第肆話 【2】 不穏な情報

 その後は、何とかカナちゃんから抜け出す事に成功し、フラフラになりならがも、晩御飯が用意されている、妖怪専用の建物の方に向かい、その大宴会場に着いた――んだけれど……。


「これ……一般の人が見たら、絶叫ものだよね」


 そこには、おじいちゃんの家の妖怪さん達だけじゃなく、他の場所や、妖界からきた妖怪さん達までいました。


 そして良くみたら、沢山の烏天狗さん達が、おじいちゃんの元に集まっています。

 おじいちゃんって確か、鞍馬の大天狗だし、そりゃ挨拶しないといけないですよね。


 それと、あのろくろ首さんも結構いますね。宙を舞う沢山の頭と、様々な方向に伸びている沢山の首が……あっ、ぶつかりそうで危ない。空中で、首が絡まらない様に気を付けてね。

 その反対側では、お年寄りの男性達が談笑しています。皆特徴的な禿げ頭で、体が小さいね。もしかしてあれって、子泣きじじいか何かでしょうか。


 そんな感じで、今この大宴会場は、妖怪さん達の宴の場と化しています。

 まるで地獄絵図の様な光景に、おじいちゃんの隣に座っている夏美お姉ちゃんが、縮こまっていました。


「夏美お姉ちゃん……もう。そんなに無理せずに、一般客の方の食堂にしても良かったんだよ? 僕やカナちゃん達も、一緒にそっちにしても良かったんだし」


 密集する烏天狗さん達の隙間を抜け、何とか夏美お姉ちゃんの隣に座ると、僕はお姉ちゃんに向かってそう言った。

 だけどお姉ちゃんは、震えながらも僕の方に顔を向け、キリッとした表情を見せてきます。


「こ、これくらい慣れないと。あのおじいちゃんの家で、お手伝いさんとして働く事なんて、で、出来ないでしょう?」


「夏美お姉ちゃん……頑張っているのは凄いと思うけれど、流石の僕でも、この数は初めて見るからね。少しだけ怖いですよ。ざっと見ても、50体近くは居そうだし……だから、無理しなくても良いと思います」


 しかも当然だけど、お姉ちゃん以外は皆妖怪食で、地下の工場から直接来ています。取れ立ての物を食べられるから、凄く美味しいんだろうけれど、ただね……。


「おじいちゃんの家の物よりも、よく動くねぇ……」


 妖気を注入された直後なので、物凄く動くのです。

 それと良く見たら、魚が多いんですよ。これって、美亜ちゃんが海坊主さんから貰った物だよね。


「ふふ、やっぱり新鮮な物を使うと、全然違うわね~」


 あっ、そっか……妖気注入直後じゃなくて、単に元の食材が新鮮だからなんですね。だからこんなに動くんですね。だからって、これは食べにくいだけです。


 焼いたヒラメなんか、トゲを出したり引っ込めたりしているし、マグロの刺身は一生懸命動いていて、食べようとしたら引っぱたこうとするし、キュウリとタコとワカメを酢で和えた物は、急に辛くなるし。


 里子ちゃんが僕の為にと、色々妖怪食を作ってくれていなければ、一切食べられなかったかも知れません。

 全部僅かなタイミングと、繊細な食べ方をすれば何とかなるけれど、こんなの練習が必要ですよ。


「あっ、白狐さん、お醤油取って」


『むっ? わさび醤油か?』


「いや、普通の醤油です」


 わさびとか、僕にはまだ無理ですよ。あの鼻にくるのが苦手なんです。


「椿、あんた……立派になったわね」


「えっ? 何がですか?」


 うごめく妖怪食を、簡単に食べていく僕を見ながら、夏美お姉ちゃんがそう言ってきました。

 最初に比べたら、多少は食べられる様にはなったけれど、まだまだ失敗が多いですよ。


「ぶっ?! む~失敗した……」


 夏美お姉ちゃんが話しかけるから、タイミングを間違えちゃいましたよ。思いっ切り魚の身が弾けてしまって、口の中がヒリヒリします。


「だ、大丈夫?!」


「大丈夫です。とりあえずお茶を取って下さい、お姉ちゃん」


 口を押さえながら言うと、お姉ちゃんは心配そうにしながら、湯呑みに入ったお茶を僕に手渡してくる。

 口の中のお魚を、一旦お茶で流し込まないと。それでも油断は禁物で、お皿の上の魚が、たまに……ね。


「わぷっ?! つ、椿ちゃん、ごめん! 目の前のお刺身が、醤油に飛び込んだよ」


 せっかくのカナちゃんの服に、お醤油がベッタリと……。


 お刺身の中には、早く食べないと自ら醤油に突っ込んで、猛アピールする物もあるんだ。

 みんなが食べて無かったら、これを率先して食べなきゃならないのに、どうやらこのお刺身だけ、避けられているっぽいね。


「あとで里子ちゃんに、替えの服を用意して貰うね」


 本当は、直ぐにカナちゃんの元に行って、洋服にかかった醤油を取るのを手伝いたいんだけれど、両側に座っている白狐さん黒狐さんが、それを許してくれそうにないです。

 何でだろう、カナちゃんに取られるとでも思ってるの? 取られませんよ……。


 とにかく、これ以上被害が出る前に、これは僕が食べてしまおう――と思ったんだけれど、何か赤いのが振りかけられているような……。


「あっ、それ。私が食べようとしてて、忘れてた」


 すると、カナちゃんの隣にいる雪ちゃんが、そのお刺身に手を伸ばし、自分の口元に持っていった。


「雪ちゃん、その赤いの何?」


「ハバネロパウダー」


「それ、僕の方にはかけないでね」


 それに良く見たら、雪ちゃんの前に置いてある料理、その全てにかけられてるよね。


「えっと……お腹は大丈夫?」


「問題ない」


 こっちが問題あるよ。見ているだけで辛そうだもん……。


 するとその時、床に置いてある僕のスマホが鳴動し、着信を伝えてくる。着信音が独特過ぎて、これはまだビックリしますけどね。


「……ん? あれ? 杉野さんからだ」


 そのスマホを手に取り、表示された画面を見ると、《杉野さん(下僕)》と表示されていた。

 僕はこんな形で登録してませんよ。誰ですか、こんな事をしたのは。いえ、一人しか居ませんね。


「美亜ちゃん。さっき僕のスマホ見てたよね? 勝手に弄らないでくれるかな?」


「ま~ま~良いじゃ無い。見たのは電話帳だけだし、安心しなさい。それより、早く出た方が良いんじゃないの?」


 それでも駄目ですよ。美亜ちゃんにはあとで、キツく言っておかないといけませんね。

 

 それから杉野さんの電話に出ようと、僕は一旦宴会場から出ます。そして、廊下で電話を取りました。

 あんまり取りたく無いけれど、何かあったのかも知れませんしね。


「も、もしもし?」


「やぁ、旅行中に済まない。君の下僕の杉野だ』


「……用件は何ですか?」


 もう、色々とツッコまないでおきましょう。それをすると、更に時間がかかりそうなので。


「いや、実はな……君がこの前捕まえてくれた、滅幻宗の幹部が居ただろ?」


「えっと……確か、閃空と名乗っていた子ですよね」


 僕達と同じ歳くらいの、凄く好戦的な人でしたね。その人がどうしたんだろう。


「すまない。そいつが昼頃に、脱獄をした」


「え?! 脱獄!!」


 杉野さんの言葉に、僕は驚いて声を上げてしまった。

 すると杉野さんが、受話器口からでも分かるくらいに、シーッという音を出して、大きな声を出さない様にと伝えてきました。


「良いか? この件はまだ、センターに報告をしていない。と言うのも、俺の上司の三間坂さんの指示でな、確実に脱獄したと分かってからにすると、そう言っているんだ」


「どう言う事?」


 僕は受話器に手を当て、宴会場の皆に聞こえない様にし、小声で話します。


 杉野さんの言っている事が、良く分からないですね。確実に脱獄したと分かってからって、それっていったい、どういう事なんだろう。


「俺も信じがたいんだが、閃空と名乗っていた、あの菱田少年なんだが、留置場で溶ける様にして消えたのさ」


「なっ……」


 その言葉に、僕は息を飲んだ。それって脱獄と言うより、用済みになったから殺されたんじゃ……。


「だから、脱獄したとは言い切れないんだ。だが状況からして、俺は脱獄したと見ている。それでもしかしたら、君の下に復讐しに行くかも知れないと思ってね、こうやって電話をしたのさ」


「ありがとう、杉野さん」


 そこは素直に、お礼を言いました。だって、僕の身を案じてくれたのは、普通に嬉しいですからね。


「でもそれってさ、始末されたんじゃ――」


「いや、それはあり得ない。監視カメラで24時間監視しているし、同じ牢には半妖の犯罪者が居る。カメラの画像と、そいつらの証言から、何もされずにいきなり、その場で溶ける様にして消えたのは、まず間違い無いんだ」


 つまり誰一人として、外からその牢に入った者はいない、と言う事ですか。そうだとしたら、殺されたと言うのは考えにくいんですね。


「とにかく、君には警戒して欲しいという事を伝えたかったんだ。あとで鞍馬天狗の翁にも、連絡はしておくよ」


「えっ? 何で僕が先なんですか? 普通はおじいちゃんが先でしょ?」


 杉野さんの行動を不思議に思った僕は、つい聞き返してしまった。その後で理由に気付いたけれど、もう遅かったです。


「そりゃ、愛しのご主人様だ――」


 そこで、僕は咄嗟に通話を切りました。それ以上は聞きたく無かったらね。

 それでも聞こえちゃったし……直ぐに全身の毛が総毛立ち、鳥肌が立っちゃいましたよ。


 あの変態刑事には、気を付けないといけませんね。

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