第漆話 【2】 先輩への説得
体育館に突入する前に、色々と準備はして来ました。考えている最悪の事態には、なって欲しくないからね。
そして、僕達は体育館へと辿り着き、中の様子を伺っている。
声の方は、ボソボソと何か聞こえてくる。でも、騒ぎみたいにはなっていない。そこは安心して良いのかな?
『椿、良いか? あいつの父親、玄空も居ると考えるべきだ』
『そうだな、白狐。向こうにしてみれば、これは大チャンスだ。学校に潜む半妖と、それを擁護する妖怪。これを一網打尽に出来るんだ。下手をすれば、滅幻宗の奴が何人かいてもおかしくはないな』
そんな怖い事を言わないで下さい。しかも、それがあり得そうな事なんだから、なおさら緊張してしまうよ。
だからこっちも、しっかりと準備をして万全を期しています。なんとこの学校にいる、他の半妖の人達にも来て貰っているのです。そのほとんどの人達は戦闘が出来ないから、皆僕のフォローですけどね。
剛毛な人がいたり、物を冷やす能力が使える人が居たり、歌声がすごく綺麗な人が居たりしています。歌声が綺麗な人の歌は、聞いていると不思議と力が湧いてきたりするから、ちょっと不思議ですね。
それでも、半妖の人達は不安そうな顔をしています。少し声をかけた方が良いかもしれないね。
「皆、大丈夫です。先輩と2人で話が出来れば、それで良いからね。だからもし、他のお坊さん達が居たら、その時は直ぐに逃げて下さいね」
半妖の人達を見ながら、僕は自分の要望を告げました。皆、他の半妖や妖怪の為にって、無茶しそうな勢いだったよ。
正直、半妖の人達に戦いはキツいだろうから、基本的に白狐さん黒狐さん主体で動いて欲しいんだ。
それは、ここに来る前にも言ってあるから、再度言う必要は無いかな。
『椿よ。“あれ“があるからといって、決して油断はするな』
「分かっているよ、白狐さん。それと妲己さん、今回は何があっても出て来ないでね」
【はいはい、分かってるわよ。今回はバッチリ勝算があるみたいだしね】
うん、これで準備は良いね。でも、これが終わったら僕は――
もう、この学校には居られない。
だけどクラスの皆を、そして半妖の皆を、更には無関係な人達を、命の危険に晒す奴等だけは許せないんだ。
湯口先輩……あなたはどっちなのかな? それ次第なんだよ。
そして僕は、ゆっくりと体育館の重い扉を開ける。それがいつも以上に重く感じたよ。これは気のせいかな?
「来たか、妖狐椿」
扉を開けて中に入ると、早速湯口先輩が声を掛けてきた。
もちろん体育館には、この学校の全校生徒が集められていて、皆僕の姿を見てざわめき立っている。
僕の正体、そして僕の後ろに居る半妖の人達の事を、先輩から聞かされているのだろうね。
ちなみに湯口先輩の周りには、滅幻宗のお坊さん達に、最初にこの学校を襲い、木屋町で僕達を追いつめた、あの怖いお坊さん玄空も居た。
そりゃ先輩のお父さんなんだから、ここに居るのは当たり前だったよ。居なければ良いのにとか、ちょっとだけ祈ってしまった自分が恥ずかしい。
「どうだ、皆。あいつの――椿の姿を良く見ろ! 人外の禍々しき姿をな!」
「えっ? いや、でも……」
「普通の女子だぞ……」
「とても悪い妖怪には見えないけど?」
残念でした、湯口先輩。僕はまだ、この勾玉で尻尾と耳を隠していますよ。
後ろの皆もいつも通りの格好だし、一瞬見ただけでは、その姿は人間と変わらないからね。
それと、白狐さんと黒狐さんも姿を隠しているし、美亜ちゃんだって今は姿を隠しています。
だけど、僕の近くには居ないよ。見えないのを良い事に、ちょっとした作戦を実行中ですから。
「くそっ、まだ姿を隠すか。父上、あいつの姿を皆に晒すには、その体に触れないといけません。協力を」
「良かろう」
目付きが玄空と全く同じになっているよ、湯口先輩。こうして見ても、未だに信じられないや。
「湯口先輩。何で、こんな酷い嘘をつくの?」
「なっ?! お、お前……くそ」
妖怪のような非現実的なもの、実際その目で見ないと、誰も信じないんだよ、湯口先輩。
あなたの作戦は、根本から失敗しているんだ。
「――っ?! 危ないなぁ」
すると突然、後ろから独古が飛んで来た。それがもう少しで、僕の頭に当たる所だったよ。
なるほど……僕に触れて、その姿を。つまり、この耳と尻尾を可視化させる気ですか。
そして良く見ると、体育館の2階部分の通路に、お坊さん達がギッシリと並んでいたよ。
多分だけれど、ここから逃がさないようにと、強い結界か何かを張っていそうですね。でもそれは、後で白狐さんと黒狐さんが対処してくれるでしょう。
今はその隙にと、こっちに向かって突進してくる先輩を止めないとね。だけど、それも残念ながら、どうやって僕に触ろうとしているかは分かっているんだよ。
「もらっ――なぁ?!」
僕はわざと、上のお坊さん達をずっと眺めていたんだよ。
それを湯口先輩は、余りのお坊さんの数に驚愕していると、そう勘違いをしてくれたみたいです。
全く何の策も無く、ただ手を伸ばしながら突っ込んで来た、怒っているような様子の先輩の肩に手を置き、腕に力を入れると、頭を下にしてクルッと縦に反転し、先輩の肩を土台に空中に跳び上がります。
そのまま、クルクルと回転しながら体勢を真っ直ぐに戻し、床にゆっくりと着地しました。
うん、10点満点かな。
頭で出来るとは分かっていても、実際に体を動かしてみないと自信はなかったよ。だけど、体が軽い。簡単に出来た。これが、妖狐の力なのかな。
それよりも、先輩の説得だよ。
「ねぇ、湯口先輩。僕の話を聞いて、何でこんな事をするの?」
「くっ、うるさい! この妖怪が! 俺を……俺を
なるほど、そう言う事でしたか。それで怒っているんですね。
それは本当に、悪い事をしたなと思っているけれど、だけど僕の意思じゃないんだよ。それと、その怖いお父さんのせいですね。
「くっ! この! くそ!」
「ねぇ、お願い、湯口先輩。僕の話を聞いてよ……僕は何も、自分から悪い事をしているわけじゃないよ」
先輩が、必死に僕の体に触れようとするけど、その動きは全部分かるんだよね。今の僕には、頼りになる力があるからね。
「ちっ、愚息が……やむを得ん、奴の動きを止める。とっとと其奴の正体を暴き、その悪しき姿を一般の奴等に晒せ! そして居場所を奪え! 心を折れば、あとは容易く滅する事が出来る!」
だから、その動きは全部分かるんだよ。
長い数珠をロープの様にして、僕に飛ばしてくるんでしょ? 分かっていれば簡単に避けられる。
「なにっ?!」
ほら、ちょっと体を逸らすだけで、こんなの簡単に避けられるし、その後続けてもう1本とか、さっき投げつけた数珠を引くと同時に、もう1回僕を狙ってきたりとか、全部全部分かるんだよ。
「こ、此奴……まさか!」
「ねぇ、湯口先輩、2人っきりで話そうよ。だからさ、本音を聞かせて。もう、仲間は皆捕まっているから。勝機はないんだよ」
「バカな?! いつの間に! くそ、何をしている……早く奴を!」
「…………」
そんなの、2人が僕の正体を明かそうと、必死になっている間だよ。
その間に、後ろの半妖の人達や、白狐さん黒狐さん、そして美亜ちゃんやカナちゃんが頑張ってくれたんだ。そのお陰で、他のお坊さん達を取り押さえる事が出来た。
半妖の人達が、何もせずにただ見ているだけしか出来ないと、本気でそう思っていたのかな?
この展開に、先輩も玄空も驚いていて、信じられないといった表情になっているけれど、これって別に、想定出来る内容じゃないかな?
何なんだろう……この人達。妖怪退治をする力があるのに、全く連携がなっていないし、作戦とかも何もかもなくて、好き勝手にめちゃくちゃしているんですよね。妖怪を退治する事しか頭に無いのかな?
「湯口先輩……」
「ち、近寄るな!」
とにかく、これでようやく説得出来るんだ。
だから僕は、ゆっくりと湯口先輩に近づくけれど、まだ駄目ですか。怒鳴られましたね。でも、あなたの心の中は葛藤だらけだよ。
「湯口先輩、悩んでいるの?」
「――っ?! 椿、お前まさか……」
その言葉に、僕は先輩の頭の中に、ある妖怪の能力の事が浮かんでいると思い、それを肯定する為に頷いた。
そうです。今の僕は、覚さんに頼み込んで、もう1回心の声を聞く能力を手に入れているんだ。卑怯とか、そんなのは言っていられない。
向こうに、僕達妖怪の怖さを教えて上げないと、何だか舐められている様な気がするんだよね。
「くそ! 止めろ止めろ! 俺の心を読むなぁ!」
先輩が動揺している。心を読んでいるからね、そりゃ動揺するよ。だから、このまま畳みかける。
でも次の瞬間、僕達の耳に不快な音が鳴り響いた。
「きゃぁぁああ!」
「何だこれ、耳がぁ!」
皆一斉に耳を塞いだけれど、それでもこの突然の不快音は、しっかりと耳に届いている。
それは僕もそうで、耳を頭にぴったりと引っ付けているのにうるさいし、鼓膜が破れそうなくらいの高音が鳴り響くと、今度は低音が鳴り響いたりしている。地面を響かせ、頭にも響く程の低音も、不快極まりないですね。
本当にうるさい。これはいったい何処からなの?
あれ……何でしょう。カナちゃんが、僕に何か話しかけているけれど、この騒音では聞こえないってば。でも、同時に僕の後ろを指差している?
何だろうと思って振り向くと、何とそこには、大量のスピーカーが繋がって出来た、謎の物体が――というかこれ、人型をしているから、まさか……。
「妖怪?!」
そう叫んでみたけれど、これが発する騒音の中では、誰も聞こえないよね。
こんな重要な時に妖怪が乱入してくるなんて、いったいどうなっているんですか?!
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