第弐話 【1】 危ない生徒会

「生徒会が、僕に何の用なんだろう?」


 その日の放課後。

 お昼休みの放送で、僕は生徒会の人達に呼び出されてしまい、生徒会室に向かっています。


「良い? お昼休みにも言ったけれど、用事だけ聞いたら直ぐ帰るわよ」


 そして呼び出されてからずっと、カナちゃんはこんな風に僕に話しかけてくる。

 生徒会と言うだけで、カナちゃんがやけに不安顔になるから、僕も不安になって緊張してしまうよ。


「カナ、あんた何だってそんなに嫌がってるのよ?」


「いや、その……出来たらね、生徒会なんかと関わって欲しくないのよ」


 美亜ちゃんも不思議がっているよ。それだけ厳しい所なのかな?

 だけど、カナちゃんの言葉を聞く限り、そんな感じでも無さそうなんです。


 それだったら、カナちゃんをここまで嫌悪させる生徒会って、一体何なんだろう……。


『安心せぇ。椿に何かしようものなら、我等が止めてやるわ』


 当然だけれど、僕の両サイドには白狐さんと黒狐さんも居る。

 後ろにいる美亜ちゃんの魅了術も案外使えるし、カナちゃんだって妖具を使えば戦える。大丈夫、これだけ居たら何も心配する事は無いよね。


「着いた……生徒会室」


 北校舎の3階。そこにある生徒会室にたどり着き、神妙な面持ちでその扉の前に立った。そして、僕はその扉に手をかけた。


「良い? 開けるよ」


 僕の言葉に、後ろに居る皆がゆっくりと頷く。そして、恐る恐るその恐怖の扉を開いた。


「し、失礼します……」


 中は空き教室で、その真ん中には机が四角になるように囲われ、そして扉から見える位置には、誰かが座っていた。


 その人が、僕達が扉を開けた瞬間に口を開く。


「やぁ。良く来たね、椿君。早速なんだが、君の体の垢をナメナメさせ――」


「失礼しました」


 間違えた、ここ変態室だよ。生徒会室じゃない。


 咄嗟に扉を閉めたけれど、眼鏡を掛けた優秀そうな生徒が、長い舌を動かしていたのが見えた。


 妖怪? どっちにしても、退治しなきゃならないのかな?


「椿ちゃん、大丈夫。間違ってないから。ちゃんと私が止めるし、用事だけ聞いた方が良いわ。一応この生徒会、校長から色々と権限渡されているから、断ったら断ったで面倒くさい事になるよ」


「えぇぇ! それじゃあ、さっきのは?!」


 もう鳥肌が立っていて、この部屋の中に入ることを体が拒否しているんだよ。それだけ、あの生徒の視線が気持ち悪かったんだ。


 すると、扉に背を付けていた僕の背中が、急にその支えを失い、バランスを崩しそうになった。どうやら扉が開けられたみたいです。


「うひゃ……っぁああ! 止めて止めて!」


「あぁ、もう……ほら会長。あなたのせいで怖がっていますよ」


「えっ?」


 さっきとは違う、優しげな女性の声が後ろから聞こえてきました。咄嗟に逃げようとしていた僕は、そのまま動きを止めちゃいました。


 そしてゆっくりと後ろを見ると、そこには別の女子が扉を開けていました。

 殆ど閉じているんじゃないかと思うほどの細目で、ウェーブのかかったロングヘアーをしている。


 それと、胸が凄いや。中学生なのに、どれだけあるんだろう。歩く度に揺れてるよ……信じられない。

 そのせいなのか、この人は中学生とは思えない位に、母性溢れる雰囲気を醸し出していた。


「お待ちしていました。さぁ、どうぞ。身の危険はありませんので、ご安心を」


 その女子に促されたので、僕は再びその教室に入って行く。

 対応もどこか大人びていて、この人本当に中学生なのか疑問になってくるよ。


「いや~さっきはすまない。怯えさせるつもりは無かったんだけど、素晴らしい妖気を感じるとね、つ――っ?!」


「“つい”じゃ済まされないわよ。次に椿を怖がらせたら、その舌引っこ抜くわよ」


 いや……カナちゃんってば、いつの間にその人と距離を詰めていたの?

 気づいたら、カナちゃんが火車輪を広げていて、さっきの男子の口元に近づけていた。


「……わ、わかった! 分かったから。その物騒な物を片付けてくれ、辻中さん」


「えっ? カナちゃん知り合い?」


「私も1度ね、呼び出されたのよ。生徒会に入らないかって。椿への用事もそうでしょ?」


 僕の言葉にカナちゃんは答え、そして火車輪を引っ込めると、僕の元に戻って来た。

 ついでに、その隣の席にも誰か居るけれど、何て言ったら良いのだろう……机の上で丸まって寝ているよ。まるで猫みたい。


「ふっ、その通りだ。椿君の活躍を見てね、是非ともこの生徒会に入って欲しいと思ったのさ。生徒を、半妖を守る為に行動している、我ら生徒会にね」


「は、半妖ってまさか!」


 つい大声を出してしまったけれど、その前に気付かないとおかしかったね。


 カナちゃんはさっき妖具を出していたのに、この人達は驚いていなかった。

 つまりそれは、妖具の事を知っている。それだったら、半妖の事も知っていて当然じゃないか。


「そう。僕は会長の赤木宗二あかぎそうじ。そして、同じく3年の副会長である――」


牛元清美うしもときよみと言います」


 そう言いながら、さっきの温和な女子が会長の傍に向かうと、軽くお辞儀をして自己紹介しました。

 そのまま牛元先輩は、机の上で寝ている子を起こそうと、その体を揺すっているんだけれど、全く起きないですね。


「それと、その寝てる子も半妖さ。見れば何の半妖かは分かるかも知れないね。因みに僕は『垢舐め』の半妖さ」


 さっきの長い気持ち悪い舌って、そういう事だったんだ。あれで垢を――うわ……鳥肌が。


 この赤木会長、見た目は本当に優秀そうに見えるんです。真面目な雰囲気で、髪なんて七三分けでキッチリしているのに、中身が非常に残念でした。


「あら……でも、おかしいわね。垢舐めって言ったら、風呂桶やお風呂場の垢を舐めるんでしょ? 人の垢を舐めるとか、そんなの聞いたこと無いわよ」


「おおっ、なんと綺麗な毛並みの金華猫だ。妖気がそんなに無くても、是非ともナメナメさせ――ふがっ?!」


「フー! フー!」


 あぁ……美亜ちゃんの引っ掻き攻撃が、会長さんの顔面に炸裂しちゃったよ。

 いったい何なんですか、この人は。ここの校長といい、生徒会長といい、変な人ばっかりだよ。


「はは……いや実は、僕は気付いてしまったのさ。お風呂の垢よりも、妖気を持っている妖怪の体の垢の方が、妖気を補充出来て、尚且つ美味であると。そしてその中でも、特に美味なのが――」


 赤木会長のテンションがドンドン上がっていますよ。変な事を言う前に、口を封じた方が良いかも……。


「女性の恥――ゴフッ?!」


「「言わせるかぁ!!」」


 その最悪の単語が飛び出る前に、今度は白狐さんと黒狐さんが、狐の姿のまま同時に机を蹴り飛ばし、赤木会長を黙らせました。


 うん……今のは最悪ですね。


「会長、今のは会長が悪いです。それと、私がいつも舐めさせて上げてるじゃないですか」


 そう言うと、牛元さんが頬を赤くした。

 体だよね? 腕とか足とか、その辺だよね。むしろそうであって欲しいです。


「それよりも、こいつが黙っている間に聞いときましょう。あんたは何の半妖?」


 そして至って冷静な美亜ちゃんは、牛元さんに向かってそう言いました。因みにカナちゃんはというと、会長を火車輪で縛っています。火は出さないで上げてね。


「そうでしたわね。私は、くだんの半妖です」


「えっと……件って言ったら」


 人面牛体で、未来を語る妖怪だったような……ということは、この人未来が分かる能力を持ってるの?


「ふ、ふ~ん……だからね。牛の妖怪だから、それだけ大きな胸だって言いたいのね」


 あれ? 美亜ちゃんは別の所が気になっていたようです。

 でもそれって、関係無いんじゃ……件って別に、乳牛では無いよね。美亜ちゃん。


 それなのに美亜ちゃんの視線は、さっきから牛元さんの胸にばかりいっている。


「あら、あなた。猫の姿だから分からないけれど、まさかぺったんこ?」


「う、うるさ~い!!」


 胸の話は美亜ちゃんには地雷でした。まるで猫が威嚇しているみたいにして、必死になっちゃってます。


「ん~……うるさいのは美亜ちゃんの方だニャ」


 すると、美亜ちゃんの声で起きたのか、丸まって寝ていた子が起き上がり、大あくびをしながらそう言ってきました。

 ついでに僕は、その子の独特な雰囲気に驚いてしまったよ。何と言うか……半妖だからって、ここまで猫っぽいのは大丈夫なのかな。


 その子は八重歯が特徴的な子で、ショートヘアの黒髪は良いんだけれど、目が猫の瞳になっていて目立っていた。


「あ、あんた。何でこんな所に?」


「何でって、ここの生徒だからだニャ」


「あれ? 2人は面識あるの?」


 僕が不思議そうな顔で2人を見ていると、美亜ちゃんがそれに気づき、その子の紹介をしてきました。


「ごめんなさい、こっちも驚いたわ。この子は私の従姉妹なの、名前は――」


倉本凛くらもとりんだニャ」


 えっと、ツッコんだ方が良いのでしょうか?


「その、語尾は何で『ニャ』なの?」


「猫だから」


 そのまんまの答えが返ってきました。

 しかも体毛は無いのに、毛づくろいみたいな動きまでしちゃっているよ。


「凛はね、カナ以上に妖怪の血が濃く出ちゃってるのよ。そして見て分かる通り、片方の親が私と同じ、金華猫なのよ」


 半妖にしても、妖怪の特徴がこんなにもハッキリと出ちゃっていて、この人は色々と大変だったんじゃないのかな?


 だってさ、その子の手足を良く見てみると、至る所が生傷だらけだもん。


 そして、生徒会室に居たのはこの3人だけでした。それなら、そろそろ僕を呼んだ理由を聞こうかな。


 カナちゃんが言っていた事だけなら、他の生徒が居る時でも問題は無かったはず。

 つまり、ライセンスを持つ妖狐の僕に、何か頼み事があると見ていいと思う。


 体の垢だけは絶対舐めさせないけどね。

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