第伍章 奇々怪々 ~妖怪とお化けは紙一重?~

第壱話 【1】 次の頼み事は

 あれから1週間。


 期末テストも無事に終わり、肩の荷が下りたクラスの人達からの、尻尾触らせて集中攻撃から抜け出し、僕は再び生徒会に向かう。

 午前中までだから、お昼に生徒会に向かっているんだけれど、正直言うと行きたくはない。


 今の僕の気分は、少しだけ憂鬱なのですよ。


 あの事件の後、湯口先輩は休学届けを出し、学校に来なくなった。普通そこまでしますか……徹底的ですよ。


 そしてもう1つが、僕の横でキャイキャイとうるさいこの人です。


「ねぇ、椿ちゃん! 生徒会に呼ばれるって事は、椿ちゃんって生徒会役員なんだね」


「亜里砂ちゃん、違います。あんな所に入りたくは無いです。ただ、僕に頼み事があるだけなんです」


 あの事件の後、クラスメイト達の絡みが尋常じゃなく増え、休み時間の度に、僕の周りを取り囲む様にしてくるから、ちょっと対応に困っている。


 それに、この亜里砂ちゃんなんて、事あるごとに僕に絡んでくるし、トイレにまで着いてくる始末。これは本当に勘弁して欲しかったよ。


「椿ちゃんって、ほんとに色々とやってくれているんだね。もう~言ってくれれば良いのに」


「言って信じました?」


「あはっ、そうだね。あっ、それじゃあ邪魔しちゃ悪いから、また明日ね~」


 いつもテンション高めな亜里砂ちゃんは、僕にそう言うと、手を振ってそのまま去って行った。あの子の相手は本当に疲れます。


 そして僕は、生徒会の扉の前に立ち、また1つため息をつく。


「人気者ね、椿ちゃん」


「カナちゃん……後ろでずっと見てるより、ちょっとくらいは助けて欲しかったですよ」


 柔やかな笑顔で、ただずっと後ろを着いて来ていただけのカナちゃんに、僕は文句を言った。


「ごめんごめん。だけど私、あの子苦手なのよね」


「気持ちは分かるけどね……」


 僕達は顔を合わせ、お互い苦笑いをした。

 カナちゃんと一緒に居る方が落ち着くし、何よりも安心します。何でかな……。


 とにかく、ここでずっと突っ立てるわけにもいかないので、意を決して生徒会の扉を開いた。


「待っていたよ~椿く~ん! ナメナメ――は、止めておこうか」


 カナちゃん。笑顔で火車輪見せつけないで、ちょっと怖いですよ、それ。


「それで、変態会長さん。何かご用でしょうか?」


「おいおい~変態は無いよ~僕にはちゃんと、赤木って名前が――」


「1週間前、僕に投げ飛ばされて気を失ったまま、体育館の事件が解決するまでずっと、保健室で寝コケていた役立たず会長――の方が良いですか?」


「ぐ、うっ、し、辛辣な……」


 役立たず会長が机に突っ伏したまま、一切動かなくなっちゃいましたね。


 すると、その横にいた牛元先輩が、そこから1歩前に出て来ると、代わりに僕達に話しかけてきた。


「すみません。会長は再起不能になっている様なので、私から要件を」


 丁寧に言ってくる牛元先輩だけれど、何かに気付いたカナちゃんが、その先輩の言葉を遮ってきた。


「あれ? ねぇ、もう1人の猫の子は?」


「あっ、本当だ。凜ちゃんだっけ? ここに居ないですね」


 それと美亜ちゃんも、学校に着いてから直ぐどっかに行っちゃっていて、それからずっと見ていないんだ。


 美亜ちゃんの登校は、夏休み明けてからだから良いけれど、まさか……。


「あぁ、凛なら美亜さんと一緒に、魚を取りに行きましたよ」


 猫だ……完全に猫です。というか、2人って結構仲良しなんだね。


「さて――それでは、会長に変わり用件を言いますね。これは校長にも話を通したのですが、あなたにやって欲しいと言われたので、こちらにあなたを呼んだのです」


「だったら、校長先生が言えば良いのに」


「あの人も忙しいですからね。これからは、校長からの依頼もこちらに回ってくるので、そのつもりでお願いします」


 つまり僕は、この人達と関わっていくしか無いという事ですか。

 だから、生徒会に入って欲しいって言われたりしたのですね。連絡をするのに、いちいち呼び出さないといけないから。


「それでは本題ですが、この学校の通学路に、いくつかお地蔵さんが置いてあるのは、ご存知ですよね?」


「あっ、はい。交通安全のでしたっけ?」


 京都もだけれど、他の県にもあったりする、日本独自の物ですね。

 京都には、このお地蔵さんが多かったりもするので、夜とか前を通る時に怖かったりするんだ。


「厳密に言うとあれは、交通安全の祈願で置いてあるのでは無いのです。あれは“辻の神”と呼ばれている物で、昔は村と村の境界線の役割をしていたのですよ」


「えっ?」


 そうだったのですか……全く知らなかったです。牛元先輩って、物知りなんですね。

 白狐さんと黒狐さんに聞けば早かっただろうけれど、今は居ないんですよ。


「あれ? そう言えば椿さん、白狐さんと黒狐さんは?」


「牛元先輩、今気付いたんですか? あの2人は任務です」


 おじいちゃんが、1週間前の事件の一部始終を聞いていて、それならばと、あの2人無しでやってみろと言われてしまいました。


 おじいちゃんはスパルタですよ。


 ただ、丁度僕も2人に頼らずに頑張りたいと、そんな事を思っていたから、これはこれで良いかなと思っています。


 もちろん何かあったら、いつでも勾玉で会話出来るので、安全面は大丈夫ですよ。

 そう、大丈夫なんだけれど……実はあれから、2人と目が合わせられずにいて、必要最低限のコミュニケーションしか取らないようにしています。


 寝る時だって、座敷わらしちゃんの所に行っているし、食事もその離れに持って来て貰って、座敷わらしちゃんと一緒になって食べています。何だか恥ずかしくて、全く駄目なんですよ……。


 今はそんな事よりも、任務ですよね。


「そうですか。だけどあの事件の後、あなたの顔付きがまた少し変わっていますからね。今なら、安心して任せられそうです」


「褒めないで下さい……慣れてないので」


 顔を赤くして俯く僕に、カナちゃんが後ろから頭を撫でてくる。


 そうだ、これが何で安心するのかと思ったら、本当のお姉ちゃんみたいなんだよね。と言う事はカナちゃんってば、僕を妹扱いしているのかな……。


「話を続けますよ。そのお地蔵さんなんですが、通学路に設置してある1体が、少し異様でして。今は何も起きていませんが、その内何か起きるのでは無いかと、半妖の何名かが、こちらに不安を訴えているのです。ですから椿さんには、その通学路にあるお地蔵さんを、しっかりと調べて欲しいのです」


「えっと……それだけでいいのですか?」


 凄く簡単な事を言われたので、僕としては拍子抜けです。

 悪い妖怪が現れたとか、不思議な事件が発生したとか、そんな事では無いのですね。


「えぇ、そうですよ。ただし、気を付けて下さいね。辻の神とは、村の境界線に置くことで、他の村からやってくる良くないものを受け止めたり、そこで亡くなった子供の霊を鎮める為に、置かれている場合もありますからね」


 最後に余計な事を言わないで下さい。それはもう完全に、ホラーじゃないですか。


 あのお地蔵さんに、そんな役割があったなんて。そんな事を聞いたら、一気に怖くなっちゃったよ。牛元先輩の馬鹿野郎。


「それでは、頑張って下さいね」


 ニコニコと手を振っていて、この人は僕を怖がらせて、面白がっているのかな。それでも、頼まれた以上はやらざるを得ない。

 僕は、肩を落としながら生徒会を後にし、まだ明るい内にそのお地蔵さんを調べる事にした。


「大丈夫だよ椿ちゃん。私も一緒に行くから」


「ありがとう、カナちゃん。だけど、危なそうなら直ぐ逃げてね」


 カナちゃんが僕を気にしてくれていて、本当にありがたいです。


 テストも終わったし、もう直ぐ夏休みだと言うのに、僕の心はまだウキウキ出来ない。


 ―― ―― ――


 それから、足取りを重くして校舎から出ると、直後に頭の方に衝撃が走りました。


「いったぁっ?!」


 何ですかこれは……あっ、お魚だ。空から降ってきたの?


「あ~ごめんにゃ、椿先輩」


「全く……だから口で咥えずに、ちゃんと持っておきなさいって言ったでしょ、凛」


「うにゃ~美亜ちゃんもちょっとくらいは持ってよね。両手にもいっぱいなんだってば~」


 君達でしたか……だけど、このお魚は大っきいね。いったいどこから――って、これってピラルクじゃなかったっけ? 本当にどこから取ってきたの?


「ねぇ、これ日本に居ない魚だけど、どこから取ってきたの?」


「あら、ちょっと行った所の建物の中に居たわよ」


 建物の中? 嫌な予感がする。


「ねぇ、美亜ちゃん。それってもしかして……カラフルな魚とか、綺麗な尻尾とか、綺麗な背びれを持つ魚のいる所?」


 この2人、魚を取りに行ったとは聞いていたけれど、何処にとは聞いていなかったよ。


 それでも、2人の言葉からして恐らくだけれど……。


「あら、よく知ってるじゃない。その辺りの魚は小さくて、何だか美味しくなさそうだったから、取らなかったわ」


「良い魚屋を見つけたニャ」


「そこ、お魚屋さんじゃないから――2人とも今すぐ返して来てぇ!」


 そこは熱帯魚屋さんだから、食べる魚を置いてある店じゃ無いから……。

 とにかく2人を必死に説得し、何とかピラルクを返しに行かせました。


 しばらくは、この2人から目を離したらいけませんね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る