第壱話 【2】 魔の交差点

 牛元先輩から言われた場所に行く前に、少し熱帯魚屋に立ち寄っていたから、結構時間が経っちゃって……今はおやつ時になっています。


 美亜ちゃん達が余計な事をするから……。


 そしてようやく、カナちゃん美亜ちゃんと一緒に、その不気味な雰囲気を出すという、交差点にあるお地蔵さんの下へとやって来ました。


 このお地蔵さんは学校の通学路にあって、丁度交差点を見渡す様な感じで立っているのですけれど……。


「えっと……このお地蔵さん、内側に布が被せてあって、中が全く見えないんですけど?」


 肝心のお地蔵さんが、その姿を隠されてしまっていて、どんな物か見えないんです。これじゃあ調べようが無いんだけど。

 扉も鍵が掛かっていて、町内会の会長さんとか、そういう人じゃないと開けられ無いと思います。


「しっかしねぇ……ここって、本当に良く事故が起きる場所なわけ?」


 美亜ちゃんにそう言われ、再び交差点を見てみると『事故多発!! 速度落とせ!』の看板に、つい最近ここで事故が起きたのか、警察の『目撃者情報求む!』の看板まで立っていた。


「あ~ここって……確か2ヶ月前に、自転車と自動車の衝突事故があったんだっけ。1人亡くなってるよね」


「うん。対面にも花があったから、それ見て全て分かりましたよ、カナちゃん。子供の玩具もありますからね」


 霊的なものになると、僕達では分からない。

 だから、一緒に連れて来たレイちゃんなんですが……さっきから交差点の中心をじっと眺めていて、一切動かないのです。


 何か居るんでしょうね、これ。もう確定で良いでしょうか?


「ちょっと、開いたわよ。この扉」


「美亜ちゃん! 勝手に何やってるんですか?!」


 ちょっと目を離した隙に、お地蔵さんの扉を開かないでくれますか?! と言うか、鍵は掛かっていなかったのですか?


「1番怪しい所を調べりゃ良いでしょうが。何よ椿。あんたまさか、お化けが怖いって言うんじゃ無いでしょうねぇ?」


「そ、そそそ、そんな事は、な、無いであります」


 なんだか言葉使いがおかしい。

 動揺しまくってるのバレてるじゃん……美亜ちゃんがニヤニヤしているし。


 カナちゃんは真剣な顔をしているから良いけれど、美亜ちゃんなんかは完全に遠足気分か、肝試し気分ですね。その内バチが当たりますよ。


「尻尾を足の間に挟んで、プルプル震えながら言っても、一切説得力――フギャァァアア?!」


 ほらバチが当たった。

 じゃなくて、お地蔵さんの祠の中にある、内側にかけてあった布をめくった瞬間、美亜ちゃんは恐怖で顔を引きつらせ、大絶叫しました。


 そのまま猛ダッシュでこっちに走って来て、あっという間に僕の後ろに隠れられてもねぇ。


 誰よりもお化けが怖いのは、美亜ちゃんなんじゃないですか?


 そんな風に、僕が冷ややかな目を美亜ちゃんに向けていると、全身の毛が総毛立ち、身震いしている美亜ちゃんが、首を横に振りながら否定してきた。


「ち、違う違う! あのお地蔵さんヤバいのよ!」


「ちょっと待って! 押さないで美亜ちゃん!」


 美亜ちゃんが絶叫する程だから、それは相当なんでしょう? 僕なんかだと気絶しちゃうってば。

 何とか足で踏ん張り抵抗しないと、このまま押されて行くと、そのお地蔵さんとご対面しちゃう。


「これ、嘘でしょう……ちょっと椿ちゃん、頑張ってこっち来てみてくれる?」


 あれ、カナちゃんいつの間に? そのお地蔵さん、怖くないのでしょうか。


「大丈夫だよ。これ、いきなり見せられたらビックリするけれど、ゆっくりと覗いたら何とかなるから。それに、私も傍に居るから」


 カナちゃんにそう言われたら、行かざるを得ないですね。

 それと、これは依頼ですからね。依頼はちゃんとやらないといけません。


 観念した僕は、恐る恐るカナちゃんの方に歩いて行き、扉が開けられているお地蔵さんの前にやって来た。


「うぁ……えっ? これって、血?」


 こんなの……扉を開いた瞬間に見せられたら、確かに大絶叫ものですね。


 そのお地蔵さんは、赤い前掛けをしている普通のお地蔵さんなんだけれど、おかしいのはその目から、大量の赤い涙を流していた事です。

 良く見ると、多分血なんじゃないかなって思う。それを触って確認する勇気なんか無いですよ。


「椿ちゃん。このお地蔵さんからは妖気を感じる?」


「ううん、全く感じない」


 お地蔵さんからだけじゃ無く、この辺り一帯、一切の妖気を感じません。

 だから僕は、これは妖怪の仕業では無く、お化けの仕業だって考えました。


 それから美亜ちゃんだけれど、ずっと僕の尻尾を握りっぱなしです。いい加減、尻尾を持つのは止めてくれないかな……。

 しかも、いつもの絶妙な握り方じゃなく、強めに握られているもんだから、僕の足の力が抜けちゃうよ。


「み、美亜ちゃん……とりあえず大丈夫だから、尻尾離してくれる?」


「えっ……あっ! ご、ごめん。強すぎたわよね?」


 美亜ちゃんが尻尾から手を離した直後に、僕がその場にへたり込んだんだから、もう見て分かるでしょう。


 するとその時、交差点の先から僕達の下に、1人の人物がやって来た。

 近所のお爺さんらしき人なんだけれど、僕達のやっている事を見て、血相を変えて飛んで来たようです。


「お主等! 何をやっとるか!!」


「わぁっ?! ご、ごめんなさい!」


 咄嗟に謝っちゃいました。

 確かに端から見たら、イタズラしている子供にしか見えませんよね。でもその人からは、普通の人間ではない、別の何かを感じた。


「何だ。あんた、この辺りの地主神じゃない」


「ふん……なんじゃ、妖共か。一般の奴等も居るから静にせぇ、金華猫の小娘」


 え? この人、人間じゃ無いのですか?

 美亜ちゃんの口ぶりから察するに、この辺りの土地を守っている、神様みたいな人なのかな。


 そして美亜ちゃんが見えているという事は、僕の尻尾と耳も見えちゃってますよね。


「お前達、それを迂闊にいじくらん方が良いぞ。その地蔵はな、この辺りの子供達を事故から守ったり、事故で亡くなった子供の霊を鎮める為に、ここに立っておるんじゃ。だがな……血の涙を見たじゃろ? それは、その地蔵がもう限界に来ているという事じゃ。しかし人間共は、それに気付かず、このまま放置しておる」


 と言う事は……このお地蔵さんは別に、悪いものとか妖怪とか、そういうのでは無いようですね。


 それなら、事故が多発する原因は他にあって、今まではそれを、このお地蔵さんが何とかしていた。だけど、その限界がきた。


 あれ? そうなると、もしかしてここに居るのって、実は危ないんじゃ……。


「どうやら、そっちの狐の小娘は理解したようじゃな」


 地主神がそう言うと、僕達の後ろの交差点から、突然赤信号を無視したトラックが突っ込んで来た。


「フニャッ?! ちょっと!!」


「嘘っ!!」


「ひえっ!!」


 僕達の真ん中にはレイちゃんが居たんだけれど、咄嗟に宙に浮いていますよ。


「あっ! レイちゃんの卑怯者!」


 それじゃあ、僕達はどうしよう――とか考えている場合じゃ無いです。


「くっ……!!」


 急いで白狐さんの力を解放し、僕はトラックの前に出ると、両手でそのトラックを押し返すようにして止めます。

 だけど、結構な速度が出ていたのか、中々止まってくれません。


「うぐぐぐ……止まってぇ!」


 足にもかなり力を入れて踏ん張り、何とかトラックを止めようとする。

 そうしないとね……カナちゃんが後ろで、火車輪を広げているのですよ。


 トラックを真っ二つにする気ですか?! 中には気絶している運転手さんも居るから、それはダメ。


 だから僕は力を振り絞り、カナちゃん達との距離がギリギリの所で、何とかトラックを止める事が出来ました。真っ二つにせずに済んで良かったです。


「椿ちゃん! 何無茶してんのよ、もう! 怪我は?」


「ごめん、体が勝手に動いちゃった。あ、腕は折れるかと思ったけれど、とりあえず大丈夫そうだから」


 しかしそれにしても、何で急に運転手さんは気絶しちゃったのでしょう?


 すると、レイちゃんが交差点の真ん中で、激しく鳴いているのが聞こえてきた。


「ムキュゥゥ!! キュゥゥゥウ!」


「レイちゃん、どうしたの?! 何かあっ――」


 それを聞いて直ぐに、鳴きまくっているレイちゃんの方を振り向いたけれど、振り向くんじゃなかった……。


「ちょっと待ってレイちゃん。それ……何を引きずり出そうとしているんですか?」


 黒くてズルズルしたものを、交差点の中央の地面から、一生懸命引きずり出そうとしているんだけど……。


「ムキュゥゥ!!」


 レイちゃんはそれを口で咥え、一心不乱に引っ張っている。


 因みに、その黒い何かも必死で抵抗していて、出てなるものかって感じだけれど、その様子からして、この事故の原因ってもしかして――そいつ?!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る