第陸話 【1】 今夜は生肉は無理ですね

 それからは、零課の人達が後片付けをしてくれました。

 動いていた死体を全て回収し、調べられる範囲で調べるとも言っていますが、大丈夫でしょうか……。


 それと、僕が死体から抜き取ったお札は、証拠として零課が預かると言ってきたので、そのまま渡しておきました。多少妖気を感じると付け加えてね。


「姉さん、これで終了っすか?」


「それだったら楽だけどね……残念ながら、解決にはなってないんだよ。解決するまで調べないと」


「えぇ、思った以上に大変っすね……」


「これくらいで根を上げてたら、手配書の妖怪を捕まえる事なんて、絶対に出来ないよ」


 想像以上に大変な事だと分かり、楓ちゃんはちょっと戸惑っている様です。

 この調子で、こっちの世界の厳しさを見せていけば、諦めてくれるかな?


 すると、杉野さんが僕達の方にやって来て、周りの人達から聞いた「不審な人物を見ていないか」という、聞き取りの結果を伝えて来てくれた。


「椿ちゃん。残念ながら、不審な人物を見たと言う人は居なかったよ」


「そうですか」


 という事は、何処かの陰から隠れて操っていた、という可能性があります。そうなると、もうとっくに逃げた可能性が高いね。


「杉野さん、ありがとう。とりあえず、周りに妖気は感じられないから、犯人はとっくに逃げているかも知れません」


「むっ、そうか。それは残念だ。だが、根気良く調査を続けていれば、いつかは犯人を見つけられるさ」


 あれ? 落ち込んでいる様に見えたのかな? 杉野さんから励まされちゃったよ。


 楓ちゃんは楓ちゃんで「厳しい世界っすね……しかし、修行をしていればいつかは」何てブツブツ呟いているよ。諦めの悪い子です。


「――そ――あれは――て無いぞ」


 そうそう、そうやって悔しが――って、あれ? 今のは誰の声でしょうか。


「姉さん、どうしました? 耳をピクピク動かして」


「ごめん、ちょっとだけ静かにして」


 僕って耳が良いんだけれど、これ程とは思わなかったよ。

 何処からか、人の声が聞こえてきます。上の方……もしかして、木の上からかな。


 微かに聞こえる、その謎の声を探ろうと、必死に耳を澄ましていると、確かに上の方から聞こえてくる。

 そっちの方角は、木が何本も生えていて、林の様になっている場所でした。そこから、人の声が聞こえてくる。でも、その場所から妖気は感じられません。


 とにかく、その声の主を一旦捕まえてみよう。

 隠れているって事は、この事件に関わっている可能性が大きいよ。


「杉野さん……零課の人達で、この場所を包囲して。木の上に誰か居る」


 僕が小声でそう言うと、杉野さんが事態を全て把握してくれて、全員に指示を出しに行ってくれた。

 そして、指示を聞いた零課の人達が、木の上からでは分からない様に、隠れながらこの場所を包囲して行く。


「あとは……あっ、そうだ。楓ちゃんはじっとしていてね」


 その言葉に、楓ちゃんは無言で頷く。


 そして僕は、影の妖術を再び発動し、地面にある草木の影を利用しながら、コッソリと自分の影を、その声の出所まで伸ばしていく。


 その前にこの影の腕で、何処に居るかを探らないといけないんだけど、この辺りかなって勘で選んだ木の上に、人の足を掴んだ感触があった。

 この影、生き物に当たると自動で掴んじゃうんですよね。というわけで、そのまま掴んだ人を持ち上げて、こっちに引きずり出しちゃいます。


「なっ! うわぁ?!」


 だけど、出て来たのは普通の一般人。

 スポーツキャップを被った青年で、痩せこけた顔立ちに、目の隈が凄かった。そして、何だか良からぬ事を考えていそうな、そんな雰囲気を発しています。


「な、ななな……何だこれ!」


 その人は、足を掴んでいる僕の影を見て、かなり驚いています。いや、君も似たような事をしているのに、何で驚くのかな?


「何だって言われても、自分の影を操って、あなたを捕まえただけだよ。それよりも、あの死体を動かしていたのは、あなたなんですか?」


 掴んだその人を僕の正面に降ろすと、そう問いただす。


「ひっ、ひぃぃ! ば、化け物! 何だお前等!」


 だけど、その叫び声にチクリと胸が痛みました。


 僕にはつい最近まで、人間の男子中学生として、普通に生活をしていた記憶があるから、その言葉はちょっと傷つきますよ。


 だからと言って、妖狐になっちゃった事にショックを受けているわけでは無いよ。むしろ妖狐の姿こそ、自分の本当の姿だったんだしね。

 それに妖狐になってからというもの、体中を鎖でグルグル巻きにされていたものが、一気に外された様な感覚がして、体が軽いし、気持ちも安定しているんだよね。


 というわけで、化け物とか言われてちょっと傷ついたけれど、妖怪への差別発言として、それを許せない自分もいます。


「とにかくさ、僕の質問に答えてよ。さっき死体を操っていたのは、君?」


「はぁ、はぁ……そうだ、そうだよ。俺は選ばれたんだ……あの人達に選ばれたんだ、そして――」


 駄目ですね、こっちの話を聞いていません。目が泳いでいて、ブツブツ何か呟いてるもん。


「――そして、腐った奴等を更生する為に、この力を貰ったんだ!!」


 するとその人は、胸ポケットから何かを取り出し、大きな声で叫んだ。


「あれは!? 滅幻宗が使っていたお札だ!」


 だけど、そこに書かれている文字が、あのお坊さん達のとはちょっと違う。

 あれは……キョンシー達の体に埋まっていたお札と一緒? しかも、2枚も持っているよ。


「死霊蘇生! 屍肉復元!」


 何かされる前にと、僕は構えていたんだけれど、やっぱり遅かった。2枚のお札からは妖気が漏れ出し、そのまま川へと向かっていく。


 すると、再びあの死体が川から顔を出し、這い出ようとしてくる。川からの方が出しやすいのかは分からないけれど、そこからしか出られないのなら、それはそれで丁度良いですね。


 新しく覚えた妖術を試してみましょう。


「妖異顕現、動水どうすいの儀!」


 そしていつもの様に、右手を影絵の狐の形にすると、川の方へと手を向けた。

 そうすると、川から這い出ようとしていた死体達が、その場から全く動けなくなり、そのまま動きを止めた。


 この妖術は、動きのある水を操れる妖術で、なんと重さも変えられるのです。ついでに水圧も変えられるから、このまま押し潰す事も出来るんだけれど、グロテクスになるので止めておきます。

 とにかく、これで水の重さを変えて、あの死体達を押さえつけているのです。


「な、何だ? 何で出て来ない!」


「それは、僕が川の水を操っていて、あいつらを動けなくしているからです」


 ついでにその人にも分かるようにと、川の水を蛇の様に伸ばし、ウネウネと動かして上げました。

 僕だって、日々様々な妖術が、頭の中に浮かんでくるのです。中には使い所が難しいのもあるけれど、戦闘は出来るようになっていっています。


「あ、あぁぁ……お、お前。よ、妖怪?!」


「なんだ、妖怪の事は聞いていましたか。そう、僕は妖狐の椿だよ。さっ、次はあなたの番。そのお札、誰から貰ったの?」


 一応証拠として、尻尾と耳を見えるようにして上げたら「ひっ……!」と言う声を上げ、硬直したまま後ろに倒れてしまいました。ついでに泡まで吹いてるし。


「流石っす、姉さん! 相手への恐怖心を煽り、尋問し易くするとは!」


「いや、気絶しちゃってるからね。これじゃあ尋問すら出来ないよ」


 色々と聞きたい事があったのに……尻尾と耳はやり過ぎましたか。


 すると杉野さんが、倒れた青年に近づいて、そのまま拘束しました。そうしてくれた方が助かるけれど、もうあんまり脅威じゃないんだよね。


「こいつはパトカーの方で聞き取りをする。君達は、川から出ようとしている、あの死体の方を何とかしてくれ」


 そういえば、また出されていたんですよね。

 仕方ないですね……水を操る妖術をかけたまま、影を操る妖術を発動しよう。出来るかな……。


「妖異顕現、影の操」


 右手で水の妖術だから、左手で影の妖術を発動してみました。すると見事に成功し、僕の影が動き始めた。


「やった、成功した! これなら!」


 そして僕は順番に、死体の首に埋め込まれたお札を抜いていく。


 でもね、このお札を抜く時も、多少グロテクスなんです。

 押し潰すよりかはマシだけれど、それでもねぇ……首の後ろの縫い目を解く時は、多少でも血が噴き出るし。その後は直視しなければ大丈夫だけれど、やっぱりさ、その音がね……グロいんだよ。


「うひょぉ、姉さんこれは……今晩は、お肉が食べられ無いですね。首の後ろだけとは言え、生身の……うわぁ」


「楓ちゃん、ちょっと黙っててくれる?」


 いちいち実況しなくて良いってば、想像しちゃうでしょ。

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