第伍話 【2】 2人の半妖刑事

 ある程度の注文を受け終わり、僕は呼ばれた刑事さん達の元へと向かった。


「すみません、お待たせしました」


「凄い人気だね、椿ちゃん。珠恵さんから聞いたけれど、今日が初日だって?」


「あっ、はい、そうなんですけど……皆何故か、僕ばっかりに注文をしてくるんです」


 2人の刑事さんの横に立ち、僕はそう答える。

 その横には杉野さんが座っていて、そんな僕の姿をじっくり見ていた。そんなに見られたら恥ずかしいんですけど……。


「それは、君が相当可愛いからだ。今のその姿も、どこか幼さがあって、それがまた堪らないんだろう。好みはあるだろうけれど、この居酒屋に来るお客さんは、何故かそういう人が多いからね」


 そういう人……あぁ、要するにロリコンさんが多いんですか。なんとなく納得です。


「杉野~そういうおめぇもロリコンだろうが~手は出すなよ~」


「なっ、ちょ! 違いますよ! 止めて下さいよ、三間坂みまさかさん~」


 杉野さんは、隣に座っている壮年の男性にからかわれ、顔を赤くしていた。

 つまりそういうことなんですね。僕としてはどうでも良いけれどね。


「えっと……それで、話って何ですか?」


 このままでは、話がずっと脱線してしまいそうなので、僕は呼び出された理由を聞いてみた。


「あぁ、そうそう。この前のお礼とね、君にちょっとお願いしたい事がるんだ」


「お願い? あっ、でも、お礼の方なら僕もしないといけないし……」


 僕がそう言うと、杉野さんは笑顔になって「君がお礼をする必要はないよ」って感じで、こっちに視線を送ってきた。

 眩しくて見られません、その笑顔……って、え? 何で僕は視線を逸らしたの?


「うん。やっぱり可愛いな、君は」


「ふへぁ? えっ、あう……あ、いや、ありがとうございます」


 う~ん……僕は何でこんなに動揺しちゃうの?

 そして今気が付いたけれど、僕の後ろからね、怒りのオーラが2つ程ほとばしっているんだけど。これ絶対、白狐さんと黒狐さんだ。


「へぇ……椿、あんたそういう奴が好みなんだ~」


「み、美亜ちゃん! 違うったら!!」


「顔真っ赤にして言われてもねぇ~」


「えぇっ?!」


 美亜ちゃんの方を振り向きながら、その事を全力で否定したものの、美亜ちゃんは面白そうにニヤニヤとしていて、白狐さんと黒狐さんは嫉妬しているような顔をしていた。

 いや、これはもうしているかもね……やっちゃったよ。明日僕、生きていられるかな?


「大変だね、君も。そんな君に、ぜひ頼みたい事があるんだよ」


 すると今度は、杉野さんの横にいる壮年の男性が、僕に話しかけてくる。


「池中から話は聞いている。感知能力がずば抜けていると。そこで、その能力を見込んで、君に調べて欲しい事があるんだ」


 池中……って、学校で起きた事件の時に来ていた、あの警察の人が、確かそんな名前だったような気がする。

 河童の半妖ということと、頭の事が気になりすぎていて、名前がうろ覚えだったけれど、多分間違いないはずです。ということは、あの人の上司の人達かな?


「あぁ、失礼した。自己紹介が遅れたな。私は三間坂良悟みまさかりょうご。『煙羅煙羅えんらえんら』の半妖さ」


 壮年の男性が小声でそう言うと、そのままタバコを吹かす……けれど、あれ、それ火付けました? 煙だけが舞い上がっているよ。


「あ、ごめんごめん。実は俺も半妖でな『獬豸かいち』の半妖さ」


 その事は妖気で分かっていたけれど、2人とも、僕が聞いた事も無い妖怪の名前でした。


 そんな時、その2人が頼んだ煮物を持って来た白狐さんが、カウンター席の前にそれを置いた――のだけれど、その時に「ゴン」って音がしたよ。


 気のせいかな? いや、気のせいじゃない。煮物を置いた部分に若干ヒビが……。


『お2人とも。任務の事に関しては、センターを通して下さいな』


 あ、あぁぁ……白狐さんが相当キレちゃってますよ。どうしよう、どうしよう。


「椿ちゃ~ん。修羅場になる前に、そこ離れた方が良いわよ~」


「はっ、は~い……」


『椿、帰ったら覚悟しておいてね』


 珠恵さんに言われ、僕がそこから離れようとした瞬間、白狐さんにとんでもない事を言われました。

 白狐さんは普通の喋り方をしていたけれど、何だかそれに怒気が籠もっているようで、僕はもう膝が震えてしまって、歩くのも困難になってしまった。


『椿、私からも言っとくね。覚悟しとけよ』


 黒狐さんまで……しかも、黒狐さんは普通に怖い。

 僕、もう帰りたくない。だけど、命までは取られないよね?


「ふん。チヤホヤされていい気になっているからよ」


 その様子を見ながら、大量の洗い物をしていた美亜ちゃんが、僕に向かってそう言ってくる。


 他人事だし、しかもお気に入りのおもちゃである僕が、こんな面白い状況に陥っているのは、美亜ちゃんにとっては愉快で楽しいらしいです。

 鼻歌交じりで洗い物をしている美亜ちゃんは、さっきまでとは打って変わっての上機嫌です。


「み、美亜ちゃん。た、助けては――くれないよね」


 一応助けを求めてみたけれど「私がそんな事をすると思う?」みたいな目で見られました。


 ―― ―― ――


 それからしばらくの間、その人達は白狐さんや黒狐さん、それに珠恵さんと少し話をした後、このお店を後にしようとする。

 そして、その2人がお店から出る時、杉野さんが僕にウインクしてきて「紙の裏を見て」と言うようなジェスチャーをしてきた。


 紙? あの人から貰った物って……あっ、名刺?


 それしか無いと思い、その人達が居なくなってから、杉野さんの名刺の裏を見てみると、そこには僕も使っている、あるSNSのIDが書いてあった。


 これはつまり、こっそりとID交換しようって事なのかな?


 でもあの人は、ロリコ――いや、白狐さん黒狐さんと似たような人って事かな。

 だってあの2人も、こんな未成年の姿をしている僕を、自分達の嫁にしようとしているからね……。


 どっちにしても、刑事さんと連絡のやり取りが出来るなら、任務の時の情報収集に役立つかも知れない。

 だから僕は、2人に気付かれないようにしながら、それをポケットにしまって仕事に戻った。


 ―― ―― ――


「ふぅ……1番忙しい時間は越えたわね」


 夜も深まり、そろそろ日付が変わろうかという頃、その前までの鬼の様な忙しさに、僕と美亜ちゃんはヘトヘトになっていた。


「て、手がもう……何でずっと洗い物か、盛りつけの手伝いなのよ!」


「み、美亜ちゃん……絶対そっちの方が楽だってば。ぼ、僕なんか、足を止めた記憶があんまり無いんだけど」


 美亜ちゃんと背中合わせで座り込み、疲れ切った事を全力で表現する僕達を見て、流石にこれ以上は限界かなと、珠恵さんが思案顔になっていました。


 こういうタイプの任務時間は、その店の店長の判断によるって書いていたから、閉店までやる場合もあるんだろうけれど、初めての僕達にとっては、そこまで持たないかも知れないよ。


「ん~そうね、もう1回波があるから、それまでは頑張ってくれるかしら? 思っていた以上に、あなた達2人がよく働いてくれるから、こっちとしても助かってるのよね。もちろん、御給金の方もタップリとね」


「もう、しょうが無いわね~」


 美亜ちゃんはそう言うと、ゆっくりと腰を上げ、また厨房に戻って行った。本当に美亜ちゃんは、単純なんだね。珠恵さんに褒められて、やる気が出たようです。

 美亜ちゃんがやる気になっているなら、僕ももうひと頑張りしないとね。


 そして、僕もゆっくりと腰を上げ、軽く伸びをすると、再び接客をするためにホールへと歩いて行く。


『大丈夫? 椿。キツそうなら変わるわよ』


 忙しい時間を過ごしている間に、白狐さんと黒狐さんの怒りはどこかにいったようで、真剣に僕を心配してきてくれている。


「うん。大丈夫だよ、白狐さん。僕も人間じゃなくなったからなのか、こんな事でも、倒れる程に疲れたりはしていないよ」


『そう……だけど、あんまり無理をしない。何せ、帰ったらタップリと――』


「さ~て、仕事仕事~」


 僕はそれを聞かなかった事にして、足早に白狐さんから離れて行く。


 怒り収まっていなかったようです。


 するとその時、入り口の扉が開き、そこから3人のお客さんが入って来た。


「あっ、いらっしゃ――いっ、ませぇ」


 危ない危ない、うっかりと変な反応をしてしまいました。


 いや、この人達を見たら誰だってそうなるよ。

 だって、今入って来たお客さんは、普通の人じゃない格好をしているんだ。


 1人は、黒いピシッとしたカッターシャツを着ていて、ポマードでガッチリと髪を固めている。

 もう1人は、白いカッターシャツだけれど、中のシャツが派手で、真っ黒なグラサンを付け、髪を立ち上げに立ち上げて、まるで威嚇しているような風貌をしている。

 そして残りの1人は、永久脱毛でもしているのかなと思うほどの、綺麗なスキンヘッドをしていて、寅や龍の柄をした派手なTシャツと革ジャンを着ている。しかも、金属製の大きなネックレスをジャラジャラと鳴らしていて、その人が歩く時だけ若干うるさいです。


 どう見てもこの人達は、道を踏み外した人達じゃないですか……。


「椿ちゃん、ごめん。この人達は私がやるから、あなたは――」


「ん? おい、待てや。そいつが対応したんなら、そいつに最後までやらせるのが筋とちゃうんけ? あ? 儂等の顔見て慌てるたぁ、どういう了見じゃ?」


 その人達を見た珠恵さんが、咄嗟に僕のフォローに入ろうとしたけれど、派手な衣装のスキンヘッドの人が、僕を見てから珠恵さんに視線を移し、少し威嚇気味でそう言ってきた。


 しまった……よりにもよって、こんな人達までお店に来るなんて。


 だけど、珠恵さんはそんな事一言も言っていなかったし、もしかして、こういう人達がここに来るのって初めてなのかな?

 そう思って、僕は恐る恐る珠恵さんに視線を移すと、若干顔色が曇っていた。予想通りだったみたい。


「ごめんなさい。この店に、こういう人達が来るのは初めてだわ。とにかく、あんまり怒らせないようにしないといけないから、こうなるとあなたにやって貰うしか無いわ。大丈夫よ、私達も出来るだけフォローはするから」


「は、はい。分かりました……」


 確かにこの人達は、怒ると何をするかは分からない。


 ただ、おじいちゃんから聞いたんだけれど、こういう人達って今、暴力沙汰を起こしちゃマズい立場になっているんだよね。

 そんな事をしたら、警察が絶好のチャンスとばかりに、あっという間に組織を崩しにかかるんだったっけ。


 だから、こんな所で迂闊な事は出来ないはず。そう、ちゃんと接客をすれば大丈夫!

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