第参話 【2】 思い出した約束

 部屋に着くなり真ん中に座らされ、そのまま2人は僕を挟むように座り、ジッと見つめてきます。

 そんな2人の目を見られずに、僕は顔を逸らしてばかりいる。


『おい、椿。こっちを向け』


「無理です、黒狐さん……」


 目を見たら駄目だ、目を見たら駄目だ。


 あの事を思い出して、恥ずかしくて赤面しちゃうんだよ。

 でもそれだけで、この2人を好きだと言う理由にはならないと思う。うん、ちょっと違うよ。


『椿よ、正直になれ。我等に惚れてしまいそうになっているんだろう?』


「白狐さん、違います。僕はそんなに気が多くないです」


 単純に、あんな風にキスされた事が恥ずかしいだけです。


 だけどそれだったら、この胸の高鳴りは何? 好きって事? 白狐さんと黒狐さんを……。


 嫌いではないし、どちらかというと好きではありますよ。

 だけど、愛しているかと言われたら、何だか違う様な気がする。


 あれ? でも何だろう……色々と考えていたら、白狐さんの唇の感触、初めてじゃないような……。


「いっつ!!」


 ちょっと考え過ぎてしまったよ。ここでいきなり、頭が痛み出してくるなんて……。

 しかもこの痛みは、どうも普通じゃない……そう、記憶が蘇りそうな、そんな感じの痛み方だ。


 これは、やってしまったかも知れないね。


『椿よ、どうしたのだ?!』


『椿、しっかりしろ! またか?!』


「あんまり叫ばないで欲しいです。頭に響いちゃう……」


 そして次の瞬間、僕の脳裏には、白狐さんの顔のアップが浮かび上がって来た。それと同時に、この時何かを言われた様な、そんな記憶まで蘇ってきた。


【あぁ、約束だ――我と、お前のな】


 頭に浮かんだ白狐さんの顔、今よりも若い。そりゃそうか、60年前の事だもんね。しかも僕は、白狐さんと何かを約束したのかな。


【うん、白狐さん! 私、絶対あなたのお嫁さんになるね。だから約束だよ、浮気はだ~め!】


「!?」


 何だか、これは思い出したらいけない、昔の黒歴史なような……。


 そんな時、僕の体を誰かが揺さぶってきた。どうやら、頭痛で頭を押さえている僕を、白狐さんが必死に揺すっていましたよ。


『おい! 椿よ、しっかりし――っ?!』


「あっ、ごめっ――!」


 しまった……さっきの記憶とこんがらがって、心配して覗き込んできた白狐さんの頬を、思いっ切り引っぱたいちゃった……。


 だって顔が近いんだもん。

 無駄にドキドキしている所に、白狐さんのイケメンの顔が――じゃなくて、心配そうにしている顔が飛び込んできたら、ビックリしちゃうよ。


『ふっ、嫌われたものだな……』


「あっ、ちがっ、ごめんなさい。パニックになっちゃって……あの、昔の記憶がね……」


 すると、2人が更に近付いて来て、僕にその事を問い詰めてきた。


 今は2人の顔をまともに見られ無いのに、そんな風に近付いて来られたら、また引っぱたいちゃうよ。


『まさか椿よ、記憶が戻ったのか?!』


『おい、大丈夫なのか?!』


「あっ、大丈夫だよ。全部じゃないよ、あの……白狐さんとの約束を思い出したの」


 僕がそう言うと、白狐さんは安心した表情をして、僕の頭を撫でてくる。

 そのついでに耳まで弄ってくるから、くすぐったくて身を捩ってしまう。それは止めて下さい。


『なるほど、それを思い出しただけか。それでも十分だがな』


「えっ? 白狐さんは覚えていたの?」


『覚えておったというか、お主とのその約束は、お主を女にした直後に思い出したのじゃ。だが、椿は記憶を失い、しかも箝口令が敷かれていたのでな、言って良いのか迷っていたのだ』


「これ位は別に大丈夫だと思いますよ」


 それじゃあ僕ってば、既に白狐さんのお嫁さんになるって、そう約束しちゃっていたの?

 いったい白狐さんどこに惚れちゃったのかな? ついでにそこも思い出したかったな……。


 すると、さっきから悔しそうにしている黒狐さんが、更に僕に顔を近付けてきた。


『椿よ! ついでに俺との記憶も思い出してくれ! 俺はお前との事を全て封じられているみたいで、何も覚えていないのだ!』


 それだったら、黒狐さんが思い出せば良いのに……何で僕に頼頼るんだろう。というより、妲己さんの事を思い出した時に、僕の事も思い出していないんだね。


「待って、待って。黒狐さん、顔が近いです」


 しかもそんなに顔が近いと、黒狐さんの無理やりな、あの大人のキスを思い出しちゃって、また顔が熱くなりそうになる。


 そして、また頭が痛くなってきた。


 最近この2人と一緒に居ると、何かを思い出しそうになっていたから、ちょっと封印が解けかけているのかも。


「うぅぅ……まただよ、もう!」


 あまりの痛さに、つい大声を上げてしまいました。

 そのお陰で2人は静かになったけれど、また脳裏に何かが浮かんでくる。


 今度は、どこかで見た様な景色……千本鳥居が、左に曲がりながら、真っ直ぐ均等に並ぶ風景。

 それがどこまでも続いていそうで、別世界に連れて行かれるんじゃ無いかって、そう思う程の景色は、異様な雰囲気を放っている。


 そして空は、燃える様に赤い夕焼け。という事は、ここってもしかして――


【俺は、ここ妖界の稲荷山の守り神さ。裏稲荷山と言っても良いかもな】


 あぁ……ちょっと考えたら、直ぐに分かることじゃん。


 妖界が人間の裏世界なら、稲荷山だって妖界にあるって事じゃん。

 だけど、妖界と人間界の2つ世界の差で、こんな風に形が変わったり、道が変わったりする事は無い。


 ということは、この長い千本鳥居の道は、人間の世界には無いはず。


 それだったら、この道はいったい何?


【そしてここは、天狐様の元に続く道。妖界の稲荷山にしか無い道だ。これから、その天狐様に挨拶に行くのだろう。今は許可を貰っている所だ。ここで少し待つが良い】


 テンコ? また分からない名前が出て来たよ。

 若い黒狐さんが“様”付けしているから、よっぽど位の高い妖怪なのかな。


【ねぇねぇ。あなた、ずっとここに居るの?】


【そうだ、守り神だからな】


 そしてまた、自分の言った事をちょっと思い出してきた。

 そう、確かこんな事を――って、あれ? この先を思い出したくないような、そんな気がするんだけど……。


【寂しく無いの?】


【ふん。そんなものは無い……】


【嘘! 顔に書いてあるよ!】


 うん、小さい頃の僕は活発だった。グイグイと黒狐さんに詰め寄っていたような……。


【ぬっ? ふん。小さな妖狐のお前に、何が分かる】


【分からなくても良いもん! だったら、私があなたのお嫁さんになって、何時でも傍に居て上げる! 寂しく無い様にしてあげる!】


【なっ?!】


 若い黒狐さんの、とても驚いた顔を思い出した後、僕は凄い勢いで布団に潜り込んだ。それを見た2人は驚き、目が点になっている。


 頭痛も治まり、この先はもう思い出せなくなったけれど、顔は熱くて、触れないかもしれないレベルにまでなっている。


 小さい頃の僕って、気が多いと言うより、いったい何をやっているんでしょう……って感じでしたね。恥ずかしいというか、思い出したくなかったよ、これは……。


 それよりも、この時の黒狐さんって、既に妲己さんと一緒だったのかな? そこは思い出せなかった。

 もし、既に妲己さんと一緒だったのなら、こんなの不倫だよ不倫……本当に何やってんの。


「うぅぅぅ……白狐さん黒狐さん、ごめんなさい!! 既に昔、2人のお嫁さんになるって言っちゃってました!」


『何と?! 黒狐にもか!』


『そうか。だから俺も、椿を嫁にしたくてたまらなかったのか。しかしだ、その時俺は、妲己の奴とは一緒だったのか?』


 そこは黒狐さんも分からないのですか。


 と言う事は、そこで妲己さんと僕との間に、何かあったって事? そしてそれは、箝口令が出るほどの事だった……。


 だけど、やっぱりこれ以上は思い出せそうに無いです。

 そんな事よりも、昔の事を思い出してから恥ずかし過ぎて、余計に2人の顔を見られなくなっちゃったよ。


『それより椿よ、そこから出てこんか。お主が謝る必要も無い』


『そうだ。それに、お前も了承済みの事では無いか。今更恥ずかしがるな』


「白狐さん、黒狐さん殴っといて」


『うぉ! 待て待て、何でだ! 白狐も、俺を殴ろうとするな!』


 繊細な心が分からない、ダメ妖狐はそうなるのです。


 でも、そこが黒狐さんらしいし、逆にほっとけないんだよね――って思っちゃっているから、これはもうダメですね。


『ほれ、いい加減恥ずかしがるな。我等は怒ってはおらぬから、いい加減に機嫌を直せ。それに、お主とのスキンシップが無いと、こう……何というか、いまいち調子が出んのじゃ』


 白狐さんの言葉に、僕は布団から顔だけを出し、2人の顔をジッと見つめた。


 白狐さん、ちょっと照れながら言ってるよね。白狐さんは優しいし、僕の事をいつでも最優先で考えてくれいて、凄く頼りになる。


 自分の気持ちなんか、そんなのもう分かっている。いつからと言うよりも、60年も前からとっくにそうだったんだ。


「ご、ごめんなさい。ずっと避けてて」


『ん? いや……椿が我等を避けていたのが、あの時無理やりにキスをした事なら、我も謝ろう。すまなかった』


『あ~そうだな。白狐に取られてたまるかと、ヤケになってしまったな。すまん』


 白狐さんと黒狐さんが、申し訳無さそうにしながら頭を下げた。


 僕は守り神である2人に、こんな事をさせてしまっているのですか。そんな僕の心は、とてもいけないことをしてしまった様な、そんな感情が湧いてきてしまった。


「白狐さん黒狐さん、僕の方こそ、露骨に避けちゃってごめんなさい。ちゃんとしっかりと、口で言えば良かったよね」


 そして布団から出て、頭を下げる2人の前で、僕も頭を下げた。


 何だろうこれ……喧嘩した夫婦が、仲直りしている風景でしょうか? というか、そんな事を考えたらダメなんだろうけれど、僕の頭はもう、そんな事しか考えられ無くなってしまっている。


 それなら、ちゃんと口で言わないとだよね。


 そうしないと、この2人のアプローチがずっと続くんだもん。守り神のこの2人にも、仕事はちゃんとあるだろうし、やらなきゃいけない事もある。

 ずっと僕なんかに付きっきりだから、誰かが迷惑を受けているかも知れない。だから、ここでハッキリと言って、2人を安心させないといけないよ。


「白狐さん黒狐さん、あの……す、好きです。あ、愛してると言われたら、それはまだ分からないです。だけど、お嫁さんになら良いかなって、最近はちょっと思っているから、えっと……あ、愛しているのかな?」


 すると、白狐さんと黒狐さんが同時に顔を上げ、驚いた表情で僕を見ると、その後重要な事を確認してきた。


『それは――』


『白狐と俺、どっちとだ?』


「へっ……あっ! ど、どうしよう。2人とも同じくらい好きだから――えっ、あれ、どうしよう?」


 すると、また2人が睨み合い、今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気になっていく。


『ふっ、椿が決心しただけでも嬉しい限りだが……』


『そうだな。まだどちらの嫁になるかは、ハッキリとは決まっていないな。それなら、アプローチはまだまだ続けないとな!』


『抜けがけはするなよ、黒狐よ!』


 そうだよね、そうですよね、そうなりますよね。

 この2人が守り神に戻るには、まだまだ時間がかかりそうです。


 神社に参拝している人達、ごめんなさい! お正月までには何とかするから。

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