第捌話 【2】 揺らがない信念

 僕の正体が、全校生徒に見られてしまった。これはもうしょうが無い。ただ、この事は想定していたよ。


 だけど、半妖の皆はそうではないし、出来たら静かに暮らしたい、そう思っている人達も居る。だからここは、半妖の人達が目立たないようにしないと駄目だ。


 あ~あ、せっかく上手く学校生活を送れるかなって、ちょっとは感じ始めていたのに、残念だな……。


「妖狐、椿。その禍々しい悪しき姿が、お前の本当の姿だろう!」


 そうやって先輩が悪態をつくけれど、僕が今、あなたの心を読めるという事を忘れていないよね?

 だって「嘘であってくれ」って声が、心の中に隠れていますよ。その前に、1つ気になる事を聞いておかないと。


「その前にさ。何で皆、あの爆音平気だったの?」


「ふん、この特製の耳栓を渡していたからだ」


 そう言うと先輩は、手に握り締めていた物を見せてくる。それは、普通の耳栓っぽかったけれど、何だろう……何か変な力を感じますよ。しかもこれって、いつも身近で感じている力だ。


「何か、変な力を感じるんだけど……」


「当然だ。こいつは『練気』という、人の気を練り上げたものが込められている。俺達は、この練気を使って術を行使し、妖怪を討伐している。こんな風にな!」


 そう言うと先輩は、奇妙なお札を取り出し、何かお経みたいなものを唱えた。すると、そのお札から風の塊が飛び出し、僕に向かって飛んできた。


「うわっ! っと、びっくりしたぁ」


 何をしてくるかは分かっていたけれど、体がまだ追いついていないや。


 すると、生徒の皆がまたざわつきだし、僕の姿に驚いているような表情をしていました。

 どうやら、僕の尻尾が黒から狐色の尻尾になっていたのに、皆が驚いたみたいです。覚さんの能力って便利だね。


「ふん、お前は普通の妖狐ですらないのか? 何だ、その尻尾と耳は」


「ん? あぁ……これはね、白狐さんと黒狐さん、そのどっちかの能力を使うと、こんな風に色が変化しちゃうんだよね。普段は普通の狐色だよ」


 尻尾を掴んで軽く持ち上げると、僕は皆に見せびらかすようにしながら言った。


 別に自慢はしていないけれど、見る人から見たら、自慢している様に見えるかも知れないね。すると、先輩が険しい顔のまま、僕に向かって叫びだした。


「何なんだ、さっきからのお前の態度は……開き直ったのか?! おい! 悪い妖怪だって事がバレて、堂々と悪事を働く気か!!」


 先輩、ちょっと喋り過ぎです。心の声の方も、さっきから動揺する声が聞こえてくるよ。


『何でだ、俺の知っている翼じゃない』


『こっちがほんとの翼か?!』


『だけど、何で暴れている妖怪を倒して、殺さずに捕まえてんだ? あの妖怪と協力して、ここで暴れるのかと思ったのに!』


 こんな風に、先輩の心の声が聞こえてくる。止まらないね。


 でも、たまにノイズがかかっているんだよね。それってやっぱり、首からかけている数珠のせいかな?

 あれからも『練気』という変な力を感じる。あれで、妖気の一部を防いでいるのかな? 


 でも、この練気って力……今気づいたんだけれど、一緒何だよね。


 僕達の力――


 妖気と。


『椿よ、無事か?!』


『やれやれ、やはり正体がバレているようだな……』


「あっ、白狐さん黒狐さん。やっと終わったんだね」


 先輩と向きあっている間に、2人はさっきの妖魔を捕まえていて、ようやくこっちに戻って来ました。

 その証拠に白狐さんが、しっかりと紐で結んである巻物を見せてきた。


「くっ、だから何でだ! 何で妖怪や妖魔を捕まえてんだ! お前らも同じだろうが、その捕まえた妖怪や妖魔と!」


「そう教えられたの? 湯口先輩」


「――っ」


 その動揺した顔、図星みたいだね。

 そして今の状況を見て、先輩は自身の中にあった、僕達妖怪に対する考えが揺らいでいた。


 でも、それを黙って見ている程、“こいつ”は甘くなかったね。


「おっと!」


『こいつ……! 椿! 説得するなら早くしろ!』


『我等がこいつを押さえている間にな!』


 先輩の父である玄空が、僕に向かって独古を投げ飛ばして来た。来るのは分かっていたから、それは簡単に回避したよ。その後、2人が玄空に立ち向かおうとして、そのまま臨戦態勢に入った。


 先輩の説得というか、その考えが間違っていたと思わせるには、その玄空という人の存在が、どうしても邪魔になるんだよね。だって、僕の言葉を全て否定してくるから。


 それでも、この人もただ倒すだけじゃ駄目だ。


「待って、白狐さん黒狐さん。こいつとも話し合わないと、湯口先輩の考えを覆せない。この玄空って人の考えが、全部間違っているんだっていう証拠を、先輩に見せないと」


『椿。何か策でもあるのか?』


「うん。さっき気が付いた事があるんだよ。そこを突いてみる」


 だけど、上手くいくかな?


 この玄空って人は、絶対に自分の考えを曲げない、めちゃくちゃ頑固な人だろうし、あんまり挑発するのは良くないかも知れない。いや、だけど……ここは挑発するぐらいが丁度良いかも。


「何を躊躇っている!」


 そんな中で、いきなり息子であるはずの先輩に向かって、父親の玄空が怒鳴りつけてきた。

 こんな風に教え込まれていたら、そりゃ信じ込まざるを得ないよね。


 だけど、そんな風に教え込まれていても、実際にそうじゃないという場面を見せられた方が、その信憑性は高くなる。


 先輩は今、その信念が揺らぎかけているんだ。


 忘れがちだけれど、僕達はまだ中学生。

 悩んで間違えて、そうして自己を確立する時期なんだ。そして、反抗期の時期でもあるよ。


「くっ……しかし、父上。本当に椿は、いや……翼は悪なのか? さっきは、あの妖怪から皆を守っていた。悪しき妖怪なら、そんな事は……」


 何で言い直したの? 先輩。まだ僕の事を、男子として見てくれているの? それはそれで困ったな……。


 でも、ここでようやく先輩は、自分の感じていた疑問を、父親に向かってぶつけ始めた。やっぱり先輩は、そう感じていたんだね。


 だけど、玄空はそれくらいでは揺るがない。


「悪だ、紛う事無き悪。人を誑かし、時に殺め、己の欲望のみを突きつける、悪しき存在なり!」


「ねぇ、それってさ――人間にも居るよね?」


 玄空の言葉にちょっとカチンときたので、僕はその言葉に対して、そう言い返してみた。


「ぬっ!? 戯れ言を!」


 自分が何を言っているのか分かっているのかな……この人。


「あのさ……妖怪って、何も悪い妖怪ばかりじゃないんだよ。そりゃ、さっきの駄々童みたいに悪さをして、それで手配される妖怪もいるけどさ、人間だって同じような人がいるでしょ? 指名手配されたりさ。さっきの奴は、それと一緒なんだよ」


 真剣な目でそう言って、僕は玄空に近づいて行く。攻撃してきたらどうしようって、ちょっとドキドキしてるけどね。


「僕は、妖狐の椿。だけど、悪い妖怪じゃないよ! そこにいる白狐さんなんて、稲荷の守護者だよ。人を見守っているんだよ? ねぇ、答えてよ。何で妖怪は全部悪いって言い切るの?」


 そして僕は、玄空の直ぐ近くまで来ると、そのまま見上げる様にしながら睨みつけた。

 もちろん、これくらいじゃあ玄空も怯まない。僕を見下ろしてきて、凄い目で睨みつけているよ。


 ちょっと恐いし腰が抜けそうだけれど……怯むな、僕!


「妖怪は悪……悪しき存在。あの方の言う事は、正しい……はずだ!」


 あの方? なるほど、滅幻宗の教主の人ですか。読めたよ。


奈多姫なたひめ


 それが教主の名前だね。


 これは……女性かな? というか、覚さんの能力って凄すぎない? これがあれば、尋問なんかいらないね。


「ぬぉぉぉおお!! 悪! 悪! あぁぁあくぅぅう!! 悪は、悪しき妖怪は――滅するのみ!! それこそが、滅幻宗の在りし姿だぁあ!!」


「わっ?! と――あれ?」


 僕の言葉に我を失ったのか、玄空は手に持っていた錫杖で、僕の頭を叩こうと振りかぶり、そのまま振り下ろして来た――けれど、その行動も覚さんの力で読めていた僕は、白狐さんの力を解放し、それを受け止めてみた。


 少しは痛いだろうなって思っていたし、受け止めきれないとも思った。だけど、意外と軽く受け止められてしまって、そして痛くも無かった事に驚いちゃったよ。


「ぬ、おぉぉおお!」


「わっ、わっ、わっ、とと……」


 危ない危ない、全部ギリギリだよ。

 玄空は、自分の攻撃が受け止められたからって、その手を緩める事も無く、次から次へと僕に向かって、錫杖で攻撃して来る。


 この人の心も、今めちゃくちゃ揺らいでいるね。

 揺らいでいるけれど、その信念はかなり強くて、これくらいでは崩れていない。


 それじゃあ、僕が気付いたことを言ったらどうなるかな?

 

 そう、玄空が使っているこの術。

 それが練気とか言うご大層なものじゃなく、妖気だって事を教えたら、きっとその信念は崩れるだろうね。

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