第拾弐話 【2】 仲直り

 僕は、誰かに自分の裸を見せたことは無い。


 里子ちゃんとは、たまにお風呂とかに入っていたけれど、その時もしっかりとタオルを巻いていましたよ。本当は駄目なんですけどね……。


 だけど今、僕は一糸まとわぬ姿でお風呂場に引きずれ、シャワーの前に座らされています。もちろん、里子ちゃんが僕の体をしっかりと洗う為だけれど、鼻血出てますよ。

 里子ちゃんは女の子が好きなんだね……そうなると、夜は気を付けないと。


 そしてもう一つの問題は、その隣でジッと僕の体を見つめる美亜ちゃんです。


「さ、里子ちゃん! 美亜ちゃんが見てるから、こ、これ以上は……」


「え~もうちょっとだけ~あとは椿ちゃんの大事な所を――」


「そこは自分でやるぅ!!」


 自分でやるとは言ったけれど、そこもまともには触った事ないんだよ。

 やっぱり恥ずかしいし、それだけは絶対に慣れたら駄目だと、自分にそう言い聞かせている。


 だって慣れてしまったら、僕はもう完全に女の子になってしまう。いや……元々が女の子だったから、正しくは女の子に戻っちゃうだね。


 でも、それが自然なのかな?


 こんな風に、男の子としての心が、今の僕を否定している事が不自然なのかな……。


 僕にかけられた強力な妖術。

 記憶と共に、女の子の性を封じてしまうという妖術。これがかけられているというのが、不自然極まりないんだ。


 僕はいったい、何を見てしまったの?


 何を知ってしまったの?


 それを知るのが怖い。

 だけど、今の状態はもっと駄目。それなら、いったい僕はどうすれば?


「な~に考え事しているのよ」


「うわぁ?!」


 突然過ぎてびっくりしたよ。

 美亜ちゃんが僕の胸を揉んできたんだけれど、何というか……その揉み方がいやらしかったんだよ!


「全く……女の子は『きゃぁ』って言うのよ。さっきその子から聞いたけれど、あなた強力な妖術で、つい最近まで人間の男子にされていたのよね? 何で言わないのかしらね」


「えっ、いや。だって、その……」


「こ~んな面白い奴、他に居ないじゃない。虐めがいがあるわ~」


「こうなるから嫌だったの~!!」


 必死に抵抗しても、体に力が入らない。

 美亜ちゃんがまた、僕に魅了術を使っているのかな。もう完全におもちゃ扱いです。


「それに、私より胸が大きいのも許せないわ」


「大きいって、これ標準だよね?!」


「ほほぅ、私がぺったんこ過ぎるって言いたいのね」


「あっ、しまった……」


 美亜ちゃんの胸は、その……断崖絶壁になっていて、本人はそれを凄く気にしている。

 そうなると、僕の今の言い方は完全に失敗でしたよね。手に力が入っているから分かるけれど、美亜ちゃん怒っています。


「ちょっと……美亜ちゃん待って、ごめん、許してぇ!!」


「許さ~ん!!」


 風呂は命の洗濯?

 確かに美亜ちゃんはそうなっているだろうけれど、僕は逆に命を削れている気がするよ。


 こんな事毎日続けていたら、いつか僕は堕ちちゃいます。


 ―― ―― ――


「ふぅ……良い湯加減ね。で、あんたはいつまで泣いてるのよ」


「うぅ、だって、だって……」


 同性でも異性でも、あんな事をされたらショックだし、泣きたくもなりますよ。僕は湯船に浸かりながら俯いて、半泣き状態なんです。


 それが情けないのは分かるけれど、まだ女の子の体に慣れていないのに、その体をおもちゃにされたら、それはもうトラウマものだってば。


「う~ん……ちょっとは緊張解そうと思ったのに、何で私はいっつもやり過ぎるのかしら……」


「へっ?」


 だけど、その後に出た美亜ちゃんの言葉に驚いて、僕は美亜ちゃんの方を向いた。すると美亜ちゃんは、僕から顔を逸らして俯いた。


 恥ずかしいのかな?


「わ、悪かったわよ……引っぱたいたりして。た、助けてくれたのに、あんな事してごめん。そ、それと、あ、ああありがとう」


「…………」


 正直、僕の方が面食らってしまいました。


 普段からこんな事を言うタイプじゃないのか、今の言葉ですら目を合わせて言えていないです。

 しかもお風呂で、それこそ何も隠していない、正に素の状態の体を晒すことで、ようやく素の自分でお礼を言えるみたい。


 僕が美亜ちゃんの行動に怖がっていたりしたから、その緊張を解すためなのか、さっきのような行動を取ったというわけですか。


 難しい人ですね……美亜ちゃんって。


「なっ、何よ。さっきからなんで黙っているのよ! そ、そんなに意外? 私だってお礼くらい言えるわよ。でも、普段の私じゃ難しいから、だ、だからお風呂で、リラックスした状態ならって……」


 美亜ちゃんは恥ずかしいのか、さっきからずっと饒舌じょうぜつです。


そんなに必死にならなくても良いのに。


「ううん、そんな事ないよ。それに、やっと美亜ちゃんと仲直り出来たから、嬉しいよ」


「ちょっ、な、何よそれ。あ~もう、また泣いてる」


 いや、美亜ちゃん違うよ。これは嬉し泣きだから。

 あれからずっと、美亜ちゃんを怒らせちゃったって不安だったんだから。


 そして、そんな僕達の様子を、里子ちゃんは微笑ましい風景を見るような目で見ていた。


 里子ちゃん、あなたは僕達のお母さんか何かですか?


 それにしても……今この場には、獣耳や尻尾付きの女の子しか居ない。この光景を見ると、僕は人間じゃないんだ、もうあの頃の様な暮らしは出来ないんだ――って、そう思っちゃいますね。


 戻りたいのかと言われたら、あんな生活に戻るくらいなら、今の方が数倍マシだよ。何だかんだで僕は、今のこの状況を受け入れ始めている。


 だけど、残る問題が――


「ねぇ、美亜ちゃん里子ちゃん。僕、やっぱり女の子になった方が良いのかな?」


 僕は、自分がずっと抱えていた悩みを、2人に打ち明けた。

 なんというか、この2人なら良いかなって。絶対に後で弄られるんだろうけれど、それでも誰かに相談しないと、これは解決出来そうにも無かったんだ。


「何? あんた、心はまだ男だって言いたいの? 女の子に戻ってからだいぶ経つのに、その妖術は解けないんだ」


 その言葉を聞いて驚く美亜ちゃんに、僕はゆっくりと頷く。

 それと同時に、里子ちゃんが更にとんでもない事を言ってきました。


「あの……ね。正直に言うとね。翁は、椿ちゃんに女の子になって欲しくないらしいよ。私も……リスクを考えると、完全な女の子になって欲しくないよ」


「ど、どういう事?!」


 予想外の事を言われてしまい、僕は戸惑いを隠せない。

 もちろんそれは、美亜ちゃんも一緒。揃って目を丸くしちゃっている。


「ん~これも箝口令がね……ごめんね」


「椿……あんたの記憶って、どれだけヤバいのよ?」


「し、知らないよ……妲己さんに関わる事らしいれけど、僕も詳しくは分からないってば」


「妲己ですって?!」


「つ、椿ちゃん! 記憶が?!」


 2人で1度に叫ばないで……ビックリして耳を伏せちゃった。


 そして美亜ちゃんの驚きようからして、また僕は言ってはいけないことを言ってしまったらしいです。


「あんた、妲己と何か関係があるの?」


「あっ、いや、その……記憶は戻っていないよ。ただ、妲己さんの精神というか、魂の方が僕の中にあるみたいで、ピンチになったら僕の体を守る為に、たまに出て来るのが分かったってだけで……その、言っちゃいけない事だった?」


「いえ、とんでもない犯罪者だからね。まさかあんたが、そいつの仲間なのかなって、不安になっちゃっただけよ。そう、厄介な奴が中にいるってだけね」


 美亜ちゃんって、実は意外と優しい子なのかな? 結構僕の心配をしてきてくれているよね。


 それと僕の言葉を聞いてから、里子ちゃんの方も安心したのか、再び湯船に浸かり始めました。

 里子ちゃんは驚いた時に立ち上がっていて、その……色々と見えていました。だから、反対の方を向いていましたよ。


 もうちょっとだけ気を付けて欲しいよ。


【ふ~ん……やっぱり他の人達は、あなたを完全に女の子にさせるわけにはいかないって、そう思っているのね。それは厄介ね】


 急に僕の頭に話しかけないで下さい、驚いちゃいますよ。


【こうなったら意地でも、あなたを完全な女の子に戻してあげるわ。精神がまだ男の子だから、封印の妖術が少し効いているけれど、完全な女の子に精神状態が戻れば、その封も解かれるのよ】


 妲己さん? 何ですって? 完全な女の子になったら、記憶が戻っちゃうの? ねぇ、ちょっと! あっ、寝ちゃった?


「里子ちゃん。記憶と一緒に性を封印した妖術ってさ、僕の心の状態と直結してるの?」


 里子ちゃんはその質問に「何でそれを?」と言った顔をしたけれど、僕の真剣な顔つきに、妲己さんから言われた事を悟ったらしく、言葉では言わずに、その僕の質問に肯定するように頷いた。


 ということは、身も心も完全な女の子になると、封印されてしまうほどのヤバい記憶が、妲己さんに関わるとてつもなく危ない記憶が戻ってしまうんだ。


 どうしよう……それなら、心まで女の子になるわけにはいかない。


 だけど、男の子の体にはもう戻せないって、おじいちゃんはそう言っていた。

 それくらい強力な妖術で、一生に1度しかかける事が出来ないんだって。


 白狐さんと黒狐さんは、僕にとんでもない事をしてくれたんだね。思い知らされたよ。

 でも、そんな強力な妖術をはね除ける程に、あの2人の妖気は凄いんだろうね。


 いやそれよりも、僕はいったいどうすれば良いの?


「ところでさ? 何かシャッター音聞こえない?」


「えっ?」


 そんな時、美亜ちゃんがいきなり変な事を言い出した。


 シャッター音って――それってつまり、僕達が覗かれてるって事? ここのお風呂場の窓って、結構高さがあるからね。そんなのは無理だと思うけれど……。


 それでも確認の為にと、僕は自分の後ろにある窓を見上げた。


 すると、そこには――


「おぉぉぉおお! 胸は年相応控え目やけど、えぇスタイルしとるやん~! 3人共ええでぇ!!」


「「「きゃぁぁああ!!」」」


 あっ、しまった。

 2人と一緒になって、僕まで女の子みたいな叫び声を出してしまった。


 いやそれよりも、窓から覗いていたのは、なんと浮遊丸さんでした。

 相変わらずドローンみたいな体で浮遊し、お風呂場の窓から僕達の裸を見ていたのです。しかもちゃっかりと、体に付いている無数の目で、僕達の姿を大量に撮っている始末だし。


「おじいちゃん~!! 浮遊丸が脱走している!!」


「ちょっと、何この変態妖怪!? さっき撮っていたわよね! 引きずり降ろしてよ! その目玉、全部むしり取ってやる!!」


「浮遊丸さん! 私の裸、何回見れば気が済むんですか~!」


 里子ちゃん、そんなに見られていたのですか?!


 やっぱり浮遊丸の目は、全て潰すべきですね。

 もう“さん”付けなんてしないですよ、こんな妖怪にはね。本当に最低です。

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