第肆話 【2】 妹分

 妖怪食の職人の娘さん、楓ちゃんなんですが、何と父親と喧嘩をして、家出をして来たらしいです。

 だけど、向こうはそんなに怒ってはいない様で、楓ちゃんの勝手な勘違いで、家出をしたらしい。


 話を聞くと、楓ちゃんが職人の跡を継がないのであれば、養子を取って、何としても跡を継いでくれる者を作らないと、妖怪食を作る職人が居なくなる。


 妖怪食の職人は、何と楓ちゃんの父親ただ1人だけ。


 そんな状況なら、もっと職人を増やせば良いのにと思ったけれど、どうやらかなり特殊なやり方らしく、他に出来る妖怪が居ないみたいです。


 そんな話を聞いた楓ちゃんが、自分を無理やり結婚させ、婿養子を取り、そいつとその子供に跡を継がせる気だと、そんな勘違いをしちゃったらしいのです。


「だから、自分はあんな家には帰りたく無いっす!」


「じゃから、それはお前さんの勘違いだと言うとろうに!」


 おじいちゃんの部屋では、こんなやり取りを1時間近くやっている。


「僕、もうお風呂に入って寝ようかな……」


 そんな部屋の前で、僕は待ちぼうけです。

 明日は試験明けの休みだけれど、センターからの依頼が来そうなんだよ。


 すると、おじいちゃんの部屋の襖が開き、楓ちゃんが突然飛び出して来た。


「あっ、姐さん! 助けて下さい! このままでは自分は、政略結婚させられてしまいます! まだたった20年しか生きていないのに、もっと色んな事したいのに!」


 そう言いながら、楓ちゃんは僕の背中に回り、わざとらしくメソメソしだす。


「落ち着いて楓ちゃん、意味違うから……」


 この子、言葉の使い方がなんかおかしいんですよ。ちゃんと勉強しているのでしょうか……。


「それに、婿養子を取るって意味じゃ無いんでしょ? 楓ちゃん、ちゃんとお父さんと話し合った方が良いよ」


「むぅ……しかしあの狸オヤジ、裏で何考えているか分かんないっすから、無きにしもあらずなんです」


 反抗期ってものなのかな? 妖怪にもあるのかは分からないけれど、親に反抗している子供って感じです。


 僕にもあったのかな――って、そんなことを考えたんだけれど、60年ここで過ごした記憶を消されているので、何だか心にぽっかりと、大きな穴が空いている様な感じがします。


「おぉ……椿、すまんな。其奴、中々に言うことを聞かなくての。悪いが熱が冷めるまで、ここで預かる事にした。ついては、お前さんを慕っとるようじゃから、その子の世話をしてやってくれ」


「えぇ?! ちょっと待ってよ、おじいちゃん。この子、僕の事をくノ一って勘違いしているんだよ。色々と付きまとって来そうで、僕のプライベートが無くなっちゃうってば!」


 今だって、僕の後ろに隠れるフリして、尻尾の観察なんかしちゃってるんだもん。

 しかも「くノ一たる者、相手を魅了させる為に、体の手入れはかかせないと」なんてブツブツ呟いてるんだもん。


「まぁ、しばらくの辛抱じゃ。我慢してくれ」


「えぇ……そんなぁ」


「その子を説得し、家に帰すことが出来れば、褒美として2週間、味噌汁にお前さんの好物のお揚げを入れ、ご飯も炊き込みご飯にしてやる」


「分かりました、やります」


 そこまでされたら断れないよね。


 別に好物の食べ物で釣られたんじゃ無くって、先輩妖怪として、色々と教えて上げないといけないからね。


 でもその前に、お風呂に入りたいんですよね。

 1人でのんびりと、この子を家に帰す為の作戦を考えたいから、何とかこの子を部屋で待たせたいのだけれど……。


「宜しくお願いします! 姐さん!」


 キラキラと目を輝かしている楓ちゃん。

 お風呂に入りたいから、それまで部屋で待っていてって、そう言っても「お供するっす!」って言いそう。


 そうだ。里子ちゃんと美亜ちゃんと一緒に入って、この子を任せてしまえば――


「ふぅ、良い湯加減だったわ~」


「あっ、椿ちゃん。私達先に入ったから、たまには1人でゆっくりと――って、その子が居たんだね。それじゃ、ごゆっくり~」


 真っ正面から湯上がりの2人がやって来て、僕にそう言ってきました。


「おっ、姐さん。お風呂入りましょう! 背中流させて下さい!」


 詰みましたよ。

 こんな時に限って、何で美亜ちゃんと里子ちゃんが2人で仲良く入ってるの? でもきっと、僕への弄りをどうしようかって、そんな会議をしていたんでしょうね。


 とにかく、お風呂では作戦を考えられそうに無いから、寝る時にするとしましょう。


 白狐さんと黒狐さんが邪魔をしなければだけどね。


 ―― ―― ――


「ふぉぉ~! 檜風呂! 大っきいですね! 流石は翁の家です!」


 浴室に入った瞬間から、楓ちゃんが何やら興奮気味です。


 確かに、おじいちゃんの家のお風呂はめちゃくちゃ広くて、温泉旅館もビックリの広さなんです。


 それと楓ちゃん、少しは恥ずかしがって欲しいかな。

 恥じらう様子は一切無く、広いお風呂を見て回る姿は、本当に子供みたいです。


 20年も生きているのに、この子はまだ幼体という事みたいです。その幼体か成体かは、生きた歳月では無く、妖気の強さと量で判断される。だからこの子は、まだそんなに妖気が無い。

 この子から妖気をあんまり感じ取れ無かったのは、そういうことだった。能力じゃなくて、単に妖気が無かっただけでした。


 僕はというと、こう見えてとっくに成体扱いなんです。

 そうでないと、ライセンスなんて取れませんからね――って、あれ? この子確か、十級のライセンスをって言ってたよね。


「あれ? そう言えばさ。楓ちゃんは、幼体なのに何でライセンス取れたの? 妖気もそんなに無いしさ」


「あ、あれっすか……えっと、すいません。あれは嘘っす。姐さんに、何とか弟子にして貰おうと思って、嘘を……」


 そう言いながら楓ちゃんは、申し訳なさそうにしながら俯いた。


「実は、友達とセンターの見学をしていた時に、姐さんを見つけて、その美しさと妖気の強さに、一瞬で一目惚れしたっす。で、こっそり試験会場に紛れ込んで、姐さんの様子を見ていたんです」


 なるほど、その辺りは忍者っぽいよね。この子なりに、色々と修行をしているのかも知れない。でもね……。


「あいたたた!! 姐さん痛いっす!」


「嘘はいけませんよ」


 僕は楓ちゃんのこめかみに拳を当て、両方からグリグリと押し付けて、嘘を言った事に対しての罰を与えました。


「分かりました! 分かりました姐さん!」


「あと、その姐さんも止めて。極道の娘みたいになっちゃうじゃん」


「えぇ……カッコいいのに! じゃ、じゃあ……姉さんで」


「ん~まぁ、それなら良いかな」


 そして僕は、楓ちゃんのこめかみから拳を離し、先に体を洗うために、シャワーのある所へ向かった。


「あっ、しまった。楓ちゃん、体洗ってから湯船――って、遅かった」


 僕がこめかみから拳を離した後、自由になった楓ちゃんは、真っ先に湯船に走って行き、そして濡れた床に足を滑らせ、頭を思いっ切り打っていました。

 それこそ「ゴーン!」っていう程の音が、このお風呂場だけじゃなく、家全体に響く位の勢いでね。


「い、痛いっす~」


「もう、何やってんの? お風呂場で走ったら危ないんだから」


 何だろうこの子……まるで危なっかしい妹みたいに見えてくる。


 それに、丸い尻尾をフリフリと振る、その未発達ながらも可愛いお尻と、成長途中の胸が何とも可愛ら――


「姉さん、どうしました?」


「ほっといて下さい」


 今、自己嫌悪中ですから。


 こんな時に、僕の男の精神が顔を出してしまいました。

 引っ込め、僕の男としての邪念。しかもこの子、まだ幼いってば……。


 美亜ちゃん里子ちゃんと一緒に入る時は、入る前から気を付けているけれど、この子は見た目男の子っぽいんだよね。だからなのか、つい油断しちゃったというか……。


「ふぅ……さて。楓ちゃん、先に体を洗ってからだよ」


「分かったっす!」


 そして僕は、何とか女の子の精神を保ち、楓ちゃんと体の洗いっこをすると、湯船にのんびりと浸かり、彼女のこれまでの事を話して貰いました。


 楓ちゃんの事を理解してからじゃないと、説得も無理だからね。


 そもそも、何でくノ一になろうとしたのだろうね。

 その理由を聞いてみたら「姉さんを見たから」と言ってきたけれど、最後の方に何かを言おうとして、結局止めたよ。


 これは、何かありそうですね……。


 その後に、僕の事も軽く話をし、2人でゆっくりと湯船に浸かっています。だけど、長く話しすぎたせいで、そろそろのぼせそうだよ。


「姉さん、ちょっと見て下さいっす。てぃっ! 水隠れの術!」


「…………」


 突然何をするのかと思ったら……。


 あぁ、なるほど。浴槽の縁に、何本ものストローを用意していたのは、この為だったのですか。

 自分の忍術を披露しているつもりだろうけれど、単にストローを何本も口に加え、そのまま潜っただけじゃん。全くもう……。


「よいしょっと」


 こんなのはね、こうやってストローの口を指で塞いでしまえば……。


「…………」


 いつまで持つんだろう。


「ぶはぁあ!! な、何するんっすか姉さん!」


「いやいや。忍者たる者、水中で息を止めながら、沢山の距離を進まなければならないんだよ。これ位でギブアップしてたらダメじゃん」


「な、なるほど……き、厳しいっすね」


「嫌なら帰ったら?」


「いえ、頑張るっす! これ位では、自分めげないっす!」


 くそ、失敗した。良い作戦だと思ったんだけどなぁ。雰囲気を出すために、ちょっと意地悪な顔もしたのに。


【あらあら、良い感じじゃない椿。その意地悪な顔付き】


「久しぶりの妲己さんですか、何してたの?」


 1週間ぶりくらいだから、ビックリして声を出してしまいそうになったけれど、楓ちゃんに怪しまれるから、そこは何と抑え、小声で話しかけた。


【寝てたのよ。調子に乗って話しかけ過ぎたからね。だから、これからは程々にしておくわ】


 僕としては、それは良い事ですね。妲己さんに惑わされなくて済むからね。


【あっ、そうそう。あの子を家に帰す作戦、意地悪な事をメインでやるなら、もっと徹底的にしないとダメよ~それじゃ、おやすみ~】


 そうなると、僕には限界があるかな。基本的に、僕は意地悪な事なんてしないからね。


「隙アリっす!」


「わぷっ?!」


 いきなり楓ちゃんの声がしたと思ったら、突然顔にお湯が勢いよく当たって、ビックリしてしまったよ。


「へへへ~水遁の術~どうです? 上手いっすか?」


「これは水遁の術じゃなくて、ただの水鉄砲です! お返し!」


「どわぁ! 姉さん、量が違います! やりますね!」 


 とにかく、この子は一筋縄ではいかない様だけれど、良く考えたら、家出なんて一時の気の迷いだし、こうやって厳しい現実を見せていったら、直ぐに帰りたくなるよね。

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