第捌話 【1】 駄々っ子妖怪「駄々童」

 滅幻宗のお坊さん達だけなら、僕でも対処は出来ただろうけれど、これは流石に予想外でした。

 僕の目の前に、スピーカーが幾つも連結され、それが人型を取っている妖怪がそびえ立っている。


 スピーカーの1個1個からは、大音量の不快な音が鳴り響き、そのせいで白狐さん達を呼べなくなっています。

 いや、向こうもこの事態は分かっているだろうけれど、全校生徒の前で、その姿を現すわけにはいかないんだ。


 そうやって、僕が対策に悩んでいると、湯口先輩と父親の玄空が、そいつに飛びかかって行った。それに一切の迷いが無い。

 あの2人が処理してくれるなら、それはそれで良いと思う。正体を晒さなくて済むからね。


 だけど、その考えは甘かった。


 スピーカーの妖怪は、更に爆音を放ち始め、その衝撃で体育館の窓ガラスが割れ、爆音が外にまで漏れていきます。

 つまりこの学校の近辺が、この爆音の被害を受けてしまう事になった。


「これってまさか、ソニックブームですよね?!」

 

 僕は必死に耳を伏せているから、そんなにダメージはないけれど、そんな物を発生させる程、ということは……。

 あぁ、やっぱり。湯口先輩も玄空も、思い切り吹き飛ばされてしまい、そのまま壁に叩きつけられてしまいました。

 その後床に崩れ落ち、耳から血を流し始めたよ。もう鼓膜どころの話じゃないから、大丈夫なのかな?


 2人共気絶はしていないらしいけれど、この妖怪……妖怪にしてはちょっと強すぎない?

 当然他の皆もダウンしているし、今正体を明かしても、誰も見ていないかな? 大丈夫そうなら、僕が対処するしか――


『椿よ、聞こえるか?!』


「わっ、びっくりした。白狐さん、どこから?!」


『勾玉だ、そこから話しかけておる。この爆音でも、勾玉から直接声を届ければ、なんとか話せるようじゃな』


 あっ、なるほど。良かった……僕1人で、どうしようかと思いました。


『とにかく、我らがこいつを調べた結果、こいつは付喪神つくもがみの一種で『駄々童だだどう』と呼ばれているものじゃ』


「え? 駄々っ子?」


『駄々童だ。だが、その行動は全て駄々っ子だ、間違ってはいない。そう、ただこいつはかまって欲しいだけ。使われなくなった道具が、もっと使ってくれと駄々をこねる、それが駄々童だ。で、どうする? 白狐』


 うわぁ……それならあれって、古くなったスピーカーが、もっと使ってくれって駄々をこねてるんだ。厄介極まりないですね。


『それなんだが、黒狐よ。おかしいと思わんか? スピーカーだぞ、ソニックブームなど起こせるわけが無い。駄々童には、能力を底上げする力は無い。つまりじゃ……』


『なるほど、もう1体いる。ということは、そいつを手分けして探すしか無いか』


 それじゃあ、この妖怪は2人に任せて良いのかな。

 僕は、生徒を避難させた方が良いかな――って思っていたんだけれど、その駄々童さんのてっぺんにね、何か付いているのを見つけちゃったよ。しかもそこから、別の妖気が漏れているしね。


「ねぇ、白狐さん。あいつの頭、何か付いてない?」


『ん? 何じゃアレは……』


「頭に付いているあれも、多分妖怪だよね」


 もしかして、そいつを駄々童から離せば、ソニックブームを打つことが出来なくなったりするのかな?


「白狐さん黒狐さん。あいつの頭の変なの、ちょっと取ってみるね」


『待て椿、この爆音でどうやって近づくんだ?!』


「大丈夫だよ、黒狐さん。近づかないから」


 ちょっとね、試したい事があったんだ。これは、それを試すのに丁度良いです。


 そして僕は、いつものように右手を狐の形にして、その妖術を使う。


「妖異顕現、影の操!」


 影を操るこの妖術は、本当に便利なんだよね。捕まえたりとか、攻撃したりとかも出来るから。

 そう、攻撃出来るという事は、物理的な接触がある。どういう仕組みかは知らないけどね。


「お願い、上手くいって。影の弾躁だんそう!」


 僕がそう言うと、少し伸ばした自分の影から、いくつかの弾が弾き出されました。良かった、上手くいったよ。

 影を操れるなら、こうやって弾にして、そのまま飛ばす事も出来るかなと思ったんだけれど、上手く出来ましたね。


 何回も言うけれど、この仕組みは分からないよ。でも、妖気で影を実体化している――で良いかもね。


 そして、僕が弾き出した影の弾は、真っ直ぐに駄々童の頭に付いている、別の変な妖怪に向かって飛んで行く。良く見たら、アンテナみたいな形をしているよ。


 だけど、僕の弾が当たるか当たらないかという所で、そのアンテナ見たいな妖怪が、突然引っ込んでしまった。


「嘘、避けられた?!」


 その後、今度は駄々童の右の上腕に、アンテナ見たいな妖怪が顔を出す様にして、ヒョッコリと出てきた。

 駄々童の体を自在に動けるなんて……しかも、駄々童がこっちを向いている。ソニックブームを出される前に、こいつと距離を開けないと。


「もう……この爆音を早く何とかしないと!」


『椿よ。あのアンテナの様な奴も、ようやく正体が分かったわ。あっちは妖魔だ、Aランクの『憎負狗ぞうふく』と呼ばれている、負の感情を増幅する奴じゃ。だからこいつは、我等が処理をする』


 なるほど……それでスピーカーさんの、放置されたという負の念を増幅し、その力をパワーアップしていたのですか。とにかく早くしないと、付近の住民にまで被害が出ちゃう。


「それなら、駄々童の方は僕が影で押さえておくから、妖魔をお願い」


『あぁ、任せておけ! 俺1人でも何とかなるが、より確実に処理しないといけないからな、白狐にも手伝って貰うさ』


『それはこちらの台詞だぞ、黒狐!』


「こんな時に喧嘩しないでってば! どっちでも良いから、早くその妖魔を引き離して!」


 本当に早くしてくれないと、喧嘩ばかりしちゃうよ……この2人。それでも先ず、僕がこの妖怪を押さえないといけないよね。


 だから僕は、急いで影の妖術を発動して、目の前の駄々童の動きを封じた。でも、こいつの体は大きいから、少しの間しか止められない。


 すると次の瞬間、体育館の2階から何かが飛んできて、駄々童の上腕に付いていた妖魔に命中し、そのまま駄々童から離れた。

 多分白狐さんだ。両手の長い爪で、真空波みたいなものを飛ばし、妖魔を引き剥がしたんだろうね。


 とりあえず、あのソニックブームはこれで出せないと思うし、爆音も多少マシになった。これなら何とか戦えそうですね。

 というか良く見たら、駄々童はもう足がガクガク震えていて、そのまま膝を突いてしまいました。もちろん、スピーカーの音も小さくなっていき、そのまま音を出さなくなった。


 弱体化どころじゃない、力を使い果たしたような感じだ。どういう事だろう。


「あの妖魔が行った増幅。あれは、妖怪の体に相当な負担がかかるようね」


 いつの間にか、僕の後ろにはカナちゃんが立っていて、駄々童の様子を見てそう言ってきた。


「つまり、副作用のある強力なドーピングみたいなもの?」


 まだ耳鳴りがする中で、僕は何とかカナちゃんの言葉に反応する。

 たった数分だけでも、鼓膜が破れそうな程の爆音を浴びせられたから、ずっと耳鳴りがしています。ちゃんと聞こえるようになるか、少し不安になってくるよ。


「とにかく、早く捕まえた方が良いわよ」


 すると今度は、カナちゃんの横から美亜ちゃんが話しかけてくる。猫の姿のままですね。

 2人とも、こいつを何とかしようとしてくれたんだね。だって、2人とも臨戦態勢のままなんです。カナちゃんなんて、火車輪を出してるもん。


「うん。もう相手はフラフラだし、直ぐ捕まえるね」


 そして僕は、巻物を取り出してそれを広げ、2つある円の内の1つに手を置き、そこに意識を集中させます。その後巻物から光の玉を出現させると、それを駄々童に飛ばしました。

 フラフラで満身創痍の駄々童は、殆ど抵抗せずに、その光の玉に当たり、そのまま僕の広げた巻物へと吸い込まれていった。


「よし、回収完了」


 紐でキッチリと巻物を縛り、駄々童の捕獲を完了させた僕は、生徒の皆の無事を確認するために、スッと顔を上げる。


 すると驚いた事に、生徒の皆は既に起き上がっていて、目を丸くしながら僕を見ていた。


「あ、あれ? えっ……皆、大丈夫なの?」


 僕まで目を丸くしたけれど、直ぐ後ろから聞こえてくる声で、全てを察しましたよ。皆の心の声を聞いたというのもあるけどね。


 さっきまでは、駄々童がスピーカーから爆音を出していたし、心の声が聞けなかったけれど、今はしっかりと聞ける。

 皆が先輩の指示通りにして、気絶したふりをしていた事、そして僕の行動を全部見ていた事、全て聞こえてきた。


「ご苦労様。まさか、あんな妖魔まで絡んでいるとは思わなかったが、まぁ良いだろう」


「湯口先輩……」


「さぁ、皆。今の椿を見てどう思う? この異形の姿……こいつはずっと、俺達を騙していたんだ!」


 これは……完全に嵌められましたね。

 妖術を使っちゃったので、今の僕は、真っ黒な狐の尻尾と耳を、全校生徒の皆にさらけ出してしまっているのです。


 勾玉の結界は、人の意識を阻害するもの。

 これは完全に見えなくするものでは無くて、触られたりすると見えるし、周りの人達が、僕を妖怪だと完全に認識してしまうと、その結界が効かなくなるのです。


 つまり、あんな妖術を皆の見てる前で使ったから、皆は完全に、僕の事を妖怪だと認識しちゃったのです。


「椿ちゃん……」


「カナちゃん、大丈夫。想定内だから」


 僕の正体がバラされる――

 この事態は考えていた。でも、バラす方法が予想外だったよ。


 多分先輩は、隠れ潜んでいた妖怪に気づいていて、一時的に動きを封じる処置をしてから、僕達を待っていたんだね。これも全部、先輩の心の声から聞いたよ。


 問題なのが、それを最初に読めなかった事だよね。


 もしかして向こうは、何か強力なアイテムでも用意しているのかな。

 白狐さんと黒狐さんは、まだ後ろで妖魔の処理をしているし、この事態を解決するには――


 そうだね、やっぱり先輩の心を折らないと。


 でも、その後ろでめちゃくちゃ睨んでいる、父親の玄空をどうしよう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る