第参話 【3】 海坊主の恋

 里子ちゃんの紹介で、友達が欲しい海坊主さんと出会ったんだけれど、多分この妖怪さん、会っただけで誰でも友達にしちゃってそうです。


 とにかく、海の中に隠れられた状態だと、まともに話も出来ないので、再び海面に出て来て貰いましたけど、顔半分だけです。やっぱり僕、言い過ぎましたか……。


「えっと……とりあえず、海坊主さん。この岩作ったのは、君ですよね? 何でしめ縄なんか付けたの?」


 すると海坊主さんは、顔を全て海面から出すと、僕達にこの岩の事を話してくる。


「んだ、人が沢山来てくれる様にと、ありがたい感じにしたんだが、何がいけんかったんだす?」


 変なグチャグチャの方言は、色んな地域の海を回っていて、現地の人と頑張って友達になろうとした結果らしいです。


 海の近くはだいたい田舎が多いし、方言があったりはするけれど、それでも標準語もあったはず。何でこんな事になるのでしょう。


 しかも良く聞くと、山の方の方言も混ざってるよね? 頑張るのは良いけれど、しゃべり方を統一してもらった方が良いかも。

 それと今は、海坊主さんの勘違いの方を正して上げないといけませんね。


「あのね……何の逸話も無い場所で、しめ縄の付いた岩だけあっても、誰もありがたい物って思わないし、逆に何か悪い物が封印されているんじゃって、そう思っちゃうよ」


 すると海坊主さんは、すごく分かりやすく肩を落とし、ため息までついた。だけど海坊主さん、息が生臭いですよ。いつも生魚でも食べているのかな。


「それじゃあ、どうすれば良かっただすか~? おらから近づいても、妖怪も人間も皆逃げるんだす~!」


 海坊主さんは頭を抱えているけれど、そもそもそんな大きな体で近づかれても、人間はビックリして逃げるし、妖怪でもこの口臭が……ねぇ。


「確かに海坊主さんって、人間には悪いイメージがあるから、人間と友達は諦めた方が……って、海に潜んないで下さい!」


 打たれ弱い海坊主さんは、こうやってショックな事があると、すぐに海に潜っちゃいます。その性格も、友達が出来ない原因かも知れませんね。


「海坊主さんの悪いイメージ……あぁ、船を沈めるやつか~」


 里子ちゃんが思案顔の後、思いついた様にそう言うと、海坊主さんが急に動き出して、まるで海から飛び出るかの様に、物凄い勢いで上半身まで飛び出した。


 あのね、急に海から出るのは……止めてくれないですか。大きな波が発生して、岩から落ちそうになりましたよ。

 未だにグッタリしている美亜ちゃんも、僕がしっかりと支えていたので、何とか無事です。


「それは違うだ! あれも、人間と友達になろうとして、贈り物ばしてただけだ!」


 ドスの利いた声で怒鳴られると、流石に少し迫力があります。そして、ちょっとだけ落ち着いて欲しいです。耳がね……。

 だから僕は、耳を頭に引っ付ける様にして伏せ、その怒鳴り声に耐えています。


「あぁ、すまんだ。つ、つい大声を」


「いや、良いよ、大丈夫だから」


 あんまり変な事をすると、また海坊主さんがショックを受けて、海に潜っちゃいそうですからね。


 それにしても、海坊主さんの上半身は当然裸なんだけれど、毛が1本も無いのが、また不思議な感じがします。妖怪だろうと、男性って胸毛とかあるからね。


「それよりも、船を沈めるのが誤解って、それってどういう事?」


 それから僕は話を戻し、海坊主さんが言っていた事を、聞き返してみました。


「あれは、おらなりの好意だす! その……取れ立ての魚を、入れようとしてたんだ」


「お魚?」


 海坊主さんの言葉を不思議に思い、僕は首を傾げる。

 だってさ、海水まで入れちゃっているから、船が沈んでいるんだよ? それなら、魚だけにしたら良いのに。


「でも、何で船が沈むだ? 魚は水が無かと生きていけんし、生きたまま持って帰った方が、新鮮で良いだす」


 続けて言った海坊主さんの言葉に、僕の疑問は解決しました。そりゃあ船も沈むってば。


「あのね……そもそも人間の船は、積める量に限界があるし、ちゃんと海水の入った桶がありますからね。何というか、余計な気遣いなんでしょうね」


 有名なあの行為は、そんな意図があったんですか。

 ただ、船を沈める気は無くても、結果的に沈めているし、このイメージを払拭するのは無理そうですね……。


「海坊主さん、人間の友達は諦めましょう」


「うぅ~た、確かに、大きさが違うだすよな」


 人間と友達にというのは、海坊主さんも半ば諦めていたらしく、あっさりと認めちゃいました。


 それなら妖怪さん達と――と思ってみても、そもそも口が臭いのと、その方言のせいで、恐らく変なイメージを持たれると思う。


「せめてね、翁の家に居る妖怪さん達とだけでも、お友達になれたらと思うんだけど、それを言う度に、海坊主さんが緊張しちゃって、いつも海に潜っちゃうんですよ~」


 里子ちゃんも苦戦している様で、僕に向かって愚痴を言ってくる。

 関わった以上、何とかして上げたいと思う里子ちゃんも、相当優しいですよね。


「うん、海坊主さん。やっぱり、そのめちゃくちゃな方言を直そ。そんな話し方だと、妖怪さん達でも変な妖怪だなって思っちゃうよ。せめて1つに絞ろうよ」


「そ、そうだすか? あっ! じゃあ、語尾だけで言いだすか?」


「良いけどさ、その“だす”ってのはどこの方言?」


「忘れただす」


 色んな方言を聞きまくっていたから、どれがどこの方言か忘れている様ですね。もしくは混ざっているのかな。

 とにかく、方言が直ぐに直せるのなら、それを始めに言えば良かったよ。そうなると、次にあがり症を直して貰わないといけませんね。


「あとね、海坊主さん。やっぱり、息が臭いです~」


「里子ちゃん! それ、そんなハッキリ言っちゃ駄目! あ~ほら、海坊主さん潜っちゃったよ!」


 僕も乗りかかった船だし、何とかしてあげたいとは思うけれど、これは時間がかかりそうです。


「ふみゃぁ……ちょっと、さっきから騒がしいわよ。おちおち寝てられないわ」


 すると、ようやく美亜ちゃんが復活し、大きな欠伸をしてきました。

 それよりも、寝てたんですか?! こんな状況で、よく寝られますね。僕が弄りすぎたのもあるけれど、凄いですね……美亜ちゃん。


「……っ!!」


 その時、海坊主さんが海面から目だけを出して、起き上がった美亜ちゃんの姿を確認すると、そのままタコみたいに真っ赤になって、再度海に潜っちゃいました。


「なに? 今の」


「え~と……」


 美亜ちゃんが不思議そうに聞いてきたので、海坊主さんの事を、簡単に説明しておきました。


 その後、海坊主さんが割と早くに海面から出て来ると、その手に大量の魚を掬っていて、それを美亜ちゃんに差し出してきました。


「あら? くれるの? ありがとう!」


 海坊主さんから魚を貰った美亜ちゃんは、満面の笑みです。大好きな魚を両手に抱える程に貰えたら、そりゃ嬉しいでしょうね。


「い、いや……こ、こここ、これくらい……あの、それと、お、おおお、おらと、友達になってくれますか?」


 美亜ちゃんの笑顔にやられたのでしょうか? どこかぎこちないです。

 それでも海坊主さんは、顔が全部真っ赤になりながらも、必死になって伝えています。


 変な方言も無いけれど、単に緊張しているだけかも知れませんね。もしかして海坊主さん、美亜ちゃんを……。


「ん? 友達? えぇ、良いわよ。またお魚くれるならね」


「わ、わわわ、分かっただす! や、やっただす~!」


 それを聞いた海坊主さんは、嬉しそうにしながらまた海に潜っていく。


 まさか、もう一回魚を取りに行きました? もう既に、両腕に抱える程の大量の魚を上げたというのに、また取って来たりしたら、流石の美亜ちゃんでも困るんじゃ……。


「里子、ちょっと大きめのクーラーボックス持ってきてくれる? あっ、椿も手伝ってね。ちょっとくらい分けて上げるからさ」


「はいは~い、ちょっと待っててね~」


 美亜ちゃんに頼まれた里子ちゃんは、再び犬かきで浜辺の方へと泳いで行く。なんだか、別に困ってはいないようですね。


 それと多分、美亜ちゃんは海坊主さんに一目惚れされて、好意を寄せられているんだと思うんだけど、美亜ちゃん気付いているのかな。


「あの、美亜ちゃん。海坊主さんはきっと――」


「私に一目惚れしたんでしょ? 分かってるわよ、それくらい。あんな口臭くて不細工なのはごめんだけど、魚をくれるって言うなら、下僕としてこき使っても良いわね」


 下僕って……そんな事の為に、海坊主さんの純情をもてあそぶなんて。


「美亜ちゃん、流石に好意を寄せられている相手を、自分の下僕にするなんて……」


「あら、あなたにも居るじゃない。これであんたと並んだわよ。ふふん」


「えっと……それってもしかして、杉野さんの事でしょうか? でも、杉野さんは勝手に……」


「あの子もそうでしょ? 勝手に喜んで、私の為に働いてくれてるじゃん」


 あれ? そう言えば杉野さんも、勝手に色々と捜査状況を伝えてくれて……。


「いや、でも……海坊主さん、報われない恋の為に必死に――」


「あんたも、好意持たれてるのに応える気ないでしょ?」


 それは、あの人は夏美お姉ちゃんが狙っているし、杉野さんも満更でも無いようですし……って、あれ? よく考えたら杉野さんって、僕とお姉ちゃんを同時に狙っている? 二股しようとしているのかな……。


「えっと、色々とあの人は問題があって、その……」


 それなのに、何だか反論の材料に乏しくて、完全に否定が出来ないし、そもそも1週間前のあの時に、下僕認定しちゃったんですよね……。


「まっ、下僕なんてそう言うものよ。向こうが幸せなら、それで良いじゃない」


 それでも、何だか納得のいかない僕は、里子ちゃんが戻るまでずっと俯いて、下僕っていったい何なのか、そんな事を必死に考えてしまいました。

 その間ずっと、美亜ちゃんが嬉しそうにしていたので、もしかしたら僕は、また彼女に弄られたのかも知れません。


 ただ、それに気付いたのは、里子ちゃんが大きなクーラーボックスを2つ、頭に乗せるようにして持って来た後でした。


「うぅ、下僕って……僕はそんなつもりじゃ……だけど、向こうがそのつもりだったらそうなるの? う~ん……」


「やっぱり、あんたを弄るのは楽しいわ」


 そんな美亜ちゃんの呟きも、里子ちゃんが戻って来て、僕に声をかけてくれるまでの間、全く気付かなかったです。

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