第拾伍話 【2】 ベストパートナー
目立つ事は避けたかった気もするけれど、相手はそんなのお構いなしで、次々と奇妙な武器を飛ばして来る。
良く見ると、それは2つあり、どちらも彼の手から伸びていて、紐みたいな物で繋がっていた。
「それって、まさか……」
僕は、それを弾いたり避けたりしながら、そいつにその武器の事を聞いてみる。
「やっぱり見えてるのか、このヨーヨーが。おかしいなぁ……ちゃんと練気で速度を上げて、目に見えない程のスピードにしているのに。この閃空の名に相応しい様に――ね!」
やっぱり、それはヨーヨーでしたか。
しかも、更にスピードを上げてくるんですね。ヨーヨーは、人に向けて投げてはいけませんよ。
とにかくリーチが違いすぎるから、これは気が抜けませんね。
それでも僕は、ヨーヨーを避けながらも、再びそいつに話しかける。
戦闘中に、敵に話しかけるのもどうかとは思うけれど、相手を焦らす為には、結構有効だと思うんだよね。余裕で避けられている、という焦りを与えるにはね。
「そっか。君は、閃空って呼ばれているんだ」
「ふん、覚えなくても良いよ。そもそも、俺の事を覚えられていた時点で、寒気がするし吐き気もする。あぁ……もう、鬱陶しいなぁ!」
もしかして、情緒不安定なのですか? この人は。
そんなんじゃあ、僕への狙いは定まらないよ。それに、結構な隙があるし、そもそも飛ばした後、手元に戻すまでの時間が、かなり掛かっている。だから、飛んで来た2個を避け、白狐さんの力で一気に間合いを詰めると、相手の頬をぶん殴ってみます。
「ほっ!」
「ぁがっ?!」
閃空は、僕の拳をまともに受け、そのままさっきのアクリル板に、思い切り激突しました。
さっきの1発目の時に、下に落とせていれば良かったんだけれど、上手く跳んでいて、落ちてくれなかったんだよね。
ここは2階だから、多分死にはしないだろうけれど、相当なダメージにはなると思うんだよ。
「くそっ……」
「あっ、そう言えばヨーヨーってさ、こうすれば使えないよね?」
その後、閃空にそう言うと、さっき殴った事でコントロールを失い、そのまま地面に落ちしまったヨーヨーの紐を、遠慮無く切った。
「あっ! 貴様!」
ちゃんと2本とも、綺麗に切りましたよ。
ただ、そこで僕の方に隙が出来てしまったのか、屈んだ僕の頬に、思いっ切り殴られた様な、そんな激しい衝撃が起こり、皆の方に吹き飛んでしまった。
「ぐっ……!! い、たぁ……な、なに?」
体勢を立て直し、膝を突きながらも、何とか顔だけ前に向けると、何と閃空の手から、更に2個のヨーヨーが飛び出していた。
そしてそれを、器用に回して得意気にしている。何というか、その顔が凄くドヤ顔だったから、ちょっとムカついちゃったよ。
「ふん。この滅幻宗特注の、俺専用ヨーヨーを甘く見るなよ。それに、2個だけだなんて言ってね~だろう」
その新たに出したヨーヨーは、鉄で出来ているのかな、何だかズッシリと重たそうです。
さっきのヨーヨーは、普通のプラスチックみたいだったのに……しかも、その2個は別の指にかけている。
そして、新たに出した2個を手元に戻すと、さっき僕が切ったヨーヨーも拾い、手早く紐を直していく。
止めようとはしたんだけれど、さっきの攻撃が強力過ぎて、まだ膝にきています。立てないや……。
「余裕な態度を見せてくれて……ムカつくねぇ、この雑魚が!」
そう言うと今度は、4つのヨーヨーを別々の指で操り、一斉に僕に向けて飛ばしてくる。器用だなぁ。
いや、器用過ぎるというか、普通そんなのは出来ないでしょう。だけど、実際目の前でやってのけている。やっぱり、滅幻宗はただ者じゃ無い……!
「うっ……」
ヨーヨーを避けようにも、まだ膝がガクガクしているので、せめてダメージを減らす為にと、両腕で防ごうとしたら、目の前でそのヨーヨーが弾かれました。
「あっぶないわねぇ、大丈夫?」
なんと、美亜ちゃんが僕の前に立っていて、ヨーヨーを弾いたのです。あれ? 美亜ちゃんって、普通に戦えたんですか?
「美亜ちゃん!」
「ごめんなさいね。ちょっとセンターの方に、増援の連絡を入れていたからね」
あっ……居ないと思ったら、そんな事をやっていたんですね。でも、助かります。
滅幻宗の奴等は、恐らく亰嗟から買っているであろう、様々な妖具を使ってくる。しかも、その扱いも凄く上手い。
閃空だって、さっき4つとも弾かれたのに、それを直ぐさま手元に戻していて、そのまま縦に円を描く様にしながら、クルクルと回しているからね。4つ1度にですよ……本当に信じられない。
「でも美亜ちゃん、さっきの良く弾けたね。普通は見えないって、あいつが言ってたよ」
すると美亜ちゃんは、腕を組みながら自信満々に言ってくる。
「ふん、あんなの猫じゃらしの延長よ!」
あぁ……猫って反射神経凄いから、玩具も素早く動くのが多かったっけ。なんだか納得です。
「でも悪いけど、私は攻撃の妖術は使えないわ。だから椿、あんたは攻撃妖術で攻撃をしなさい! ヨーヨーは、私が弾くから!」
美亜ちゃんは、相手の方を向きながらも、顔だけ僕の方に向け、そう言ってきた。
そっか……1人じゃ駄目でも、美亜ちゃんと2人でなら……。
それに、さっきの美亜ちゃんの様子からして、ヨーヨーも4つまでなら、何とかなりそう――だけど……。
「ありがとう美亜ちゃん。でも、油断はしないで。あいつ、ヨーヨーを“全部出した”とは言ってないんだよ」
「まだあるって言うの? もしそうだとしたら、それこそ化け物よ。でも、あいつらはそういう集団だったわね。分かった、油断はしないわ」
僕は美亜ちゃんの言葉を聞きながら、ゆっくりと立ち上がると、次に黒狐さんの力を解放していく。
「丁度ね、新しい妖術を試したかったんだ。杉野さんが人払いをしてくれた様だし、ちょっとだけ派手に行くね」
杉野さんは、本当に下僕の様に動いてくれますね。
だけど、下僕にはしたくは無いなぁ――って、何を考えているんだろう、僕は……戦闘中ですよ戦闘中。
そこで、変な考えを起こさない様にと、頬をピシャリと叩き、僕は気合いを入れた。
「行くよ! 美亜ちゃん!」
「分かってるわよ!」
隣に立っている美亜ちゃんにも、気合いを入れさせようとして、僕はあえて声を張り上げた。でも、そんな必要なかったね。
何だろうこれ……こんな言い方をしたら不謹慎だけれど、ちょっとだけ、嬉しい?
夏美お姉ちゃんとカナちゃんに雪ちゃんは、杉野さんと一緒に、モールの入り口まで避難をしたし、人目を気にする必要は無くなった。
さぁ、僕の怒りはまだ、収まってなんかいないよ。
「作戦タイムは終了か~い? 雑魚が1匹増えた所で、何も変わりは――」
「妖異顕現、黒焔狐火!!」
「――っ?! 無駄だ!」
そう言うと閃空は、扇風機の羽を回す様にして、1個のヨーヨーを回転させると、僕の放った黒焔を弾いた。
でも、それは弾かれると思っていたよ。だから今度は、あることを試してみる事にしよう。
「妖異顕――」
だけど、妖術を発動しようとしたその隙を、閃空は見逃さなかった。僕の死角から、2つのヨーヨーが飛んで来ている。
「あのねぇ~! お前等は妖術を使う時に、隙がありすぎるんだよぉ!」
「だから、それを私が補うんでしょうが!!」
その相手に反応するようにして、美亜ちゃんがそう叫ぶと、死角からのヨーヨーを見事に弾き、僕の横で閃空を睨みつけた。
「ありがとう美亜ちゃん。いくよ、妖異顕現! 黒焔狐火――」
「なに? またそれ? 無駄だって――」
「――からの、黒羽の矢!!」
「――なっ?!」
僕が試したかった事、それは――妖術の二重発動!
影絵の狐の形にした手の先から、黒い焔を固定させ、そこに黒羽の矢を発射する。
この黒羽の矢は、実体の無いものを貫くけれど、実体のあるものはすり抜けてしまう。だけどそこに、黒焔を追加させる事で、実体のあるものを燃やし、そしてそのまま、黒羽の矢の性質ですり抜け、次々と燃やして行く……というコンボなんだけれど、果たして上手くいくのかな。
「だから……甘く見るなって、言っただろう!!」
だけど閃空は、更にもう2つのヨーヨーを取り出し、それを僕の黒焔の矢に向けて飛ばした。それと同時に、そのヨーヨーから激しく炎が噴き出してくる。
新たな2つのヨーヨーに、小さな穴がいっぱいあるなぁって思っていたら、そこから炎が噴き出してきましたよ。炎のヨーヨーって……それは危険過ぎる。
「ははっ! このヨーヨーの中には、錬気を使い、炎を噴き出す札を使っているんだ! これで、お前の炎と相殺――えっ?!」
残念だけど黒羽の矢は、実体の無い物とか、物体以外の物を射抜くんですよね。だから、ヨーヨーの周りの炎は、その矢で射抜き、ヨーヨー自体は黒い焔で燃やす。
やったね、これは成功です。ただし、妖気の減りが気になるかな。
「ちっ! 予備を持って来ていて正解だったか」
すると、燃えたヨーヨーを捨て、腰に付けた変なポーチから、また新たなヨーヨーを取り出してきた。もしかして、あれも妖具かな……。
「また厄介な物を。あれはね、さっき盗みをした奴が持っていた物の、逆バージョンみたいな物よ。別の鞄や入れ物に保管した物を、あそこから取り出せるのよ」
閃空の動きに警戒しながらも、美亜ちゃんが僕にそう言ってくる。
因みに、今僕達が攻撃をしないのは、相手が口に札を咥えているから。僕達が突撃したら、カウンターで何か狙ってくるよね。
「それにしても……ただの人間が、何であんな大量の妖具を持ってるの?」
「あっ、そっか。美亜ちゃんは聞いて無いんだっけ。滅幻宗の持つ妖具や、あの変なお札は、全部亰嗟が売りつけているかも知れないってさ」
不思議そうな顔をしながら言ってくる美亜ちゃんに、今度は僕が説明する。
「あ~ら、それは何だか臭いわね……巨悪が潜んでいそう。良いわね、そういうの解決出来れば、皆に一目置かれるわよね?」
美亜ちゃん、何を考えているんですか?
駄目ですよ。僕達はまだ、そこまでの任務を行う許可を貰っていませんよ。せめて、白狐さん黒狐さんと同じライセンスにならないと、駄目なんですよ。
「今は緊急事態だから、こいつと戦っているけれど、任務レベルとしたら、これもうSランクよね。椿! 絶対勝つわよ!」
「分かってるから、敵に集中して下さい! ヨーヨー来るよ!」
僕がそう叫ぶと、美亜ちゃんは咄嗟に、飛んで来たヨーヨーを弾いた。
「痛いわねぇ、何このヨーヨー。良く普通に飛ばせるわね」
やっぱり、痛かったんですね。
弾いた時に顔をしかめていたし、さっきのヨーヨーは、鉄の様に固くて重いヨーヨーだったと思う。今もまだ、手をプラプラさせていて、その痛みを引かせようとしているよ。
「とにかく美亜ちゃんは、そうやってヨーヨーを防いでいて。何とか隙を突いて、新しく頭に浮かんだ妖術で、こいつを倒してみせる!」
「分かったけれど、私もあんまり大量には防げないからね」
そして僕達は、また一緒に横に並び、前にいる閃空を睨みつける。
するとそいつは、また格好を付けるかの様にして、吹き抜けのアクリル板の上に立ち、偉そうに僕達を見下ろしてきた。
「仕方ないなぁ……雑魚相手に、ここまでの事はしたくないが、見せてやるか。俺の実力をな!」
閃空はそう言うと、さっき美亜ちゃんが説明したポーチから、更に5つのヨーヨーを上に放り投げ、そして落下してくると同時に、1本1本の指にスルリと通し始める。
ちょっと待って……さっきまで、合計5つのヨーヨーを使っていたから、これってまさか、指の数と同じだけ、そのヨーヨーを扱えるって事ですか?
そんなのは無理だと、僕がそう思っていたら、それを裏切るかの様にして、閃空が10本の指で、10個のヨーヨーを操り始めた。
指がグニャグニャと、まるでタコみたいになっていて、ヨーヨーを器用に動かしていますね。し、信じられない……こんなの神業どころじゃないじゃん。
「わ~スゴいスゴ~い」
「美亜ちゃん! 拍手なんかしない!」
敵の技が凄いのは分かるけれど、本当に拍手なんかしている場合じゃ無いでしょ。
「あんたね、落ち着きなさいよ。私は、こいつのあまりの馬鹿らしさに、拍手をしていただけよ。ちょっと耳貸しなさい」
そう言うと、美亜ちゃんが僕の耳に向かって、ヒソヒソと小声で作戦を伝えてくる。
あ~なるほど……そう言う事ですか。それなら確かに、僕達でも勝てそうですね。
「良い? 相手はただの、自慢したがりのガキよ。多けりゃ良いってもんじゃ無いの。それを分からせてやるわよ!」
「うん、分かった!」
美亜ちゃんの作戦、何だか上手くいきそうな気がする。
それに、何かこの空気が……良いな。パートナーと一緒に戦う、この感覚。
そっか。これが何だか嬉しいのは、今の僕と美亜ちゃんって、まるで白狐さんと黒狐さんみたいなんだ。
お互いを信用しあっていて、そして共闘するこの感じ。
よっぽどの親友でなければ、これは出来ない事。いつの間にか、美亜ちゃんとそんな関係になっていたって分かって、僕は嬉しいんだ。
いけないいけない、何度も言うけど、今は戦闘中だよ。
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