第拾参話 【2】 初めての○○
ショッピングモールに着き、そのまま中に入った僕達だけど、実はある問題に気付きました。
夏美お姉ちゃんは、普通の人間なのです。
つまり、妖怪御用達の服屋には入れない、という事になります。
因みにその服屋は、非常階段の途中にあって、そこに細工がしてあり、妖怪だけが入れる様になっていると、美亜ちゃんが言ってました。
そう言うわけで、僕と夏美お姉ちゃんだけが、別行動になりました。
僕は耳と尻尾が隠せるので、人間のお店でも大丈夫なのです。だけど、行きたかったなぁ……妖怪の服屋さん。でも、また行く機会はあるよね。
そして水着の方は、美亜ちゃんはあると言っていたので、カナちゃん達と一緒に、人間のお店で選ぶ事になりました。
「ほら、椿。ブラを買うのもだけど、先ずはちゃんとしたサイズを測らないと駄目でしょ」
「ぬぅ、やっぱり測らないといけませんか……」
そして今僕は、ランジェリーショップの前で深呼吸をしています。それは、自分は女の子だと言い聞かせる為なんです。
本当に、早く男の子の精神というか、この感情を無くしたいですね。記憶に関しての不安はあるけれど、その方が自然なんだもん。
「いらっしゃいませ~」
「あっ、すみません。この子のバストのサイズを測って欲しいんですけど」
夏美お姉ちゃんが先にお店に入り、店員さんに話しかける。
お店の雰囲気は、清潔感があって明るいですね。そして、所狭しと飾られている、ブラの数々――って、あれ? 下着も一緒に飾られている? これって、一緒に買う事になるのかな。
「ほら、椿。何やってんの? 測って貰いな」
「えっ? あっ、うん」
やっぱり、人に見せる事になるのですね。恥ずかしいけれど、これは我慢しないといけない事ですね。
それでも、ちょっとだけ顔が赤くなっちゃうのは、もうしょうが無いんだ。
「あっ、服はそのままで大丈夫ですよ~」
「へ? あっ、はい……」
僕が決意をし、試着室の中で服に手をかけた瞬間、そんな風に言われました。店員さん、素早いですね。
それよりも……今は別に、服を脱がなくても測れたりするんですね。何だか、無駄に恥ずかしい思いをしてしまいましたよ。
その後、テキパキと店員さんが測ってくれたけれど、ブラを着けていないのが怪しまれましたね。
僕のは小さいし、色付きTシャツで誤魔化せるからって、そう言い訳をしたんだけれど、胸の先端が目立ちそうになっていたので、苦しい言い訳でした。店員さんにも、それを言われちゃいましたよ。
「お待たせしました、お姉さん。一応、今はBで良いでしょうけれど、恐らく直ぐにキツくなると思うので、Cも用意しておかれた方が良いですね」
店員さんの言葉に、夏美お姉ちゃんは納得しているけれど、僕としては何でそんな事が分かるのか、謎でしょうが無いです。
「ねぇ、何でそんな事が分かるの?」
測り終えた後、店員さんお薦めのブラを見ている夏美お姉ちゃんに、小声でそう話しかけた。
「そりゃ、あと数センチでCになるからよ。成長期だったら、あっという間にCになるから、念のためにそれも用意しときなさいって事。あっ、これなんかどうよ?」
という事は、やっぱり成長しているという事ですか。
最初、女の子になった直後は、確かもうちょっと小さかったはずなんだけど……。
そして夏美お姉ちゃん……目をキラキラさせながら、そんな細かな装飾の入った物を選ばないで下さい。
それ、凄く大人っぽく無いですか? 僕はまだ中学生なんだし、大人っぽい色気のある物よりも、可愛い感じの方が良いんじゃ――って、いつの間にか本気で選んじゃってるよ。
いや、別に良いんだよ。女の子だったら、自分のブラは自分で選ぶのです。
とにかく、上下セットで買うと合わせやすい様なので、上下セットを3つと――この、お姉ちゃんが勝手に入れた、やたら気合いの入った下着は戻します。
「あっ、ちょっと~ちゃんと勝負下着は用意しないと――」
「そんなのは要らないです。良いですか? 勝負下着なんて着けていたら、遊んでるって思われるから、殆どの人がマイナスイメージなんだよ。男性の好みや歳にもよるけれど、白狐さん黒狐さんは、これでは喜ば――」
その途中で、夏美お姉ちゃんがニヤニヤしているのが見え、ようやく自分が何を喋っているのか気付きました。
ここがランジェリーショップで助かったけれど、他のお客さんも微笑ましい目で見ているし、やっぱり恥ずかしいです。
またやっちゃいましたよ……。
実は僕、下着の事は下調べをしていたのです。そうしないと、お店に行った時にうろたえていたら、怪しまれちゃうからね。
とにかく、他にも単品でブラを2つ取り、僕はレジへと向かいます。
「あっ、そういえばあんた、お金は持ってるの?」
「大丈夫です。おじいちゃんにお金の管理を任せていて、自分で稼いだ分の中から、適量を貰っています」
あれからも、何回か依頼をこなしているけれど、使う事もあんまり無いので、僕の預金の方は、中学生ではあり得ない額になっています。本当に、こんな大金どうしよう。
とりあえず依頼の事と、自分で稼いだ大まかな金額を、不思議な顔をする夏美お姉ちゃんに言うと、凄く驚かれちゃいました。
そしてその後に「妖怪って羨ましい」なんて呟いたのが聞こえました。
その代わり、命がけなんだよ。それでも良いのかな。
―― ―― ――
その後は、皆と合流してお昼ご飯なんですが、別に妖気が減っていなくても、僕達だってお腹は減るし、妖怪食は毎日3食、しっかりと食べておいた方が、妖気がちゃんと安定するのです。
でも今日は、人間用のご飯になると言ったら、里子ちゃんからある物を渡されました。
それは『妖怪サプリメント』と言う、妖気を補充する為の、お薬の様な物です。
そう考えると「妖気」って、人間でいう所の、活動をする為には欠かせない、重要な栄養って感じですね。
だけどこのサプリメント、意外と柔らかい? と思ったら、今度は硬くなった。あっ、また柔らかくなった――って、何ですかこれ……。
「そっか、あんたそれを飲むのは初めてよね。柔らかい時に噛んで飲むの、分かった?」
困惑した僕の様子を見て、美亜ちゃんがそう言ってくるけれど、これ変化する時間、多分1秒位しか無いよ? タ、タイミングが難しいな……。
「ん~? んっ、あぐっ?!」
もちろん、硬い時に噛んじゃいました。
これ、変化するのが早いってば……慣れるまでは、こうやって失敗しそう。
「妖怪って、大変ねぇ……」
そんな僕を見ながら、さっきまで羨ましがっていた夏美お姉ちゃんは、今は「人間で良かった」なんて顔をしながら、オムライスを口に運んでいます。
そういえば良く見ると、美亜ちゃんもオムライスを――って、あれ? そのオムライス、いったいどうしたの?
不思議に思った僕が、そのオムライスの事を聞くと、美亜ちゃんは自慢気になりながら、答えてくれた。
「ふふ、ちょっと裏技というかね~実はあのカウンターにはね、ここと全く同じ場所にある、妖界のショッピングモールと繋がっていて、全く同じフードコートがあって、全く同じお店があるの。そのお店のカウンターと、ここのカウンターが繋がってるの。これは、そこから注文したのよ」
そう言うと美亜ちゃんは、そのカウンターを指差しながら続ける。
「あんたにも見えるでしょ? そしてもちろん、これは妖界食よ。あっ、そうそう。私もこの食べ物も、周りの人間には見えないから、そのつもりでね」
そして美亜ちゃんは、器用にそのオムライスを食べ始める。
妖気の含んだ物は、例え人間の食べ物ベースでも、人間には見えません。それが存在しているんだと、しっかりと認識してから、初めて見えるのです。
だから夏美お姉ちゃんは、美亜ちゃんも妖怪食も見えています。僕が妖怪だって、ちゃんと認識しているからね。
それにしても、注文口が1個多いな~とは思っていたけれど、あれは妖界の方の注文口だったのですね。
あとは、その……いい加減、夏美お姉ちゃんは慣れて下さい。その、妖怪食を見るのを。
そうやって驚きながら、ケチャップを吹き出すオムライスを、じっくりと眺めないで。それって他の人から見たら、何も無い空間を凝視しているんだからね。それに、昨日はもっと凄いのを見たはずだよね……。
とりあえず僕は、夏美お姉ちゃんの肩を突いて、その事を注意しておきます。この調子で、この後も大丈夫なんでしょうか?
あのおじいちゃんの家で働くとなると、少なくとも妖怪食を作る手伝いもするはずだよ? ちょっとだけ、夏美お姉ちゃんの事が心配になってきちゃいました。
それとね……。
「カナちゃん、雪ちゃん。さっきから、2人で何の雑誌見てるの?」
2人が見ている雑誌、表紙が僕だった様な気がする。
その時点で、多分この前見た雑誌の、最新の物だと分かったけれど、こんな所で見ないで下さいよ。
「あ、あははは……いや~椿ちゃんの水着姿を、この雑誌に特集として――」
「却下です!!」
僕はアイドルか何かじゃないんですよ!
ファンクラブがある時点で、学校のアイドルにされちゃってる気もするけれど、とにかくそんな恥ずかしい事は、もう止めて欲しいです。
そうなると、この2人の暴走を何とかしないと……。
そして僕も、目の前のオムライスを一口食べてから、ゆっくりとため息をついた。
何で僕の周りには、変な妖怪とか半妖しか、集まらないのでしょうか。
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