第拾壱話 【1】 神妖の力

 皆でおじいちゃんの家に帰った時には、もう日付が変わる直前でした。


 晩御飯を食べてから出て来たけれど、僕のお腹の虫は、さっきからずっと鳴き止みません。

 殆どの妖気を使い果たした状態だから、立つことも出来ないんだよ。だからずっと、黒狐さんにおんぶされた状態で、ここまで帰って来ました。


 白狐さんが既に、あそこで美味しい思いをしたという事で、今度は黒狐さんの番というわけです。因みにセンター長と、カナちゃんに雪ちゃんも一緒です。


 それでどうやって帰って来たのかと言うと、普通に車なんです。

 そうしないと、半妖の人もいるし一般人も居るんだ。空を飛ぶ妖怪なんかで移動しようものなら、何も無い空を、沢山の人が飛んでいる状態になります。それって、ただの怪奇現象ですからね。


 それと、付き添いの先生を含めた8人の方は、おじいちゃんが全員、病院の前に置いてきたらしいです。色々と、説明の方が面倒だからと言っていたけれど、本当に大丈夫なのかな……あとで確認しておかないとね。


「お~い! 里子、帰ったぞ。言われた通り、用意は出来とるか?」


「は~い、翁! 妖怪食でお夜食を用意しておきました! バッチリです!」


 家に入った瞬間、おじいちゃんがそう叫ぶと、里子ちゃんが元気良く返事をしてきた。

 家を出る前に、おじいちゃんが里子ちゃんに、軽食の用意を指示していたのですね。ありがたいです。


「時間も時間じゃが、とにかく椿の妖気を補充せんとな。話はそれからじゃ」


 すると、僕の後ろにいるカナちゃんと雪ちゃんが、おじいちゃんに確認を取ってくる。


「あ、あの……私達も、お邪魔して良いんですか?」


「わ、私は帰りたい……」


 カナちゃんは、僕の住んでいるこの場所に、一度来てみたいって言っていたからね。ソワソワした感じになってるね。

 だけど、こんな形で来ることになるとは思っていなかったようで、ちょっと困惑している。


 雪ちゃんの方は、単純に母親の氷雨さんと、顔を合わせたく無いみたいです。

 だけどね、もう遅いよ。氷雨さんが、僕の後ろに隠れている雪ちゃんの姿を見つけ、廊下から玄関、そして玄関から君の元に向かって、猛ダッシュして来ていますからね。


「雪~!! お母さんに会いに、久しぶりにこっちに来てくれたの?!」


「ちが、う! 私は椿に着いて来た、だけ!」


 何だか、母娘おやこの間で鬼ごっこが始まりましたよ。


 雪ちゃんが、母親の氷雨さんを嫌がる理由が、なんとなく分かりました。


 氷雨さん……もうちょっと、冷静でクールになれませんか? そんな接し方だと、嫌がるのは当然ですよ。

 雪ちゃんは思春期で、反抗期なんだもん。母親のそんな行動に、心底迷惑って顔をしています。家でもあんな状態だったら、嫌になるのも無理はないですね。


「雪ちゃ~ん!! 母娘のスキンシップくらい良いじゃない!!」


「それが過度……迷惑!」


 あ~あ……あれだと、僕でも逃げちゃうかな。

 しかも最終的には、氷雨さんが雪ちゃんの足元を凍らせて、身動きを取れなくしてから捕まえちゃった。


 うわっ……すっごい頬ずりしてるよ。


「うぎぎぎ……は、離して」


 何だろう……飼い主の過度なスキンシップを、心底嫌がっているワンちゃんに見えますよ。

 そして、ごめん雪ちゃん。妖気が切れているから、助けたくても助けられないや。だけど原因は分かったし、氷雨さんは何とか説得しますね。


 ―― ―― ――


 それから、軽く夜食を済ませ、何とか動けるくらいに回復した僕は、向かいに座って居る、達磨百足さんとおじいちゃんを見ています。


 僕の両側には、白狐さん黒狐さんが座っているし、後ろにはカナちゃんと、凄くゲンナリしている雪ちゃん。そして、面白い物が見られたと言う顔をしながら、雪ちゃんの方をニマニマと見ている、意地悪な美亜ちゃんが座っています。


「さて……不本意ながら、記憶の封よりも先に『神妖の力』の封の方が、解けかけるとはな」


「あのさ……いったい僕に、どれだけの封印がかけられているのですか?」


 流石に記憶だけじゃ無く、もう1つ封印がされているって分かると、気が気じゃないんですよ。本当に、僕はいったい何者なの。


「仕方無かろう。天狐の奴までお前を気に入り、その挙げ句、まだ幼かったお前に『神妖の力』を渡そうとしたのだからな」


「えっ……?」


 天狐って確か、稲荷神の祖で、最強の妖狐でしたっけ? そんな妖狐さんにまで気に入られていたのですか? というか僕って、その天狐さんと会っていたの?


『ふぅ……やはり、その方が絡んでいたか。椿よ、神妖の力とは、我と黒狐にもある力でな、神格化する妖怪達には、必ずある力じゃ。しかし、その力にはランクがあってな、上から順に《天》《柱》《地》じゃ。因みに、我等は《柱》じゃ』


 なるほど……神格化した妖怪達が、必ずしも最強じゃなかったのは、そういうわけだったのですね。

 それと、僕が見る限りでは、何か1つの力に特化した感じですね。


『それで翁、センター長。椿の神妖の力のランクは、どのあたりだ?』


 白狐さんのあとに続いて、黒狐さんがおじいちゃん達に問いただす。


 そうでしたね。僕の中にも、2人と同じ力があるのなら、そのランクはどうなんだろうね? だけど多分、1番下の《地》だと思う。


 しかし、おじいちゃんの答えは意外なものでした。


「《天》じゃ」


「えっ……? 嘘……でしょ?」


 思わず聞き返しちゃいました。

 でも、おじいちゃん達の真剣な顔は、嘘でも何でも無いですね。皆も、僕の神妖のランクに驚いちゃっています。


 そんな中で、白狐さん黒狐さんだけは納得していました。

 でも良く考えたら、神格化している2人の力を貰っているという事は、その神妖の力を貰っていても、なんらおかしくは無かったんですよね。


『成る程な……椿に、神妖の力も一緒に渡さなくて良かったわ。我等の力を渡した時、封印されていた力を見つけていたからな。もしかしたらと思っておったが、やはり神妖の力だったか』


『なるほど。だが、それでこそ俺の嫁だ。素晴らしい』


『黒狐よ、我のだ』


 また喧嘩し始めたよ、この2人。

 これってもしかして、どっちかを選んだ後も、どちらかが僕を略奪しようとするんじゃないですか? そうなると、例え選んだとしても、今とあんまり変わらない事に……。


「あの……翁、で良いんでしたっけ? 何で今回、椿ちゃんがその力に目覚めかけたんですか?」


 するとカナちゃんが、恐る恐るおじいちゃんに質問する。

 多分、家に来られたのは嬉しいけれど、こんな緊迫した状況では、肩身が狭いのでしょうね。


 それと、自分が半妖だからって、どこか遠慮している部分もありそうだけれど、ここの妖怪さん達はそんな事気にしないって。

 ほら、ろくろ首さんがスキンシップしようと、文字通りに首を伸ばして待っているよ。


「うむ、それなんだが……椿、あの家で『かごめかごめ』を聞かんかったか?」


 今度はおじいちゃんが、僕の方を向いて確認をしてくる。

 確かに、あの家の広い居間で、先生が『かごめかごめ』をしていたし、その歌も人形から聞こえていたよ。


「うん、先生が人形達を相手に『かごめかごめ』をやっていたし、その歌も人形から聞こえたよ。でも、最後の方は歌詞がおかしかったかな?」


「どんなじゃ?」


 おじいちゃんは、あの時の事を思い出して、僕が怖がらないようにって思ってなのか、ちょっとだけ笑顔なんだけれど、天狗の姿をしていたら、あんまり意味が無い気がします。


 そして僕は、あの時最後に聞こえて来た歌を、ゆっくりと口ずさんだ。


「うむ、それじゃな。それは、神降ろしの儀式にも使われていてな、椿が幼い頃にやらされた儀式の時と、同じ歌じゃな。その歌を聴き、断片的に封印が解けたようじゃな」


 神降ろしの儀式……ですか。僕は幼い頃に、何て事をされたんでしょう。でもそれなら、何でその力が封印されていたんでしょうか。


「鞍馬天狗の翁よ。流石にそれ以上は……」


「達磨よ、もはや事態は加速度的に進んでおる。モタモタしとったら、取り返しのつかんことになる。良いか、椿。ここから先、どうするかはお前さん次第じゃ、良いな?」


 だから、天狗の顔で凄まないで下さい、身構えてしまうから。

 確かに、神妖の力を使いこなそうとすると、性格があんな風になるんだよね。それは流石に、勘弁かなって思う。


「うぅ~ん……」


 頭を抱えて悩む僕に、白狐さん黒狐さんが優しく頭を撫でてくる。それだけで、少しだけ落ち着いてしまう僕って、単純なのかな?

 嬉しくて尻尾も振っちゃって、それを見たカナちゃん達が、ニコニコと笑顔で僕を見てるよ。


「悩むのもしょうが無い。それだけの力が、その神降ろしの儀式で、椿の中に入ってしまったのだからの。そのままでは、強大な力に押しつぶされ、お前さんが消滅しかねんかったから、儀式をやった天狐は急いで、その力を封印したんじゃ。それが、お前さんの力が封印されていた理由じゃ。天狐の奴も、予想外だったのだろう」


 封印の事は分かったけれど、不思議なのは『かごめかごめ』にそんな力があったという事です。だって、聞いた事が無いよ。


 すると、僕が不思議そうな顔をしていたからか、センター長の達磨百足さんが、僕に話しかけてきた。


「不思議そうな顔をしているな。そもそも『かごめかごめ』は、その歌に力があるのではなく、その行為に意味があるのだ。真ん中の人物に、神を降ろす儀式としてな」


 そして、達磨百足さんは続ける。


「先ずは、一般的に広まった歌で遊び、神を呼び寄せる。そのまま遊び、神の気を引くのだ。そして最後に、お前の聞いた歌で、呼んだ神を真ん中の人物に降ろすのだ」


 そんな事が、あの遊びで出来るんですか? でも、僕が半信半疑だろうと、達磨百足さんは話を続ける。


「昔お前がされたのは、これの力だけを降ろすタイプの儀式だ。人形の後ろに、姿見があっただろう? あれで、神が降りる直前に、神の本体をほんの一瞬だけでも弾き、その力だけを降ろす、という事だ。因みに、神妖の力が宿ると、その者の性格は変貌する。神の意識のそれに、近くなるらしい……が、まぁその辺りは、白狐と黒狐に聞け」


 ありましたね、鏡。あれはそう言う事だったんですね。

 そして、僕のあの性格の変貌が、神妖の力でなったのなら、白狐さん黒狐さんも、昔は性格が違ったのかな。


「しかし達磨百足よ、しっかりと管理をしておいて欲しかったの。あの場は確か、前の半妖の住人が、自らを神格化しようとして、同じ儀式を行ったのじゃろう? 舞台をそのまま残しているのは、感心せんのぉ」


 前の住人って、半妖ですか?! 半妖の霊媒師? いや……もしかして、他の人間を騙す為に、それを隠くしていたのかな。


「勘弁してくれ。こちとらしっかりと管理はしていた。だが、あの中の物は、取り出そうとしたり壊そうとすると、必ず不可思議な現象が起きてしまい、怪我人が続出してしまう。誰も入れん様にするしかなかったわ」


「それをしっかりと管理せぇと、そう言っとるんじゃ! 人間の侵入を簡単に許して、何が管理はしとったじゃ! ええか、そもそもお前さんは――」


 えっと……達磨百足さんとおじいちゃんが、言い合いを始めちゃいました。


 とりあえず、僕はもう良いのかな?

 だいたいの知りたい事は分かったし、あの家に関しては、達磨百足さんとおじいちゃんに任すしか、無いよね。


『椿。あとは我等が残っておくから、お主はそこの2人と一緒に、先に寝て来るが良い。先程里子に言っておいて、お主の部屋に、布団を敷かせに行かせた』


 白狐さんは、本当に優しいですね。

 だけど、大丈夫でしょうか? 黒狐さんが、軽く寝てしまいそうな勢い何ですけど。


 それと、美亜ちゃんもいつの間にか居ないですね。

 先に寝たの? でもあの子は、確か夜型だから、別にこれくらいの時間は平気って、帰り道にそう言ってたよね。


「椿ちゃん。白狐さんのお言葉に甘えて、部屋に行きましょう。美亜ちゃんなら『毎晩の日課をしてくる』って、さっきそう言って出ていったから、大丈夫よ」


 あれ? 美亜ちゃんの心配していたのが、バレちゃいましたか。カナちゃんが、こっそりと耳打ちをしてきて、ついでに美亜ちゃんの事も話してくれました。

 僕には言わないという事は、その日課ってもしかして、修行的なやつかな。


「あっ、待って。その前にこれって、お泊まりだよね? 雪ちゃんはともかく、カナちゃんはお父さんお母さんに連絡は?」


 部屋に行こうとして、ゆっくりと立ち上がった瞬間に、僕の頭に電流が走り、その事に気づいた。

 だけど、電流の様な物が走ったのは足ですけどね。大袈裟に言ったけれど、足が痺れただけです。


 おじいちゃんが真剣な話をする時は、昔からの癖で、ついつい正座をしてしまいます。そして、足が痺れた時の衝撃で、2人のお泊まりの許可の事が、頭に浮かんだの。


「あぁ、えっと……私、母親と一緒には暮らしてないから」


「えっ? でも、お父さんは?」


「ん……とっくに亡くなってるよ」


 もしかして、聞いちゃいけない事を聞いちゃったのでしょうか。しんみりした空気になっちゃったよ。


「あっ、待って……! 雪ちゃん。足突かないで、今はだめぇ……!」


 足が痺れてるんだってば、止めて下さい。

 あれ? だけど、足の痺れに悶える僕を見て、カナちゃんが笑っているよ。

 良かったです……ひとまずは雪ちゃんのお陰で、この空気は何とか回避出来ました。もしかして雪ちゃんは、その為に僕の足を――


「ツンツンツン……」


「ゆ、雪ちゃん……いったい、何時までやっているんですか?」


 違いました。この人、普通に僕の反応を見て楽しんでましたよ。

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