第参話 【1】 脱兎の如く?

 交差点の事件は、捜査零課の人達が来てくれて、情報操作をしてくれました。映画の撮影という、ギリギリの言い訳をね……。


 死者が出なかったのが幸いで、その言い訳も何とか通用しました。

 大怪我した人達には別の言い訳を、車を運転していた人達は、全員気絶されていたので記憶が無く、腕に吹き飛ばされた人達は、多少の記憶操作で誤魔化したそうです。


 この記憶を消す作業には、夢を食べる妖怪バク――の親戚さんの『オク』と言う、記憶の一部を食べる妖怪が居るんです。やっぱりアリクイみたいなのかなと思ったけれど、ちょっと違いました。

 現場にその妖怪が来た時に、姿をしっかりと見たのですが、アリクイみたいな顔ではなく、人の顔をしていて驚きました。


 体はアリクイ顔は人……って、それって人面アリクイですよね。しかも、それが濃ゆいおじさんの顔だった。あれは夢に出そう。

 だけど、おじいちゃんの家で過ごしていた僕の記憶は、こいつが食べたんだっけ……。


 そう思うと、何だか余計に嫌な気分になった。


 そんな感じで、現場のゴタゴタは何とかなり、お地蔵さんの方も、新しい物を用意するという事になりました。

 そして半妖の刑事さんである、三間坂さんに軽く注意をされ、僕はおじいちゃんの家に帰り着きました。


 当然だけれど、真っ先におじいちゃんの部屋に連れて行かれ、お小言を言われています。


「椿よ。流石に今回は、お前に非がある」


「はい、すみません」


 おじいちゃんは天狗の姿になっていて、僕を睨んでいる。だから、しっかりと正座をして聞いています。


「良いか。妖怪というのはな、おいそれと人に姿を見られてはいかんのだ。たまにその姿を見せ、畏怖させなければいかんが、何回も姿を見せていては、人が儂等に慣れてしまい、畏怖させられんだろうが!」


「はい、その通りです」


 いつもおじいちゃんから小言を言われる時は、こんな風に正座をし、そして口答えは一切しないのがルールです。

 何でかというと、口答えをしようものなら、小言が1時間2時間と増えていくからです。


 この前も口答えをしたら、2時間も延長してしまって、足が痺れるし晩御飯も遅れるしで、散々でしたからね。

 だからひたすらに聞く。嵐が過ぎるのを待つ。それだけなんです。もちろん反省もしていますよ。


「そもそも、多めに人を連れて行ってしまったという所から、お前さんのミスであり、尚且つ――」


 だけど、今回はしっかりと聞いた方が良いかなって思います。同じ失敗をしない為にもね。

 だから、いつもとは違う表情で、しっかりとおじいちゃんの小言に耳を傾けました。


 ―― ―― ――


 その後、僕の態度も良かったのか、小言は1時間もかからずに終わりました。でもやっぱり、足は痺れましたよ。


 そして僕は今、晩御飯が出来るまでの間、座敷わらしちゃんの居る離れの部屋で、座敷わらしちゃんと遊んでいます。

 白狐さん黒狐さんの2人が、そろそろ任務から帰って来そうなので、2人から避難しているのです。


「あの、椿ちゃん。私と遊んでくれるのは嬉しいけれど、そろそろ白狐様と黒狐さんが怒っちゃいそうだよ?」


「良いの、まだ頭を冷やしたいから」


 僕はそう言うと、平たい板みたいなビー玉を指で弾き、他のビー玉に当てた。


 昭和の頃、当時の子供達がよく遊んでいたという、ビー玉弾きです。これで、座敷わらしちゃんと遊んでいます。

 昔はそれこそ、テレビゲームなんて無かったですからね。ビー玉とかお手玉とか、女の子はそういうので遊んでいた様です。当然だけれど、男の子は外で走り回って、元気いっぱい遊んでいたみたいですよ。


「でも……あれから1週間は経つよ?」


「僕の沸騰した頭は、中々冷めないのです」


 冗談抜きで、白狐さん黒狐さんの顔を見ると、あの時キスされた事を思い出してしまい、脳が沸騰するかと思うくらいに、顔全体が熱くなっちゃうの。


 それでも2人は、そんなのはお構いなしみたいで、いつもの様に接しようとしてくる。僕はそれから逃げてるんだから、流石にそろそろ怒りそう。


 そんな事を言ってると、玄関の扉の開く音がして、そのまま真っ直ぐにこちらにやってくる2つの足音と、2つの妖気を察知した。


「噂をすれば何とやら……“わら子ちゃん”後はお願い」


「わ、わら子ちゃん?!」


 毎回毎回、座敷わらしちゃんの事を「座敷わらしちゃん」って言うのも、何だか面倒くさくなってさ、今さっき勝手に付けたあだ名で言っちゃったよ。

 だけど、わら子ちゃんと言われて満更でもない様子なので、これで別に良いですよね。


 そして僕は、そのまま離れの2階に避難し、白狐さんと黒狐さんをやり過ごす。


 下からはもちろん、離れに着いた白狐さん達が、わら子ちゃんに問い詰めている声が聞こえてくる。


 わら子ちゃんごめん。あとでいっぱいお菓子を上げるから。


 だけど今回ばかりは、わら子ちゃんの方が分が悪くなる事態になっています。下から聞こえてくる声に、もう1人追加された。

 その声が、ついさっきまで僕を説教していた時と、全く同じ声だった。


「こりゃ、わらし!! あまり椿に肩入れするでない!!」


「うぅっ……だ、たけど、椿ちゃん怖がって……」


 そう……その怒鳴り声は間違いなく、おじいちゃんでした。


「げっ……白狐さん黒狐さんが、おじいちゃんに相談したのかな?」


 やばいです。このままでは、わら子ちゃんが押し切られる。

 僕はまだ、白狐さん黒狐さんに捕まりたく無いので、この状況はピンチです。


「うぬぬぬ……一か八か、この2階の窓から脱出して、家の中の使って無い部屋に籠城するしかないかな」


 でも気を付け無いと、白狐さん相手に、僕本来の力ではあっという間に捕まる。だから僕も、同じ力を解放して、全速力で逃げるしかない。


 そして、入り口の方に誰も居ないことを確認すると、白狐さんの力を解放し、2階の窓から飛び降りた。


『ぬっ?! クソ! 椿、待たぬか!』


 そう言われても待ちません! 脱兎の如く逃走です。


 このおじいちゃんの家は、家の周りを縁側がグルリと取り囲んでいて、そこに廊下が続いているから、何とかその廊下をグルグルと回り、適当な所で家の中に入って撒く。


 その後は、使っていない部屋に行って籠城です


「はぁ、はぁ……僕も白狐さんの力を使っているし、距離がある状態だから、これで何とか撒ける!」


 1回角を曲がり、真っ直ぐに走り、次の角を曲がった所で、家の中に――と思った次の瞬間。


「痛っ?!」


 曲がり角に何故か、大きな石の壁が立っていて、僕はその壁に激突してしまいました。

 それこそ、こんな所に壁なんか無いから、盛大に顔を打ち付けてしまい、ちょっとだけ鼻血が出ちゃった。


「い、たたた……な、何でこんな所に壁が? あっ、この石の壁……まさか?!」


「ごめんね、椿ちゃん。大丈夫?」


「ぬりかべさん、裏切りましたね」


 でも裏切るも何も、ぬりかべさんとはそんな仲でも無かったですね。


 すると、ぬりかべさんの背後から、黒狐さんが顔を出してきて、したり顔で僕を見下ろしてきた。


『俺達から逃げようなど、100年早いぞ。椿』


 そういえば今気が付いたけれど、離れに来ていたのが白狐さんだけでしたね。


 足音が2つあるから、てっきり黒狐さんだと思っていたけれど、おじいちゃんの怒鳴り声がした時に、黒狐さんが離れに来ていないと、ちゃんと推理するべきでした。


『さぁ、椿よ。我等から逃げる理由を聞かせて貰おうか?』


「うぐ……いや、逃げると言うか何というか、その……」


 そしてその後、離れから追いついて来た白狐さんに、しっかりと襟首を掴まれてしまい、もう完全に捕まってしまった僕は、まるで子狐の様に小さく丸まる位しか、抵抗が出来ませんでした。


 当然そんなのは、なんの抵抗にもなっていないので、白狐さんに襟首を掴まれたまま、ブラブラと宙に吊られ、悪い事をした子狐を叱りつける様な、そんな雰囲気の白狐さん達に、自室へと連れられてしまった。


 こ、このままでは……第2の説教が始まってしまう。


「あ、あの……白狐さん黒狐さん、怒ってます?」


 白狐さんに連れて行かれながら、僕は恐る恐る聞いてみるけれど、2人ともあり得ない程の笑顔でこっちを見てくる。


『ん? 怒ってはおらんぞ。我等と顔を合わすと、赤面して逃げて行くから、それはそれは可愛くて仕方がないが、このままでは埒が明かないのでな』


『そこでだ。俺達に惚れかけているのなら、この際徹底的に惚れて貰おうということだ。まぁ、覚悟しておけ』


 出来たら怒っていて欲しかったです。


 このままでは、僕の中で芽生え始めているこの感情を、一気に引きずり出されてしまうかも知れない。


 そ、それだけは、それだけは……。


「う~! 離して下さい、白狐さん!」


 ジタバタと両手両足を動かして、必死に2人から逃げようとしても、完全に白狐さんに捕まっているから、こんなので逃げられるわけ無いですよね。


 誰か助けを――と思って辺りを見渡したけれど、わら子ちゃんはおじいちゃんの後ろで、何だかオロオロとしているだけだし、里子ちゃんはニヤニヤしながら、僕の様子を見て楽しんでいるし、それでもって美亜ちゃんも、その横で一緒になってニヤニヤしているし……。


 約1名を除いて、皆僕の反応を見て面白がっていました。

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