第伍話 【1】 ゾンビ・デ・イブニング
その翌日。
やっぱり来たセンターからの依頼で、今僕は鴨川に来ています。
実は鴨川って、上流では「賀茂川」と書く事もあります。
どこからそうなるのかというと、賀茂川を南下して、出町柳という場所にある、比叡山に向かう駅の場所で、高野川と言う川と合流しています。
そこから下流が鴨川で、上流は賀茂川という表記になっている。別にどちらも間違いでは無いから、厳密にそうじゃないと駄目ってわけでは無いのです。ただの豆知識なのです。
何でこんな事を言うかというと、丁度今居る場所が、その高野川と賀茂川の合流地点にある、中洲の所に居るからなんです。
ここにお化けが出ると言う噂があるので、調査に来ています。
だけど、ここは昔から出るっていう噂で、今更な感じもします。
この鴨川に限らず、京都にはそういう話が沢山あるから、いちいち調べていたら切りが無いと思うのだけれど、今回はなんと、被害者が出ちゃったみたいです。
そうなったら、センターも動かないといけない。それがお化けの仕業か、妖怪の仕業なのかを調べなきゃいけないわけです。
それがお化けだったら、然るべき所に報告して、引き受けて貰う。妖怪だったら、僕達が捕まえる。
簡単な事ではあるんだけれど、強い妖怪ならどうしよう、という不安があります。
「ふ、ふふ……姉さん、昼間からお化けなんか出る訳ないですよ?」
「楓ちゃん。君だって、僕の後ろから出て来ないじゃん」
本当にお化けなら怖いので、夜に行けるわけ無いよね。
それと人間の姿なら、僕はまだ中学生という扱いになる。だから、夜に出歩くのは駄目なんです。これがもし、妖怪の仕業なら、昼とか夜とかは関係無く、ここに現れるはずだよ。
そして、もう一つの問題が――
「あ~もう……皆こんな時に限って、来てくれないんだもんなぁ……」
僕は頭を抱えて、そう呟いた。
今回は、1人で依頼をやらないといけなくなったんだ。
前回の失敗から「少人数で行け」と、おじいちゃんにそう言われ、それだったらいつも通りに、白狐さん黒狐さんと――と思ったのですが、また別の任務が入っていましたよ。最近多いんだよね。
仕方ないから美亜ちゃんを、と思ったんだけれど「私も他の任務があるから~」って棒読みで言われ、そそくさと立ち去ってしまいました。あれは絶対、お化けが怖いんだと思います。
しょうが無いから、今回は頑張って1人で行こうかなと、そう思って準備をしていたら「見学させて下さいっす!」って、楓ちゃんが着いて来ちゃいました。
1人でやらなきゃいけない上に、この子に何かあった場合、僕が守らないといけません。出来るかな……。
「それにしても……本当にこんな所で、お化けなんか出たのかな」
被害者は女性の人で、夕方この場所で、他の友達と集まっていた時に、川に何かが落ちる音がして、気になって覗き込んだところ、川から伸びてきた手に、髪の毛を掴まれて引きずり込まれたらしいです。
咄嗟に友人達が助けに入り、その人は無事でしたが、まだ明るい時間帯だったので、目撃者が多数居るのです。
だけど、僕が聞いていた怪談話とは、またちょっと違うんだよね。失恋して自殺した、女性の幽霊が出るとかなんとか、そんな感じだった様な……。
そしてその噂を聞き付け、物好きな人達が、ここに大勢集まって来ているのです。ついでに、テレビ局のリポーターの人まで来ているよ。
「良かった。制服とか、いつも家で着ている巫女さんの様な服にしてなくて」
目立たない様にと、服装は一般の人と同じにして来て、大正解でしたね。
そして、抵抗があってはいけないと思い、今回は頑張ってスカートにしました。ヒラヒラしたフリルのやつだね……里子ちゃんが、嬉々として用意してくれていましたよ。
これはこれで、足がスースーしていて落ち着かないし、視線も気になる。やっぱり女の子って、大変なんですね。
逆に楓ちゃんは、ボーイッシュな服装。デニムの短パンにTシャツという、非常にラフな格好です。
それがめちゃくちゃ似合っているから、楓ちゃんボーイフレンドっぽく見えちゃうよ。
周りの人が僕達を、カップルと見間違えているんじゃないかなって、余計な心配をしそうになるけれど、大丈夫だよね。どこからどう見ても、これは中の良い姉妹にしか見えな――
「ねぇ、あそこの子供のカップルも、幽霊を見に来たのかしら? 男の子の方が年下だから、女の子がお姉さんらしい所を見せてるのね~」
「あらあら、微笑ましいわね~いずれ男の子の方が立派になって、お姉ちゃんの方が
「…………」
「えっ? 姉さん、どうしました?」
お姉さんやおばさん達から、余計なダメージを受けてしまいました。
これから調査だというのに、変な事を考えるのは止めよう。ガックリと肩を落としている場合じゃ無いです。
「それより姉さん、戦闘になった時、そのスカートで大丈夫なんですか?」
「ん? 大丈夫。ちゃんと下にスパッツを履いているから、あられもない姿を見せる事は無いよ」
その辺りも考えていますよ。
学校でもスパッツを履いていて、事件が起こっても、直ぐに戦える様にしているからね。
「おぉ、素晴らしいっす。女らしさを捨てず、男性を虜にする力をしっかりと身に付ける。くノ一とは、そうで無ければいけないんですね」
「いや、えっと……」
絶対にそうだって、言い切れないのが難しい所なんだよね。
だって僕、くノ一に会った事なんか無いし、資料を見た事も無いもん。
だけど、この子はそれで納得している様だし、別に良いかな。とにかく、早く調査をしてしまいましょう。
「レイちゃん、どう? 何かいる?」
そして僕は、首に巻き付いているレイちゃんに話しかけた。
今は夏だから、首に巻き付かれると暑いかなと思ったんだけれど、レイちゃんの毛は風通しが良くて、結構快適でしたね。
「姉さん。その首の子は何っすか?」
「この子? 霊狐のレイちゃんだよ。僕のペット」
すると楓ちゃんが、またキラキラした目で僕を見た。こんな風に、どんな事でも尊敬の眼差しを向けてくるから、ちょっと困ります。
「流石っす! くノ一たる者、使いの獣は必ず作るべし。あの話は本当だったのですね」
「えっ?」
いったいどの話なんでしょうか……また何かと間違えてそうだね。
それよりも、レイちゃんの様子だよ。さっきから様子を見ていると、ずっと変に唸っているだけで、全く動きを見せない。
つまり、霊は居ないって事かな。ここに霊が居たら、真っ先にそこに飛んで行って、浄化しようとするからね。
「レイちゃん、ここに霊は居ないの?」
「ム~」
ずっとこんな風に唸っては、首を傾げる仕草をしている。
可愛いんだけれど、レイちゃんですらこんなにも不思議がっているし、霊の仕業では無いのかな。
妖気も感じられ無いし、その事件は、誰かが脅かす為にやったんじゃないのかな。
「う~ん……ここって、深い所と浅い所があるから、深い所に誰か居たのかな?」
頭の中で色んな事を考えながら、僕は川を覗き込む。
夕焼けの光が反射して、キラキラ眩しいですね。魚も気持ちよさそうに泳いでいる。
川の中で、置物のように佇むアオサギが、反対側でそのお魚を狙っているし、マガモも気持ち良さそうに、川の流れに乗って泳いでいますね。
一言で言うと、平和です。
「姉さん! これ、出来ますか?!」
すると、楓ちゃんの大きな声が下から聞こえてきます。
そっちを見ると、いつの間にか川の近くの所まで、彼女は降りて行っていました。
平たい石を手に持ち、それを川に向けて水平に投げていますね。投げた石が、水面を2度3度跳ね、そのまま水の中に落ちている。
要するに、あれは水切りですね。でも3回ですか、まだまだですよ。
「楓ちゃん、ちょっと力み過ぎだよ。これはね、力を入れ過ぎない様に、気を付けて飛ばさないと駄目なんだよ」
僕も川の近くまで降り、楓ちゃんの横に来ると、ちょうど良い平たい石を見つけ、川に向かって石を水平に投げた。
力み過ぎずに、でもしっかりと威力を付ける。すると、楓ちゃんよりも数回多く跳ね、水の中に落ちた。この距離だと、流石に反対側には届かないね。
「ふぉぉ~! 7回ですか、す、凄い!」
しまった。あんまり僕に尊敬の眼差しを向けさせたら、余計に帰ってくれないじゃん。やってしまいました。
だけど、こんな風に慕ってくれたり、尊敬の眼差しを向けられたりする事なんて、全く無かったもんだから、僕はどう対応したら良いのか分からないんです。
「よ~し、力まず集中する。ほっ!」
「うぁっ……」
ん? 何かおかしな音がしましたね。
楓ちゃんがリベンジする為に、もう1度石を投げたけれど、それが水を数回切った後に、何かに当たる音がして、そして変な声が漏れたような……。
「姉さん、あれ何すっか? あれのせいで、せっかくの新記録が台無しですよ」
そう文句を言う楓ちゃんの指さす方を良く見ると、何かが水面から顔を出しているのが見えた。
しかも、さっきので怪我をさせてしまったのか、頭から血を流しています。
ヤバい、謝んないと――って、ちょっと待って。ここは遊泳禁止だってば。
いや、そもそもあそこはそんなに深くないって。何であんな風に顔が出せるの? 体が見えないのは何で――
「か、楓ちゃん……に、逃げよっか。あれ、多分……」
「ね、姉さん……自分にも分かりました。はい、逃げましょう」
でもさ、幽霊って実体あったっけ? さっき楓ちゃんが投げた石、しっかりと当たったよね。
ふとそんな事を思った瞬間、目の前のそれは、水面から徐々にその姿を現してきた。
出て来なくて良いです。そのままで、そのまま引っ込んでいて下さい。
「ね、姉さん。やっぱりあれ、人間じゃ無いですよね。お、お、おば……」
「楓ちゃん、違うよ。あれはお化けでもない。これは――」
水面から出たそれは、頭から血を流しているだけじゃ無く、目玉も腐り落ちていて、片方が無くて、もう片方は落ちかけていた。
体の方は、蛆虫が湧いているとか、そんな汚い感じでは無かったんだけれど、肌の色は生きている人の色では無く、真っ青に近いものです。
つまり、こいつは――
「――死体が動いているんだよ!」
僕がそう叫んだ瞬間、川の中から更に、複数の死体が飛び出して来た。
ここは浅い所もあるのに、こいつらはどうやって隠れていたのでしょう? いや……それを考えるのは、こいつらを何とかしてからだ。
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