第肆話 居酒屋「艶」

 夕暮れ時の四条通り。

 そこから少しだけ、路地の方に入っていった所にある大衆居酒屋。ここが、妖怪が経営している居酒屋だそうです。僕達は今、その前に来ています。


 それと、あの後なんだけど……男の子か女の子か、その判断はゆっくりで良いと、おじいちゃんはそう言ってくれた。だから僕は、じっくりと考える事にしました。

 とにかく今は、この任務に集中しないとね。そう思いながら、僕は居酒屋の看板を眺める。


「コスプレ居酒屋『えん』?」


「そっ。カモフラージュの為に、そういう店の名前にしてるんだって。だけど、コスプレって程のコスプレでは無いわよ。ただ耳と尻尾を付けているだけ。私からしたら詐欺よ」


 その前に、このコスプレ居酒屋って言葉、どこかで聞いたような気がする……。

 でもこれなら、尻尾や耳があってもコスプレって事で誤魔化せるね。こんな事、よく考えたものだね。


「それはそうと椿。あんた、胸もうちょい何とかならなかったの?」


「えぇぇ……そこ?」


 美亜ちゃんが、僕の胸ばかりジロジロ見てくる。今僕は、変化で大人の姿になっています。


 実はとっくに、変化は使えるようになっていたんだよ。影の操が使えるようになってからね。

 だけど、特に利便性を感じていなかったから、今まで使っていなかったんだ。


 異性に変化できたら別だけれど、前に言ったように、人型の妖怪である僕は、異性への変化が出来ません。

 だから、使える変化はこうやって、大人になったり子供になったりと、白狐さん黒狐さんのように狐の姿になったりです。


「う~ん。美亜ちゃん達が大きすぎるんだよ」


 違和感が無いようにと、僕は女子大生くらいの容姿に変化し、胸は少し主張するくらいに抑えておきました。

 だって、大きすぎたら大変そうだったからね。でも美亜ちゃん達は、それが気に入らないようで、何故か僕に文句を言ってくる。


「大きい方が受けが良いに決まってるでしょ!」


『確かにな。無いよりはある方が、男受けはする』


『そうそう。だから、椿ももうちょっと大きくしな』


「嫌です」


 僕みたいな幼顔で巨乳とか、男の願望が詰まった容姿になんか、絶対にしませんよ。


「それよりも。家でも言ったけどさ、未成年の僕がこんな変化で、年齢を誤魔化して働くなんて、それこそ違法なんじゃ無いの?」


 何としてもその話題を変える為、僕は気になっている事を3人に聞いてみた。

 だけど美亜ちゃんだけは「何言ってんのこいつ?」的な顔をしてきましたよ。


「私達は妖怪よ、人間の法律が当てはまる訳ないでしょ?」


「えっ、あっ、いやでも……妖怪の法律とかで、そういうこと決められていたりしないの?」


「あるにはあるけれど、そんな厳密なものじゃないわよ。妖術を使えば、立派な妖怪として働く事が出来るのよ。そんな事言ったら、あんた既にライセンス取って、妖怪退治してお金貰ってるでしょ?」


「あっ」


 そうか……働いてお金を貰うという事を、僕は既にやっていました。

 人間の法律どうのとか、妖怪の法律どうのって、違法だったらとっくに捕まっていましたね。


「というかさ、何で私がそれを説明しなきゃならないの? 保護者が居るでしょう。そっちに狐の保護者が!!」


「ひててて、ごめんごめん。ひゃなして美亜ひゃん!」


 両方のほっぺを引っ張らないで! しかも、別に僕のせいじゃないよね? 白狐さんと黒狐さんが説明しないからじゃん!


『いや……私達は、椿を嫁に出来れば良いから、別にそこまで知って無くても良いと思って』


『白狐の言う通りね。別に、愛でてるだけで良かったから』


「甘やかすな!!」


「ちょっと美亜ちゃん、今店の前だしさ、あんまり騒がない方が良いよ」


 ほら、通行人が何の騒ぎだって、集まって来ているからね。お店の人だって、何事だって顔してるじゃん!


「あなた達……もしかして、今日お店を手伝ってくれる方? って、あら~白狐さんと黒狐さん。ご無沙汰」


 すると、騒ぎを聞いた店員さんが、店の入り口から出て来ました。

 でもその人は、僕と同じ狐の耳と尻尾をした、妖美な女性だった。うわ……尻尾が9つもあるよ、この人。


『あぁ、今日は宜しく頼むぞ珠恵たまえ


「ふふ。こちらこそ、白狐さん。お2人が来られるとは思わなかったから、助かるわ~」


 そういえば白狐さんと黒狐さんは、何回かここで働いた事があるんですよね。砕けた様子で、出てきた女性と会話しているよ。


『この人は、店長の珠恵。私達と同じ妖狐、しかも九尾ね。珠恵。この2人も、今日は手伝いと言う事で扱き使ってくれ』


 そう言いながら黒狐さんは、僕達に挨拶するようにと促してくる。


「金華猫の美亜よ、宜しく」


「あっ、えっと。妖狐の椿です、宜しくお願いします」


 美亜ちゃんもちゃんと、お辞儀をして挨拶をしている。

 やっぱり美亜ちゃんでも、こういう時はちゃんとしているんだ。いつもはガサツなのに……とか思いながら見ていたら、美亜ちゃんに睨まれたよ。


 でも、その店長の珠恵さんは、美亜ちゃんを見た後に、僕をじっと見ていた。


「ふ~ん。そっちの子はちょっとアレだけれど、あなた……ふふ。宜しくね、椿ちゃん。私の方が色々と“先輩”だから、困った事があったらいつでも頼ってね」


「??」


 いったい何の事を言っているのか謎です。

 妖狐としてですか? でもそれは、白狐さんと黒狐さんが居るからね、そうでも無さそう。


『ほら、開店までに覚えておく事があるから、急いで着替えるぞ』


 そのまま白狐さんに背中を押され、僕達は店の中に入って行く。


 ―― ―― ――


 お店の中は、他の従業員さん達が開店の準備に追われていた。

 でも良く見たら、店長合わせて3人しか居ないんだけれど……大丈夫なのかな?


 その店内は、テーブル席がいくつかあり、更にはカウンター席がL字型に備え付けられ、奥には宴会が出来そうなお座敷もある。


 それから、ここは2階もあって、そこは大宴会場になっているそうです。

 意外と本格的な居酒屋ですね。広さもそこそこあるので、繁忙時は忙しくなりそうです。


「本当に助かったわ~いきなり5人も風邪でダウンしてね、慌ててセンターにヘルプを依頼したのよね~」


 珠恵さんが、カウンターに入りながらそう言ってくる。

 その後ろには男性の料理人さんが居て、1人で一生懸命料理を作っていた。でもやっぱり、尻尾はあるね。犬みたいな尻尾が。


 それにしても、5人もダウンですか……ここ最近、いきなり暑くなったからね、体調を崩すのもしょうが無いと思う。

 特に厨房とかは暑そうで、料理人の男の人は、額に汗を流して必死で作業していた。


 こんなの、倒れてもおかしく無いんじゃないかな?


「白狐さんと黒狐さんは、今日は調理補助に入って貰おうかしらね。あとの2人は接客業務ね。着替えは従業員室にあるから、着替えたらここに戻ってきてね~」


 カウンターから、珠恵さんがそう指示を出してくる。

 その前に、白狐さんと黒狐さんって料理出来るの? 補助だから、そんなに難しい事はしないのだろうけれど、それでもやっぱり多少は出来ないと駄目ですよね? ちょっとだけ心配です。


『そんな不安そうな目で我等を見るな、大丈夫じゃよ』


「本当かな?」


『そんな事よりも、2人の方が大変だから気をつけるんだよ。一応、お尻は触れないようにね』


 黒狐さん、最後に不吉な事を言いませんでした?

 ここに来るお客さんって、全員人間だよね? 一部妖怪とかじゃ無いよね? あっ、でも……あり得そうで怖いな。


 それと、さっきから美亜ちゃんが、ブツブツと何か呟いてばっかりなんだけれど……。


「納得いかない。何で椿ばっかり目を付けられるの」


 どうやら、また美亜ちゃんの対抗心に、火を付けちゃったかも知れないです。


 僕はそんなつもりは無いのになぁ……。

 とにかく、美亜ちゃんの事は一旦気にせずに、僕達は従業員室に向かい、そこで制服に着替えた。


 だいたい居酒屋の従業員の制服って、どこも似たようなものが多くて、茶色を基調とした作務衣なんだけれど、ここのは少し可愛らしくアレンジされていて、花柄が入っていた。

 これに、腰の辺りに白いエプロンを付ければ、尻尾と耳が映えて、何とも不思議な容姿になるね。


『ふむ、似合ってるね、椿』


「あ、ありがとう。白狐さん」


 普段とは違う、大人の姿でこの格好を褒められると、ちょっと恥ずかしいや。


『それじゃあ2人とも、接客とか雑用とか、ここで2人がやる仕事を簡単に教えておくね』


「はい! お願いします!」


 あ、あれ? 白狐さんと黒狐さんが女性の姿で、居酒屋の店員さんの格好をしているからかな?

 この格好をしてから、身が引き締まるような感じがして、バイトの新人さんって気分になっちゃうね。


 そっか、新人さんってこんな感じなんだ。

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