第弐話 【2】 疑惑の人物
生徒会室のドタバタは、一旦収まったみたい。
僕は会長の向かいに座り、両隣をカナちゃんと、人型になった美亜ちゃんが、僕を守る様にして座った。
ありがたいけれど、会長は既にカナちゃんの火車輪に捕獲されていて、全く動けない状態だから、多分大丈夫だと思うよ。
「さて、椿君。君を呼んだのは他でもない、生徒会に入ってくれと言うのもだが……1つ、君に頼み事をしたいのさ」
「頼み事ですか?」
僕は首を傾げ、会長に聞き返す。
頼み事は校長先生に言ってくれれば、こうやって直接僕に言う必要は無くなるんだけど……。
「そう、これは八坂校長にも言い辛くてね。そんな難しい事では無いよ、ちょっと探って欲しいだけのさ、ある生徒をね」
何でこんなに勿体ぶった言い方をするんだろう。だけど良く見たら、会長が何だか凄く言いにくそうなんですよ。
「イライラする話し方ね。早くその人物まで言っちゃいなさいよ」
「美亜ちゃん。会長は会長なりに、気を遣っているんだニャ」
「どういう事よ、凛。気なんか遣わなくても――」
「僕の知っている人……ですか?」
こうなったら、僕の方から切り出さないと。このままだと、美亜ちゃんと凛ちゃんで喧嘩しそうです。
「うん。しかも、君がその姿になる前からだ。その生徒を調べていると、そいつがこの学校の事を、滅幻宗の奴らに密告していたようだし、学校の結界もね、そいつが解いていたんだ」
「そんな……それだったら、その生徒も滅幻宗と?」
「関わりがあると見て良いね」
僕はショックを隠せず、そのまま呆然とした。
だって、この学校の生徒なんでしょ。校長先生すらも騙すなんて、かなりの優等生で――って、まさか……。
「赤木会長……その生徒って」
「お察しの通りだ。その姿になる前から君と関わりがあるなんて、そんなの1人しか居ないだろう。いや、向こうから無理やり関わっていた、と言ったら良いかな?」
「湯口、先輩……」
カナちゃん達半妖や、他の妖怪さん達を除くと、普通の人との関わりなんて僕には殆ど無い。
しかも、いじめられていた時から関わっていたのは、その人たった1人しかいない。
湯口靖先輩は、いつもいつもいじめを受けていた僕を、何かと気に掛けていた。
だけど、僕が元々女の子だったって事が、学校中の人達に知れ渡ってからは、湯口先輩は僕の元に姿を現していない。
「君なら、彼から何か聞き出されるのではないかと思ったのだけれど……どうかな? もしかしたら、君の身に危険が及ぶかも知れない」
赤木会長は、真剣な眼差しで僕を見てくる。それだけ、この状況が切羽詰まっているという事なんだね。
それだったらやるしかないし、最近何で僕を避けているのか、それも聞きたいからね。
でもその答えは、僕が想像している通りだと思う。それでも――
「やります」
あの人から直接理由を聞きたかった僕は、その頼み事を引き受ける事にした。
「そうか、良かった。では、生徒会の方にも――」
「あっ、それは丁重にお断りします」
「即答?! な、何故!」
「何故って、ねぇ……その答えの人に言われてもですよ」
だから僕は、目を細めて無言でただじぃ~っと会長を睨み、自分で気付いてくれるようにしてみた。
すると、僕のその視線に気付き、赤木会長は納得したような顔をしてくる。
「あぁ、なる程。僕の
本日2回目の、白狐さんと黒狐さんの机による迎撃をくらい、赤木“変態”会長は完全に伸びてしまいました。
何で中学生なのに、このレベルの変態っぷりなの? 半妖だから? 垢舐めだから?
僕が信じられないものを見るような目で見ていると、倉本さんが僕に話かけて来る。
「椿先輩、大丈夫だニャ。僕や牛元先輩が、絶対君に指を触れさせないようにするニャ」
「えっ? せ、先輩って?」
「何驚いているの? あんたの事でしょうが、凛は13歳で中学1年、あんたの方が上でしょう?」
凛ちゃんって、僕よりも後輩だったんだ。しかも、自分の事を言う時は僕って、それってなんだか色々と被っているような……。
でも、そんな子なのにこの危ない生徒会に居る。もしかしたら、牛元先輩が止めているのかも知れないね。
そしてさっきの言葉が本当なら、とりあえずは安全なのかな。それに情報収集の為にも、この生徒会にいる利点はある。あるんだけれど……。
『これ以上俺の椿に色目を使うようなら、その舌引っこ抜いてやるからな!』
『黒狐よ手緩いぞ、口が開かぬように封印してしまえ』
この2人がいると、どうしてもこうなっちゃう。とにかく、どっちも物騒な事は言わないで下さい。
僕の事を大切に思ってくれているのは嬉しいけれど、やり過ぎる時があるんですよ。
とにかく、この赤木会長が居る限り、生徒会に入るのは躊躇ってしまいますね。
だからカナちゃんは、生徒会に入るのを断ったし、僕にも用事が終わったら直ぐに帰るようにと、あの時促していたんだね。
今だって、カナちゃんは立ちながら貧乏ゆすりをしていて、今すぐにでもここを出て行きたそうな、そんな顔をしているよ。
「あぁ、直ぐに返事をする必要は無いですよ。じっくりと考えて下さいね」
すると今度は、牛元先輩がそう言いながら、僕に笑顔を向けてきた。
そういえばこの人は件の半妖だから、この後僕がどうするかなんて、そんなのもう分かっているんじゃないのかな?
「あ、あの、牛元先輩。もしかして、この後僕がどうするかって知ってて……」
「あら、件の力でって事? 残念ながら、私は妖怪の血がそんなに濃くは出なかったのよ。だから、私が分かる未来は、明日の天気だけよ」
一応、明日の天気も未来の事ではあるけれど、その力はかなり弱いということなんですね。
ただ牛元先輩は、凄く残念そうな顔をしながら言っている。本当は、もっと力が欲しかったのかな?
「因みに僕は、木登りが得意だニャ。それと、真っ暗でも周りを確認出来るニャ」
「凛、あんたは黙ってなさい……」
確かに、それは“普通”の猫の能力だね。
そして美亜ちゃんは、凛ちゃんを黙らせる為に、目の前にカマボコを放り投げました。美亜ちゃんってば、どこにかまぼこを忍ばせていたんだろう……凜ちゃんが一目散にカマボコにかじり付いたよ。
「あの、もう僕は帰っても良いかな?」
「そうしましょう、椿ちゃん。用事は全部終わっているみたいだし、これ以上ここに居ても意味ないわ」
カナちゃんもカナちゃんで必死だよね。どれだけ僕に、この生徒会室に居て欲しくないって思っているんだろう。
でも確かに、その気持ちは凄く分かるよ。こんな所、一分一秒も居たくない。
だって……よくよく部屋を見渡すと、とてもここでは言えないような、とんでもない道具の数々が飾られているもん。
その殆どは固定具だけれど、それが卑猥過ぎるんです。その形や、固定の仕方などがね。
校長先生……お願いですから、この生徒会に処分を与えようよ。
「ねぇ、カナちゃん。生徒会の状況、校長先生に報告した方が良いかな?」
「そうね、そうしましょう。以前より酷くなっているし、流石に報告しておかないとね」
中でまだ色々と騒いでいる、その危ない生徒会室を尻目に、僕はカナちゃんと一緒にその場を後にした。
その様子に気付いて、美亜ちゃんも急いで着いてきたけれど、白狐さんと黒狐さんは未だに赤木会長を痛め付けていた。
シメてますよね? ねぇ、それシメてるよね。
何だか目が怖いんだよ「俺の嫁に何をする!」って言う目だよね……。
あれは止めた方が良いんだろうけれど、牛元先輩が、横から変な道具を2人に渡しているからさ、何だか良く分からなくなってきちゃった。
「やれやれ……椿、あんたの周りにはこんな変な奴らしか集まらないの?」
「うぅ……やっぱり、皆変なんですね」
自覚が無かったわけではないけれど、妖怪ってこんなもんなんだって、そんな風に思っちゃっていました。
そうですか、やっぱり妖怪でも変なんですね。
肩を落としながら生徒会室を後にし、僕達が校門に向かう途中で、ようやく白狐さんと黒狐さんが後を追いかけて来ました。
『椿よ、安心せぇ半殺しにしておいた』
『あんな変態野郎が生徒会長とはな、この学校危ないぞ』
その報告は要らなかったよ。やっぱり、あとで謝っておかないといけません。
「白狐さんと黒狐さんも十分変態です。こんな僕を嫁にするって言ってるもん」
僕がそう言ったら、白狐さんと黒狐さんが同時に驚いた。そんなに驚く事かな。
だけどそれよりも、明日は湯口先輩に事情を聞かないと。
最近話をしていないし、なんだか気まずいけどね……って、あれ? 最後に話したのって――
「あぁぁ!!」
「ど、どうしたの?! 椿ちゃん?」
僕が大声を出したから、カナちゃんが凄い心配をして来ました。だけどそれよりも、僕は完全に忘れていたんです。
最後に湯口先輩と会ったのって、この姿になった直後。僕の肩に手を置かれた、あの時だ!
「ぼ、僕……湯口先輩にこの姿、見られている……」
「「あっ!!」」
白狐さんと黒狐さんも、今思い出したようです。
これって実は、とんでもない事なんじゃ無いの?
だって湯口先輩は、滅幻宗と関わりがあるかも知れなくて、滅幻宗は妖怪退治をする一派。
何故か僕だけは捕まえようとしてくるけれど、他の妖怪は殺そうとしてくる。
つまり……僕が妖怪だって事は、あの時から既にバレている可能性があるし、話しかけて来なかったのも、それが原因なんじゃないの?!
「ど、どうしよう……」
僕が湯口先輩に探りをかけるなんて、そんなの無理なんじゃないの?
その前にだよ、話しかけてしまったら最後、僕を捕まえようとしてきたり、白狐さんと黒狐さん、カナちゃんや美亜ちゃんを殺そうとして、いきなり襲って来るかも知れない。
今は向こうの方が距離を取っているから、まだ大丈夫なのに、こっちから近づいていったらそれこそ自殺行為。
本当にどうしよう……。
だけど、学校に居る半妖の人達を守るためにも、もうやるしかないよ。
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