第弐話 【1】 不幸招き寄せ妖怪「手魔根木」
レイちゃんは霊を感知したり、見つけたりするのが得意だから、交差点にいた霊を感知した……って事は良いんだけれど、まさか掴めるとは思わなかったです。
「レイちゃん、出来たら戻して欲しかったのですが……」
「ムキュゥ、ムキュキュウ!」
駄目ですね……聞いてません。黒いのを引きずり出すのに必死です。
それと、その黒いズルズルしたものは髪の毛だったらしく、どんどん引っ張られていって、遂には頭まで見えてきました。
「つ、椿ちゃん……レイちゃん止められないの? なんだか、引きずり出したらいけないものを、一気に引きずり出してそうなんだけど」
「無理です。興奮しちゃって聞いてくれません……」
美亜ちゃんなんて、恐怖のあまり逃げ出す始末だしね。
全くもう……僕とカナちゃんだけで、これを何とかしないといけないのですか?
もう頭も全部出て来ていて、眼球の無い真っ黒の目も出て来て――って、正面が僕達の方じゃん……目が合っちゃったよ。
出来るなら、ここから逃げ出したいな。
「むぅ……あれは。この場所で亡くなった霊ではないか。負の感情が募りに募って、とんでもないことになっとるな」
地主神さんは、冷静に黒い者の正体を言ってくるし、しかも霊って言ってくるし。そこはせめて、妖怪だって言って欲しかったのに、やっぱり悪霊ですか。
だけど、その悪霊が化けて妖怪になる場合もあるから、あれは妖怪に化ける寸前だと、そう認識すれば大丈夫。うん、怖くない。
「しかし、あの霊狐はお前さんのか?」
「えっ、はい。そうですよ」
今度はレイちゃんの事を聞かれてしまいました。確かに、あの子はちょっと変わってるからね。
別に悪い事をして手に入れたわけじゃないから、ちゃんと答えるけれど、その後地主神さんが、もの凄く驚いた表情をしました。
「あやつは確か……どこかの神に仕えている、特別な霊狐だったはずだぞ。持ち主の下を離れる事も異常だが、別の者に仕える等ありえん」
「そう言われても……現に僕に懐いちゃっているし、離れてくれないんですけど」
僕が事実を言うと、地主神さんは僕の顔をジロジロと見てきた。さっきからいったい何なのでしょう?
別に怪しんでいるわけでは無さそうだから、信じてくれているとは思うんだけれど……ここから何を言われるのか不安です。
だけど、そんな事はどうでも良いと言わんばかりに、カナちゃんが僕の制服の袖を引っ張ってきた。
「ねぇ、椿ちゃん……それよりさ、レイちゃん止めた方が良いよ。さっきの黒いの全部出たけれど、その足にまた髪の毛が絡まっていて、そのまま2体目が出て来てるよ!」
「わぁ!? 何ですか、あれ! レイちゃん待って! 流石にストップだよ!」
ちょっと目を離した隙に、レイちゃんは空高く飛んでいて、更に上へ上へと引っ張っている。その黒い者が、全部引きずり出されていましたよ。
大きさは成人男性くらいだけれど、目はさっき言ったように真っ黒。体も真っ黒で、細い手足に細い体をしている。最早悪霊としか言いようが無いですよ、この姿は。
そしてその足には、別の髪の毛が絡み付いていて、そのまま一緒に引っ張り出されています。
これは嫌な予感しかしない。その黒い穴の中には、いったい何体の悪霊が潜んでいたのですか。
因みに僕達の方は、霊は見えるし多少の気配は感じます。
ただ、姿を隠している悪霊を見つける事は、極めて難しいのです。霊気とか、そういう霊の発する何かを感じ取る事が、僕達には出来ないからです。
だけど、霊狐のレイちゃんはそれを感じ取れるので、交差点に潜んでいた悪霊を見つけ、それを引きずり出しているんだ。
でも、その後はどうする気なんだろう?
「レイちゃんストップ!! レイちゃんは、妖怪の魂しか取り込めないんでしょ? 人間の霊や悪霊は取り込めないから、それを引きずり出しても、君でも何も出来ないでしょう?! センターに連絡をして対策して貰うから、ソレ一旦戻してぇ!!」
「ム~キュゥゥウ!!」
やっぱり聞いていませんよ、この子!
寧ろレイちゃんの目が、これが自分の使命だと言わんばかりに、ギラギラと燃えています。そして遂に、2体目も完全に出てしまい、今は3体目に突入しています。
そんな時僕は、3体目が出て来ようとしたところで、黒い穴からいつも感じているものを感じ取り、慌ててそっちの方に意識を集中させた。
やっぱり……あの黒い穴から、妖気が微かに感じられる。
さっきまでは感じ取れなかったけれど、あの黒い霊が3体出て来た事で、微かに漏れ出していた。
「これは……妖気? 嘘でしょう。あの黒い穴の中に、妖怪がいる?!」
「えっ? 嘘でしょう?!」
「んむ? 妖怪じゃと、まさかそんな……」
カナちゃんが驚くのは分かるけれど、何で地主神さんまで一緒になって驚いているんですか?
とりあえず、黒い霊の方はこのまま引きずり出して貰って、その勢いで、穴の中にいる妖怪も引きずり出しましょうか。
「分かったよ、レイちゃん。うん、そのまま引っ張って! 1番底にいる妖怪を、逃がさない様にしながら引きずり出して!」
「椿ちゃん、それも良いんだけれど……野次馬さん来てますよ。盛大な事故が起きてるんだもん。警察とか、呼ばれているのに気づいて無かった?」
「あっ……」
それはカナちゃんが何とかしておいて欲しかったけれど、レイちゃんが交差点の真ん中で、ズルズルと変な物を引きずり出していたら、それは目立ちますよねぇ。人目に付かない様になんて、そんなの無理だよ。
ただ、一般の人達に霊は見えないはず――と思ったんだけれど、皆がスマホ片手にパシャパシャと、沢山の写真を撮りまくっているから、これは絶対に見えてますよね。
レイちゃんが触れたら、その霊が見えちゃうのかな? 何て冷静に分析している場合じゃないや……どうしよう。
「ムキュゥゥ!!」
だけどレイちゃんは、周りのそんな状況なんて無視して、僕の言葉に張り切ってしまい、全力でそれを引っこ抜こうと、力を振り絞っています。
「…………4、5、6、7891011……って、どれだけ出て来るの~」
「椿ちゃん、もう諦めてるよね?」
はい、もう諦めちゃってます。
野次馬さんが皆、黒い者の後を追うようにして、空を見上げてしまっていますが、それよりも下に気を付けて欲しいんですよね。
「ごめん! ちょっとそこの交差点の――中央の方には近づかないで!」
僕は咄嗟に叫んだけれど、やっぱり何人か近づいて行っているし「すげぇすげぇ」って言って、スマホでパシャパシャと写真を撮りまくっている。
いったい何考えているのですか、この人達は!
しかも僕が叫んだにも関わらず、そこから誰も離れようとしない。何だか嫌な予感がする……。
そして、その予感は的中してしまった。
31体目か32体目が出た後、一際大きな妖気がその穴から吹き出してきて、そこから白くて巨大な手が生えて来たのです。
しかもそいつが、最後に出て来た黒い霊の足を、ガッシリと掴んでいる状態だった。
そこをレイちゃんが、ずっと引っ張り続けて綱引きをしていたもんだから、その手は疲れたのか、簡単に霊の足を離していた。
するとその手は突然、近くにいた周りの人達を、白い腕で激しく振り払ってきたのです。
しかもプルプルと震えていて、怒り狂っていそうです。言葉にすると「せっかくの獲物を!!」みたいな感じですね。
そんな事よりも、吹き飛ばされた人達は大丈夫なのかな? これで死なれたりでもしたら、それこそ後味が悪いです。
「カナちゃん、吹き飛ばされた人達の手当てお願い。僕はこいつを何とかするから!」
「分かった! でも、1人で大丈夫なの?」
「今さっき妖怪フォンで調べたら、こいつがCランクの『
自ら人を殺す事は無く、事故を起こさせようとして、色々と不幸を招き寄せる。そして、それで亡くなった人の魂を隠れ蓑にし、また不幸を招き寄せて事故を起こす。
そんな妖怪らしく、単に自分の能力に酔い痴れていて、事故を起こす度に、優越感に浸っているだけらしいです。
普通に迷惑千万だね。
「大丈夫、カナちゃん。Cランクだから」
「Cランクだからって、油断はしないでよね。こっちは怪我人とか見ておくけれど、レイちゃんはどうするの?」
忘れていましたよ。
レイちゃんには、さっき引きずりだした霊を押さえて貰って――って、レイちゃんは何やってんの?
良く見ると、上空でさっき引きずり出した霊魂、約30体近くを、1つの場所に留めていて、その周りをクルクルと回っていたのです。
「安心しろ。ありゃぁ、悪霊となったあの霊魂達を、浄化しとるんじゃ。それよりも、お前さんはあの妖怪に集中した方が良いのではないのか? ただのCランクと侮るな」
あ~地主神さんの言う通りかも知れないです。
地面から生えていた白い手が、その手を大きく広げ、掌に埋め込まれている目玉を見開くと、そこから一気に妖気を吹き出して来たのです。
この妖気の量は、普通にBランクの手配書妖怪に匹敵しますね。
いったい何をするつもりなんだろう?
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