第拾話 【1】 負なる者
吹き飛ばされた先が、こんなに異常な部屋なんて……これは、対処に困ってしまうよ。
付き添いの先生なんて、さっきからずっと屈んでいるし、人形達は『かごめかごめ』をずっと歌っている。
これ、本当は怖い歌なんだってば……。
それも色んな説があって、どれが正しいかは分からないけれど……その中に確か、祈祷に関係しているって説もあった気がする。
そもそもこの歌、理解し辛い言葉もあるんだもん。
その歌が、こんな異常な状況で歌われていたら、誰だって恐怖するよ。
とにかく、一旦ここから離れないと。
これは僕では対処出来ないので、先ずは亜里砂ちゃんを――って、また頭が痛くなってきたよ。なんでこんな時に――
突然の頭痛に、僕がパニックに陥っていると、人形達の歌が急に変化する。
さっきまでは一般的な歌詞だったけれど、今度のは違っている。
【か~ごめ、かごめ か~ごのな~かのと~り~は い~つい~つ出~や~る 夜~明けのば~んに つ~るつ~るつっぱいた な~べのな~べのそ~こ抜け そ~こ~抜いてた~もれ】
何ですか、これ……普通の『かごめかごめ』の歌じゃない。
そして、人形達がこの歌を歌った瞬間、更に頭痛が激しくなってきて、僕は頭を抱えながら、その場に座り込んだ。
止めて止めて……誰かこの歌を止めて。
これは別に、何かの儀式とかでは無いはず。そう……多分だけれど、昔この歌で遊んだ事があるんだと思う。
そう思うんだけど、何で神社みたいな風景が浮かんできて、僕が今の先生と同じ様な事をして、真ん中で屈んでいるの?
しかもその周りには、大量の妖狐達が居て、円を描く様にしていて、そして――そして……?
【待ちなさい、椿! これ以上は駄目よ! この記憶は――この力は駄目!】
妲己さんが何か叫んでいるけれど、今の僕はそれどころでは無いです。頭が割れるようにして痛い。
ずっと頭に響く、一般的な歌詞とは違う『かごめかごめ』の歌。もう……限界です。
すると今度は、頭の中に様々な単語や、色んな人の言葉が浮かび上がってくる。
【金狐、銀狐の娘】
【平定の力】
【妲己の体の在処は――】
【椿があの力に目覚めれば、きっと妖怪と人間の両方に――】
そこまでで、僕の意識は途切れた。
違う、途切れてはいないんだ。ただ、何かが僕の中で弾けた。
その瞬間、妲己さんが慌てて何かを叫んでいたけれど、そんなのはもう――気にしていられなかった。
だって僕は――いえ、私は――
負なる者を滅し、世を安定に導く者……だから。
―― ―― ――
『椿、椿!! 返事をせい! おい、黒狐! 椿と連絡は?!』
『さっきから呼びかけているが、全く反応が無い!』
「ふふふふ。そんなに叫んでも無駄よ。気絶しているはずだからね。それにしても、あの子まだ戦闘は出来ないのね。それだったら、今の内に――って、何この妖気。あの部屋から、何か出て来る?」
負なる者。
この家に
この男は助けた。次は何? この儀式を行った者? この男をたぶからした者?
そうね。この家で探し物をするだけならまだしも、白狐と私に攻撃をしたアイツを、必ず滅さないと。
負なる者である、目の前のこいつを。
「なんだ~椿ちゃん、あなたか。意識、失ってなかったのね……って、えっ? ちょっと待って、なにそれ? 妖気どころか、容姿まで変わっちゃって……さっきのあの子と、全く違っ――」
こんな状態なのに、まだ喋るなんてね。
ほら、そんな事をしているから、私の手から放った、妖気で作った金の刃の攻撃に、反応出来てないじゃん。
「――っぶないなぁ! いきなり攻撃してくるなんて、しかも容赦無し……って、いやいや! 待って待って! 息つく暇も無しってやつ?! 冗談じゃ無いわよ!?」
それを何とか避けられたからって、そこで安心したら駄目だよ。
私は攻撃を止めない。負なる者であるお前を滅するまで、その金の弾丸が、あなたを襲い続ける。
「つ、椿ちゃん……待ってよ。何なの? その姿。髪の毛なんか金色になって、しかも凄い伸びちゃって、尻尾と耳まで金色って……それに、雰囲気まで全然違うよ? 何? いったい何があったの、椿ちゃん」
辻中香苗。
半妖で、私に好意を持っている。負なる者では無い、だけど今は――邪魔かな。
「香苗、邪魔だから下がってて。こいつは、私が消すから」
そう言っても、香苗は動かない。何か問題があったのでしょうか?
私は私。別に、いつも通りなのに。いつも通りに、ただ負なる者を滅するだけ。
すると、ちょっとだけ私の弾が止まったからか、そいつは私に向かって突っ込んで来る。無謀過ぎる。
「あはは……! 隙あ――」
「妖異顕現、
私の手から出した、光り輝く金色のこの炎。負なる者のみを焼き尽くす。ずっとずっと、その身が朽ちるまで燃え続ける。
そら行って来い。
慌てて立ち止まり、後ろに飛び退いたアイツを、一気に燃やして来い。
「ひっ、ちょっと……! これはマズ――あぁぁぁ?!」
面白いね。自分が有利だと思っていたはずが、この妖術を見た瞬間、絶望した表情を浮かべてさ。そして今は、その身を金色の炎に包まれて、呻いている。
でもおかしいな、直ぐに動かなくなった。しかも、身体が溶けている……。
あぁ、どうやらやられましたか。
「はぁ、はぁ……危ない危ない。咄嗟に影の身代わりを使ったのよ。残念でした~」
やっぱり、負なる者はしつこいですね。仕方がないです。もっともっと強力な妖術で、こいつを滅してしまいましょう。
「妖異顕――っ?! これは……? 何をするのですか? 香苗」
妖気も少ないし、私に敵対する者じゃないからと、油断をしていましたね。
まさか、火車輪で私を固定するなんて。いったい、何を考えているのでしょうか。
「椿ちゃんお願い、元に戻って! そんなの、椿ちゃんらしくないから! 椿ちゃんは真面目で優しくて、弄りがいのある、とても可愛い子なんだよ! 今の椿ちゃんは、全然可愛くない!」
そんなに必死になって叫んでも、駄目ですよ。
私はようやく、私を取り戻したの。私の中にいる、あの時仕留め損ねた奴も、キッチリと浄化出来ただろうしね。
次はこいつ、九尾の狐。
そして、半妖の犯罪集団のあいつらも、ちゃんと消さないといけない。だから、邪魔をしないで欲しいですね。
「それと、さっきからおでこが冷たいですね。何を冷やしているのですか? 如月雪――でしたっけ」
「頭、冷やして」
「あぁ、あなたは妖具を使って、物を冷やすくらいしか出来ないのですね。残念ですが、私の頭は冷えていますし、至って冷静ですよ」
でも、私を何とかしようとするよりも、後ろの負なる者を何とかしないと、あなた達が死にますよ?
また大量の針を出していて、完全に攻撃態勢です。それと、物凄い妖気を込めているので、多分相当の威力になっていそうですね。
「ふ、ふふ……辻中さん、如月さん。その化け物を止めてくれて、どうもありがとう。ついでに――あなた達も一緒に死になさい!」
『いかん! 椿!』
そう叫んでいても、白狐は既に、満身創痍ですか。
何としても、この九尾を止めようとしていたのだろうけれど、戦闘での力よりも、守り神としての力を高めようとしていたから、その力の差が出たようね。
だから、私のような者じゃなければ、そいつは倒せない。
大量の妖気を込められている、この爆発する針も、火車輪で固定されていようが、容易に処理は出来ますからね。
「妖異顕現、
流石に、大量の針を風で吹き飛ばそうとすると、半妖のこの子達も吹き飛ばしちゃうから、嵐を静めるこの力を使えば良い。
荒ぶる負の妖気すらも、このそよぐ風によって静められるので、妖気で出来た針なんか、爆発せずにそのまま霧散します。
「なっ?! あぁ……う、嘘でしょう。何その力……」
「肩で息をしていますね、そろそろ限界ですか? それならば、もう消えて下さい。負なる者」
こいつは厄介な奴だから、こちらも相当の妖気を使い、その存在事消し去らねばなりません。
その為に、妖気を込めようとしているのです……が、おかしいですね、全く妖気が込められません。それどころか、力が抜けていっているような……。
『椿、それ以上は止せ。妖気が急激に減っておる。まだお主には、その力は早過ぎるようじゃ!』
「ふむ……」
確かに、体が思うように動かせないですね。
おかしいですね……ちゃんと儀式をして、この力を付与されたのでは無いのでしょうか……。
『だから――元に戻れ、椿!』
「何を……んむっ?!」
驚きました。まさか私に、熱い口づけをしてくるなんて。
なるほど。何やら頭の中で、変な感情が渦巻いています。これはマズいですね……それならば。
『ん? むぅっ?! むぐ、うむむむ……!! うっ……』
やられたらやり返す。
確かに、中々上手い舌使いですが、相手の事を気づかっているのか、力を加減していましたね。それでは意味が無いですよ。
「ぷはっ、まだまだ甘いですね」
『ぐぅ……はぁ、はぁ。ば、馬鹿な。わ、我が……負け、た……?』
はい、キブアップですね。
元々満身創痍だった上に、私の舌技を受けては、しばらくは立てないでしょうね。
「白狐さんが、キス対決で負けた……」
「あんなの、椿じゃない」
失礼な言い方をしますね。それでは私が、化け物みたいではないですか。しかも、2人とも怯えてしまって。
私は悪い妖狐では無いですよ。それを、分からせないと駄目みたいですね。
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