第漆話 【1】 動き出した正義

 翌朝。レイちゃんの背中に乗って、今日も学校です。


 試験も近いし、遅刻はしない方が良い――にも関わらず遅刻です。もう1限目始まってますよ。


 カナちゃんには連絡していて、遅刻する事は伝えたし、校長にも事情を告げたから、上手く先生達を誤魔化してくれているとは思うけれど「それじゃあ、今度私が行った時、君を指名しようかな~」とか言われたので、あんまり信用出来ないですね。


 でもね、言い訳をする訳じゃ無いけれど、深夜まで居酒屋で仕事していたら、どうしてもこうなるってば。

 何で僕は、学校の事を忘れていたのでしょうか。


 いや、それよりも――


「白狐さん黒狐さん。起こしてくれたって良いじゃん!!」


『いや、すまん。椿の寝顔を、ずっと見ていたいと思ってな……』


『まぁ、俺もだがな』


「…………」


『ぬぉぉお! 回すなぁ!』


『目が回る!』


 そんな恥ずかしい事を言う妖狐さん達は、こうやって回して上げますよ。キーホルダーになっているから、ずいぶんと回しやすいね。

 朝のあなた達の眩しい笑顔がフラッシュバックして、顔が熱くなっちゃってる。


「はぁ……美亜ちゃんの方は、僕の膝の上で二度寝ですか。羨ましいなぁ」


 しかも、僕が学校に行っている間は、屋上かどっかで寝直すのだろうね。というかだよ、妖怪の僕が何故律儀に、人間達の学校なんか通っているんだろう?

 おじいちゃんの指令が無ければ、別に行かなくても良かったような気がする。妖界には学校が無さそうだったしね。


 でもそうなると、勉強というか、一般的な知識はどうするんでしょうか?

 生まれた時から、もうある程度の知識があるのかな? いや、生まれるじゃないや、化けた時からかな? あれ? おや?


『椿、お前また難しい事を考えているな……』


「うぅ、だって……」


 レイちゃんの上で頭を抱える僕を見て、黒狐さんがそう言ってくる。

 だけど良く考えたら、妖怪に現実的な事を求める方が間違っていましたね。曖昧だからこそ恐ろしい。それが妖怪でした。


「よし、レイちゃん。これ以上遅れたらマズいから、一気に飛ばして!」


「ムキュゥゥ!!」


 その僕の言葉に、レイちゃんが俄然やる気になり、飛んでいる速度を一気に上げた。


 その衝撃で、美亜ちゃんが僕の膝からコロリと落ちて、下に真っ逆さま――


「ミギャァァァア!!」


 ――に落ちる寸前、美亜ちゃんの尻尾を何とか掴んで、事無きを得ました。


「フギャァアッ!! ちょっとあんた、何してんの!? どこ掴んでるのよ?!」


「もう、美亜ちゃん。しっかりと僕の膝に乗っててよ」


 いきなり尻尾を掴まれて、とんでもない悲鳴を上げた美亜ちゃんだけれど、自分の今の立場を理解したのか、一気に大人しくなりました。

 咄嗟だったし、悪い事をしたかな……と思ったけれど、良く考えたら、美亜ちゃんは普段から僕の尻尾を引っ張っているんだ。それなら、1回くらいは良いよね。


 ―― ―― ――


 それから、何とか1限目が終わるまでに学校に着いた僕は、急いで自分の教室に向かった。


 そして教室に着くと、後ろの扉を開け、そこからゆっくりと入ろうとした――のだけれど、扉を開けた瞬間、そこに広がる光景を見て僕は固まった。


「あれ? 誰も居ない……」


 今、授業中ですよね。誰も居ないのは変だよ。

 グラウンドにも誰も居なかったし、そもそも1限目は、体育では無かったはず。


『椿よ、隣のクラスも誰も居なかったぞ』


 狐の姿になった白狐さんが、隣のクラスを確認してくれた後、そう言いながら戻って来た。


 それなら、ますますおかしいです。


 不安になってきた僕は、辺りを再確認する。すると、廊下の先から誰かが、猛ダッシュでこっちにやって来るのが見えた。


 良かった、誰か居たんだ。それならあの人に聞いてみよう。


「あっ、ねぇ、君! クラスの皆はど――」


 その誰かに声をかけようとしたけれど、途中で止まりました。猛ダッシュして来るその人の姿を見て、身の危険を感じたからです。


「つ・ば・き・く~ん、やっと来たね~! さっそく、君をナメナメ~」


「出たぁ!! 変態~!!」


「ぬぉぉぉおお!!」


 どんな存在でも、身の危険を感じると、思いがけない行動を取ったり、あり得ない力を発揮したりするようですね。


 今回の僕は正にそれで、咄嗟に体を後ろに倒し、背中が地面に付くギリギリの所で、その変態先輩の突進を交わし、返す勢いで上に上げた足で、変態先輩を持ち上げる様にし、弧を描く様にしながら、僕の後方に投げ飛ばした。


 その時、背中は完全に地面に付いているから、そのまま僕は仰向けになってしまっています。

 体技は詳しく無いので、これが何て技名かは分かりませんよ。でも、パンツは見えちゃったかも……。


「椿ちゃん、おはよう。やっと来たね」


「あっ、カナちゃん! 良かったぁ……クラスの皆が居なくて、何かあったのかと。でも、何でこの人と一緒にいるの?」


 変態先輩を投げ飛ばした後、僕の前方にカナちゃんの姿が見えたので、そこから慌てて立ち上がり、安堵の息を漏らしました。

 だけど、この変態先輩と一緒に居る事に驚き、僕はその事情を聞きました。


「これは緊急だったのよ。ごめん、半妖の私達じゃ止められなかった……」


「何の事?」


 僕は今来たばかりだから、その前に何があったかなんて分からないよ。ちゃんと説明してくれないと。


「すみません。彼女は彼女なりに、あなたの力になろうとしたのです」


 すると今度は、変態先輩を投げ飛ばした方から、声が聞こえてくる。

 その方向に振り返るけれど、真っ先に目に飛び込んだのは、その胸だよね。同性異性問わず、この人は目を合わす前に、その胸に目がいってしまう。なんて噂があったんだけれど、本当だったなんてね……。


「牛元先輩、半妖の人達は無事なんですね」


「えぇ……ですが、恐ろしい交換条件を付けられました」


「いったい何があったの!」


 焦れったくなってしまって、つい声を荒げてしまったけれど、カナちゃんも牛元先輩も、凄く言いにくそうにしている。


「湯口先輩が、謀反だニャ」


「あっ、凛ちゃん。待って……今、なんて?」


 すると突然、そんな言葉が僕の耳に飛び込んできた。

 牛元先輩の隣に立ち、それでも眠そうに欠伸をしている凛ちゃんが、聞きたくない人物の名前を言ってきました。

 その後に、僕の投げで気を失っている、変態会長をツンツンしていますけどね。


「だから、湯口靖君が生徒を体育館に閉じ込め、君をこの学校で再び孤立させる気で、生徒達に事実を告げているのさ。君の正体、僕達の正体も……ね」


 すると今度は、カナちゃんの後ろから、扇子を広げた校長先生が現れ、今起きている事態を説明してきました。

 でもそれは、詳しく聞かなくても分かるくらい、絶望的な事態だった。


 皆に……学校の生徒皆に、妖怪や半妖の事を……。


 僕は別に良いけれど、半妖のカナちゃん達の方が大変な事になるんじゃないの?


「待って……それだったら、何で僕なんかを待っているの? 僕は妖怪だから、別にこの学校を追い出されても何とかなるけれど、カナちゃん達は――」


「椿ちゃんは優しいね。私達の心配をしてくれるなんて。でも椿ちゃん、ハッキリ言ってね、今は私達意外の、全生徒の命が危ないの。もし椿ちゃんを待たずに、体育館に殴り込みなんかかけたら、全生徒を殺すって。だから大人しく、あなたを連れて来いって、そう言われたのよ。因みに、ものの10分の出来事だったよ」


 そんなあっという間の出来事に、為す術が無かったという顔のカナちゃん達。本当に1番悔しいのは、カナちゃん達なんだろうね。


 それにしても、湯口先輩がこんな早くに動くなんて……。


 だけど、丁度良かった。僕の心が決まった今、湯口先輩と真っ直ぐ向き合い、訴える事が出来そうだよ。


「皆、ごめん。こんな日に遅刻なんかしちゃって。でも、僕はもう、ある程度の答えを見つけたよ。だから湯口先輩は、僕が説得してみせる」


「面白そうね。私も微力ながら、多少は力添えしてあげる」


『椿よ、辛い選択になるだろうが、後悔だけは無いようにな』


『俺達も、全力で椿を助けるぞ』


 白狐さんに黒狐さん、それと美亜ちゃん。半妖のカナちゃん達も居る。僕達の力を甘く見ているなら、それは失策だよ湯口先輩。


「椿ちゃん……あなた、何だか目の輝きが変わってる?」


「えっ? そう?」


「うん。今の椿ちゃん、すっごく頼りに思うよ」


 恥ずかしい事を言わないで欲しいですね。

 とにかく、皆が言いくるめられる前に、体育館に突入した方が良いし、湯口先輩の狙いは僕なんだ。だから、僕だけを狙わせれば良い。


 それと、隠し事はもう無しだ。


 他の生徒が信じるか信じないか、それは終わった後の事。その時に、それに応じた対策を考えたら良いだけだよ。


 大丈夫。何にせよ、湯口先輩とはしっかりと向き合って、とことん話し合いたかったんだよね。

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