第玖話 【1】 届かない言葉

 先輩を説得しないといけないのに、そのお父さんの玄空がブチ切れて、僕に攻撃しまくっている。これを何とかしないと、先輩の説得が出来ないですね。


 玄空は心が乱れているし、僕には覚さとりさんの能力もあるから、以前の様な苦戦はしていない。

 だけど今は、誰の言葉も耳に入らない状態だし、僕はちょっと困っています。それと、生徒の皆も困っています。いきなりこんな超展開を見せられたら、誰だって困っちゃうよね。


 すると、戦っているというか、相手の攻撃を避けまくっている僕を他所に、壇上に校長先生が現れた。


 あれ、いつの間に? というか、今までどこに居たんでしょう?


「あ~少しこちらに注目して下さい。生徒の皆さん、大変申し訳無い。本来は今直ぐにでも、この体育館から避難して欲しい所ですが、どうもそこのお2人が、この体育館全体に、強力な二重結界を張っている様で、人間でも出られないのです」


 その結界は、僕達が入った瞬間に張られていた。それは気付いていた。

 現に何人かの生徒が、僕が駄々童を捕まえた直後、ここから逃げようとしていたけれど、見えない壁に激突していましたからね。


 生徒の皆は、校長先生の突然の登場でざわめきだち、色々と質問をしたり、文句を言ったりし始め、一瞬でその場は騒然となった。


 でもその前に、この正気を失った玄空を何とかしないと、生徒の皆にも被害が出るかも知れないんだよ。


 だけど、この人を押さえられそうなのは、白狐さんか黒狐さんだけ。だから僕は、2人を必死に探すけれど……あれ? いったい何処に行ったの? 

 しかも良く見たら、美亜ちゃんまで居ないです。嘘でしょう……この人と戦うのは、僕がやらないといけないのですか?!


「皆さん、落ち着いて下さい。今皆が聞いた事や知った事は、全て事実です。そして、今起きている事も現実です。何かの撮影とかでは無いです」


 そんな質問をした生徒も居ましたね。まだ信じたく無いって。その気持ちは分かるけれどさ……でもね、現実なんだよね。


「それじゃあ、槻本さんや校長先生は、人間じゃ無かったんですね。禍々しい妖怪、なんですね……」


「それはちょっと違う。半妖は妖怪では無く、人間と妖怪の合いの子、要はどっち付かずの存在です。だが、槻本君は違う。だけど、禍々しいかどうかは、君達のその目で直接確認をし、そして判断をして欲しい。善悪の基準は、人によって違うのだからね」


 その校長先生の言葉で、皆は急に静かになって、そして僕の姿を真剣に見始めました。


 こっちを見てくるのは良いけれど、何だか恥ずかしいですよ。でも今の状況で、どっちが善か悪かと言われたら、そんなの一目瞭然かも知れない。


「滅す……滅する、滅してやる!!」


 血走った目で僕を睨み、相手を悪と決め付け、一般人の事を考えずに暴れるお坊さん。


「よっ、とっ、あっぶない」


 見た目弱そうな、狐の尻尾と耳をした女子中学生。

 あっ、今は尻尾や耳の色は真っ白ですよ。白狐さんの力を使っていないと、こんなの避ける自信ないからね。


「父上……くそ! いったい、いったい何が正しいんだ」


 そして先輩は、完全に困惑している。

 それなら後は、僕が気が付いた事を言えば、その信じていたものが崩れるだろうね。


「ちょこまかと……それならば、これで視界を封じてやる!」


 すると、中々僕に攻撃が当たらず、焦れったくなっていた玄空が、懐に手を入れ、遂に僕が狙っていた行動をしてくる。

 札を使い、練気と言うもので術を行使しようとする、この絶好のタイミングを待っていたんだ。


「くらえい!」


「今だ! 妖異顕現、黒羽の矢!」


 僕のこの妖術は、実体の無いもの、触る事の出来ないものを射抜く矢。

 つまり、光ですら射抜く事が出来るんだけれど、量が多いと射抜け無いんだ。でも、この閃光弾位の発光量なら、何とかなるんです。


「なっ?!」


「ふぅ……良かった、成功した。そして湯口先輩、それと玄空って人。良く見て、そして感じてよ。僕の妖術とあなたの術、何か変だと思わない?」


 発光した光が、まるでそうめんの束の様に纏まって、そのまま僕の矢に射抜かれ、壁に縫い付けられている状態になっていた。それを指差しながら、僕は言った。


 相手の術と僕の妖術を同時に見せる。それしか、僕の気付いた事を指摘出来ないからね。


「つ、翼……こ、これは」


「湯口先輩……まだ僕の事、翼って言うんだね」


 ちょっと呆れ気味で文句を言ってしまいました。今はそれどころじゃ無いのに。


「いや、だが……はぁ、これは後で良いか。しかし、お前の言う通り、俺達が術を使う時の練気、そしてお前が妖術を使う時の妖気、全く同じ性質だ」


「うん。つまり、湯口先輩達が使っている練気って、妖気の事だよね。それとも、もしかして逆なのかな?」


 僕がそう言った後に、黒い羽根の矢と、それに縫いつけられていた光の束が、霧散して消えた。


 さて、これで相手の心は折れたかな。


「父上、これはどういう事ですか?!」


 この状況を見て、当然先輩は父親に詰め寄っていく。


 先輩が、父親に逆らえない程恐がっているのは、十分に分かっていたよ。

 だからこうやって、父親が怪しいって思わせたら、正義感の強い先輩の事なんだ、多分こうなるだろうなって思っていたよ。


「おのれ……悪鬼妖怪。巧みな手を使ってくる。その妖気を、我々の使う練気と同じ質に変化させるとはな。しかもそれを元に、我が息子を誑かそうとするとは……だが、そうはいかんぞ!」


 咄嗟の機転が素晴らしかったです。


 妖怪は変化を使えるから、その気を変化させるのも自在だ……って言いたいのですね。無理があるんだよ、それは。


「あのね……僕達が変化出来るのは、この体だけだよ。気まで変化させる事なんか出来ません」


「黙れ、もう良い。悪しき妖怪の言葉など、聞く耳持たんわ! やれ、靖!」


 結局玄空の信念は曲がらず、ついでに揺らいでいた気持ちまで、完全に戻っちゃいました。


 僕、余計な事をしちゃったかな。でも、僕が気付いた事は事実なんだよ……その滅幻宗は、本当にまともな組織なの?


「そうか……そうでした、父上。相手は妖怪、しかも妖狐。変化が得意で、誑かすのも得意。危うく落ちるところでした……申し訳ありません」


 嘘でしょう……玄空の言葉で、先輩まで気持ちが戻っちゃいました。


 妖狐は変化が得意で、誑かすのが得意。


 それに反論は出来ないけれど、僕は違うんだよ。


「違う、先輩……僕は――」


「うるさい! 人を惑わす悪しき妖狐、椿!! 俺を惑わしやがって! 絶対に許さん!」


 こういうのって、元の木阿弥って言うんだっけ……何でこうなるの、何で僕の言葉を聞いてくれないの。


「湯口先輩、お願い。僕の話を――」


「黙れ! 俺を惑わすな。俺を惑わすなぁぁあ!!」


「――っ?!」


 遂に先輩まで、僕に向かって錫杖で攻撃をして来た。しかもこれ、下っ端のお坊さんなんかよりも強いです。

 咄嗟に後ろに飛び退いて避けたけれど、地面に錫杖の先がめり込んでいます。


 すると先輩は、次に懐からお札を出してきて、錫杖の持ち手に巻き付けた。


「喝!!」


「うわっ!」


 先輩がお札を巻き付けそう叫ぶと、地面にめり込んでいる錫杖の先が爆発し、その衝撃が僕に襲いかかる。

 白狐さんの力を解放しているから、爆発によるダメージは無いけれど、爆風で吹き飛んでしまって、そのまま地面にお尻を強く打ってしまいました。しかもその時、尻尾を挟んでしまったから、そっちの方が痛かったよ。


「いっ、たた……もう、話を聞いてよ! 湯口先輩!」


 僕はただ、必死に先輩に向かってそう叫ぶ。

 だけど先輩は、僕の言葉など聞かず、今度は数枚のお札を取り出し、沢山出してきた独古の先に付けると、それを一気に飛ばして来た。ここまでほんの数秒。早すぎませんか……。


「うっ?!」


 その独古が地面に刺さった瞬間、また爆発した。

 先輩は、こういう術を使うのが得意なんだろうね。だけどこれは、この体育館に居る生徒達にも、いつか被害が出ちゃう。


 僕は、半妖の人達も学校の人達も守りたい。

 ここの生徒達を守る必要なんてあるのか……なんて言われたら、それは正直良く分からないよ。


 だけど僕達のせいで、普通の人に迷惑がかかるのだけは避けたい。


 僕がそんな事を考えている間に、また先輩が僕との距離を詰め、攻撃しようとして来た。


「せやっ!!」


「ぐっ……!!」


 錫杖で爆発させるのは読んでたけれど、僕がここから動くと、他の生徒に被害が出そうだったし、これは敢えて受けました。

 ただ、こんな攻撃を受け続けての説得なんて、正直言って無理だよ。


 先輩は既に、父親の言葉で迷いが無くなっている。

 それだけしっかりと、強力な教育をされているんですね。ちょっと迷いがあったから、何とかいけるかなと思っていたんだけれど……。


「湯口先輩……もう説得は無理なんだね。それならせめて、この学校の人達だけでも守るよ! そして、僕が悪い妖怪ではないという事を、行動で示してみせる!」


 僕は先輩に、自分の決意を叫んだ。もちろん先輩は、そんなので引く気は無いみたい。


「無理だな。お前がどれだけ善行を重ねようと、俺を騙していたという罪は、俺の善意を踏みにじったお前の行為は、到底許されるものではない!!」


「それは……僕の記憶が封じられていたからだよ! その事すら聞こうとしないで、勝手に悪って決め付けないで!」


 こんなにも感情を剥き出しにしたのは、多分生まれて初めてじゃないかな。それ程に、僕は必死だった。先輩に分かって欲しかった。


 でも、分かってもらえなかった。


 それが悔しくて……だから僕は、叫ぶんだ。


「僕は、悪い妖怪じゃない! この学校の半妖を、そしてクラスの人達を、悪い妖怪や悪い人達から守る、“守護妖狐”の椿だ!!」

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