第陸話 【2】 夕日に向かって再会を
あの後、意識を取り戻した男性から、杉野さん達が事情を聞いた所、あのお札はインターネットで手に入れたと言ったらしいです。
ネットとは言っても個人の掲示板のようで、そこに書き込むと、その人もヒーローになれると、そう噂されているものらしいです。その掲示板に連絡先とかを書き込むと、抽選で選ばれるみたい。
そして、その個人の掲示板の主は『亰嗟』と書かれていたらしいです。
半妖の犯罪集団の名前が出て来て、流石の僕も、これは自分が首を突っ込む事じゃないなと、そう感じました。
色々と分からない事もあるけれど、それは全部、この警察の人達に任せましょう。
すると、帰ろうとする僕の後ろから、いつものあの2人の声が聞こえてきた。
『おぉ、椿ではないか。なるほど、亰嗟から怪しい札を買った人物を、鴨川の方で捕らえたというのは、お主の事か』
「あっ、白狐さん。黒狐さんまで居るのですね」
『何だ、そのオマケの様な言い方は。まぁ、俺もこいつと一緒なのは不本意だが、任務の中身が中身だからな』
そんなつもりで言ったんじゃ無いんだけれど、ちょっと拗ねちゃってますね。黒狐さんには、後で何かしてあげようかな。
「2人は、僕とは別の任務をやってたよね?」
『うむ。我等は、その亰嗟を調べる任務をしているのだ』
そう答えた白狐さんだけれど、僕の頭を撫でている黒狐さんを、もの凄い目で凝視していますね。さっきの事もあるから、抵抗しないでいたら、今度は白狐さんですか。
その凝視してくる目は、羨ましいそうな目と、悔しそうな目が入り混じっています。白狐さんにも、後で何かして上げないとだけなんでしょうか……。
とにかく、その2人の話を聞くと、亰嗟は様々なお札を、色んな人達に売っているらしく、主な取引相手が組の人達らしいです。学校の組では無いですよ、人の道から外れた人達が集まる所です。
白狐さん黒狐さんは、そいつらの身辺を調べる事で、亰嗟の存在にたどり着いたらしいけれど、その組の人達は、いつでも切り捨てられる様にしていて、辿っていっても直ぐに関係が途切れしまうらしいです。
ただこの前、居酒屋を手伝った時に現れたあの人達は、亰嗟のメンバーで間違い無いらしいです。
その時に居たあの3人組みは、亰嗟との取引を断った人達の様で、組にも関わらないようにと、そう伝えていたらしいです。
そこで亰嗟は、自分達の所在が漏れるわけにはいかないと、口封じの為に、その人達の事務所を襲ったらしく、更にその組のメンバーも、片っ端から襲撃していたようです。
だけど、あの時捕まえた亰嗟のメンバーは、下っ端中の下っ端で、組織の拠点すら知らない程の、使い捨て要員だったのです。
こうなると、もう完全にいたちごっこになっているよ。
『しかし、居酒屋の店長珠恵から、あの3人組みと話した内容を教えてくれてな、そいつらが札を売るときの謳い文句に、滅幻宗の名前が出て来たらしい』
「えっ?!」
白狐さんのその言葉を聞いて、僕は驚いた。
滅幻宗のあのお札って――まさか……。
『椿も同じ考えに至ったか。亰嗟の奴らが、滅幻宗に札を売りつけているとな』
という事は、やっぱり湯口先輩は騙されている。いや……もしかしたら、滅幻宗の人達全員が?
彼等の使うあのお札から、僕達と同じ妖気を感じたのは、そう言う事だったんだ。
『全ての闇の裏に、亰嗟有りじゃな』
「そいつらの目的は何なの?」
『椿、俺達はそれを調べているんだ』
そうですよね。ここでそれが分かっていたら、もっと慌てるなり、本格的な捜査をしたりしていますよね。
一通り話を聞いたけれど、今回捕まえた男からは、何の情報も得られそうに無いので、白狐さん黒狐さんは、再び捜査に戻ると言ってきました。
ついでに、今日の帰りも遅くなると言われましたよ。まるで、自分の妻に言っている様な言い方でね。
いや、寂しくは無いですよ。1人でのんびりできるからね。でも、何だろう……この面白くない気持ちになるのは。
『ところで。その狸の小娘は、まだ椿に引っ付いているのか』
すると黒狐さんが、僕の後ろで呆然としている楓ちゃんを見つけ、彼女を覗き込むようにしながら話しかけた。
「あ、はい。姉さんは自分の憧れなんで!」
「あ、憧れ……」
『椿よ、感動で打ち震えている場合では無いぞ。いい加減何とかせんと、お主の任務にも支障が出る』
「はい、その通りですよね」
おじいちゃんにも言われているし、何とか説得しないといけないんだけれど、こんなにも慕われるのが初めてなので、つい……。
「ぬぬ、自分は帰らないっすよ! この身も心も、もう姉さんの物なんですから!」
「楓ちゃん! 使う場面が間違ってる!」
こんな場面で使う言葉じゃないし、意味分かってるんでしょうか?! とんでもない発言を前に、僕まで赤面しちゃうよ。
あぁ、ほら……白狐さん黒狐さんが、鬼の様な形相で睨んでますよ。
たった1日で、そんな事にはならないのは分かっているだろうけれど、このまま楓ちゃんに引っ付かれていたら、2人が僕にアプローチ出来ないんだろうね。
だから僕は、しゃがみ込んで楓ちゃんと目線を合わせると、彼女の顔をしっかりと見て、話をする事にした。
「楓ちゃん。あのね、さっきまでの事をちゃんと見てた? 今回は何とかなったけれど、このまま楓ちゃんを連れて任務となると、君を守りきれるかどうか分からないんだ。僕だって、まだライセンスを取得したばかりで、初心者なんだよ」
「ぬ……しかし」
やっぱり、この子の意志は相当強いですね。これ位じゃ駄目ですか、それだったら――
「ごめん。正直言ってね、足手まといなんだ。君が、もう少し戦えるのなら、それこそ相棒みたいにさ、一緒に任務をしても良いけれど。でも、今は違うよね」
「……」
ちょっと言い過ぎたかな?
僕だって、こんなキツい言葉を使った事が無いから、内心では凄くビクビクしていて、自分でも緊張しているのが分かる。
鼓動も早くなっていて、この心臓の音が、楓ちゃんにまで聞こえているんじゃないかな……。
「そう……すよね。確かに、自分邪魔でしか無いですね。だけど、あの狸オヤジの下にだけは……」
僕の言葉に、ちょっとショックを受けているような楓ちゃんは、目を泳がせながら言ってくる。ただ、薄々は気が付いていたみたい。
「そもそもさ、婿養子も勘違いかも知れないでしょ? ちゃんと話し合ったの?」
すると、楓ちゃんは首を横に振った。
話し合ってもいないし、早合点で出て来たのですか。それだったら、尚更じゃないですか。
「楓ちゃん。君はちょっと、決めつけが過ぎるよ。どういう事なのか、ちゃんとお父さんに聞いてからでも、遅くは無かったでしょ?」
「そ、そうっすけど……あの狸オヤジ、人の言う事聞いてくれないし。それに姉さんだって、父親と言い合う事もあるでしょ?」
あっ、そうか。楓ちゃんには言っていなかったね。
僕は静かに首を横に振ると、自分自身の事を話し始めた。
「僕はね、今両親は居ないし、その間の記憶が封じられているから、家族の思い出も、今は無いよ」
その言葉に、楓ちゃんが目を見開き驚いた。
そして、不味いことを聞いてしまったと思ったのか、俯いて黙っちゃいました。気にしなくても良いのに。
「楓ちゃん、僕なら大丈夫だよ。別に、辛いとかは無いからね。そりゃ寂しく思う時もあるけれど、おじいちゃんの家に居る妖怪さん達が、僕を放っとかないからさ。それに、両親も何処かで生きているかも知れないしね」
すると、楓ちゃんは顔を上げ、しっかりとした目つきで僕を見てくる。それは、何かを決心したかの様な顔にも見えた。
「姉さん、自分は甘かったっすね。辛い事から逃げるのは、くノ一では無いっす。姉さんの様に、苦しい事を乗り越えてこそ、立派なくノ一になれるんっすよね!」
なんだかちょっと違う気もするけれど、確かに苦しい事から逃げていたら、任務なんて出来ないよね。
でも、とりあえずは納得してくれたようで、背中からやる気オーラみたいなものが出ているよ。どうやら、父親と話し合おうとしているんだろうね。
「姉さん! あの狸オヤジから逃げるんじゃ無く、しっかりと説得をして、今度こそ、姉さんの弟子になるっす!」
「えっ……! いや、ちょっ――」
駄目だ、違う事で話し合おうとするみたいです。それだと、あんまり解決になっていないんですが。
「姉さん! ちゃんと許可を取ってからまた来ます~!! それまでさよならっす!」
善は急げなのか、楓ちゃんは僕に挨拶をすると、そのまま駆け出してしまいした。
更に強く尊敬されちゃったみたいで、急いで帰るその姿は、明日と言わず、今日中にでもとんぼ返りしそうな勢いですね。
『椿よ、尊敬される事は良い事だ。あれならば、部下として置いておくのも、悪くは無いのでないか? 勿論、しっかりと戦えるようになってからだがな』
「う~ん……おじいちゃんに連絡して貰って、そういう条件を付けさせようかな?」
慕われるのは嬉しいし、弟子というか部下というか、そんな子が居ても良いかなとは思うよ。でも、今は自分の事で精一杯なんです。
楓ちゃん、しっかりと強くなって下さいね。
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