第弐話 【2】 妖怪食工場見学ツアー

 1番下まで降りた後、楓ちゃんは僕の後ろに隠れる様にして、何とも気まずそうにしだす。

 ここまで来たら、確かに案内は要らないけれど、仕返しだと言わんばかりに、僕の尻尾を弄るのは止めて欲しいかな。


「ちょっと、楓ちゃん。隠れるのは良いけれど、尻尾は勘弁してよ」


「モフモフしてて、気持ちいいっすのに……」


 楓ちゃん、あなたもモフモフ好きなんですか? というか、皆僕の尻尾を気に入っているみたいなんだよね。

 止めてって言っているのに、まだ止めない楓ちゃん。しかも何だか、触り方が若干変わっていて、少しいやらしいんですけど……。


「ちょ……楓ちゃん。待って、だから止めてって……はぅ、ん……」


「えっと……自分はもう触ってないっすよ」


「えっ?」


 それじゃあ、今は誰が触ってるの……。


『うむ。あれから更に、毛艶が良くなっているな』


『そうだな。触り心地も、格段に上がっている。流石、俺の嫁に相応しい尻尾だ』


『我のだぞ、黒狐!』


 白狐さんと黒狐さんでした。どさくさに紛れて何してるんですか……。


「何してるんです――か!!」


 咄嗟に白狐さんの力を解放して、尻尾を思い切り振り上げると、2人を前方に投げ飛ばします。


『ぬぉ?! と、おぉ……やるようになったの、椿』


『ぐはっ……!』


 白狐さんは華麗に着地しているのに、何で黒狐さんは、頭から落ちているんですか? もう、情けないなぁ。


「黒狐さんの好感度、マイナス1ね」


『何?!』


 僕の声に反応して、黒狐さんは急いで起き上がるけど、僕は早くその工場を見てみたいので、黒狐さんを放っといて、先へと進む。


『我が1歩リードじゃな』


『ぐぬぬ……』


 悔しそうにする黒狐さんを、白狐さんが得意気にしながら見ていましたね。そんなに争わなくても良いのに……。


 そのあとようやく、例の妖怪食を作る工場に入って行きます。


 そこは、左右に大量の巨大な釜が置いてあって、そこから沢山の湯気が上がっている。更にその上から、何か管の様な物が繋がっていますね。そこから妖気を補充するのかな。


 天井は高く吹き抜けになっていて、釜からの大量の湯気が、上の吹き抜けに上がっていっています。

 その先には、ちゃんと換気する為の窓もあるけれど、外から見ても湯気は出ていなかったような……何か仕掛けがあるみたいだけれど、ここからだと分からないですね。


「お~茶釜よ、毎年スマンの。今年も世話になるぞ」


 するとおじいちゃんが、その先の開けた場所に向かい、そして正面に置いてある釜に向かって、いきなり話しかけました。


 えっと、もしかして……その釜が。


「おっ、鞍馬天狗の翁、今年も来たか。よっと……いやいや、翁の頼みなら聞かねばならん。どうか、ゆっくりして行ってくれ」


 おじいちゃんが話しかけると、その釜の蓋が開き、そこから大きな狸の顔と、左右の穴からは両手両足が飛び出し、汗だくになった巨大な狸の妖怪が、その姿を現しました。

 そして、にこやかにおじいちゃんに返事をしています。その姿から、スゴくおおらかそうな雰囲気ですよ。


 でもこの場所って、そんなに暑くはなくて、釜から出ているのも湯気かと思っていたら、そうじゃ無いみたいなんだ。だって、熱くないもん。それなのに、この妖怪さんだけ汗だくって……。


 良く見ると、左右の釜の周りを、工場で働いている妖怪さん達が、せわしなく動いていた。

 その妖怪さん達が、たまに釜の蓋を開けると、人間用の食材を入れたり、中の状態を確認したり、完成した物を取り出して、どこかに運んだりしていた。


 その取り出した物……凄い動いているよ。入れる時は普通の食材だったのに……。


「この光景を見るのは初めて? 妖狐の椿さん……でしたよね?」


 すると僕の後ろから、誰かが声をかけてくる。驚いて振り返ると、そこには着物を着た女性が立っていて、その人が僕に話しかけていました。

 花の模様の入った着物は、その人の気品さを際立たしている様で、柔らかな笑顔を向けられました。


「あっ、えっと……」


「楓がご迷惑をおかけしています。母の妙子たえこと言います」


「あっ、そんな事無いです。こ、こちらこそ、えっと……槻本椿と言います」


 凄くキッチリとした挨拶を前に、僕もしっかりしないといけないと思ったけれど、何故かぎこちなくなってしまいましたよ。こういうのって、咄嗟には出てこないですね。

 何だか娘を見るような、そんな感じで笑ってくれているから良いけれど、凄く恥ずかしい……。


「さて、楓。話は聞いていたわよ。そこから出てらっしゃい」


「うぐっ……?!」


 そういえば楓ちゃん、さっきからずっと釜の陰に隠れていましたね。顔を合わせ辛いのは分かるけどね、隠れていたってしょうがないよ。


 それにしても、楓ちゃんのお母さんは、物腰が柔らかいからか、性格は楓ちゃんに似て無さそうなんだけれど、見た目は楓ちゃんを大人にした感じですね。更に、髪が地面に付くんじゃないのかなってくらいに、長いです。しかも艶のある黒髪だから、手入れが大変そうですよ。

 でも、そこに狸の耳と尻尾は、凄く違和感がある様な……僕みたいな狐なら、凄く似合っていそうです。って、凄く失礼な考えをしちゃいました。


 そして、そのお母さんからの言葉で、楓ちゃんは観念したのか、恐る恐る顔を出しています。


「うぅ……お、怒ってないっすか?」


「そうね、怒って無いわよ。寧ろ、今まで溜め込んでいたものを、ようやく吐き出してくれたわね、って感じね」


 凄く優しそうなお母さんですね。氷雨さんとは正反対ですよ。そして雪ちゃんが、この様子を羨ましそうに見ています。


「ご、ごめんなさい……」


 楓ちゃんはそう言うと、ゆっくりと釜の陰から出て来ます。

 すると、楓ちゃんのお母さんが近付いて行き、彼女をそっと抱き締めた。やっぱり良いお母さんですね。


「ちょっ……姉さんも見てる。恥ずかしいっす!」


「ごめんなさい。今まで、あなたが帰って来た事が嬉しくて、あなたの心のケアをせずに、私達の気持ちを押し付けてしまっていたわね」


 楓ちゃんのお母さんは、そのまま彼女の頭を撫で始める。優しく、そして愛おしい様な感じで。ちょっとだけ羨ましいかも……。


「んっ……その、母ちゃんは悪くないっす。だから、頑張って本当の両親だって、自分は言い聞かせて――」


「本当は、育ての親に会いたいんでしょ? あなたにとっては、そちらの方が親だしね」


 楓ちゃんが黙っちゃいました。しかも言いにくそう。

 つまり図星と言うか、そっちに会いたいんでしょうね。すると今度は、茶釜のお父さんが楓ちゃんに話しかける。


「楓、無理はするな。今翁と話したが、育ての親の方は、直ぐに釈放されとる。向こうは何も知らず、孤児だと言われて引き取った様だ。問題はその間に、ある業者が噛んでいてな。そいつら同士で、金銭のやり取りをしていたようだ」


「えっ、で、でも……」


 楓ちゃんは俯き、少し戸惑っている様です。しょうが無いから、僕が背中を押そうかな。


「その育ての親って、今どこに住んでるんですか?」


「ね、姉さん……!」


 そうやって、目で「何言ってるんっすか」って訴えて来られても、僕は知らん顔です。


「うむ、今は市内に住んでいる様だ。楓、お前が会いたいのなら、いつでも会いに行けば良い。住所は翁が知っているから、聞けば良い」


「…………」


 だけど楓ちゃんは、まだ俯いたままです。それと市内となると、ここからは遠いので、直ぐには無理そうですね。

 これに関しては、まだまだ時間がかかりそうです。その業者の事も、色々と分からないことや怪しい事があるしね。


「そうだわ、椿さん。楓の事、これからよろしくお願いしますね」


 十分に抱き締めて上げられたようで、楓ちゃんのお母さんが彼女から離れ、後ろに回って彼女の肩を持つと、僕に向かって言ってくる。


 それっていったい、どう言う意味なのかな?

 楓ちゃんも良く分かっていなくて、困惑した表情のままで、お母さんの方を見ています。


 すると、その疑問にお父さんの方が答えてきます。


「楓。本当は、ライセンスを取ってからという事だったが、お前の心の成長とケアの為、翁の家に住む事を許可しよう」


「えっ、マ、マジっすか?!」


 それを聞いた楓ちゃんは、これまでで1番嬉しそうな顔をして喜んだ。

 楓ちゃんのお母さんがよろしくって言ったのは、そういう事ですか。


「そういう事なので、またお手数をかけますが、どうか宜しく頼みます、翁」


「まぁ、仕方ない。それとじゃな、その言葉使いはそろそろ止めてくれんか? お主とは同期じゃろ。同じ神妖の力もある」


 あれ? えっと……つまりおじいちゃんも、神妖の力を持っているの? いや、それは持っていて当然でしたね。だって、鞍馬山の大天狗だしね。


 だけど、茶釜さんの方も、その神妖の力を持っているとは思わなかったよ。

 でも、これだけ大量の食材に妖気を注入するんだもん、神妖の力が無いと無理だよね。それに良く見ると、柱の様に太くて大きな尻尾から、沢山の管が伸びていて、それが左右の釜に繋がっていましたよ。あの管、この妖怪さんの尻尾でした……。


「それでは姉さん、これから宜しくお願いします!」


「うん、宜しくね。でも今は、旅行の方を楽しませて欲しいかな?」

 

「はい、分かったっす! 堅苦しい工場見学はこれまでにして、海に行きましょう!」


 堅苦しいは、少し言い過ぎじゃ無いかなって思うけれど、楓ちゃんの両親が凄く良い笑顔をしているので、別に問題ないみたいですね。


「ちょ、つ、椿ちゃ~ん! 助けてぇ!」


 そんな時、カナちゃんの悲鳴が上から聞こえて来た。


 そういえば、この工場に来てからというもの、カナちゃんの姿が見えなかったんですよ。


 いったいどこに――あ。


「……何しているんですか? カナちゃん」


 声のする方を見ると、何とカナちゃんが、妖怪食と化した生のタコ足に、足を掴まれて宙吊りにされていました。

 食材だからもう死んでいるんだけれど、妖気を注入され、ある事をされると、こうやって暴れちゃうんですよね。だから、生き返った訳じゃ無いんですよ。


「わぁ~! ごめんなさい~! 吸盤押したらこんな事に~!」


 あぁ……それは駄目ですね。食べる時も、吸盤には気を付けないと、直ぐにそうやって暴れるんですよ。


 そのあとカナちゃんは、工場の人達に助けて貰って、事無きを得たけれど「タコはもう嫌」って、そう呟いていました。


 しばらくはたこ焼きも無理そうですね。

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