』


『ふふふふ……真っ先に椿を捕まえて、じっくりと……』


「き、聞いてないよそんなの!!」


 つまり白狐さん黒狐さんも、鬼として僕を捕まえられる。逆に僕も、2人を鬼として捕まえる事が出来るんだけど……絶対に無理ですよ!

 2人は神妖の力を扱えるのに、僕なんかじゃ逃げ切る事なんて出来ないよ。


「頑張ってね、椿ちゃん! 私、応援するから!」


「絶対勝利。大丈夫、椿も強い」


 どうやら、カナちゃんと雪ちゃんが応援してくれるみたいです。それはそれで嬉しいんだけど、自信は無いので、半日の正座を覚悟しておいた方が良いかも知れません。

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