第陸話 【2】 悩み決めた事
お店で騒ぎ、珠恵さんに暴力を振るった、この『亰嗟』と名乗った4人の男達は、縄でグルグル巻きの状態にして、店の前で警察官に渡しています。
組織の事を聞き出すとは言っていたけれど、多分こいつ等は下っ端中の下っ端で、恐らく組織の尻尾を掴む事は、非常に困難だと警察の人は言っていました。それでも、聞き取りはしないといけないらしいです。
そして警察官の人達は、そのまま4人を連れて行きました。
その中には、河童の半妖の池中さんが居たので、捜査零課に引き渡されるんだろうね。
ちなみに、あの3人の怖い人達はというと……。
「お前、あの
「あらあら、まさかあなただったなんてね、
和気あいあいと会話をしていました。
どうやら、黒いカッターシャツを着た人と珠恵さんが、昔の知り合いだったようです。
話を聞く限り、卒業と同時に連絡を取らなくなったようだけれど、そりゃ珠恵さんは九尾の妖狐だもん、関わらないようにするのは当たり前だよ。
『そういえば珠恵は、人間達の学校とやらに憧れていて、昔こっそり紛れ込んだって言っていたね』
白狐さんが、以前聞いた事を僕にも言ってきた。
そういう妖怪もいるということに、ちょっとだけびっくりしたけれど、強面の男性の人がね、さっきから珠恵さんの事を「玉樹」って呼んでいるんですよね。
気になるけれど聞かない……それは聞いたら駄目だ。
「しっかし、お前まだ腕は衰えていないんだな。昔はよく、お前とやんちゃしたもんだな」
「嫌だわ、若気の至りよ。今はあんな血気盛んじゃないわよ~」
本当に2人は楽しそうに会話をしています。こんな所で同窓会をされてもですね。
だって、他の2人のお連れさんが、いったい何が起きていて、どうしたら良いのか分からないって顔をしているんだよ。それは僕達もなんだけどね。
『珠恵、今日の所はここまでかな? あと1時間で閉店だし、そもそもこんな騒ぎの後だから、お客もそんなに来ないだろう』
「あら、黒狐さん。そうね、今日はもう閉店にするわね。他の皆も、もうあがってもらって良いわよ」
そう言われ、僕と美亜ちゃんは同時に「ほぅっ」とため息を突いた。
本当に疲れたのもあるけれど、変化でこの大人の姿を保つのが、意外と大変だった事もあるんだよね。
ずっと意識を集中していなきゃいけないから、気を抜けなかったのです。
だけど、一般の人達が周りに居るので、まだこの変化は解けない。最後の最後まで、油断が出来ないですね。
―― ―― ――
その後、僕達はいつもの服に着替え、家に帰る支度をしました。そして再び外に出ると、珠恵さんと強面の人が、同じ場所でまだ話をしていた。
「それにしても、あの嬢ちゃん肝っ玉座ってんな。俺達を前にしても怖がらず、平然としてるなんてな。いや、ここの店員全員に言えるな。そんなお前らに、頼みっつ~のも図々しいんだが、もし『亰嗟』と名乗る奴らがまた現れたら、是非教えて欲しい」
「う~ん、昔のよしみでそうしたいのだけれど、刑事さん達からも頼まれているからね、ちょっと難しいわ」
強面の方の頼み事を、そんな風にやんわりと断る珠恵さん。
赤の他人同士なら、こんな簡単に断る事は出来ないだろうね。頼んだ方も、それならば仕方が無いって顔をしているもん。
『さっ、報酬も貰ったし、帰るよ椿。あとの事は、私達には関係ないからな』
「あっ、うん。黒狐さん」
そして黒狐さんに促され、僕達は帰る準備をする。
するとその時、珠恵さんが僕の方へとやって来て、こっそりと耳打ちをしてきた。
「椿ちゃん、また手伝いに来てね。あなた、この1日ですっかり人気者だし、もういっその事ここで働いてくれるかしら? お仲間同士、このお店を盛り上げましょうよ」
「あ、ありがとうございます。でも、仲間って……? 妖狐だったら、白狐さんと黒狐さんも居ますよ」
そんな珠恵さんの言葉に、僕は首を傾げながら言うけれど、珠恵さんは意味ありげな笑みを浮かべ、そのまま続けてくる。
「もう~恥ずかしがらなくても良いわよ。私もそうなんだから~」
「??」
余計に訳が分からないですよ――と言いたいけれど、さっきの事で薄々気が付いてはいるんだ。ただ、ハッキリとお仲間だなんて、そんな事言われたくはないからね。
だから、僕はまだ分からないという意思表示をし、とにかく逃げる事にした。
でも、そんな風に首を捻っていても、逃がさないといったような感じで、珠恵さんが今度はハッキリと言ってきた。
「だから~あなたも、女の子になりきれない男性。つまり、ニューハーフなんでしょ?」
「いや、ちがっ――!!」
慌てて訂正するけれど、珠恵さんは一歩も引かず、僕へと詰め寄ってきた。
「あら、違わないわよ~私も、神格化している妖狐よ。でも、本当は女性が良いから、こんな姿をしているの。だから分かるのよ、同じ仲間の匂いがね」
「うっ……ちが、ちが……」
僕は違う。そんな曖昧な存在じゃ……いや、曖昧なんだよ、今の僕は。だから、珠恵さんに同じだって言われるんだ。
でも、でも僕は、僕は……。
「認めちゃいなさいよ。その方が、楽になれるわよ」
「うわぁ~ん!! 僕はオカマじゃな~い!!」
「ニューハーフよ!」
そんなのどうでも良いですよ、珠恵さん!
だけど、それを否定したくても否定仕切れない僕は、それでも必死に叫びながら、その場を後にした。
これ以上こんな所に居たら、僕はオカマさんにされちゃうよ!
『つ、椿!』
『珠恵。あなたまさか、わざと?』
「あの子のためよ、黒狐さん。あの子の悩み位、同じ者同士分かるのよ。自分はどっちが良いかって、そう悩んでいる目。早く決めて上げないと、あれは辛いだけよ」
―― ―― ――
四条からおじいちゃんの家までは、流石に遠かったよ。それでも短時間で帰れたからね。
僕ってば、本当に妖狐になっちゃってるんだな……って、否応なしに突き付けられる。
とにかく、家まで走って帰った僕は、粗くなった呼吸を整えながら、部屋へと向かい、そこで元の姿に戻ると、そのまま力尽きるように布団に突っ伏した。
「うぅ……僕は、僕は」
自分で自分が分からなくなり、あそこに居るのが辛くて、ついつい逃げて来ちゃったよ。
でも確かに、今のままでは僕はオカマさん扱い。ニューハーフだっけ?
どっちにしても、このままでは僕も変人扱いだよ。何とかしないと。
「でも、僕はもう男の子の体にはなれないし、生まれた時は女の子だった。だったらもう、決まってるじゃん。これで男の子を選んだら、それこそニューハーフ扱いじゃないか」
それだったら僕は、何を怖がっているんだろう。いや……分かっている。例の記憶の事だよ。
それでどんな大変な事になるか、それが分からないから怖いんだ。女の子になるのを避けているんだ。
【ふふふふ、今日は収穫ね。今のあなたの、その曖昧な状態を続ける事は出来ないって、これで分かったでしょ?】
「妲己さんは黙っていて下さい。僕を惑わさないで」
【はいは~い。でも、もう決めているんでしょ?】
「……」
僕の中の妲己さんが、心の中で話しかけてくる。そんな時、家の玄関が開けられる音がした。
少し遅かったけれど、誰か帰ってきたのかな?
すると、玄関からそのまま迷うことなく、この部屋に続く階段を上がって来る。
どっちかな……美亜ちゃん? それとも、白狐さんか黒狐さん?
僕はそう思いながら、近づいてくる足音に耳を傾けた。狐の耳をピョコピョコと動かしてね。
そして、僕の部屋の襖が開けられ、倒れ込んでいる僕に声をかけてくる。
『椿よ、大丈夫か?』
『おいおい。珠恵に本心を突かれて、ふて寝か?』
この声は……白狐さんと黒狐さんですね。しかも声からして、男性に戻っている。
あの2人は、男性の方が楽だって言っていたし、用が済んだら直ぐに男に戻るんだね。
僕もそんな体質の方が良かったよ……。
『椿よ、分かっているのか? あの半妖の刑事に言い寄られ、顔を赤くしてからに、我等の事を甘く見ているのなら、今一度、我等の寵愛を――』
「分かっているから、早くこっちに来てよ。白狐さん黒狐さん」
いちいちここにやって来た理由を言わないと、駄目なんですか? 僕の許可がいるの?
正直、白狐さん達にそう言われていたの、すっかりと忘れていましたよ。
とにかく焦れったくなった僕は、寝転がりながら白狐さん達に向かって、こっちに来てと手招きをした。
そもそもだよ、その半妖の刑事さんに、あんな反応をしちゃったのも、僕の心が女の子よりにシフトしているからなんだよね。
それだったら――
『な、何だ椿。お前、今日は大人しいな。珠恵に言われた事、気にしているのか?』
「それもあるけれど、ちょっと確認したい事があるの……」
布団にやって来て、僕の横に寝転がった2人を、僕はジッと見つめる。
部屋に入る前に、ついでに着替えたのかな? 2人とも、服はラフな格好だったよ。ということは、このまま僕と添い寝する気だったんだね。
それは良いけれど、やっぱりこの反応は間違い無い。
あの半妖の刑事さん、杉野さんを見た時と同じ反応を、僕は白狐さんと黒狐さんにもしちゃっています。
何だかドキドキして、顔が熱い。
僕は……イケメンだったら誰でも良いんでしょうか? いや、違う。
多分僕は、自分の身を顧みず、僕を守ってくれたりした人に、女の子としてときめいてしまっているんだ。それでも、我ながら単純だよ。
だけど、しょうが無いよ。今までは、そんな人なんて居なかったんだよ。考えられなかったんだよ。
だから、僕の為に必死に戦って守ってくれる。そんな存在に心惹かれるのは、しょうがないんだよ。
『どうした、椿よ。何か考え事か?』
「ん……ねぇ、白狐さん黒狐さん。僕、頑張って女の子になってみるよ」
そして僕は、数日前からずっと悩み、たった今結論を出した事を、心配している2人に告げてみた。
『なっ! しかし椿――』
「何、嬉しくないの?」
黒狐さんの驚いた顔に、僕は必殺の上目遣いで睨んだ。
せっかく喜びそうな事を言ったのに、驚かれるとは思わなかったよ。
あんなに女の子になれって、毎日のようにうるさかったのに、いざなりますって言ったら、今度は心配してくるなんてね。白狐さんも黒狐さんも、根は優しいんだね。
『いや……しかし、お前記憶の事があるだろう? 大丈夫なのか』
『黒狐よ、分からんか。椿はまだ、完璧な女の子にはなれていない。それに、今すぐなるわけでもないわ。だから様子を見て、もし記憶が戻った時に、そこで不都合な事が椿の身に起きたのなら、我等が守れば良いだろう』
そういう事ですよ、黒狐さん。白狐さんは、直ぐに分かってくれたね。
でもやっぱり、不安は不安なんです。
だから、2人に居てくれないと僕は、簡単に心が折れてしまうかも知れない。記憶が戻りそうな時、いつも怖い思いをしてしまうからね。
そんな時、今までだって2人は、ずっと僕の傍に居てくれたんだ。
「ねぇ、白狐さん黒狐さん。ぎゅって、して……」
『ぬぉっ、どうした? 椿』
『い、良いのか?』
「良いから、僕を安心させてよ」
恥ずかしいけれど、今はそんな気分だったんだ。
僕がそう言うと、2人はようやく、僕を挟むようにして抱きしめてくれた。
うん……何だか安心するし、これは凄く落ち着くよ。
「ねぇ、白狐さん黒狐さん。僕の記憶が戻って、今の僕じゃなくなっても、ちゃんと好きでいてくれる?」
そして僕は、もう一つ不安に思っていた事を口にし、白狐さんと黒狐さんに確認を取った。
そうなんです。記憶が戻った時に、今の僕の人格のままなのかどうか……という不安もあったのです。
『ん? 何だ、それも心配していたのか? 安心しろ、どう変わっても椿は椿だ。変わらず愛してやる』
『ふん、そもそも人間を見ろ。コロコロと性格を豹変させるでは無いか。それくらいは問題ない』
「ほんと? ほんとにほんとだよね? それじゃあ、ちゃんと女の子になれたら、僕の……」
駄目だ。安心感と2人の匂い、それと適度な疲労感で、僕はもう意識が……。
『ん? 何じゃ椿。お前の? おい、椿?』
『やれやれ、今日は色々あったからな。疲れて寝てしまったか。しょうがないな白狐、お仕置きは今度だな』
まどろむ中で、2人のそんな言葉が聞こえてくるけれど、もう駄目です。おやすみなさい。
そうして僕は、意識を手放し、白狐さんと黒狐さんに挟まれながら眠りにつき、この激動の1日を終えた。
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