第拾話 【2】 今はまだ……

 さて、火車輪も解いたし、戻ってとうるさい2人も倒しました。あとは、負なる者にトドメを刺して、この地を浄化するだけ。

 元々は土地神だった者だから、少し抵抗を感じるけれど、先程の3人から妖気を頂きましたので、これなら何とかなるでしょう。


「はぁ、はぁ……わ、私達まで、こんな……」


「は、初めてが……私の初めてが……」


『くっ、接吻で妖気を吸い取るとは……どうりで、我が負ける訳だ』


 2人が半妖で、妖怪に比べて妖気が少ないので、補助的な感じで頂いておきました。だけど、これで何とか体も動かせるようになりましたね。


「堪能しましたか? それに、たっぷりと愛情ある接吻をさせて頂いたので、私が悪い妖狐じゃないというのは、分かりましたよね?」


 それでも、この方達は納得のいっていないご様子です。

 ですが、今は良いでしょう。こちらを睨みつける、この負なる者を滅さないといけませんからね。


「くっ、あり得ない! 金狐の力を越えてるわよ。いったい何なのよ、その力は!」


「いい加減諦めなさい、負なる者。まだ私に牙を向きますか。そうですね……では先ず、この地を浄化して、あなたの目的を無くしてしまいましょうか」


 こいつの目的は、祟りや他の妖怪によって汚された、負の力を封じる為に使われる、ある呪符の回収。

 負の念によって汚れたそれを、毒石『殺生石』の要にするつもりのようですからね。


 だからこれ以上、この負なる者の好き勝手にはさせません。


「それでは、先にこの地を浄化しちゃいましょう。天神招来――」


「くっ、そんなのさせな――あぐっ?!」


「妖異顕現、妖霊封鎖ようれいふうさ


 残念ですが、今の私は片手で1つずつ、交互に術を使えます。妖術と神術をね。

 どちらも同じ様にして、手を狐の形にしないといけませんが、それでも簡単なものです。


 そして、妖怪や悪霊等を動けなくするその鎖は、そう簡単には解けませんよ。必死に藻掻いても無駄です。


「――浄化浄霊」


 あとは狐の形にした手を、その指先を床に付けるだけ。それだけで、半径3㎞程にいる悪霊や祟りを、一斉に浄化出来ます。

 とはいえ、ここは土地神が祟り神となっている場所。そう簡単にはいきませんよね。


 仕方ないので、元になっている御方を浄化させ、成仏させるとしましょう。今は、それしか手が無いですね。


「何……これ、暖かい力が広がっていく……」


『いかん、椿。いくら何でも、それは……』


 心配しなくても大丈夫です。ほら、2階で様子を伺っていた悪霊は、たった今成仏しましたよ。

 因みに、この家に居た妖怪達は、私が現れた瞬間に、それはもう化け物が現れたかのようにして、一目散に脱出して逃げて行きました。


「さて。では次は、あなたを……おや?」


 今度こそ負なる者を、と思ったのですが、またしても体が思うように動きませんね。


 本当にこの体は、どうなっているのでしょう?


 そうしている内に、いつの間にか最後の1人まで操られていて、合計7人の男子達が、2階から降りて来ました。

 しかもその手には、2階に貼り付けてあった呪符が……やられました。妖気にばかり気を取られていました。


「ふふ……あなた達、良くやったわよ。浄化される前に、何とか回収出来たわね」


「酷い事をしますね。その男子達の手、負の念に直接触れたから、もう使い物になりませんよ」


「知ったこっちゃ無いわよ。目的さえ達成できたなら、こんな所長居は無用よ! 妖異顕現!」


 そう叫んだ負なる者は、その場から消えて居なくなりました。

 これまたやられましたね。壁を破壊するのでは無く、移動系の妖術で脱出をしましたか。


 しかし、私の体が上手く動いていれば、こうも簡単に取り逃がす事は無かったでしょう。

 あの儀式を、最後までやられていないのでしょうか? そうでなければ、こんなにも妖気が安定しないはずがないですからね。


「いんや、お前には強力な封印が施されているだけだ」


 後ろから誰ですか……いや、この声は。それと私の足元に、6つの点を打つようにして、呪符が……?


「その力『神妖の力』は、まだお前には早い。抑えよ」


 早い? いったいどういう事でしょう。

 とにかく、その声が聞こえた時から、白狐や他の皆が安堵されていますね。


『やれやれ……ようやく、センターの援軍が到着か……遅かったな、達磨百足よ』


「これでも急いだ方だわい。しかし記憶よりも先に、力の方が解放されているとは、いったい何をやっているんだ、白狐よ」


 何だか色々とうるさいですが、せっかくのこの力を、また封印されるわけにはいきませんね。

 ですが、体が思うように動かない。これは、どうにもならないですか……。


「よし、お前等始めい」


『はっ!!』


 おや? 狐のお面をした、神職の服装の妖狐達が、先程の6点の場所に移動して、何か唱えていますね。

 しかも、私の身体が光り始めている……これは、封印術? いや、元々ある封印術を、再度発動させている。


 なるほど、そういう事ですか……まだ、私、は――


『椿!』


「ふむ、何とか成功したな。さっ、後はここから出るぞ」


 う~ん、頭がボーッとする。えっと、確か“僕は”……。


『椿、大丈夫か椿!』


 力が抜けるようになって倒れて、気が付いたら白狐さんの顔がアップですか。


「白狐さん、顔が近いです。キスでもする気ですか?」


『おぉ、椿。戻ったか!』


 白狐さんに支えられながら、まだ寝ぼけた様な状態の頭を、ゆっくりと覚醒させていく。


 戻ったと言うか、元々意識はずっとありましたよ。

 そう、全くの別人になった様な、そんな気分でいましたからね。もう1人の自分と言うか、“アレ”も僕なんです。


 それでも、残念ながら記憶の方はあんまり戻っていない。

 思い出したとしたら、お父さんが銀狐で、お母さんが金狐、という事くらいかな。


「椿ちゃん! 良かった~! 元に戻ったんだね!」


「やれやれ……」


 そう言いながら、2人がよたよたしながら歩いてきます。

 腰が抜けた様なというか、骨抜きにされてしまったような……あぁ、そうだ、完全にやってしまいましたよ。


「2人とも、ごめんなさい……」


 白狐さんに支えられながら、僕は2人に謝る。

 だって、そうしないといけないから。そうしないと、僕は2人に顔向けなんて出来ないから。


 あんな事、しちゃったんだもん……しかも、まだ唇に感触が残ってるしね。


「私達なら大丈夫よ。女子同士だからね、ノーカンよ」


「そう、挨拶。あれは挨拶……でも、あとで耳と尻尾、たっぷり弄る」


「お、お手柔らかにお願いしますね……」


 そんな2人の目が、ちょっとだけ怖かったです。


「さぁ、積もる話もあるが、先ずはここから出るぞ。悪霊は浄化出来ても、祟り神は健在じゃ。危険な場所には変わりない」


 そう言うと、亜里砂ちゃんの洗脳が解け、床に倒れている男子7人と、奥の部屋で未だに屈んでいる先生を、援軍で来てくれた妖狐達が担いでくれた。


 僕は完全に体が動かせないので、白狐さんにお姫様抱っこされています。

 だから、援軍の妖狐さん達が、代わりにこの男子達を運んでくれて助かります。


 お姫様抱っこに関しては、これはもうしょうがないです。

 恥ずかしいけれど、もっと恥ずかしい事を、僕は白狐さんにやっちゃっていますからね。


 だから、これはしょうがないのです……うん、しょうがない。我慢です。


 ―― ―― ――


 そしてそれから、僕達が入って来た穴に戻ってくると、そこが更に大きくされていたのが分かりました。

 急いでいたにしても、穴を広げてどうするの? と思ったけれど、援軍の中にぬりかべさんが居ました。なるほど、塞ぐのも万全という事ですか。


 そのまま家から脱出し、穴もぬりかべさんの力で塞がれると、外にいるメンバーと合流しました。


『白狐、お前が居ながら情けないもんだな』


『ぐっ、流石に今回は何も言えん……』


 でも美亜ちゃんだけは、呆れるでもなく責めるでもなく、何故か優しい言葉をかけてきてくれた。


「椿、あんた大丈夫? 黒狐が、中で起こっている事を全部実況していたから、あんたの身に起こった事は分かってるのよ」


「そうだったのですか?」


 だけど、白狐さんにお姫様抱っこされていて、しかもぐったりとしていますからね、誰でも何かあったって気付くよね。


 それでも、今までの美亜ちゃんなら、これも鼻で笑っていたのに……。


「ちょっと、何て顔してるのよ? そりゃ、私だって心配くらいするわよ」


「あっ、ううん。ごめん、嬉しいんだよ。こんな化け物みたいな僕を、心配なんかしてくれて」


 今回の事で、僕は本当に自分が怖くってなってしまったよ。妖狐の中でも、あんなのは異質だろうからね。ただの化け物だよ。


 すると突然、僕のほっぺを美亜ちゃんとカナちゃん、そして雪ちゃんまでが、一緒になってつねってきた。


「いふぁいいふぁい、はにふるんでふか?!」


 あんまり強くつねってくるもんだから、涙が出ちゃったじゃん。


「良い事、あんたはあんたでしょ? どんな性格になっても、私の仲間でライバルの、ドジな妖狐、椿でしょ!」


「別に悪いものじゃないんでしょ? それなら大丈夫よ。それに――」


「キス、上手だった。愛情も感じた」


 言わないで下さいそれだけは。

 しかも2人とも、しっかりと顔を赤らめていて……何て顔をしているんですか。もうあれは、気にしないで下さい。


「もうその話はしないで下さい! 黒歴史として葬りたいから!」


 そうやって、まるで遠足の帰りみたいに、皆で騒ぎながら歩き、近くの民家まで行くと、おじいちゃんの家に待機していたレイちゃんが、僕の方に飛んで来た。その後ろには、おじいちゃんも一緒に居ました。


「ムキュゥゥゥ!!」


「あっ、レイちゃんありがとう。祟り神の結界を破ってくれて」


 恐らくレイちゃんが居なければ、ここまでは戻って来られなかったと思う。どうやっても、この土地からは出られなかったはずなんです。多分だけれど、同じ所をグルグルと回っていたと思う。

 でも、この子の結界破りの力で、祟り神の手から逃れる事が出来て、こうやって近くの民家まで帰って来られたのです。

 

 あとは、家に帰ったらあの歌と、あの場所の光景を伝えて、何で僕があんな力を解放しちゃったのか、それを聞かないと。

 そうしないと、また同じ事で力を解放しちゃったら、今度こそ元に戻れないかも知れない。


「レイちゃん、顔舐めすぎ……全くもう」


 でも今回ばかりは、レイちゃんが僕の顔をペロペロと舐めてくれるのが、凄く安心します。

 こうやって元の僕に戻って、おじいちゃんの家に帰る事が出来る。


 本当にそれだけの事なのに、この安心感は何なんだろうね。

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