第肆話 【1】 僕の大切な友達

 あれから海で存分に遊んだ僕達は、旅館に戻り、夕飯までの間のんびりしています。


 海坊主さんなんですが、友達よりも何よりも、美亜ちゃんと仲良くなりたいらしいです。僕はいったい何の為に、相談に乗ったんでしょう。

 だけど、いきなり沢山の友達を作るよりも、1人1人確実に仲良くなっていく方が良いと思う。


 それでも、1年に1回しか会えないのは、キツいんじゃないのかな……本人が良いなら別に良いんだろうけど……何だかなぁ。


 そして僕は今、一般の旅館の方で、ダウンしていたカナちゃんにうちわをあおいで上げています。


 鼻血の出し過ぎで、のぼせたんだってさ。


 雪ちゃんも僕と一緒になって、カナちゃんの額に手を置き、妖具を使って冷やして上げています。


「う~ん……」


「カナちゃ~ん。何で僕の胸を見ただけで、そんな事になっているの? こんな状態じゃ、一緒にお風呂に入れないじゃん」


「おふっ……?!」


 カナちゃんがまた鼻血出したよ。


 駄目だ、カナちゃんが徐々に壊れていく。

 そんなカナちゃんでも、僕の事を真剣に心配してくれるから、良い友達なんだよね。

 だからって、僕はそっち百合の気はありません。カナちゃんの好意は嬉しいんだけれど、白狐さん達同様、体を許す気は無いです。


 それなのに、まだ辛うじて残っている男としての精神が、カナちゃんのスキンシップのせいで、たまに出て来ちゃうのが困りものなんです。


 今だって、カナちゃんはボタン付きTシャツの、第2ボタンまで外してるもん。チラチラと見えそうで、男の子としての煩悩が……駄目だ、一旦落ち着かないと。


「ピラッ」


「雪ちゃん止めて、カナちゃんが嫌がるでしょ」


 カナちゃんの胸を見せようと、その胸元を開けないで下さい。

 それよりも、このタイミングでそんな事をしてくるという事は、僕が必死になって、自分は女の子だって言い聞かせているのが、雪ちゃんにバレちゃってたのかな。


「椿ちゃんになら、別に見られても……それに、椿ちゃんのも全部見たんだから、私のもみ、見せないと」


「全部見たんですね。それと、女の子同士で見せ合って、何が楽しいんですか?」


 僕はそう言うと、うちわを縦に持ち直し、その細い部分でカナちゃんの額を打ち付けます。これ、結構痛いんですよ。


「きゃぅ?! いった~い」


「それだけ元気なら、晩御飯までには回復しますね。それに、そんなふざけた事を言う人には、もううちわを扇いで上げません」


「あ~椿ちゃ~ん……ごめんなさい~」


「ふぅ、全くもう……それとカナちゃん。旅行が始まる時から、何だか様子がおかしいよ?」


 そして、再びカナちゃんにうちわを扇いで上げると、僕は彼女に向かってそう言った。


 だって、ここに来るまでの間に見せた、あの寂し気な表情と、海で無理してはしゃいでいる様子から、何だかカナちゃんらしくないなって感じていたの。


「んぇ? 私はいつも通りだよ~てぇ~い!」


 するとカナちゃんは、上半身だけを起こし、隣でうちわを扇ぐ僕の胸に向かい、素早く手を伸ばしてきた。そして、何とそのまま胸に触れてきました。


 うん、やっぱりおかしい。カナちゃんは、こんな変なテンションにはならないよ。


「ん? あれ? えっと、このまま触ってて良いのかな?」


 僕は何の反応も示していないし、真剣な顔で見つめているのに、カナちゃんはまだふざけています。


 だから、さっきよりも真剣な顔で、ちゃんと聞いて上げます。


「カナちゃん……隠さないで言ってよ」


「…………あ~その顔、卑怯だよ……椿ちゃん」


 ようやく誤魔化しきれないと感じたカナちゃんは、そのまま黙り込んでしまった。

 そして、僕の胸から手を離すと、再び上半身を倒し、そのままゆっくりと話し始める。


「ごめん……実は今日、お父さんの命日なの」


「えっ?!」


 そんな特別な日だったなんて……それなら、無理してくれなくても良いのに。


「それで、無理してあんなテンションだったの?」


「や、やっぱり、無理してるのバレてた?」


 カナちゃんの言葉に、僕と雪ちゃんは同時に頷く。やっぱり、雪ちゃんも気付いていたようです。

 ただ、雪ちゃんはこういう他人の事情には、あんまり首を突っ込まない性格なので、いつも通りに接していました。


「もう何年も前の事だから、特別に何かしているってわけじゃ無いよ。ただやっぱり、この日の前後は、ちょっと……ね」


 暗い表情になりながら、カナちゃんはそう言ってくる。親の命日なんて、気分が良くなる日ではないですからね。


 だけど、その時のカナちゃんの様子は、ただの親の命日という感じでは無かった。

 何というか……同時にもっと重大な事件が、人生を左右する程の、とても大きな出来事が起こったような、そんな顔をしている。しかも、あんまり良くない事ですよね。


「カナちゃん、無理に話してとは言わないよ。言って楽になれることなら、言って欲しいけどね……」


 僕のその言葉に、カナちゃんは暗い表情をしながらも、一生懸命笑顔を作って応えてくる。だけどそれは、凄く寂しげな笑顔で、やっぱり無理しているって分かる様な笑顔です。


「ごめん。せっかくの皆との旅行なのに、こんなんじゃ駄目だよね」


「カナちゃん。今日の事言ってくれたら、別の日にして貰ったのに……」


 するとカナちゃんは、激しく首を横に振り、僕を真っ直ぐに見つめて言ってくる。


「この日を、良い思い出で埋めて、忘れたかったの……あの嫌な事件を、忘れたかったの!」


 そう言うと、カナちゃんの目からは涙がこぼれ、嗚咽しながら泣き始めました。

 そうまでして、その過去の事を忘れたいなんて、相当キツい思いをしたんだね。


 僕は膝立ちをしながら、ゆっくりとカナちゃんを抱きしめ、その震える体を落ち着かせようと、必死に慰める。


「椿ちゃん……ありがとう。泣いたらちょっとスッキリしたよ。今は旅行中だし、皆と楽しみたいんだ。無理はしないから、この話は帰ってからで良い?」


「うん。分かったよ、カナちゃん。絶対、旅行から帰ったら話してね」


 そして僕は、カナちゃんからゆっくりと体を離し、しっかりと彼女の目を見て言った。


 多分昔の僕なら、これだけでも緊張しちゃって、しどろもどろになっちゃってたけれど、今はカナちゃんの顔をしっかりと見て、ちゃんと話せる。

 それは僕にとってもカナちゃんが、それだけの大切な友達に、親友になっているからだと思う。


 何でも話して欲しいし、悩みも打ち明けて欲しい。逆に僕も、何でも話したいし、悩みも打ち明けたい。カナちゃんがたまに暴走するのは困っちゃうけどね。


「カナちゃん。僕だって過去の事で、カナちゃん以上の事を経験しているかも知れないよ。だからもし、過去の事を思い出して、辛い思いをしてしまったら、その時はカナちゃんに打ち明けるね。だから、カナちゃんも話してよね」


 今僕には、過去の記憶が無い。だから、何でも話せる状態じゃ無いけれど、そうなったらちゃんと、カナちゃんを頼ろうと思う。

 そうしないと、カナちゃんだけが打ち明けるのは、何だか卑怯だからね。


「うん、分かった。ありがとね、椿ちゃん。なんか嬉しいよ。あっ、そうだ。もう一回ギュッとして」


「えぇ……! いや、流石にもう一回は……」


 さっきのは、カナちゃんが泣いていたから出来たけれど、今はキラキラした目で見てくるから、ちょっとだけ緊張しちゃうよ。

 しかも泣いた後だから、潤んだ瞳が余計に色っぽい感じがして……って、あれ? 今カナちゃんにドキドキしているのは、僕の男の子としての感情? それとも、女の子の精神なのに、ドキドキしちゃってるのかな。


「早く~また泣いちゃうよ~?」


「うっ……卑怯ですよ、カナちゃん」


 味を占めないで欲しいです。

 でもカナちゃんは、演技でも何でもなく、本当に泣いちゃいそうなので、僕は頑張ってもう一回だけ、カナちゃんをしっかりと抱き締めた。


「ふふふ。それでも椿ちゃんはしてくれるもんね、嬉しいな~顔真っ赤にしながら、私よりも背が低いのに、一生懸命抱きしめきてくれてさ」


 そう言いながら、カナちゃんが僕の頭を撫で、膝立ちして抱き締めている僕の腕を掴み、そして徐々に、カナちゃんの方が僕を抱き締めていくようになっていき、僕をのけ反らせて……って、あれ? あれ?


「ちょっとカナちゃん!」


「良いでしょ? 椿ちゃん」


「か、顔が近いです! カナちゃん待って、ストップストップ!」


 だから僕は、女の子同士でとか、そういうアブノーマルな事はちょっと勘弁なんですよ。


「雪ちゃん、助けて……って、雪ちゃん?!」


 何だか雪ちゃんが静かだな~って思っていたら、いつの間にか写真なんか撮ってますよ。

 しかもスマホで、シャッター音無しのカメラアプリを使って。まさか、最初から仕組まれていたんじゃ無いよね。


「香苗の意外な告白。もっと良い絵が撮れるかなと思った。でも、これはこれで……」


「言っておくけど、示し合わせていないからね、椿ちゃん。雪が機転を利かせたのよ。あとで見せてね、雪~」


「勿論」


 あぁ……もう、2人は良いコンビですね。


 この2人のやり取りに、僕は若干呆れているけれど、初めて出来た大切な友達だから、この関係を壊したくない。だから、本気で怒れないでいる。それも駄目なんだろうけどね。

 でも、本当に嫌な事は抵抗するし、しっかりと怒ります。だけど、これくらいなら良いかなって思っちゃってます。


「で~も、キスは、ダ・メ!」


「う~キスくらい良いじゃん~」


「駄目です!!」


 口を尖らせて迫ってくるカナちゃんの顔を、僕は必死で手で押し返し、しっかりと抵抗します。


 元気になって良かったけどね、昼間とあんまり変わらない気がするのは、僕の気のせいでしょうか。

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