第伍話 【2】 キョンシータイム

 川から飛び出た死体に、周りを囲まれてしまいした。

 だけど、腐敗臭はしない。顔だけがグロテクスな死体さん達だよ。ゾンビ? う~ん、それとはちょっと違う様な……。


 とにかく、その死体達が取り囲んでいるというか、ここにいる人達全員を取り囲んでいた。


 そのせいで、悲鳴を上げて逃げようとする者や、腰を抜かして動けなくなっている人や、恐怖で頭のネジでも外れてしまったのか、変な笑い方をしながら、ひたすらにスマホで写真を撮っている人とか、皆様々な反応をしていました。

 逃げようとしている人は、死体に阻まれて逃げられてないけどね。


「ね、ねね……姉さん。どうなってるんすか、これ!」


 どうって言われても、僕も怖くて調べられないの。

 だってこれ、妖怪じゃ無いんだもん、死体が動いているんだもん、ホラーだもん! 真っ昼間からは止めて欲しいですよ。


「とりあえず、囲まれていたら何も出来ないし、ここから逃げるよ!」


「了解っす!」


 そう言った後、何処か抜けられる所は無いかと、僕達は走りながら必死に探し始めた。


 だけど、四方八方死体で塞がれていて、まだまだ沢山の数の死体が、川の中から出て来ていた。


 それだけ多数の死体が隠れていたの? いや、無理だと思う。

 という事は……考えにくい事なんだけれど、別の場所から転移して来た? いやいや、あり得ませんよそんな事……。


「ふぎゃっ?!」


 すると、考え事をしながら走っていた僕の後ろで、楓ちゃんの変な声が聞こえてきた。

 急いで振り向くと、なんと彼女が、お約束の様にしてコケてしまっていました。


 しかもその後ろから、例の死体が近付いている。

 でもその動きが、歩いてでも無く走ってでも無く、両腕を水平に真っ直ぐに伸ばしたまま、宙に浮いて移動していたんだ。


「えっ? これってまさか……!」


 そいつらの行動を見て、その正体に思い当たる事があった。


 中国の死体妖怪『殭屍きょうし


 つまり、こいつらは――


 キョンシーだ!


 妖怪の事なら色々と勉強していて、つい最近は外国の妖怪を調べていたので、直ぐに名前が出て来ましたよ。

 何でそんな奴等が、この京都に居るのか分からないし、どうやって出て来たのかも分からない。

 レイちゃんがずっと首を傾げていたのも、死体の匂いはあるのに、その中に魂を感じ無かったからでしょうね。


 とりあえず正体が分かったので、対応は簡単です。顔のお札を剥がせば良いのです。


 顔のお札をね、顔のお札――


「顔にお札が無い!!」


 もう楓ちゃんの直ぐ後ろにまで、大量のキョンシーが迫って来ている。何でも良い、何とかしてあいつらを処理しないと。


「ぬぬぬぬ……くノ一見習いだからって、舐めるなっす! 妖異顕現、狸変化!」


「えっ? 楓ちゃん、妖術使えたの?!」


 僕が驚いていると、楓ちゃんはポケットから木の葉を取り出し、それを頭に乗せて両手を組み、目を閉じて念を込める様な仕草をした。狸が人を化かす時に、良く使っている方法ですね。


 すると、突然足元から煙が出現し、楓ちゃんは姿を隠す。そして、再び現れたその姿は――


「お地蔵……さん?」


 僕が首を傾げてしまったのは、どういう訳か、狸の尻尾と耳が出ちゃっている、中途半端なお地蔵さんの姿だったからです。妖気が足りずに、そこだけが残っちゃったっぽいよね、これ。

 しかも、キョンシー達にもバレちゃっていて、真っ直ぐ伸ばしたその腕で、楓ちゃんがツンツンされています。


 でも、これで新たに分かったのは、この死体を操っている人が、別に居るという事です。

 だってキョンシー達は、死体だから五感は無いはず。と言うか、分からないはずなんだよね。だって、脳が動いていないんだもん。


 つまりその地蔵が、変化した楓ちゃんだって分かっていて、キョンシー達に襲う様にと、何処からか指示を出しているって事です。


 指示を出している人を見つけられたら良いんだけど……でもその前に、楓ちゃんも助けないと。

 何時までも、あんなので持つわけがないんだよね。しかも、そろそろあいつらが一斉に襲いかかりそう。


「私は地蔵、私は地蔵」


「いや、声に出しちゃ駄目じゃん。楓ちゃん」


 心でそれを念じないと。口に出ていたら意味がないですよ。


「しょうが無いな~妖異顕現、影のみさお!」


 僕は影の妖術を発動し、一般人に見られないようにしながら、コッソリと不自然無く、木の影や、他の人の影を通り、自分の腕の影を伸ばしていくと、楓ちゃんの首根っこを掴みました。そして、キョンシー達の間を縫うようにして、こちらに引きずっていく。


「あたたた~! な、何っすか!」


 静かにして下さい、暴れると離してしまいそうです。だから僕は、楓ちゃんに無言でメッセージを伝えた。


 楓ちゃんには見えるように、人差し指を口元に当て、静かにしてじっとしている様にと、ジェスチャーでね。

 それで彼女も分かったのか、そこからは大人しくなって、ただ僕に引きずられたままになった。


 楓ちゃんの変化の方は、あんまり人に見られていなかったから良かったけれど、目立つ事は避けて貰わないとね。


「ふぅ……助かったっす。ありがとうございます! では、また逃げるとしましょう」


 無事に帰還した楓ちゃんは、僕の後ろでコッソリと元に戻ると、再び走り出そうとした。


「いや、待って。さっき君を助けた時に、見つけたんだよ」


「えっ、何をっすか?」


「あいつらを操っている、札の場所」


 楓ちゃんを助けようと集中していたら、それが見えたのです。首の後ろの所に、縫い目があったのをね。

 恐らく、そこに縫い付けて隠されているはず。その部分に意識を集中したら、若干の妖気を感じたんだ。多分間違いない。


 そして僕は、そのまま影を操った状態を維持し、皆に気付かれ無いように、今度はキョンシー達の影を利用し、そいつらの首の後ろにまで影の手を伸ばすと、そこの結び目を解いていく。


「うっ、緻密な作業は初めてだから、ちょっとしんどい……かも」


 今までこの妖術は、それこそ力強く捕まえたり、押さえつけたりしかしていなかったんだ。

 こんな風にバレない様にして、影の手の指を使い、結び目をゆっくりと解いていく様な、そんな器用な事はしてこなかった。良い特訓にはなるだろうけどね……。


「これ、時間掛かっちゃうね。楓ちゃん、とりあえず逃げながらやっていくからさ、このまま走るよ」


「結局走るんっすね」


 結び目に影の手を突っ込んで、強引にお札を取り出す事も考えたけれど、周りにまでバレちゃうってば。


「一般人にバレない様に、コッソリと依頼をこなす。くノ一になるには、これも必要不可欠な事なんだよ」


「はっ! な、なるほど! 正体を隠しながら戦う。正に忍者!」


 異様に興奮している楓ちゃんは置いておいて……この細かな影の操作、指がつりそうになるのは気のせいでしょうか?


 ―― ―― ――


「ふぅ。これで……ラスト!」


 どれだけ逃げ続けていたかな……ようやく最後の1体のお札を、首の後ろから取り出し、全ての死体が地面に倒れると、そのまま一切動かなくなりました。


 それにしてもこのお札、よく分からない文字で書かれているよ。達筆と言うのかな。


 そしてこの妖気の質は、何処かで感じた事がある。だから、もっと集中して妖気を感じ取ってみた。

 するとこれは、湯口先輩達が使っていたお札と、全く同じ妖気だという事に気が付いた。


 だけどね、書いてある文字は全然違うんだ。これはどういう事……。


「あっ、姉さん……マズいっす。あれ、警察が来たっすよ!」


 やっとですか……何時も思うのだけれど、警察来るの遅くないですか。


「しょうがないなぁ、一旦退散――しなくても良いかな。楓ちゃん大丈夫。向こうに知り合いが居るから」


 ようやくやって来た警察官の中に、捜査零課のホスト風刑事、杉野さんが居ました。


 獬豸かいちの半妖って事だけれど、そもそも獬豸は、羊に似た一角獣で、理の無い方を角で突くと言われている。

 つまり、何処かに角があるかも知れなくて、そうなるとね……どうしてもその盛った髪型にね、目がいってしまうのです。


「やぁ、椿ちゃん。久しぶり」


「あっ、どうも。こんにちは」


 そして、パトカーから降りて近づいて来た杉野さんに、僕は簡単に挨拶をし、状況を簡潔に説明しました。


「ふむ、なるほど。いや~君がこの場に居てくれて助かったよ。センターからの依頼かい?」


 最初に妖怪に襲われ、妖界へと連れ去られた時とは違い、テキパキと仕事をするその姿は、もうまるで別人です。

 しかも、周りに居た一般人達の避難も、既に終わっていて、この辺り一帯を進入禁止にまでしてくれたらしいです。


「さてと……そうなると後は、その死体を操っているという奴を、見つけるだけか」


「あ……それとついでに。この死体が何処から来たのかも、一緒に調べて欲しいです」


 この死体が、いったいどこからやって来たのか、それが分からないのです。

 だって日本は、火葬ですからね。お墓から盗んでなんて、そんなのは考えにくいのです。


「ふむ、分かった。しかしこいつらは、この札で操られていただけで、証拠となりそうなのは、その特殊な出現方法だけだからな……俺達では、分からないかも知れないな」


 僕から預かった札を見ながら、杉野さんが言う。確かに、半妖の人達では限界がありました。


 そうなると……やっぱり、この死体を動かした本人に聞くしかないか。


「ん? 楓ちゃん、どうしたの?」


 そんな事を話していると、またキラキラした目で、楓ちゃんが僕を見ていた。しかもその目、嫌な予感しかしないですよ。


「さ、流石っす。半妖の刑事の部下を持っているなんて、一流の忍者は違うっすね」


 どうやら、また僕の株が上がっちゃったようです。本当に、何をしても好印象にしかならないんだけど。いや、それよりも……。


「あのね、この人は部下じゃ無いよ。僕に協力してくれているだけ」


「えっ? 違うのかい?」


 杉野さんが変な事を言うから、凄い勢いでそっちに首を回し、思い切り睨んでしまいました。

 この人は、僕の部下が良いのですか? 脂の乗った中年の半妖、三間坂さんの部下じゃ無いのかな……。

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