第肆話 【1】 妖怪「化け狸」の楓
晩御飯の時間になり、僕は今回思い出した事を、広間に居る皆に話した。
皆は意外と驚かなかったけれど、おじいちゃんだけは、何だか複雑そうな顔をしていましたね。
そのついでに、分からない単語を白狐さん達に聞こう。
「あっ、そうだ。白狐さん黒狐さん、テンコ様って誰?」
『その名前も思い出したのか。そうだな……先ず天狐と言うのは、天の狐と書く。この方は何と、1000年も生きる稲荷の祖だ。我の更に上の存在だ』
白狐さんの上の存在って――だから白狐さんも黒狐さんも“様”って付けてるんだね。
「あれ? それじゃあ、白狐さん黒狐さんが居なくても……」
『あぁ、神社の事は、天狐様が何とかしてくれているはずだ』
つまり、余計な心配はしなくて良かったんですね。代わりの妖狐がちゃんと居るんですね。
すると、ご飯を食べる僕の姿を、対面に座っている里子ちゃんがじっと見てくる。そんなに見られたら恥ずかしいし、食べにくいんだけど……。
「椿ちゃん。もうすっかり、ここのご飯に慣れたわね」
「えっ?」
そう言われたら、レベルアップしている里子ちゃんの妖怪食、大変だけど何とかなってるね。
正しい食べ方をしないと、焼き魚はトゲ出したりするし、サラダなんか鼻と口を塞いでくるし、味噌汁なんか、飲んだ後に胃じゃなくて肺に行こうとするからね。
こんなの、普通は死ぬってば……。
そして今日は、里子ちゃん渾身の夕食、ぶり大根の煮物です。
ぶりはもちろん魚ですから、切り身になっても動きます。跳ねはしないけど、骨を飛ばしてくるから、骨を触らないようにして食べないといけません。
大根は、おいしい汁をタップリと含んでいるけれど、その汁を減らすと、こっちの体液を吸って補充してこようとする。だから、噛む回数を減らして食べないといけない。
ほんと、死ぬってば……。
「確かに難しいけれど、何かと鍛えられましたからね」
「ぬぅ~それじゃあ椿ちゃん、デザートは何が良いですか?」
「えっ、じゃあ、焼きプリンでお願いします」
「は~い」
里子ちゃんはそう言うと、台所に焼きプリンを取りに行ったけれど、その顔がニヤッとしていたから、嫌な予感しかしません。警戒しておこう……。
「それにしても、この妖怪食って不思議だね。どうやって出来るの?」
大根をお箸でゆっくりと挟み、適当な大きさに分けると、タップリと汁を吸わせる。
それを見ていると、この不思議な食べ物達の成り立ちが、どうにも知りたくなりました。
『ん? これか? これはな、ちゃんと職人がおってな、そいつが作っとる』
「へぇ~それって、何人も居るの?」
『いや、1人じゃ』
「えっ、1人で全部やってるの? す、凄いですね……」
『そいつは、分服茶釜が年月を経て、更に強力になった奴でな。機会があれば、そこを見学でもしてみるか?』
「う、うん。ちょっと気になるので」
分服茶釜って確か、童話に出てくる有名な狸さんじゃないですか。年齢を重ねると、そんなものまで妖怪になるんですね。
「は~い、椿ちゃん。デザートお待たせ~」
すると、丁度僕が食べ終わった頃に、里子ちゃんが焼きプリンを持って来てくれた。
タイミングがベスト過ぎて怖いけれど、もっと怖いのは、そのプリンが燃えていて、激しい火柱を上げている事ですよね。
「うん、里子ちゃん。“食べられる”焼きプリン持ってきて」
「あはは……椿ちゃんにはやっぱり無理でしたか」
どう考えても、炎に耐性のある妖怪さんしか食べられ無いでしょう。ヤケになんないで欲しいな、もう……。
―― ―― ――
夕食が終わり、美味しいデザートも食べ終え、ちょっとだけ食休みをした僕は、お風呂に入ろうと廊下を歩いている。
そんな時、急に玄関から誰かの声が聞こえてきた。
「たのも~!!」
「ん? 何じゃ来客か? こんな時間にか?」
「全くよ、変な時間に来ないで欲しいわね」
おじいちゃんがブツブツ言う中、美亜ちゃんも文句を言うけれど、君もご飯中に来たよね。
そして、里子ちゃんがその来客の対応をする為、玄関へと向かう。
今の声は、女の子の声だったよね。いったい、こんな時間に何の用だろう。
すると、里子ちゃんが玄関から戻って来ると同時に、僕の方に顔を向けると、手招きをしながら言ってくる。
「椿ちゃん。あなたにお客さん」
「へっ? ぼ、僕ですか?」
驚いたけれど、僕のお客さんなら行くしかない。だけど、あの声は聞いた事が無い声です。いったい誰だろう?
とにかく、僕への来客だと言われて玄関に出ると、その来客者が僕の姿に気付き、おかしなポーズを取りながら話しかけてきた。
「あっ、椿の
「あ、姐さん?! いやその前に、やっぱり僕は君の事を知らないよ! あっ、まさか……また僕の封じられた記憶に?」
正直、僕はちょっとパニックになっています。
その子は、スラッとした体つきをしていて、本当にくノ一の格好をしていた。そして、赤茶色のポニーテールに、頭に丸い狸の様な耳と、太い狸の尻尾が――って、この子化け狸ですか。
僕よりも若いのか、まだ幼そうな顔付きで、そのクリクリとした目がこっちを見ている。見ているんだけれど、その目は何故か尊敬の眼差しをしていた。
昔に会った事があったとしても、記憶が封じられているから、全く分からないんだよね。だから、なんだか申し訳無くなってくる。
「おぉ、姐さんは記憶が封じられていると……か、かっこいいっす。あっ、すみません。自分とは初対面です。だから、
本当の初対面でしたか。それは分かったけれど、そのポーズは止めて欲しいな。
この子……弟子と舎弟をごっちゃにしているんじゃないかな? 腰を落とし、右手を足と足の間に差し出し、掌を上にして――って、何でしたっけこれ? 確か舎弟が、兄貴分の知り合いとかに挨拶したり、そんな時に使う事を見るよね。テレビでだけだけど……。
だからさ、それは弟子にして貰う時に使うポーズじゃないよ。だけどこの子は、それだけ必死なんだろうね。でもその前に……。
「あのさ……僕はヤクザじゃないし、忍者でも無いです。弟子とか、そういう変な事は言わないで下さい」
「いやいや、しっかりとこの目で見ました! あのライセンスの第3試験の時、その時の姐さんの華麗な身のこなし!」
あの時、君居たのですか?! という事は、この子もライセンスを持っているって事になるね。
「それなら、君もライセンスを持っているんでしょ? 弟子にって、今更なような……」
「いやいや、自分十級ですし、まだまだペーペーです! それに比べて、姐さんは五級……もう雲の上の人っす!」
そうでも無いような気がするんですけど……もっと上の級もあるし、何より白狐さんと黒狐さんが――あっ、そうか!
「ちょっと待って! それならさ、僕の後ろに居るこの2人に、弟子入りを頼んだ方が良いと思うよ。僕よりも級が上だから」
本当はこんな事、言いたくは無いんだけどね……2人と居る時間が減るから。だけど、僕も必死ですよ。
それでも、楓ちゃんはいっこうに引かない。しかも「なんて謙虚な人なんだ」って感じの目で見られちゃってます。僕のやる事なす事全部、この子への好印象になっちゃってるよ。
「いやいや……やはり、くノ一の弟子にとなると、姐さんの方が良いんです。今日の事件も、偶然そこに居合わせて、拝見させて貰いました」
「今日も居たんだ……」
でもそれなら、君の妖気を感じるんだけどな――って、今気が付いたけれど、この子から殆ど妖気を感じられない。
凄い……流石はくノ一ですね。たとえ見習いでも、そんな事が出来るなんて。
「それならさ、今日の僕の失態を見てたよね? とてもじゃないけれど、僕は……」
そうやって否定しようとすると、その子は首を横に振りながら、再び尊敬の眼差しを向けてくる。
「いえいえ、そんな事無いです。あの『手魔根木』の不幸の妖気を浴びておきながら、あの程度の不幸で収まっているんですから。普通なら、ガムを踏ん付けた後は、鳥のフンにやられ、犬のウ○チを顔面に浴びて、そのままトラックにドッカーンですから。だから、姐さんは凄いですよ!」
そこまでのコンボになるんですね。そうなると、あの程度で済んで良かったという事なんだ。
「とにかく、あの場に居た誰よりも、椿の姐さんの実力の方が上だったのです。姐さんが居なければ、あの妖怪は捕まえられ無かったでしょう!」
「いや、そこまで褒められると困るんだけど。それと、その姐さんは止めて。僕、ヤクザの娘とかそんなんじゃ無いから」
すると、玄関で僕達が騒いでるのを聞きつけ、おじいちゃんがやって来てしまいました。これは、怒られるかも……。
「何じゃ、やかましいと思ったら、楓……お前さんか」
「あっ、鞍馬天狗の翁。夜分にお邪魔しております」
だけど、僕が怒られることは無く、おじいちゃんは楓ちゃんを見ると、何故か納得したような顔をしました。
おじいちゃんは相変わらず、顔が広いな――と感心していると、何故かため息交じりに、呆れた声で楓ちゃんに話しかけた。
「お前さん、まだ“そんな事”をやっとるのか。父親にも言われているだろう、跡を継げと」
「い、嫌です! あんなの……あんなのは、やりたく無いです! 自分は、くノ一になるっす!」
どうも話が見えて来ないです。
だけどその会話から、この子の両親は忍者では無い事が分かった。それなら、なんで忍者なんかに。
「姐さん、お願いです! 弟子にして下さい!」
「だから……僕は忍者じゃ無いし、姐さんも止めてってば」
「そうじゃ、いい加減にせんか。父親に連絡して、お連れの方に連れて帰って貰うぞ」
あれ、この子の父親が来るんじゃないんだね。色々と引っかかるな……。
「えっと……この子の父親って、何している人?」
とにかく、1番肝心な事を聞かないと。何でこの子は、そんなに嫌がるのだろうか。
その跡を継がないといけない仕事が、いったいどんなのかを聞かない事には、僕も断りようが無いからね。
「そうじゃったな。こいつの父親は、ついさっき白狐が言っていた、妖怪食を作る職人。分服茶釜の変異体『妖食茶釜』じゃ」
えっ……さっき白狐さんが言っていた、妖怪食を作る職人の――その娘さん?!
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