第拾弐話 【1】 突撃、今日の新入りさん

 あの後、僕はセンターで報奨金を受け取り、そのままおじいちゃんの家に帰りました。


 当然、美亜ちゃんも報奨金の半分を受け取っていましたよ。


 だけど、そこから僕達の方には振り向かず、どこかに去って行っちゃいました。

 例の家族達の家には帰れないだろうから、いったいどこで寝泊まりをする気なのだろう?


「美亜ちゃん、大丈夫かな……」


「ん~? 今日一緒に仕事した人?」


「あっ、うん。色々あってね、その子家を飛び出しちゃったんだよね」


 夕食の席で、僕は里子ちゃんに、今日あった美亜ちゃんの事を簡単に説明しました。

 すると里子ちゃんは、何故か納得したような顔をして、僕に柔らかな笑顔を向けてくる。


 何ですか? その笑みは。


「やっぱり椿ちゃんは優しいね~でも、気を付けないと……」


 そう、今は“夕食中”であり、妖怪食による様々な御飯が用意されているのです。

 つまり、この時に考え事や油断をしようものなら、かじられたり、汁を吹きかけられたり、逃げられたりする。


 だけどね、僕だってもう随分とこういう食事をしてきたのですよ。例え目の前のサラダに入っている豆が、僕を目指して飛んで来たとしても、条件反射でキャッチ出来ます。


「里子ちゃん、その顔何か知ってるの?」


 飛んできた何個かの豆をキャッチして、それを口に運ぶ僕を見て、どこかがっかりしている里子ちゃんに質問をする。


 だってさ、さっきの笑顔の前の表情が気になるんだもん。


「つ、椿ちゃん……やるようになったね。よ~し、それならもっと食べるのが難しい妖――」


「里子ちゃん、不吉な事を言わないで質問に答えてよ」


 最後までは言わせませんよ。

 それでも、何を言おうとしたのかは分かったけどね。明日からまた、ご飯時には気を引き締めないといけないよ。


「あ~えっと……ね。翁が何か電話で話をしていてね、新入りがどうの――って言葉が聞こえたのよ。もしかしたらだけど、翁が言っていた新入りって……」


「えっ……」


 確かおじいちゃんが言っていたのは、ここは許可を得た妖怪達が、人間界に滞在するための場所だったはず。


 しかもここの妖怪さん達が、人間界と妖界との架け橋になっていて、犯罪を抑止したり、手配書に載っている妖怪の情報集めをしていたりと、凄く重要な場所になっていたんだ。その事を、おじいちゃんが自慢気に話していたんだよ。


 そこに、美亜ちゃんが許可を得て来る、なんて事は――


「ごめん下さ~い!!」


 ――あったようです。


 聞き覚えのある声が、玄関の方から響き渡り、僕の疑惑は確信へと変わってしまった。


 この声は、確実に美亜ちゃんです。


『どうした椿よ、顔色が悪いぞ? あの娘を心配しておったのでは無いのか?』


「そうなんですけどね、それとこれとは話が違うわけでして……」


 とりあえず、僕の取り越し苦労なのは良かったけれど、今度は別の問題が発生するのですよ。


 そしてその後、おじいちゃんがその声に反応し、玄関へと向かって行きました。

 その途中「思いの外早かったのう。全く飯時に……」と、ブツブツ呟いていました。


 でも美亜ちゃんにとっては、今日寝る所を確保しなければならないので、時間なんて考えていられないだろうね。

 そうだとしても早過ぎるよ。決断したら即実行。それが美亜ちゃんの性格なのかな。


「あら、ご飯時でしたか。申し訳ありません。ですがお話したとおり、私はたった今家を出たのです。寝床は早くに決めたかったですし、不安を無くしたかったので、早速やって来てしまいました」


 廊下を歩きながらなのか、最初は小さかった声が徐々に大きくなり、こっちに近付いてくる。それに伴い、僕の心臓も鼓動を早めていく。


 僕はなんで緊張しているの?

 だけどやっぱり、美亜ちゃんに何を言われるのだろう――とか、キツい言葉を言われるのかな――とか、そんなことを考えちゃうんですよ。しかも、美亜ちゃんとは喧嘩をしていたのでした。

 だからこんなにも緊張しているし、居心地も悪くなっているのかな。


 そうやってビクビクしていると、美亜ちゃんの姿が廊下から見え、居間にいる僕達に気が付きました。


 凄く気まずいけれど、とりあえず真っ先に挨拶しておこう。


「こ、こんばんは」


「あら……あなた、こんな所に住んでいたのね」


 その後、何故か僕達の間に妙な沈黙が続いてしまった。


 なにこの空気……。


 ご飯を食べていた皆も、その様子を見ている。

 これはどうしたら良いんだろう。えっと……センターでの事、もっと謝った方が良いのかな?


 だけどその前に、おじいちゃんに先手を打たれてしまいました。


「なんじゃ、2人は知り合いなのか。それなら丁度良いわい。椿、飯が終わったらここを案内してやれ」


「えっ?! あっ……は、はい」


 おじいちゃんの言うことは断れないし、例え気まずくっても、頼まれたらやらないとね。


 うん……さっきから美亜ちゃんは、僕と目を合わせてくれません。


 ―― ―― ――


 夕食が終わった後、美亜ちゃんにおじいちゃんの家を簡単に案内するけれど、言うほど変わった所は無いので、家の構造を教えて上げただけになる。


 なんでおじいちゃんは、僕にこんな事を頼んだのだろう?


「えっと……美亜ちゃんの部屋はここだね。僕の部屋の隣で悪いけれど」


「別に良いわよ。案内ありがとう」


 案内の間も、何故か変な沈黙が多くて困ったけれど、最後に部屋に案内した後は、しっかりとお礼を言われました。

 そこはやっぱり家柄なのか、礼儀だけはしっかりと叩きこまれている。


 でもそれなら、なんで僕にだけあんな態度なの?


「えっと……それじゃあ、何かあったら言ってね。僕、隣に居るから」


 とにかく、早くその場から離れたかったから、それだけ言った後、僕は自分の部屋に戻ろうとします。すると、急に美亜ちゃんに呼び止められました。


「ねぇ? あなた、お風呂まだよね?」


「えっ? う、うん」


「それなら、一緒に入りましょう」


「へっ? 一緒にって……」


 いきなり何を言ってくるの?

 美亜ちゃんって、僕の事は嫌いで、しかも今は怒っているんじゃないの?


「いや、でも……ぼ、僕は別に、最後で良いからさ、美亜ちゃん先に入って来てよ」


「良いから来なさい」


「ひゃっ?! ま、待って! 尻尾掴まないでぇ!」


 断ろうとしたけれど、また試験の時と同じように尻尾を掴まれ、無理やりお風呂場へと引っ張って行かれちゃいました。

 しかも、美亜ちゃんは痛くないようにと、絶妙な力加減で僕の尻尾を掴んでいるのです。だから力だけが抜けてしまい、全く抵抗が出来ず、ただ引っ張られていくだけになってしまった……。


 ―― ―― ――


 結局、脱衣所までズルズルと引っ張られてきた僕は、美亜ちゃんと一緒にお風呂に入ることになった。

 

 そしてその途中で、新たな問題が追加されています。その場に、里子ちゃんも居るのです。


「へぇ、あなたがこの子の世話役なのね」


「は~い! 狛犬の里子です。宜しくね~」


 その後2人は握手をし、お互い自己紹介を済ませると、何故か見つめ合ったまま動かなくなった。


 あれ? だけどこの空気、険悪というよりも、良き理解者と協力者を得られた――と言った雰囲気なんですけれど……。


 もの凄く嫌な予感……。


「さて、それじゃあ椿。裸の付き合いといきましょうか。あなたに言いたい事もあるからね」


「うん。でも、服は自分で脱ぐから。里子ちゃん、美亜ちゃん。脱がさないでくれる?」


 いつの間にか2人は、握手した手を離していました。

 そして僕の下にやって来ると、僕の服に手をかけ、そのまま脱がそうとして来ます。


 何で皆、そうやって僕にいたずらしてくるのかな?


 流石に、何時までもやられっぱなしじゃいられないからね。すかさず上に跳び、クルッと後ろに反転すると、2人と距離を取った所に着地した。


「やるわね……」


「ぬ~、椿ちゃんいっつも恥ずかしがってさ、最近は私の前でも脱いでくれないじゃん。しかもお風呂ではタオル巻いてるし!」


「だ、だって~!」


 まだ心は男子だし、思春期の微妙な年頃だからね。女子の裸というのに抵抗があるんだよ。それが例え自分の裸でもね。


「どうせ私の魅了術で、あっという間に力抜けると思うけどね。さっ、観念しなさい!」


「ふぇ? あ……あれ。あ、足が……待って待って! ちょっと待ってぇ!」


 やっぱり、僕の体に何かしていたんだね。

 試験の時も、尻尾を掴まれた後に、全身に力が入らなくなっていたから、それと同じ事をさっきもされたんだ。


「魅了術と言ってもピンキリでね。私のは、誘惑するというより骨抜きにするって感じね。ほら里子、今の内に椿の服を脱がせなさい」


「は~い!」


 すると里子ちゃんは、両手をワキワキさせながら僕に近づいて来ました。


 目が怖い、目が怖い。


 僕は精一杯逃げようと抵抗するけれど、完全に力を奪われていて、全く体を動かせなかった。

 こんな完璧に骨抜きにするなんて、美亜ちゃん結構な術を持ってるじゃん!


「ようやく、椿ちゃんの裸を見られるわね……はぁ、はぁ」


「発情しないでよ、里子ちゃん~!! だから裸を見せたくないんだよぉ!」


 せめて口だけでもと抵抗するけれど、2人には無意味というか、煽っているだけというか、ニヤニヤしている2人はとても楽しそうです。


 すると僕の頭の中に、急に妲己さんの声が響き出した。


【フフ……実はね、私も少~しあなたの体を、動かしにくくしているのよねぇ】


 妲己さんまで何をしているんですか!! どこまで僕を弄べば気が済むの?!


【こんな楽しい事を、私が無視するわけないでしょうが。さっ、観念してこの2人にお世話されなさい】


「ひっ、ひぃぃぃ! お世話というかおもちゃにされる!!」


 そしてこんなに叫んでも、白狐さん黒狐さんは来ないし、他の妖怪さん達も助けに来ない。

 ただのスキンシップと取られているのですね。この時ばかりは、早く人間の男の子に戻りたいと、そう願いました。

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