第伍話 【1】 存在しないはずの部署「捜査零課」

「椿ちゃん~これお願い~」


「は~い!」


「お~い、椿ちゃん~こっち注文お願い~」


「あっ、はい! 少々お待ち下さい!」


 開店してからお客さんが入り出し、最初はそれこそソコソコかなぁ……と思っていたら、1時間と経たず、ほぼ満席になりました。


 居酒屋のお店の中を、僕はあっち行きこっち行きして、忙しなくお客さんの対応に追われている。


 何でこうなったの?? 原因が良く分からない。

 とにかく、注文を取ったり料理を運んだりは、もう全部僕がやっています。


 もう1人も居るんですけどね、狸の尻尾のお姉さんがさ、それなのにさ――


 何で僕ばっかり呼ぶのかな?!


「何で、何で椿ばっかり……何で私がこんな」


 それから、美亜ちゃんは厨房で洗い物係に変更です。

 その後から、ずっとブツブツ文句を言っている。だけど僕だって、この原因を知りたいですよ。


 最初はさ、美亜ちゃんも一緒に注文を受けていたんだ。それなのに、何か対応を失敗したのかな?

 いや、白狐さんと黒狐さんに教えられたように、僕と同じ対応をしていた。いったいどこでこんな事に?


「はぁ、はぁ……て、店長。何で、こんな事に? お客さんが、皆僕に……」


 これは流石に、僕1人では厳しいです。


 ちょっとだけ流れが収まったので、その隙に、カウンター近くに居る珠恵さんに若干文句を言っています。


「う~ん、予想以上だったわね~」


「えっ? な、何がですか?」


 僕は首を傾げながら、珠恵さんに聞いた。

 何が予想以上なのか、美亜ちゃんと何が違うのか、そこが知りたかった。


『椿。ここは気に入った店員に、注文をお願い出来るシステムがあってな、キャバクラとまではいかないが、人気のある店員の出勤日を狙ったり、こうやってひたすらお気に入りの店員に、注文を取らせたりしている』


 そう言いながら白狐さんは、調理場とカウンター席の間にある、料理を置いておく棚に、軟骨の唐揚げを何個か置くと、僕にそう言ってきた。


「ありゃ? 白狐さん~今日は厨房かい? 残念だな~」


 そして店に入って来るお客さんからも、こうやって白狐さんに声を掛けたりしている。それは黒狐さんも同じで、そっちも意外と人気があるようです。


 人間には姿が見えない白狐さんと黒狐さんだけれど、今は人間達にも姿が見えています。実は、耳に例の勾玉を、ピアスの様にしてぶら下げていて、こうすることで人間にも見えるようになるらしいです。

 他の妖怪さん達もそうやって、色んな方法で人に姿が見えるようにしています。因みに美亜ちゃんは、尻尾にリボンを付けていました。


 それでも不思議なのが、僕も妖狐だというのに、それなのに常に姿が見えているんですよね。まだ人に変化させる妖術が効いているのかな?


『ふふ、ごめんなさいね。だけど、今日は私達の自慢の子を連れているから、その子を宜しくね』


「ん? ほぉ……ぉぉお。な、なる程。いや、しかしこれは……」


 あ~また始まった。

 来店して来るお客さんが、だいたい白狐さんか黒狐さん目当てだったり、珠恵さん目当てだったり、休んでいる店員さん目当てだったりするんだけれど、そんな人達でも、僕の姿を見るなり目の色を変え、僕を物色し始めるんだ。


 それでも、席に案内しないといけません。


「えっと、3名様ですか?」


「あぁ、いや、後で2人来る。だから、お座敷の方頼むよ。空いてるかな?」


「あっ、はい。空いております、こちらです」


 そう言って、そのお客様を案内しようと振り向いた瞬間。


「良いな……」

「ラッキーですね課長、これは目を付けておいた方が良いのでは?」

「いや、待て。部長の判断にもよる、まだ慌てるな。しかし、私はチェックしておこう」


 今日10人目ですよ、チェックされるの。いったいどうなっているの? 僕の何処が良いの?


「何で、何でよ……」


 そして美亜ちゃんはずっと、そんな事ばっかり呟いている。美亜ちゃんの方が、女性らしくて魅力的だと思うんだけどな……。


 その後僕は、その人達から注文を受け、他の2人が来てから料理を出して来て欲しいと、そう頼まれた。

 そこまで細かくするのも、このお店のやり方らしいし、それはそれでなかなか大変ですよ。


 だけど、注文を受け終わり、僕がそこから離れようとしたその時、厨房から白狐さんが凄い形相で睨んだ。

 僕も、お尻の尻尾とか耳とかは見えるようにしているから、まさか……。


「…………」


「あっ……や、その。その尻尾はどういう作りかな~って、あ、あはは」


 振り向いたら、その人と目が合っちゃった。


 すぐに尻尾の方に手を移したけれど、もしかしてお尻を触ろうとしてた?

 ここはそういうお店じゃ無いのに。気に入った娘に注文取らせる時点で、もう怪しいですけどね。


 すると、また集団でお客さんが入って来る。


「いらっしゃいま――っ?!」


 僕は咄嗟に来店の挨拶をしようとしたけれど、そのまま固まっちゃった。だって、見覚えのあるお客様だったからなんだ。

 2人の男性客なんだけれど、その内の1人が、あのホスト風の男性だった。


 以前、妖怪が連れ去った人達の中で、僕が助けた人。そして、お坊さんにボコボコにされていた時に、僕を助けてくれた人だ。


 何でこんな所に?


 そして一瞬、あの時のお礼を――と思ったけれど、僕は今成人女性に変化していたんだった。別人として接しないと怪しまれるよ。


「君?」


 その男性とは違う、もう1人の壮年の男性が、不思議な顔をしながら僕に声を掛けてきた。危うく不適切な対応をするところでしたよ。


「あっ、すみません。えっと、2名様ですか?」


「あぁ、カウンター席をお願い出来るかな? 出来たら、端の方が良いけれどね」


 そう言われて僕は、その2人をカウンター席の方へと案内する。そこに案内する間、そのホスト風の男性はずっと、僕を見ていた。


 もしかして、バレてる? 容姿は成人でも、顔や雰囲気は変わってないだろうからね。


 そして席に着くや否や、その男性が真っ先に、僕の耳元に小声で話しかけきた。


「君、もしかしてあの時の?」


 ただ、耳元って言っても狐の耳にですからね。言っておくけれどその行動、とても不自然ですよ。この耳は付けている設定なんです。


 そしてやっぱり、僕の事はバレていました。


 向こうは妖怪の事を知ってしまっているから、誤魔化しても意味はないかも知れないですね。

 だからゆっくりと頷いた後、僕は口元に指を当て、知り合いとは言わないようにとメッセージを出した。そうしないと、この人が危ない人になっちゃうからね。


 だけど、次のその男性の言葉で、僕は顔面蒼白してしまう。


「ん? 杉野すぎの、そいつと知り合いか?」


「あっ、はい。この前、木屋町で起こった事件。それを解決してくれた娘です」


「ちょっ――!」


 壮年の男性が目上だろうけれど、だからって素直に言わないで――って、事件??


「あぁ、済まない。あの時は、こっちが自己紹介する間も無く、君達が去って行ったからね。実は私は、こういう者なんだ」


 そう言われて出されたのは、何と警察手帳。そしてそこには『捜査零課』と書かれていた。


「??」


 僕の頭の中はハテナマークでいっぱいです。


 あ、名前は杉野純哉すぎのじゅんやですか。

 ホスト風の格好をしているから、てっきりホストの人かと思ったのに、刑事って聞いてビックリです。


 そして、存在しないはずの零課……いったい何ですか、これは。


「あら~刑事さん、お疲れさんです。また事件の捜査ですか?」


 僕が中々注文を取らないから、それを注意しに来た珠恵さんだったけれど、原因が分かって納得したようで「後は任せて、他のお客さんをお願い」と小声で指示をされました。


 ―― ―― ――


「ねぇ、さっきの男、あの時あんたを助けに入った奴よね?」


「美亜ちゃん、あの時意識あったんだね」


 お客さんの洗い物を厨房に運び、流しに順番に入れていく僕に向かって、美亜ちゃんが話しかけてきた。


「あの時は朦朧としていて、あんまり分からなかったけれど、あいつ多少妖気を発しているわよ」


「うん、僕も今気が付いた。つまり、半妖の人だったんだ」


 いったいどんな半妖なのか気になるけれど、今はお仕事お仕事。またお客さんが僕を呼んでいる。

 あっちの方は、刑事同士の聞いたらいけないお話だろうし、余り聞かないようにしないとだね。


「椿ちゃ~ん。それが終わったら、ちょっとこっちに来てくれる? 杉野さんがお話があるんですって」


「えっ、あっ、はい」


 あれ? もしかして、あの時の事を聞かれるのかな?


 だって、あの人達がどんな事件を扱っているかは、簡単に想像が出来るからね。半妖の人に、存在しない捜査課。

 そこが、妖怪に関連した事件を扱う部署というのは、容易に想像出来るよね。


 それにしても……そんな人達が僕に話があるって、いったい何かな?

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