第参話 【2】 独りぼっちの海坊主
「分かった、私が悪かったから……だから離して、椿~!」
とりあえず、あらぬ方向に向かって泳いでいた美亜ちゃんは、しっかりと捕まえました。それと同時に、僕の水着も取り返し、ちゃんと付け直しました。
そして今は、美亜ちゃんの尻尾を引っ張って、ゴールの岩に誘導中です。
「駄目です。また変な方向に泳がれると困ります」
何で美亜ちゃんの尻尾を引っ張ってるかと言うと、ショッピングモールでされた事の仕返しを、今ここでしておこうと思ったからです。
「フミャァ! ちょっと椿、その触り方はダメェ!」
そう言われても……美亜ちゃんの尻尾って、丁度良い柔らかさで、触り心地も最高なんですよね。
「あっ、そうだ。妲己さん~」
それから、良い事を思いついたので、僕は美亜ちゃんに聞こえない様にして呟き、僕の中にいる妲己さんを呼ぶ。
最近ずっと出てこないんですよね。弱っているならそれで良いんだけど。
だけど、僕の呼びかけに対し、大きなあくびをしながら、妲己さんが応えてきました。消えていませんでしたね。
【ふわぁ~何よ? まだあんたの浄化の力を受けた影響で、起きているのキツいんだから、とにかく早く、成熟した妖魔を取り込ませてよ】
「まぁ、そう簡単にそんな妖魔は出て来ませんよ。それよりもさ、猫の妖怪の子は、尻尾をどう弄ったら悶えるの?」
僕は何回も何回も、美亜ちゃんに悶えさせられたんですよ、ここで仕返ししても、文句は無いよね。それと、ショッピングモールでは、思いっきりアクリル板に叩きつけてくれたしね。
【ふ~ん、あんたも責めに目覚めたの?】
「そうじゃ無いです。ただ、仕返しをと思って」
そう言うと、妲己さんはちょっと残念そうに舌打ちをしたけれど、面白そうだと思ったのか、弄り方を教えてくれた。
「ちょ、ちょっと椿。さっきから、誰とブツブツ話してるの? ま、まさか……妲己じゃないわよね?!」
何だ、聞こえていましたか。
でもね、美亜ちゃん。必死に逃げようとしても無駄ですよ。文字通り、尻尾を掴んでますからね。
「ふっふっふ。今まで散々、僕を悶えさせてくれましたよね? ちょっとくらい仕返ししても良いよね?」
「あっ、ま、待って……椿、あんたその笑顔。妲己が乗り移っている時と同じ笑顔だからぁ! あぅ?!」
大丈夫ですよ、妲己さんはまた寝たんで。これは正真正銘、僕の笑顔ですよ。そんなに恐いかな。
「にゃあ?! ちょ……椿、だめ! くっ、うにゅぅぅ……」
なるほど。尻尾を摘まむ様にして、強めに弄れば悶えるんですね。そんな僕の弄りに、美亜ちゃんが必死に我慢している。
これ、ちょっと面白いかも……。
今まで僕を弄って、小悪魔の様な顔を向けていた美亜ちゃんが、僕の手によって悶えてるなんて。何だろう、この優越感の様な、そんな不思議な感覚は……あぁ、癖になりそう。
「は~い、椿ちゃ~ん。そこまでにしとかないと、美亜ちゃんが昇天するよ~」
「へっ? わぁっ! み、美亜ちゃん、大丈夫?!」
前方の岩から、里子ちゃんにそう言われ、美亜ちゃんの様子を見てみると、グッタリとして浮かんでいました。しかも、顔を下にしていたから危なかったです。ブクブクと泡まで出してしまっていますよ。
「ご、ごめん美亜ちゃん! やり過ぎた……」
「ふ、ふふ……ふふふ。あんたねぇ……」
慌てて美亜ちゃんを抱え、水面から顔を出させると、そのままゆっくりとバックしながら、里子ちゃんの元に向かって泳いでいく。
そんな僕に向かって、仕返ししてやるとか言わないのは、美亜ちゃんも、これくらいされるのはしょうが無いと、そう思っているんでしょうね。
「もう~美亜ちゃん何やってるの? ちゃんと作戦通りにしてくれないと~」
ゴールの岩にたどり着くと、とっくに着いていた里子ちゃんが、呆れたような口調で言ってくる。
それよりも、作戦ってナニ? まさか2人で組んで、僕を辱めようとしたのでしょうか?
だけど残念ですね。逆に美亜ちゃんの方が、辱めを受けました。いや……僕も水着を取られたので、これは引き分けかな。
「それよりも、里子ちゃん。何だかこの岩、ちょっと変わってるよね?」
美亜ちゃんを担ぎ上げて、そのゴールの岩に乗せると、自分も岩の上に上がる。
その後に、改めてその岩を見てみると、岩礁と言うわけでは無く、この岩だけが海底から伸びている感じでした。
しかも良く見ると、先端にしめ縄がしてあるじゃ無いですか。これってもしかして、何かを封じてあるんじゃ……。
「さ、里子ちゃん。ここって、あんまり来たら駄目なんじゃないでしょうか?」
「それってやっぱり、このしめ縄のせい?」
里子ちゃんがしめ縄を掴んでそう言うので、僕は慌てて頷いた。だから、しめ縄から手を離して下さいね。
それが取れてしまって、そこに封印されている邪悪な何かが、復活でもしたらどうするんですか。
「だってさ、海坊主さん」
「へっ?」
里子ちゃんがそう言うと、水中から巨大な手が伸びて来て、その岩を掴み、ゆっくりと頭の様なものが水面から出てきます。
「や、やっぱりだすか~! いったい、何がいけないんだすか?!」
ドスの利いた声を響かせ、海面から顔を出したそれは、頭は坊主頭で、目や鼻のパーツも丸い、人の顔でした。
何というか……頭が既に、僕以上の大きさがありますよ。
つまり、とても大きな海坊主さんなんですが、デフォルメされているその姿は、あんまら厳つくなくて、まるでマスコットキャラみたいですよ。
「むぅ、椿ちゃん。驚かないですか」
「だから、もう慣れたってば。それに、その妖怪さんはあんまり恐くないですね。あっ、初めまして、妖狐の椿です」
とりあえず挨拶をするけれど、若干体が引いているのは、許して下さい。いきなりそんな大きな妖怪さんが出て来たら、流石に……ね。
それよりも、海坊主って事は……この海に住んでいるのかな? それでも、海坊主の逸話はこの辺りでは聞かないけど。
「この海坊主さんは友達が欲しくて、色んな海を回ってるんだって」
なるほど……でも海坊主さんって、船を沈めているからさ、悪いイメージしか無いんですけど。
「だけど、友達が欲しいのとこの岩と、何の関係が?」
僕は真っ先に、1番の疑問をぶつけてみます。
「お、おら……とにかく友達が欲しぐて、その為には、人が沢山来てくれないといけないと考えただ。そ、それで、何か神聖っぽいものを作れば、ひ、人が来てくれるかなと思で、この岩作ったんだが、人っ子1人来なくて、困ってるだ」
「その前に、方言を統一しようよ。グッチャグッチャだよ……」
わざとなのか、それとも長年色んな海を回っていて、沢山の方言を聞いてごっちゃになっているのか、そのどっちかでしょうね。僕としては、ややこしくて聞き取り辛いです。
「あぁぁ……すまなんだ~おらも、良く分からなくなってしまってるだ」
あらら、何だか申し訳ない事をしちゃったかな? 海に潜って隠れちゃいました。
「椿ちゃん~この海坊主さん、打たれ弱いから気を付けてね」
「そう言われても……今の言葉、キツかった?」
自分ではそう思わないんだけど、やっぱりキツかったんでしょうか?
でも里子ちゃんは、僕の言い方には問題無いと言って、腕を組みながら、何かを考え始めています。
「確かに、ちゃんと言って上げないといけないわよね」
「うん。それに、こんなに打たれ弱いと、友達を作る所じゃ無いような……」
それと、僕はもう1つ、気になる事も聞いてみた。
「それよりも、里子ちゃんは何で、この海坊主さんと知り合ったの? それに、ここまで競争しようって言ったのは、海坊主さんに会わす為だったの?」
すると里子ちゃんは、腕を戻して頷き、海坊主さんと出会った経緯を話してくれた。
と言っても、ただ単に2~3年前にここで偶然会って、無理やり友達にされたっぽいですけどね。
「でも、何だか可哀想だから、色々と協力してあげているんだけど、こんな風に引っ込み思案だから、翁の家の妖怪さん達にすら、挨拶が出来ないでいるんだよ」
「それはちょっと、重症ですね……」
そんな時、海面が急に泡立って弾け、僕達に向かって大量の海水が襲ってきました。海の中で喋りましたね、海坊主さん……。
海坊主さんのサイズだと、水泡でもとんでもない大きさになるから、普通サイズの僕達には、ちょっとだけ迷惑でしたよ。
「う~ん……それで僕達にも、協力をして欲しいって事なんですね、里子ちゃん」
「あはは……そうなの。私1人じゃ無理だと思って」
水着だったから、別にずぶ濡れになっても平気ですけど、ちょっと海水が臭かったような……。
それにしても、里子ちゃんでも苦戦するような相手、僕なんかじゃ厳しいですよ。
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