第拾肆話 【1】 白昼堂々の盗っ人

 昼食の後は、いよいよ水着選びという事で、皆で水着売り場に来ています。


 水着が沢山あって、何にすれば良いか分かんないや。


「どうしよう……僕の場合、何が似合うんだろう」


 どういった物が僕に似合うのか、それがまだ分からないし、カナちゃん達に着いて来て貰って良かったです。


「う~ん、そうねぇ……椿ちゃんは妹っぽさがあるから、ビキニタイプじゃなくて、ワンピースタイプの可愛い系なら萌えるかも……あっ、でも、ビキニもそのギャップがあって良いかも……う~ん、どれが1番萌えるかなぁ」


 あれ、人選失敗したかな? またカナちゃんが、涎を出して妄想し出しました……。

 最近のカナちゃんはこんな調子ですよ。素を出しても嫌われないって分かってから、完全に暴走しちゃってます。


「えっと、雪ちゃんはどんな水着を?」


 カナちゃんの妄想が収まりそうに無いので、雪ちゃんに聞いてみる。

 他の人がどんな水着を着ているのか聞けば、僕が似合いそうな水着が、ある程度は分かるかも知れないからね。


「私は競泳タイプ」


「え~あれって、ビキニよりも恥ずかしくないですか? その、お尻とか……」


「それハイレグ。そうじゃ無いのもある」


「えっ、それってスク――」


「それでも無い」


 あっさり否定されちゃました。でも、だいたいどんなのかは想像出来ました。

 だけど、雪ちゃんみたいに細くて、スタイルのいい人ならって感じですね。僕じゃ変になるよね。


「大丈夫。ビキニでもあんな風に、フリルがついたやつなら、椿に似合う」


 そう言うと雪ちゃんは、通路側からよく見える様に展示してある、いくつかの水着の内の1つを指差してくる。

 その水着に目をやると、一瞬で「この水着にしよう」って思っちゃいました。

 無地で薄いブルーだけど、胸元にもフリルが付いていて、なんか可愛いですね。


「ふ~ん。まぁ、椿にはこれ位で良いんじゃない? あんたは大人っぽいのよりも、こういう可愛いのが良いしね」


 夏美お姉ちゃんも、僕が見ている水着を見てそう言ってくる。

 うん、割と簡単に決めちゃったけれど、皆が悪くないって言っているし、これにしよう。


「あ~でも、紐ビキニでも良いわねぇ……恥ずかしがってモジモジされると特に――」


 それと、カナちゃんはまだ妄想中です。

 妄想癖があるなんて知らなかったけれど、そろそろ戻って来て欲しいかな。


「お~い、カナちゃ~ん」


「あぁ、でも……スク水もありかも~」


 駄目だ、聞いてないや……。

 人前で変な事を色々と口走らないで下さい、皆見てるよ。


「カナちゃん!」


「ひゃいっ?!」


 カナちゃんの肩を叩いたら、ようやく反応してくれました。でも驚き過ぎ……こっちがびっくりしました。

 その後カナちゃんは俯いてしまい、しばらく申し訳無さそうにしていました。


 別に僕は気にしてないけれど、周りの視線が恥ずかしかったのかな。

 これで少しは、妄想癖がマシになってくれたら良いだろうけれど、僕が買おうとする水着を見た瞬間、また変な妄想をしかけたのか、頭を横に振り、その煩悩を払っていました。


 ―― ―― ――


「さ~て、帰るにはまだ早いね。椿ちゃん、ついでに小物も見ていく?」


 水着を買い終わり、余った時間をどうしようかと、カナちゃんが話してくるけれど、必死にさっきの事を無かった事にしようとしているよね。


「そうねぇ、椿はまだまだ女の子らしく出来てないし、せめて身の回りの物だけでも、女の子らしくしちゃいましょうか」


 夏美お姉ちゃんも、そんなカナちゃんに同意してくる。


 やっぱり、皆の中では1番年上だし、保護者というか、お姉さんらしい所を見せようとしていますね。

 だから、カナちゃんがさっき妄想していた時も、優しく見守っていました。単に面白がって見ていただけかも知れないけれどね……。


 それにしても、女の子は大変ですね。

 身の回りの物でも、色々と揃えなきゃいけない物があるみたいです。雑貨屋に行く間、その辺りの事を沢山教えられました。


 ついでに美亜ちゃんの方は、皆には見えていないし、反応したら不味いので、黙って僕達に着いて来てくれています。

 キョロキョロと辺りを見渡したり、お店の商品を興味津々で見ていますから、美亜ちゃんは美亜ちゃんで楽しんでいるっぽいですね。


 ―― ―― ――


「え~と……先ずは、小物を入れておくポーチね。化粧はまだしないでしょ?」


「け、化粧?! う~ん……確かに、まだそこまでは……」


「でも、その内それもしないといけないからね。とりあえず、先ずは入門って事で、色々と見ていくわよ」


 雑貨屋に着いた後は、夏美お姉ちゃんが率先して、色々と見てくれています。


 実はこのあたりの事は、カナちゃんは疎いらしいし、雪ちゃんもそこまでは詳しく無いって言っているし、美亜ちゃんは――花より団子と言ってました。皆意外と知らなかったようです。まだ中学生だもんね。


 でも美亜ちゃんの方は、化粧くらいはしていると思っていたけれど、そうでもなかったみたい。綺麗な髪に、整った顔をしているのにね。


「あ~もう……あんたらもさ~そろそろ身なりとか考えなって。しょうが無いから、お姉さんが全部見て上げるわ」


 その事を聞くと、夏美お姉ちゃんは僕たちの女子力の低さに驚き、あり得ないって表情をした後、そんな事を言ってきた。


 この中で、女子力が1番高そうなのって、やっぱり夏美お姉ちゃんっぽいし、僕はありがたいけれど、他の3人はお姉ちゃんのその対応に、ちょっと意外な顔をしています。お姉ちゃんも、女子力が低いと見られていたのかな。


 夏美お姉ちゃんって本来は、誰とでも直ぐ仲良く接しちゃうんですよ。それってやっぱり、ギャルだから何でしょうか。


「う~ん、クシとか手鏡、やっぱりそう言うのはいるんだね。鞄とかに入れると、結構かさばりそうだけど……?」


 とりあえず僕は、夏美お姉ちゃんが色々と手に取っている物を見ながら、質問をしていきます。


「あのね、女の子が常に大きめの鞄を持っているのは、こういうのが入っているからなの。あっ、それと、あとでリップクリームも買うわよ」


 夏美お姉ちゃん、生き生きしていますね。皆でお買い物なんて、久しぶりなんだろうね。

 それと、僕を見る目も変わったらしく、本当に昔の事が嘘の様で、最初から仲の良い姉妹みたいに接してくる。周りの人達にも、そう見えてると思うよ。


 そして僕も、それが嬉しくてつい顔が綻んじゃいます。

 今になって気付いたけれど、僕は夏美お姉ちゃんと、仲良くしたかったんだ。だって、血は繋がって無くても、姉弟として一緒の家で過ごしていたんだもん。それがようやく叶ったから、こんなにも嬉しいんだ。


「……そう言えばさ」


「な、何?」


 すると、色々と見繕っていたお姉ちゃんの手が止まり、僕を見てくる。

 夏美お姉ちゃんの真剣な顔に、何を言われるんだろと心配になってしまい、思わず体が強ばっちゃいます。僕のこれは、昔のトラウマだね……直さないと。


「あんた、“アレ”は来てるの?」


「アレ?」


「月1で来る、女の子特有のやつよ」


 夏美お姉ちゃんが小声なのは、人目があるからですね。

 確かに、それは聞かれたらちょっと恥ずかしいですからね。でも大丈夫です、それはこの前、初めてきましたよ。しかもテスト前にね……もう死ぬかと思いましたよ。


 これは人によって、その程度は様々らしいよ。軽い人は良いけれど、これが重い人は、もう病気と間違えてもおかしく無いレベルみたいです。

 僕は恐らくだけど、軽くは無いだろうし、かといって重くも無い。多分、ちょうど中間くらいですね。だから、結構ダルかったので大変でしたよ。


「そっかそっか。それじゃあ、それは大丈夫よね」


 多分夏美お姉ちゃんは、着けるやつを心配してくれたんだと思う。大丈夫です、里子ちゃんに教えて貰ったので。


「ん? ねぇ、ちょっと。あいつ、何かおかしくない?」


 要るものを全て揃え、とりあえずお会計をしようと思った矢先、美亜ちゃんが急に話しかけてきた。

 いきなり話しかけないでよ、つい返事をしちゃいそうになったよ。


 とにかく、美亜ちゃんが見ている方向を、僕達もソッと見てみると、そこに明らかに挙動不審な、小太りした男性の姿がありました。


 夏なのにチェックの長袖で、ズボンにシャツを入れてしまっている。そして、大きめの鞄を背負い、辺りを伺うようにキョロキョロとしています。

 その行動が怪し過ぎるせいで、通り過ぎた人達が、その人を二度見しているくらいです。


 それでもその男性は、僕達の目の前で、とんでもない事をしました。


 腰にもポーチを着けていて、そこからちょっと大きめの、がま口の財布みたいな物を取り出すと、その口を開ける。

 すると、そこから舌の様な物が伸びて来て、目の前のガラスケースに音も無く入ると、そこに入っていた高そうな時計を掴み、そのままケースから盗み取ったのです。


「えっ?」


「何ボーッとしているのよ、あれは妖具よ。あいつ……あの妖具を使って、ガラスケースを割らずに時計を盗んだの。行くわよ!」


「あっ、えっ、ちょっと……」


 美亜ちゃんが走り出したので、僕はお金を夏美お姉ちゃんに渡し、事情を話してお会計を任せると、急いで彼女の後を追います。

 その後ろを、カナちゃんと雪ちゃんも慌てて追いかけて来ています。


 こんな人の多い所で、妖怪か半妖が、堂々と盗みをするなんて思わなかったよ。生活に困っていたにしても、やっちゃいけませんよ。


 そしてそれを、僕達に見られてしまったのが、運の尽きでしたね。

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