第陸話 【1】 珠恵の説得三度まで
その道の、とっても怖い人達が来店し、僕が注文を取ることになった。
だけど良く考えたら、僕は妖怪だし妖狐なので、もし目の前の人達がここで暴れたり、好き勝手したりしても、そこは簡単に対処出来るし、他の店員さんも皆妖怪で、珠恵さんに至っては九尾ですからね。そうだ、無駄に怖がる必要は無かったですね。
「では、注文は以上ですか?」
「おぅ。まぁ、とりあえずな。良いか、呼んだら1分以内で来いよ!」
無茶苦茶言いますね、この人。別に可能だけど。
ただね、黒いカッターシャツを着た強面の方が、僕を凄い睨んでますよ。
「おい、いい加減にしとけ。みっともねぇ」
「あっ、は、はい。すみません」
すると、その強面の人が一声かけただけで、スキンヘッドの人がペコペコしだした。
そうなると……うん、だいたいこの人達の力関係が分かって来たよ。この人、1番下っ端ですね。
それで、白のカッターシャツを着ている、髪がお祭り騒ぎの人は2番目かな。さっきその人が、強面の人を先に座らせていたからね。
「嬢ちゃん、すまねぇな。いつも通りに振る舞ってくれ。ただ、俺達の話は聞かない方が良いからな」
もちろんそのつもりですよ。だからお座敷に向かったんだよね。
「椿ちゃん、大丈夫?」
「えっと……はい、大丈夫です。あっ、これ、お願いしますね」
それから厨房に戻った後、珠恵さんにさっき取った注文を渡し、とりあえず日本酒とビールを真っ先に持って行こうとします。もちろん一升と二瓶ね。
「あっ、椿ちゃん。あとは私がやるから」
そう言うと、珠恵さんは僕に代わり、ビールや日本酒を持ってその人達の元に向かって行った。
そっか、全部僕がやる必要も無かったね。
その後僕は、他のお客さんの注文を取ったり、料理を持って行ったりと、そっちの仕事に戻りました。
あの忙しい時間帯に比べたらマシだけれど、それでも僕の指命は止まない。
『椿。やっぱり、あなたが行った方が良いんじゃない?』
少しすると、またお客さんの流れが緩やかになった。
すると、白狐さんがさっきの人達の方に視線をやり、僕に話しかけてきた。更に、黒狐さんも心配そうな顔をしている。
気になったから、僕もそっちに視線を向けると、なんと珠恵さんがペコペコと頭を下げていた。
嘘でしょう……駄目だったの?
その後、注文を取った珠恵さんが戻ってくると、不安そうな顔をして僕に言ってくる。
「ごめんなさい。あの人達、やっぱりあなたが良いって。あなたが他のお客さんの対応をしている所を、あの人達ずっと見ていたからね」
やっぱりですか……何で僕なんだろう? 僕の何処が良いんだろう。良く分かりません。
でも、ご指名なら行くしかないですよね。機嫌を損ねるわけにもいかないし、僕が頑張りますよ。
そうは言っても、ここは居酒屋。キャバクラじゃないんだ。それは、向こうも分かっているはず。
―― ―― ――
「いやぁ~やっぱ若い子に持って来させる方が良いっすよね~兄貴!」
その人達の下に料理を持っていったのは良いけれど、騒いでるのはこのスキンヘッドの方のみ。いや、寧ろ……この人が騒ぐ事で、あとの2人の会話を聞かれないようにしている?
でも悲しいかな、僕は人間じゃないのです。妖狐なので、人間より耳が良い。だから、会話が聞こえちゃうんです。
「――で。奴らは俺達に、喧嘩ふっかけて来てんだよな?」
「はい、間違い無いです。何が狙いかは知りませんが、奴等……堂々と俺達のシマを荒らしてやがる」
「ふぅ……で、何つった? そいつらの組織」
「それが、良く分からなくて……確かこういう字を書いて『
「こりゃ、昔の字じゃねぇか。京都や東京なんかは、昔こんな字を使ってたらしいな。だが、何故こんな字を?」
あ~これは……聞かない方が良かった……かもです。
また何か、厄介な事になりそうですよ。
もしかして、さっき来ていた刑事さん達の頼み事って、これの事? いや、でもこれは……ちょっと違うかも知れない。
「しっかし良く出来た尻尾だな、おい。こんな可愛い子ちゃんがこんな格好してるなんてな! おい、これ何処で売ってんだ? 今度彼女に同じ格好させるとすっか!」
スキンヘッドの人、ご苦労様です。
何気にこの人が1番大変だよね。それこそ僕が居たら、ずっと大声で喋ってなきゃいけないもん。でもそれだったら、もっと融通の効く店の方が――
「俺達の経営する店、全部ぶっ潰しやがって……何考えてやがる」
と思ったら、事情があったようです。
吹かしたたばこを、少し強めに吹き出す強面の人。どうやら、相当怒り心頭しているようです。
そんな事情だから、ここの居酒屋を使うしか無かったのですね。迷惑な話だよ。
それと、食べ終わった料理のお皿を片付けている間は、流石に会話が聞こえちゃいそうなので、その時は2人とも黙っていますね。そうなると、僕も聞いてないふりをしておかないと……。
「おら、早く日本酒をもう一升持って来い!」
「はい、只今お持ちします」
そう言われ、僕が急いで日本酒を持って来ようとすると、強面の方が僕に向かって声をかけてきた。
「待て嬢ちゃん、ゆっくりで良いぞ」
「おい! ゆっくりで良いぞ!」
はい、聞こえてま~す。
そんなに怒鳴らなくても良いのに、何だかこの風景を見ると、スキンヘッドの人の器の小ささが良く分かるね。
『椿、大丈夫だったか?』
『何もされてないね?』
僕が戻ってくると、白狐さんと黒狐さんが不安そうに聞いてきた。もちろん珠恵さんも、不安そうに僕を見ている。
というより、僕が向こうに行ってる間も、ずっとこっちを見ていましたね。
「うん、大丈夫だよ。それにあの人達、誰かに喧嘩をふっかけられていて、それでお店を潰されているらしいから、そのお話で必死だよ」
「あら、椿ちゃん。感知能力も高ければ、耳も良いなんてね」
あっ、つい言っちゃった……。
でも、隠していてもしょうが無いし、白狐さん達になら大丈夫かな。うっかりと喋るなんて事しないよね。
それと美亜ちゃんは、僕の代わりに向こうで頑張っていて、一生懸命接客をしていた。だから、こっちの会話は聞こえていない。
『椿、その喧嘩をふっかけている奴等の名前も、聞けた?』
すると、白狐さんがちょっと真剣な顔をして、僕に聞いてきた。黒狐さんも珍しく真剣です。
そういえば2人は、僕が以前に美亜ちゃんと任務をしていた時、別の任務をやっていたよね。
あれは結局、継続中って言っていたし、僕が聞いた事は、何かその任務と関係あるのかな?
「えっと……ケイサ? って名乗ってたって」
『やっぱりな。それ、今私達が追っている組織の名前よ』
「あら~刑事さん達が追っている組織も、確かそんな名前だったわね~」
白狐さんの後に、珠恵さんも続けて言った。
ということは、刑事さん達が僕に頼みたいという事も、それに違いないですね。
「あっ、それと……皆。このお店に、何か向かって来ているよ」
その後、ちょっと変な妖気を外から感じたので、僕はこっそりと皆に伝えた。
まだ距離がある今の内に、これは言っておかないとね。
この妖気、このお店に向けて放たれているから、こっちに来るのは間違いない。
だけど、いったい何の為に? まさか、このお店も潰す気?
『椿、そいつら何処から来ているの?』
「四条通り……西から来ている。今、路地に入って来たから……多分、あと数分で着く」
僕のその言葉に、珠恵さんは目をパチクリさせていた。
その姿を見て、僕は改めて、自分の感知能力の高さが異常なんだって、そう思い知らされたよ。
「凄いわね、椿ちゃん。その人達、暴れそうとか分かるの?」
「ごめんなさい、そこまでは……」
そこまで分かったら、それこそもう超能力だよ。
いや、
そんな事を考えている内に、遂にその妖気を放つ人達が、ここのお店の前にやって来た。
だけど、おかしいのはその妖気の少なさ。このレベルは半妖だね。
そして次の瞬間、店の扉が乱暴に開けられ怒鳴り声が店内に響く。
「おらぁ!! ここに田山組の奴らがおるやろう! 出てこんか!」
お客様じゃないのはもう確定だから「いらっしゃいませ」は、言わなくても良いよね。
当然だけれど、珠恵さんが急いでその人達を止めに行った。
珠恵さん1人で大丈夫なのかな? 僕も加勢した方が良いかな?
そう思った僕は、珠恵さんの所に加勢に行こうとする……と、白狐さんと黒狐さんに肩を掴まれ、その場で止められました。
『椿、行かなくていい』
『そこで見ときな』
やっぱり、珠恵さんの九尾の力が強いから、近くに居ると危ないのかな?
とりあえず2人の言うとおりにして、他のお客さんの安全を確保した後、遠目でその様子を見た。
「あの、すみません。お店で騒がれると、他のお客様のご迷惑に――」
「あぁ?! んだお前は! 店員に用はねぇよ! すっこんでろ! おら、出て来い!!」
その叫び声に反応し、奥のお座敷では、さっきまで神妙に話していた3人が、突然すっくと立ち上がり、店の入り口で立っている奴等を睨んでいた。
ドラマとかアニメじゃないんだから、こんな展開は勘弁して欲しいな。
多分処理出来るとはいうものの、珠恵さんの言うとおり、普通の人に対して大迷惑になるし、何より僕達が目立ってしまう。
「これ以上は、警察を呼びますよ」
「うるっせ~な! 引っ込んでろ! この店潰されて~のか!」
珠恵さんは毅然とした態度で、その怒鳴り散らす人達に対応している。
「いえ、ですが……明らかにあなた達の方に非が――きゃっ?!」
「引っ込んでろって言ってんだろ! 俺ら『亰嗟』に逆らうとどうなるか、その目に焼き付けさせてやるわ!」
珠恵さんが殴られて吹き飛ばされた……これ、本当に大丈夫なんだろうか?
恐る恐る2人の様子を見ると、何とどちらの顔も真っ青になっていた。
えっ? もしかしてヤバいの?! それなら早く助けないと。
『あ~あ、やってしまったか』
『そうだね、白狐。仏の顔も三度まで、珠恵の説得
「えっ?」
何その諺。つい聞き返しちゃったよ。
だけどその後に、僕は吹き飛ばされた珠恵さんの妖気が、凄く高まっている事に気が付いた。
えっと……もしかしてもなく、あの人が怒ってる?
「つ、椿。ごめん、ちょっと隠れさせて……あの妖気怖い」
「えっ、ちょっと。美亜ちゃん!」
卑怯ですよ美亜ちゃん。僕の後ろに隠れるなんて……僕もちょっと怖いんだってば!
「てめぇら……私が3回も説得しているのに、聞かねぇのか……おい」
「あぁっ?! な、なんだ……?」
あ、あぁぁ……珠恵さんが起き上がったけれど、物凄い妖気と怒りのオーラで、店全体が軋んでいますよ。
「人様に迷惑かけるような暴れ方してんじゃねぇぞぉ! こらぁぁ!!」
「なっ?!」
そしてその人達に向かって、珠恵さんが怒鳴りつけると、そのままその人達の方に飛び込んで行った。その怒り方が、まるで男みたいです。
うわぁ、頭掴んで放り投げてる。
相手も抵抗しているけれど、全部受け止められていて、しかも片っ端から放り投げられたり、アイアンクローされたりしていて、撃退されていっています。
そして計8人の襲撃者を、ものの1分程で片付けてしまいました。
本当に一瞬の出来事で、珠恵さんの足元には、さっきの人達がうめき声を上げて倒れていた。
こ、怖い……珠恵さんが怖い。
お座敷に居る3人も、呆然と事の顛末を見ている。流石、九尾の狐ですね。でもその前に、何故か僕は背筋が寒くなっていた。
珠恵さんって、まさか……。
僕の頭には、珠恵さんに対してある1つの疑惑が生まれていた。
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