第拾陸話 【1】 VS閃空
美亜ちゃんの作戦は、誰もが思い付く事だった。
要するにあいつは、何も考えず自慢気に、10本の指で10個ものヨーヨーを操って見せた。
今は全部手に収めてるし、恐らく2~3個ずつしか使わないはず。さっき、10個全部使って見せたのは、それでビビらす為なんじゃないかって、美亜ちゃんは言ってました。
完全に敵の思う壺になっていた自分が、少し恥ずかしかったです。
確かに良く考えたら、こんなのは直ぐに分かるよね。10個全てを1度に使うとなると、そんなの絶対に絡まるよ。
だから僕達の作戦は、とにかく10個のヨーヨー全てを、1度に使わせる事であって、その為に敏速に動き回らないといけないのです。
更にこの作戦は、当たりにくい姿ならば、より効果的だって言われました。要するに、その……狐に変化しないといけないんですよね。
今までは、恥ずかしいから避けていたんです。だって、変化すると服が……ね。
「今は恥ずかしがっている場合じゃ無いわよね? さっ、行くわよ」
「うぅ……わ、分かりましたよ」
これも作戦の為です。覚悟を決めて、僕は美亜ちゃんと一緒に、変化の妖術を発動する。
『妖異顕現!』
彼女と一緒にそう叫ぶと、僕の体は煙に包まれ、その姿を変えていく。
骨格が変化していくなんて、どう表現したら良いかは分からないけれど、直立で立つのがキツくなっていき、そのまま手を地面にペタンと付けるしかなかったよ。
そして、僕の肌に毛がいっぱい生えてきて、獣に変化しているというのが、自分でも良く分かった。
それと、体の方も小さくなるから、服の中に潜り込む状態になっちゃいます。
その変化が終わったところで、服の中から這い出ると、僕は自分の体を確認する。
「わぁ……本当に狐だぁ」
しかし、そこでふと気付いたのが、白狐さんと黒狐さんは、変化をしても服を着ていたり、服が脱げたりはしていないことです。
「あれ? 白狐さんと黒狐さんって、服はどうして――」
「あいつらは正に、神業の様にして早着替えが出来るの。それと、服も咄嗟に妖具の中に隠してるのよね」
その技、今度2人に教えて貰おう。
横の黒いドレスの中から、黒猫の姿になって出て来た美亜ちゃんを横目に、僕はそんな事を考えていた。
「何……その姿は。狩られる側として、身なりもそれなりにしてくれたの? この、化け物が!」
そして、さっきまで閃空が攻撃しなかったのは、単に僕達が何に変化するのか、それが気になっていた様です。
でも、ただの獣の姿だったからか、何故かスゴくガッカリしていました。
いったい、何を期待していたのでしょう。
「ふふ。あら、余裕ね。それだったら、早く仕留めて見せなさいよ」
「言われなくても、一発で仕留めてやるよ!」
美亜ちゃんの分かりやすい挑発に、簡単に乗ってくる閃空。この人、あんまり対人戦をやった事が無いんじゃないかなって思うよ。僕達とも、そう歳も変わらないだろうしね。
そして凄いスピードで、鉄の様に重そうなヨーヨーが飛んでくると、美亜ちゃんはそれを華麗に避ける。それと同時に、僕の方にも飛んで来る。
「わっ! よっ……! と――えっ? あぅ?!」
それは避けられたけどね、その……ついつい二足歩行と同じ感覚で足を出しちゃったので、右足だけを出してしまい、そのままバランスを崩し、吹き抜けのアクリル板にぶつかっちゃったよ。
「何やってるのよ? しっかりと体の動かし方を確認しなさいよ」
「あっ、そっか……体の使い方が変わってるんだ」
美亜ちゃんに言われ、慌てて立ち上がり、その場で足踏み足踏み――とにかく、走れないといけないね。
「ははっ! 何だお前、その体になった事が無いのかい? 元々その姿だったろうが、狐の化け物!」
化け物化け物って、いちいちうるさいですね。何でそんなに、僕達の事を毛嫌いするのかな?
あの滅幻宗に、間違った事を吹き込まれていたにしても、こんなに毛嫌いするかな? 恨みすら持っていそうなこの態度……多分、過去に何かあったんだろうね。
「よっ、と。よし、いける!」
その後は、閃空が真っ先に僕を狙うようになったけれど、さっきのでだいたい体の使い方は分かったから、今度は相手のヨーヨーを、軽く跳んで回避します。
そして僕は、そのまま吹き抜けの周りを走り出す。
前足を同時に出して走るこの走り方、直立で走るより走りやすいし、何よりバランスを取りやすいね。
「ちっ! この野郎!」
それを見た閃空が、また僕に向かってヨーヨーを飛ばして来る。次のヨーヨーは初めて見るけれど、これも何か仕掛けがありそう。
そう思って良く見ていると、ヨーヨーの側面から、突然無数の刃が飛び出し、まるでチェーンソーの様に回転しながら、僕を切り刻もうとして来た。
「うひゃっ?!」
走りながらで良かったです。
後ろ足を蹴り上げて跳びはねた事で、何とかこれも回避できた。そしてヨーヨーの方は、そのまま店先の商品棚を真っ二つにしちゃいました。
それ、後で弁償して下さいね。
「この……ちょこまかと――っ?!」
「はいは~い、あんまり椿ばっかり見てたら、その喉元掻き切るわよ」
すると、僕を追いかける様にして狙っていた閃空に向かい、3階から美亜ちゃんが、相手に突撃する様に飛んで来て、手に持っていたヨーヨーを弾き落とした。いつの間にか、3階に向かっていたんですね。
そして、そのまま僕の前にしなやかに着地をすると「その調子で、相手を挑発しながら走りなさい」と言って、また吹き抜けから3階に駆け上がって行く。
流石は猫ですね。上下の移動はお手の物ですか。
「ちっくしょ……あの化け猫~」
閃空は、手首を押さえながら呻いているけれど、良く見たら手の甲に、綺麗に三本筋の引っかき傷が付いていました。美亜ちゃん、ついでに爪で攻撃までしていましたね。
そのあと、その痛みからか、相手の動きが止まりました。不意の一撃は、思いの外効いているようです。
「ねぇ、何で君は、そんなにも僕達を毛嫌いするの?」
相手の行動が止まっているから、今の内に聞きたい事を聞こうと思い、僕は離れた所から、閃空に話しかけた。
「お前達に話す事なんて、何も無いね! 妖怪なんてさ~悪霊と同じで、人の心につけ込み、悪さをするんだろう。最低だよな!」
閃空はそう叫ぶと、再びヨーヨーを飛ばして来る。しかも、また新しいヨーヨーです。
今度は何が出て来るのかと思いながら、そのヨーヨーを回避すると、いきなりヨーヨーが放電しました。またお札を仕込んでるタイプのヨーヨーですか……。
「危ない危ない……」
閃空との距離を取っていたから、その放電の攻撃も、範囲外に逃げる事が出来たよ。ただ、副産物の静電気で、僕の毛が逆立っちゃったけど……。
それにしても、この姿で妖術って発動出来るのかな?
白狐さん黒狐さんも、この姿では使って無いし、もしかしたら使えないのかも知れない。
「でも、ちょっとだけ試して見よう。妖異顕現、黒焔狐火!」
僕は精神を集中させ、いつものように妖術を発動する。うん……何も起き無い――かな。
「えっ? ちょっとあんた、尻尾!」
「へっ? わぁ?!」
上から美亜ちゃんに言われ、自分の尻尾を確認すると、尻尾の先が黒い焔で燃えていました。
しかも、自分の毛も真っ黒になっていて、黒狐さんの力を解放する時と同じ状態になっています。
それよりも、この尻尾の火を消さないと、燃え――て無いのかな? もしかして、尻尾の先が黒い焔に変化しているの?
一瞬慌てたけれど、尻尾を振ったりして確認している内に、僕の尻尾が、黒い焔に変化しているだけなのだと気付きました。という事は、このままこれを飛ばせるのかな。
そして、またヨーヨーを飛ばしてくる閃空に向かい、試しに尻尾の焔を投げつけてみました。
「てい!」
すると、人型の時に放つのと同じ様にして、黒い焔の塊が飛んで行くと、ヨーヨーを燃やし尽くし、そのまま閃空へと向かって行った。
「くっ……?!」
それをギリギリの所で避けた閃空だけど、アクリル板の上にずっといるからね、さっきのでバランスを崩し、下に落ちそうになっている。
「あんたね~格好をつけているからそうなるのよ。だから、私みたいな弱い妖怪にまで、翻弄されちゃうのよ~」
「ちっ……何とでも言えよ、猫の悪霊の塊が」
閃空は、何とかその体勢を立て直すと、上から覗き込む美亜ちゃんに対して、そう反論した。
「ちょっと、私はそんな化け猫じゃ無いわよ。勘違いしないでくれるかしら? それに、妖怪と悪霊は似ているけれど、根本的に違うものよ!」
流石の美亜ちゃんも、閃空にあれだけ言われてはムカつくようで、しっかりと言い返しています。それは僕もなんだけどね。
「あのさ。妖怪って、悪い者ばかりじゃ無いよ。それに、悪霊は実体が無いし、死んでるでしょ? 僕達はちゃんと実体があり、そして生きている」
「黙れ……そうじゃないのも居るだろうが」
やっぱり……僕達の言葉なんか、聞く耳持たないって感じですね。それなら、無理に説得してもこっちが危ない。
でも、何となく閃空も分かってはいそうですね、僕達の言っている事。だけど、過去にあった事が原因で、それを認めたく無いって感じです。
「あのさ、君の過去に何があったかは知らないけれど、少なくとも僕達は、人に迷惑をかけないように、平穏に生きていこうとしているんだよ。それを勝手に、悪だなんだって決めつける権利なんて、君達には無いでしょう!」
すると閃空は、僕の言葉の後にブツブツと呟きだした。
そして、補充したヨーヨーも合わせ、10個のヨーヨーを握り締めると、僕と美亜ちゃん目がけて、それを勢い良く全て飛ばしてきた。
「黙れ黙れ! お前等を全滅させないと……また――またあの悲劇が起こるだろうが!! 妖怪達によって、また街が滅ぼされるだろうが!」
10個ものヨーヨーを、1度に全て飛ばすとどうなるかなんて、閃空にも分かっているはず。
でもそれ以上に、頭に血が上っている様ですね。
だけど僕は、気になる言葉を聞いてしまった。
それは凄く気になるけれど、今は作戦通りに動かなきゃ……だって、ここからが本番なんですからね。
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