第拾肆話 【2】 泥棒を捕まえろ!

 妖具を使って万引きをした男性は、足早にその場から離れて行く。

 展示してあるガラスケースから盗ったんだから、流石に店員さんも気が付くと思ったんだけれど、全く気付かない。


 ガラスケースを割って盗んだんじゃなくて、がま口から飛び出した長い舌が、ガラスケースをすり抜けて盗ったんだもん、現実離れした盗り方に、誰も気付いていないんだ。


「あれはきっと、カエルの半妖の人が使う妖具ね。壁とかケースとか、そういう隔たりを無視して、物を盗み取る事が出来るの」


 美亜ちゃんの後を追いかけながら、カナちゃんが僕の横から話しかけてくる。もちろん、周りの人に聞かれないようにだけどね。


「それじゃあ、あの人はカエルの半妖なの? でも、あの道具からは妖気を感じるけれど、あの人からは全く妖気を感じないよ」


 僕のその言葉に、カナちゃんも雪ちゃんも驚いています。

 それもそうですよね。妖具を使っているのは、その殆どが半妖ですから、多少なりでも妖気を感じるはずです。


「待ちなさいよ! あんた!」


 そして、真っ先に走り出していた美亜ちゃんが、男性の前へと回り込み、両手を広げて仁王立ちしました。


「ひっ、な、何だ?! このコスプレーヤーは!」


 そういう言い方をするって事は、この人はオタクさんなのかな? 一般の人なら、ただ驚くだけのはず。

 それと、美亜ちゃんが見えているって事は、妖怪が存在していると認識しちゃっていますよね。


 やっぱり、普通の人間じゃ無い。


「あんた、今さっきそこのガラスケースから、時計を盗んだでしょ?」


「な、何の話ですか? い、言いがかりは止めてくれないですか?」


 そりゃ否定するよね。でも、ちょっと動揺しすぎです。それじゃあ説得力が無いよ。

 そして、僕達もようやく美亜ちゃんに追い付き、その男性を囲みました。


 相手は見た所、成人男性ですね。

 これ普通なら、女子中学生が大人を取り囲んでいる状態だから、相手は当然だけれど、強気な態度になる。この男性も、僕達しかいないと分かるや否や、態度を変えてきた。


「はぁ……何だ、ガキばかりか。良いか、ガキが刑事気取りで、何の証拠も無しに大人を追求するんじゃ無い。親はどこだ? いや、インフォメーションに突き出すか。とにかく、大人を舐めるなよ……」


 そう言うと、その男性はジリジリと美亜ちゃんとの距離を詰めてくる。

 見た目気弱そうな人だけれど、自分よりも弱いと判断したのか、凄い強気ですね。


「椿ちゃん。影の妖術で、あの背中の鞄の中身を出せないかな?」


 そんな時、僕の横にカナちゃんがやって来て、バレない様に僕の耳を引っ張ると、そう囁いてきた。


 いやちょっと……引っ張らないで下さいよ。それと、このやり方だとバレるよ。


「――っ、出来るけど、何で?」


「あのがま口の妖具はね、入れた物を別の入れ物に移す事も出来るの。窃盗に良く使われる妖具で、私も聞いた事があるからね」


なるほど……それは確かに、窃盗にはうってつけの妖具ですね。

 相手の男性の正体が、半妖かどうかなのは一旦置いておいて、先ずは絶対に言い訳出来ない状況にすれば良いんですね。


「妖異顕現、影の操」


 そして、相手の男性に気付かれないよう、小声でそう言うと、妖術を発動させて、自分の影の両腕を、周りにバレない様にしながら伸ばしていく。

 その影の腕で、男性の背中のバックの口を、ちょっとずつ開けていきます。チャックが全部キッチリと閉じていなかったので、このまま全部開けられそうですね。


「えっ、な、何だ……? わぁ!? か、鞄がぁ!!」


 一気にその鞄の口を、両方とも全開まで開けると、そのまま影の腕で、鞄の底をしっかりと持ち、中身を全部ひっくり返しました。


 ちゃんとしっかりとチャックを閉じないと、こうやって中身ひっくり返えるよ。


 するとその中から、いっぱい色んな物が出て来て、ショッピングモールの床に散らばっていく。

 それは殆どが貴金属で、どれも高そうな物ばかり。売れば凄い額になりそうな量を盗んでいました。


「あら? あんたそれ、どうしたの? あんたみたいな奴が持つには、不自然な物よね~」


 それを見た美亜ちゃんが、男性に気付かれない様に、僕に向かってウインクをし、そのまま腕を組むと、呆然としている男性を睨みつけた。


 何だか楽しそうですね、美亜ちゃん。


「あ、あぁぁ……」


 追い詰められた男性は、その顔色が一気に真っ青になっている。これはどう言い訳しても、言い逃れの出来ない状況で、それを見てかなり絶望しているみたいです。


 周りの人達も、いったい何が起きたのかと驚き、ここに集まり始め、そして散らばった貴金属を見て、事の重大さに気付かれました。何人かが、インフォメーションまで走って行くのも見えたよ。


 これは、詰みましたね。

 だから僕は、男性に向かって自首するように促します。その前に、聞きたい事があるんだった。


「大人しくした方が良いと思うよ。でもその前に、聞かせてよ。あなたは、半妖なのですか?」


 男性の後ろから、僕がそう話しかけるけれど、男性はその声には反応せず、肩を震わせている。


「ふ、ふふふ……ちくしょう、ちくしょう。だったら、せめてこれだけでもぉ!!」


 するとその男性は、腰に付けたポーチから、あのがま口の妖具を取り出すと、そこから僕達の目でも追えない位のスピードで、僕達に向かって、何本もの舌を伸ばしてくる。


 これ、舌は1本だけじゃなかったのですか……。


「っ……?!」


 慌てて貴重品の入ったポーチや鞄を押さえるけれど、多分駄目ですよね。お財布……盗られちゃったかも。

 あれ、でも……それ以上に違和感がある。その……ズボンの中というか、ある物が無くてスースーする……ま、まさか、


「ふ、ふふ。ぐふふふふ……女子中学生の生パンツ、ゲット~!!」


「わぁぁあ?! 下着だけ盗られたぁ!」


「わ、私もぉ!」


「ちょっ……最低!」


「フーフー、あ、あんたぁ……返しなさいよぉ!」


 僕も含め、カナちゃん達まで盗られちゃってる。さ、最悪です、この人最悪です! もう許さない。


「ぐ、ぐふふふ……す、素敵な戦利品だぁ! ヒャッホー!! お宝にしちゃうもんねぇ!」


「「「「ふざけるなぁ! 返せぇ!!」」」」


 全員が怒り心頭し、大声で男性に叫ぶも、僕達がショックを受けている間に、囲いを突破した男性が、そのまま凄いスピードで逃げ出していく。


 ふざけないで、絶対に逃がしてなるものか!

 だから、僕達も急いで男性を追いかけます。正体とか、どうでも良くなっています。


「このロリコン変態犯罪者! 牢屋に入れるだけじゃ済まさないです!」


 白狐さんの力で、僕は男性を追いかける。人外の力だからね、あっという間に男性に追いつきました。

 この男性も、普段から追われるような事をしているのかは知らないけれど、中々に逃げ足は速いです。でも、相手が悪かったね。


「ひ、ひぃぃい! な、何だお前! り、陸上でもやってるのか?!」


「そんな所、です!」


「げふぅ?!」


 男性と十分に距離を詰めていった僕は、両足にありったけの力を込め、男性の背中目がけてタックルをし、何とか捕まえる事に成功した……けれど、力を込めすぎたので、そのまま真っ直ぐ、服屋のワゴンに突っ込んでしまいました。


 や、やりすぎた……。


「い、いたた……や、やっちゃった。あっ、でも、僕達の下着!」


 急いで立ち上がると、伸びてしまった男性の鞄を探ります。だけど、さっきの場所には入っていない。でも、この鞄はいくつも入れる場所があるから、きっと別の場所に入れたね。

 そうやって、徹底的に鞄の中を確認していくと、小さなポケットの様になっている所が、不自然に膨らんでいるのを発見しました。多分ここだ、と思って開けると……。


「うわっ……な、何これ!」


 そこには、更に大量の女性物の下着が入っていました。しかも良く見ると、全部中学生か、もしくは小学生位の子達のばっかりですよ。子供っぽいのばっかりだもん。

 ただ1個だけ、黒の紐タイプのがあったけれど、間違えて大人の人から盗んだのかな……。


 どちらにしても、この人はもう、牢屋に入れるだけじゃ済まされないですね。

 女の敵どころじゃない、この危険人物は、僕が直々に罰して上げないといけません。そうしないと、僕の気も済まないです。


 その後、僕はなんとか自分の下着を発見するけれど、手に持ったまま一瞬考えちゃったね……ここで穿こうかなって。

 いや、流石にトイレに行かないといけないけれど、この人を放置するわけにもいかない。


 とにかく、皆のは後から確認して貰うとして、それまでにちょっとだけ、こいつに罰を与えておきましょう。下着を穿くのは、それからかな……。


「はぁ、はぁ……やっと追いついた――って、あんたもう捕まえたの? 全く、羨ましい力ね」


 僕が、新たに覚えた妖術を使おうとした所で、美亜ちゃんが追いついて来ました。それとその後ろから、カナちゃんと雪ちゃんもやって来ていますね。


「ちょっと椿、あんた何するの?」


 そして美亜ちゃんは、近くにあった紐タイプの、あの黒いパンツを見つけると、それを咄嗟に引っ掴んで回収した後、僕に話しかけてきた。でも残念、僕は見えていたよ。それ、美亜ちゃんのだったんだね。


「ちょっとね……他にも大量に、女の子の下着を盗んでいた様なので、牢屋に入れるだけじゃ許せない。だから……」


 すると、美亜ちゃんが僕の腕を掴んで止めてくる。


「止めときなさい。勝手に人間に罰を与えるのは、妖怪の法律で禁止されてるの。違反したら、妖界の牢獄に幽閉されるわよ。あんたの姉の時とは違うから、今回は勝手な事したら罰せられるわよ」


「えっ?」


 美亜ちゃんのその言葉に、僕は背筋が凍った。

 彼女が止めてくれなかったら、危うく法律違反をする所だったよ……。


 そういえば夏美お姉ちゃんの時は、おじいちゃんが罰を与えるのを許していたっけ?

 ということは、罰を与えるのを許可されるには、何か条件がいるみたいですね。それは残念です……。

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