第玖話 【2】 予想外の増援
僕が叫んだからか、この体育館の中で、アクション映画さながらの戦闘が繰り広げられるのかと、生徒の皆は不安の表情をしていたんだけれど……僕は今、覚さんの能力を限定的に貸して貰っているんです。
そんな僕からしたら、映画みたいな戦闘にはならず、先輩の心を読んで、その一瞬の隙を突き、お腹の上に乗っかかって、先輩を取り押さえてしまいました。
「うっ、くっ……くそ!」
「お願いです。これ以上、ここで暴れないで下さい……先輩。それに、もうこれ以上戦っても、意味は無いよ」
そう言っても、まだ1人居るんです。
僕の後ろからは、玄空が錫杖で襲いかかってきている。僕の頭を、それで殴り飛ばそうとしているね。
息子である先輩を、助けようとしているのかな? だけど、ちょっとおかしい事がある。
『椿には、指1本触れさせんわ!!』
「ちっ!」
もちろん、玄空のその攻撃は読めていた。
ただ、白狐さんが近くに来てくれていたから、相手の攻撃を止めてくれると思っていましたよ。
それよりも、白狐さんは今まで、いったいどこに行ってたの?
爪で弾き返すとは思わなかったから、突然の金属音にビックリしちゃいました。
さて、玄空は白狐さんが止めてくれているし、僕はこっちを止めないとね。
「はぁ、はぁ……ひ、卑怯だぞ。覚に力を貸して貰うなんて」
「だって、僕は先輩とは戦いたく無かったもん」
そして僕は、先輩の目をしっかりと見つめて問いただす。
「ねぇ。先輩達は、僕を捕らえてどうするつもりなの?」
実は、覚さんの能力でずっと聞こえていた、この2人の目的。
この学校で、僕の居場所を完全に無くし、連れ去っても誰も心配せず、警察にも連絡されないようにする。その為に、僕の正体を明かす作戦を立てた。
「…………」
でも、僕のその問い掛けに、先輩は全く反応しない。
「ねぇ、靖先輩。それとも……靖さんの方が良い?」
「――っ?! つ、翼……お、おま――」
「僕は椿だよ。ねぇ、さっきからずっと、僕の事を翼って言い続けるのは、“これ”のせい?」
覚さんの能力、本当に尋問に向いているというか、便利過ぎるというか……でも、こういう事があると、凄く困ってしまいます。
僕が女の子だって分かった瞬間から、先輩が僕の事を好きになってしまっている。
それでも、ずっと男子として接していたから、いきなりそんな感情が芽生えてしまい、戸惑ってしまった先輩は、必死に僕の事を、いじめられやすい後輩男子として見ようとしている。
だけど、毎回その目に映るのは、綺麗な尻尾を靡かせ、可愛い耳をピョコピョコと動かす僕の姿で、必死に押さえ込む言葉は「萌えてたまるか!!」の言葉です。
先輩ってさ、ケモミミ好きさん?
僕達の後ろでは、玄空と相対する白狐さん達の、激しい戦闘の音が聞こえてくる。
更には、合流した黒狐さんが妖術を発動させていて、白狐さんがその隙を突こうとする。そんな思考の嵐が、僕の頭の中に流れ込んでくる。早くこっちを何とかしないといけないですね。
「退け! 翼!」
「嫌です。それに、僕は椿だって言ったでしょう!」
そう言いながら、僕は先輩に顔を近づける。すると先輩は、明らかに僕から顔を逸らした。
そういうあからさまな態度を取られると、ちょっとムカつくんだけど。
「顔を逸らさないで!」
だから、先輩の顔を両手で掴んで、必死にこっちに向けさせます。完全に僕は馬乗りになっているから、こっちの方が有利なんですよね。
「ぐぐぐ……く、くそ。白狐の力は体術か!」
「そうですよ」
だからこうやって、無理やり先輩の顔を戻して、目を見て先輩の説得をするんです。
『いかん! 椿、避けろ!』
「おっと!」
あ~もう……2人と戦っていたはずの玄空が、数珠をロープの様に伸ばしてきて、僕を捕らえようとしてきました。
本当に、何で僕を捕まえようとするのかな? 凄く必死だよ。
しかも、僕が咄嗟に飛び退いたから、先輩は動けるようになってしまい、そのまま距離を取られてしまいました。
これじゃあ、説得する時間も取れないですね。
「白狐さん黒狐さん。さっきはどこに行っていたの? しっかりと玄空って人を止めてくれないと、先輩の説得が出来ないよ……」
そして、白狐さんと黒狐さんの近くに行くと、さっき姿を消していた事に文句を言いました。何も言わずにだったから、文句の1つも言わないとね。
『いや、すまんな。外にも滅幻宗の奴等が居たから、処理しておったのだ』
「結界は?」
『そんなものは、俺達の力でとっくに壊した。香苗だったか? そいつに頼んで、センターに連絡をして貰っている。ここに増援を寄越すようにとな。美亜もいるから大丈夫だろう』
そう言われ、僕は辺りを見渡してみると、他の半妖達が、生徒を体育館から脱出させるために、誘導している姿が見えました。
そっか……良かった。
人質みたいになっていた生徒達も、これで大丈夫ですね。それなら、あとはこの2人だけって事になります。
「ちっ、くそ……」
「ぬぅ……以前はこんな強さ、無かったはずだが」
先輩も玄空も、凄く悔しそうな顔をしている。説得とか、僕を狙う理由とか、それを聞くなら今の内だね。
「ねぇ、答えてよ。僕を攫おうとする理由はなに? それなのにさ、今日は殺しにかかってきたよね? いったいどういう事? 滅幻宗って何?」
「答える義務等――」
「あ、任務の内容が若干変更になったのですか。“捕獲出来そうなら捕獲。しかし、生死は問わない”ですか」
「…………」
怒りで我を忘れ、今にも襲いかかって来そうなのを警戒しつつ、聞き出せるだけ聞き出しちゃおう。
「それじゃあ、何で僕を捕獲しようとするの?」
「ぬっ、ぐぅ」
「考えないようにしても駄目です。記憶として脳に焼き付けられているのも、簡単に読めちゃいますから。本当に、覚さんって凄いですね。それと、やっぱり僕の記憶の事ですか。僕しか知らない何か――でも、その何かは教えられていないのですね」
先輩も、余計な事は考えないようにしているけれど、そう思えば思うほどに、ドンドン思考が湧いてくるんですよ。
「あれ……先輩、何か別の事――」
なんと、途中で先輩が切り返して来ました。だけど、ちょっと待って……。
「や……嘘でしょう! 何を考えているんですか?! 先輩は!」
『どうした?! 椿!』
へたり込んだ僕を見て、黒狐さんが心配してくる。
別に、特に攻撃を受けたわけではないけれど……いや、精神的な攻撃をされたんだ。
「だ、大丈夫だけど、そ、その……湯口先輩が、心の中で僕を……うぅ」
「ふふふふ。心を読まれているのなら、その能力を逆手にとるまでだ! 既にお前は、俺の脳内で犯されまくっているのさ!」
あの正義感の強い、とても真面目な先輩が、顔を真っ赤にしながらも、あんな事を考えるなんて……。
でもそれは、先輩にだってリスクがある。
そんな事を考えてしまうと、現実の僕の方を、余計に直視出来なくなる。それだと、戦闘にもならないよね? 今だって、全く目を合わせてこないからね。顔が真っ赤になっているよ。多分僕もだけどね。
これは正に諸刃の剣……だから、あんまりやり過ぎたら、自分が自爆するみたいです。今はもう、あんな事は考えていないや。
でも、それにキレてしまったのが――
白狐さんと黒狐さんです。
『おのれ! つ、椿を……椿をよくもぉ!』
『許さんぞ、貴様!』
「2人とも、落ち着いてよ! 先輩の脳内だけだから」
『それでも許さん!』
2人いっぺんに叫ばないでよ。そうでした……2人はこんな変態妖狐なのでした。
それに気が付いた先輩が「しまった」って顔をしているけれど、もう遅いってば……。
玄空も、息子の危機に何とかしようとしたんだけれど、残念でした。2人の逆鱗に触れてしまったんだもん、太刀打ちなんか出来っこない。
そこからは、本当に直ぐでした。
黒狐さんが発動させた雷の妖術で、2人が感電させられ、その場で麻痺してしまっている所を、白狐さんが上から襲いかかり、その爪で真空の刃を放ち、手に持っていた武器を1つ残らず、見事に木っ端微塵にしてしまい、そのまま上から押さえ付けてしまいました。
1分もかかっていないよ?!
「ぐぅ……くそ! 余計な事をしてしまった。父上、申し訳ない」
「うぐ、ぬぅぅぅ……この様な痴態、末代までの恥!」
何とか2人を押さえつけられたけれど、その瞬間、上から誰かやって来たみたいです。
覚さんの能力で、その心の声がいくつか増えたから、足音を消しても僕には分かったよ。
これは――敵だ。
「白狐さん黒狐さん! 避けて!」
『なっ、ぬっ?!』
『うぉ! っと……こ、これは?!』
2人が避けた後、その場所に、光の矢の様なものが通り過ぎた。
危ない所でしたよ。
「やれやれ……お2人とも、情けないですね」
体育館の2階、踊り場の通路に立ち、新たに援軍として現れた人。だけどその横から、更にもう2人の心の声が聞こえる。
「よっ……と。いやぁ、ねぇねぇ、靖君。君、このまま好きな女の子に懐柔されちゃうんですか?」
「うるさい。黙れ
上から飛び降り、軽々と着地すると、先輩の横へとやって来た。その先輩にタメ口をしてくる男性……いや、男子? 僕達とさほど変わらない年頃かな? 中学生にも見えるよ。
パーカーを来て、フードを被っているその姿は、一見するとお坊さんになんか見えない。
するとその子の横に、更に残りの2人が降り立ってきた。
「2人とも、今回は引くわよ。あなた達の未熟さに、少し呆れたわね」
「くっ、しかし
「奈田姫の指示よ、従いなさい」
あの玄空に、色々と指図をしている女性。
この人も、やはりお坊さんの格好をしていなくて、キャバクラの店員さんの様な格好をしている。髪なんか、凄いウェーブがかかっていて、手入れが大変そうに見えるよ。
そしてもう1人、さっき矢を討った人物は、細目のあのお坊さんでした。
おじいちゃんの家を襲撃した、あの栄空と呼ばれていた人ですね。
「ターゲットが覚の能力を使うのでは、我々が不利です。我々の情報を、片っ端から引き出されては、奈田姫の計画が狂います。引きますよ玄空、靖君」
逃がしてたまるか、と思ったのだけれど……あの人達の心の声を聞いた瞬間、止めた方が良いと、そう直感で感じました。
この人達……先輩どころか、玄空よりも強いんですけど。
でも1人だけ、そうでもないかもしれない人がいた。あの閃空って奴だけは、その練気というのが少ない。
それは、白狐さん黒狐さんも分かっているようで、いくら何でも4人でかかって来られたら、こっちの分が悪くなるかもしれないようです。
だから、引いてくれるというのなら、そうして欲しい所なんですよ。
先輩の説得は失敗だけれど、僕が捕まったらマズいかも知れないんだ。
「良いか椿。どんな説得も、最早俺には通じないからな!」
先輩が物凄い形相で僕を睨み、そう言ってくる。
別に言われまくるのは良いけれど、忠告はした方が良いかな。聞かないとは思うけど……。
「ねぇ、あなた達が使っているその『練気』ってやつは、やっぱり使わない方が良いよ」
「ふん、負け惜しみを」
「忠告は、したからね。湯口先輩」
そして僕の言葉の後に、先輩とその4人は颯爽と跳び上がり、そのまま体育館の2階の窓から去って行った。
説得は出来なかったけれど、滅幻宗の事は沢山分かったかな。とにかく怪しい集団だって事がね。
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