第参話 【1】 水着と海と競争
僕達は、午前中に工場見学を終え、一旦旅館に戻って昼食を取ると、準備をしてから海に来ています。
車の中でいっぱい寝てたので、眠くは無いです。
そして白狐さん黒狐さんも、2時間も運転していたのに、平気そうですね。流石は守り神の妖狐って感じで、少し見直しました。
「あ~椿ちゃんの水着姿、最高に可愛い~!」
そしてカナちゃん、いきなり写真を撮らないでくれますか? 恥ずかしいんですけど……。
旅館で着替えて、Tシャツを上から着て来たからね、海で泳ぐ時にはTシャツを脱ぐんだけれど、その瞬間から、カナちゃんが目を輝かせ、僕の写真を撮り始めたのです。
「あっ、椿。隠れないで!」
雪ちゃんまで撮ってるよ。全くもう……。
「僕の水着姿を撮るのは有料です!」
「え? いくら?」
「払うの?!」
駄目ですね……どんなに頑張っても、この水着姿を写真に撮られるのは、防げないようですね……。
「椿、やっぱりその水着、似合ってる」
「雪ちゃん、ありがとう」
胸元にフリルの着いた、薄いブルーをしたスカートタイプのビキニ水着は、雪ちゃんが選んでくれたと言っても過言では無いし、お礼に雪ちゃんにだけなら、撮らせても良いかなって思うんだよ。カナちゃんはアングルがおかしいからね……。
「姉さんの水着、可愛くて良いっすね」
「ありがとう、楓ちゃん。でもまさか、楓ちゃんが紐タイプのビキニとは思わなかったよ」
「そうっすか? くノ一たる者、こうやって己の体で誘惑をする為に、日々研鑽を……って何撮ってるんすか?」
カナちゃんがまた、嬉しそうな目で楓ちゃんを見ていますよ。これはロックオンされたようですね。
「良いね~楓ちゃん。まさかそんな水着を選ぶなんて、良いよ良いよ。お姉さん分かってるよ、背伸びしたい年頃だもんね~」
「ちょっ……ちがっ! って、なんで下から撮ってるんすか~!!」
楓ちゃんが頬を赤くして、海に逃げました。
カナちゃんの水着も紐タイプだし、スタイル的にはカナちゃんの方が勝っているから、そりゃ逃げたくもなるよね。
だってカナちゃんの胸は、明らかに僕以上はあります。カナちゃんって、着やせするタイプなんだね。
「……」
『大丈夫じゃ椿、我は大きさなど気にせん』
『そうだぞ。それに、そんなに気にするな。どうせ妖気が増えれば、そこもしっかり育つ』
「いや、違っ――!」
自分の胸に手を当てながら、カナちゃんのその胸の大きさに、ちょっとだけ羨ましく思っていたのを、白狐さん黒狐さんに見られちゃいました。
慌てて否定する為に、後ろにいる2人を見てしまったのが失敗でした……。
僕はいったい、何回同じ失敗をするのでしょうか。
2人とも、短パンの水着を着て立っているんですけど、腹筋がね、しっかりと良い具合に付いているので、細マッチョって感じなんですよ。
白狐さんは体術が得意って言っていたし、筋肉あるのは分かるけれど、黒狐さんまで割と筋肉が付いていました。
「あっ、う……」
2人を直視出来ず、そのまま後ずさってしまうけど、白狐さん黒狐さんは分かっているのか、ジリジリと僕に近づいてくる。
そりゃぁ、添い寝している時に、線が細くないのは分かっていたけれど、あんまり気にしていなかったんです。大人の男性って、こんなものか~って感じでね。
だけど、今改めて水着姿の2人を見ると、そこいらのモデル以上の体型なんですよ。卑怯だよね、これは。
『ん? どうした、椿。我の体に見惚れているのか?』
『おいおい、白狐。俺の方に決まっているだろ』
『そんなわけなかろう。黒狐よ、お主腹に肉が付いてきているぞ』
『お前の方が肉が付いているんじゃないのか?!』
そしてま~た喧嘩が始まりました。
でもごめんなさい……今回ばかりは、仲介が無理です。顔が熱いんですよ。今2人の間に入ったら、絶対頭がおかしくなるよ。
「う、海で頭冷やしてきま~す!!」
そして僕は、また海へと全力疾走する。
今度は雪ちゃんに冷やして貰いません。本当に海にダイブです。
―― ―― ――
旅館から少し離れた場所にあるこの浜は、幽霊が出る浜辺とされていて、地元の人は愚か、旅行客だって近寄りません。
だって、人間がこの浜辺に近づいた瞬間、妖術で作った生首が、目の前に出現するようにしているからなんです。
だから、おじいちゃんの家の妖怪さん達も、人間から隠れる心配が無いので、皆全力で遊んでいます。氷雨さん以外は……ですけどね。
やっぱり、雪女さんにはこの日差しがキツいみたいで、浜辺のパラソルの下で、氷が溶けたような感じでうな垂れています。
「雪ちゃん、氷雨さんは旅館に居て貰った方が良いんじゃ……」
いつの間にか、隣で一緒に泳いでいる雪ちゃんに、僕はそう言ってみたけれど、雪ちゃんはちょっと呆れた顔で言ってくる。
「さっき『娘と一緒に泳ぐんだ』って、唸っていたし。別に良いんじゃない?」
自分の命よりも、娘とのスキンシップをとりますか……氷雨さん。
氷雨さんの雪ちゃんに対する態度は、あれから中々改善されません。これは、氷雨さんをどうこうというよりも、雪ちゃんがもっと大人な考えになってくれた方が良いのかも知れません。
「お~い! 椿ちゃ~ん!」
すると僕の前方から、里子ちゃんと美亜ちゃんが泳いで来て、僕に向かって手を振ってきた。
何だか呼ばれているようなので、里子ちゃんの方に向かって泳いで行きます。
良く見ると里子ちゃんは、僕と同じ様なスカートタイプのビキニで、フリルは付いていないタイプでした。
そして美亜ちゃんは……。
「美亜ちゃん、それ狙ってるの?」
「何よ? なんだか知らないけれど、カナがね、実はこの水着の方が人気があるって、そう言っていたのよ」
カナちゃん……謀りましたね。
猫の妖怪の美亜ちゃんには、当然猫の耳と尻尾が付いていますからね、そこにスクール水着ってさ……もう、僕は何も言いませんよ。
「美亜ちゃん、似合ってるよ~うんうん、良い着こなしよ~しかも、胸も丁度ぺった――」
「それより里子ちゃん、僕に何か用?」
いつの間にか僕の後ろにいたカナちゃんが、地雷発言をしそうだったので、慌てて里子ちゃんに話を振りました。
「うん! 丁度あそこに、良い感じの岩があるでしょ? あそこまで皆で競争しよ?」
里子ちゃんの指差す方を見てみると、海から突き出る様にして立っている岩があった。
だいたい25メートルって所かな? でも、何であんな所に岩がポツンと? 不自然過ぎるんだけど……。
「う~ん……でも僕、そんなに泳ぐの速くないし、カナちゃんとか里子ちゃんなんか、泳ぐのがとても速そう」
それに僕は、誰かと競争なんかすると、絶対に負けるからね。あんまりやりたくないんです。
そんな風に、僕が嫌そうな顔をしていると、僕の水着の上が誰かに取られてしまい、胸が露わになっちゃいました。
「ぎゃぁぁあっ?! 水着取ったのだれぇ?!」
「ふっふ~ん、返して欲しければ競争しなさい~」
犯人は、僕の後ろに回り込んでいた美亜ちゃんでした。
そして僕の水着を手にし、前方の岩に向かって、逃げる様にして泳ぎだした。
まだ僕は、自分の裸にあんまり慣れていないんです。こんな事をされて、まともに泳げないってば。
「ほらほら、椿ちゃん~早くしないと、白狐さん黒狐さんに見られちゃうよ~」
「そ、それは嫌~!! 美亜ちゃん、返してぇ!!」
里子ちゃんに言われ、つい叫び声を上げてしまいました。
そんな僕の叫び声に反応して、浜辺にいる白狐さん黒狐さんが、こっちを見始めたんですよね。
浜辺からだと、水着が取られた事には気付かれないけれど、その先の美亜ちゃんを見てしまうと、かなり不味いですね。
だってその手には、僕の水着があるから。水着を取られたって気付かれる。
そうなると、どうなるか……後ろで鼻血を出して、プカプカ浮いているカナちゃんと、全く同じ事になりますね。それと単純に、僕が恥ずかしいからというのもあります。
とにかく、海と浜の両方を真っ赤に染めるわけにはいかないので、僕は白狐さんの力を解放して、クロール泳ぎで美亜ちゃんを追いかけます。
何とかして、水着を返して貰わないと。
「お~椿ちゃん速い~」
あれ? 白狐さんの力を解放して、僕は全力で泳いでいるのに、里子ちゃんは平然とした顔で、その横を併走して泳いでいる。
ちょっと待って下さい……良く見ると、里子ちゃんは犬かきで泳いでいる。
「おっ先~! ハッハッハッ……!」
「は、速い……!」
圧倒的スピードの里子ちゃんを前にして、泳ぐの止めて呆気に取られてしまった。
それよりも、美亜ちゃんはいったい何処でしょう? 気が付いたら、前方にあったはずの彼女の姿が見えないんだけど……。
まさか、足が吊って溺れた?
そう思った僕は、必死に水面を眺める。だけど、僕の心配は杞憂に終わりましたよ。
だって左の方から、美亜ちゃんの高らかな声が聞こえたんだ。
「あははは! どう?! 私のこの圧倒的なスピードと、華麗な泳ぎは!」
自信満々に叫びながら、美亜ちゃんは90度方向を変え、クロールで岩から離れて行っていました。
「美亜ちゃん! 僕の水着持ったままどこ行くのぉ!」
たまに居ますよね。プールだと平気なのに、海だと方向感覚が分からなくなるのか、真っ直ぐに泳げない人……。
それと、泳ぎながらよく喋れるよね……って、感心している場合じゃないですよね。
競争よりも何よりも、僕は美亜ちゃんを捕まえる事に専念しました。
水着、返して欲しいからね。
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