第拾壱話 名家の金華猫一家

 あの後僕達は、人気の無い場所から妖界へと移動し、無事センターに戻りました。


 因みにレイちゃんは、危険だからということでセンターに預けられていて、僕がやって来たら顔面に飛びついて来ましたよ。

 この子、センターの職員もびっくりの懐き方なんだそうです。何でこの子はこんなにも僕に懐いているのか、それが謎でしょうがないって、職員さんも言っていました。


 そして、意識の無い美亜ちゃんは処置室に送られ、僕も簡単な検査を受けることになった。それも、数十分掛けて色々な検査をされましたよ。


「うん、大丈夫ですね。白狐さんの治癒妖術のお陰で、怪我の方は治っていますし、他に深刻なダメージを受けている所もないですね」


「そ、そうですか」


 処置室はこじんまりとした部屋で、壁に寄せられるようにして置かれた机の前に、白衣を着たお医者さんが座っていた。


 検査が終わり、お医者さんが机の上に置かれたカルテに目を通すと、目の前の小さなイスに座る僕にそう告げた。


 だけど、ちょっと信用出来ません。


 このセンターには、臨時で妖怪のお医者さんが居てくれているのですが、その妖怪が『のっぺらぼう』さんなんでよね。


 顔が無いからさ、本当にちゃんと診てくれたのか不安なんですよ……。


『椿よ、終わったか?』


「これはこれは白狐さん。丁度今終わったところです。どこも異常は無く、大丈夫ですよ」


『そうか、良かった』


 とりあえず白狐さんが信頼しているようなので、僕も信じる事にします。

 それに何かあっても、白狐さんの治癒妖術で治せるだろうからね。


 のっぺらぼうのお医者さんにお礼をすると、白狐さんと一緒に処置室から出ます。

 処置室はいくつかあって、僕達が出た後に、他の処置室から美亜ちゃんが出て来るのが見えました。


「あっ! 美亜ちゃん! 良かった~目が覚めたんだね」


 その姿を見て、僕は美亜ちゃんの元に駆け寄り、美亜ちゃんの無事を確認する。

 だって、あんな強力な力で殺されかけたんだから、何か後遺症が残っていないかって、それが心配になってしまう。


「えぇ、お陰様で。命に別状は無いわ」


「良かっ――たっ?!」


 美亜ちゃんの声に安心する前に、いきなり左頬に衝撃が走ると、同時にジンジンとした痛みが広がっていきました。


 どうやら、美亜ちゃんに引っぱたかれたようです。なんで?


「あんた、何で逃げなかったのよ」


「へっ?」


 痛む頬を擦る僕に、美亜ちゃんは怒りの混じった声で言ってくる。

 白狐さんが僕の後ろで怪訝な表情になっているし、僕が出てきたのを見た黒狐さんも、ホールからズカズカと近付いて来ています。


「逃げなさいって言ったわよね?! 私のせいであんたが捕まったりしたら、私は自分の無力さを呪いながら死ぬ事になったのよ! なに馬鹿な事を考えてるのよ!」


「で、でも。死にかけている人を……」


「私達は妖怪よ、人とは違うの! 人と同じ情けをかけられたら、それこそたまったもんじゃないわよ!」


 美亜ちゃんのその言葉に、もう何も言えなかった。


『人とは違う』


 その言葉が、僕の胸に深く突き刺さる。


 僕達は人とは違う、妖怪と言われている者。

 だけど僕の精神は、その心は、ずっと人のそれと同じで、美亜ちゃんの言葉の前に、それではいけないのだと思い知らされた。


『金華猫の娘よ、お主の言葉にも一理あろう。だから、叩いた事を咎めはせんが、椿にも椿の事情があってな。それ以上は控えて貰おうか』


「ふんっ」


 白狐さんがそう言うと、美亜ちゃんは不機嫌な顔のまま、踵を返して立ち去ろうとする――が、その先にいつの間にか立っていた妖怪を見て、そのまま立ち止まった。


「あっ、な……何で?」


 美亜ちゃんは驚き、怖がっているようなそんな声を出し、後ろに居た者を見ている。

 そんな美亜ちゃんの様子が気になって、僕もそっちの方に目をやると、そこには3人の猫の妖怪が居ました。皆人型で、尻尾と耳がお尻の方と頭に付いているよ。3人とも茶虎の猫ですね。


 1人は着物がよく似合う壮年の男性で、口と鼻の間にある髭が、男性らしい威厳さを醸し出している。

 もう1人はその奥さんかな。お淑やかな雰囲気で、大和撫子と言わんばかりの女性です。しかも、半歩下がって壮年の男性に付いている。


 そして丁度その間に、美亜ちゃんそっくりの女の子が居ました。偉そうに腰に手を当てていて、しっかりと仁王立ちしていますね。

 ツインテールにリボンを付けた、何とも可愛らしい美少女だけれど、その雰囲気が美亜ちゃんと似ていて、とても気がキツそうだというのが直ぐに分かるよ。


「お、お父様、お母様。美海みみ……」


 美亜ちゃんの言葉からして、その3人が美亜ちゃんの家族だというのが分かるけれど、死にかけた娘を心配してやって来た――という感じには見えないよ。


「不様なものだな、美亜よ」


 すると、壮年の男性の方が、険しい表情で美亜ちゃんに話しかける。多分、美亜ちゃんのお父さんなんだろうね。それと、軽蔑しているよね……これは。

 美亜ちゃんは、お父さんが言葉を発してからというもの、恐怖心を露わにしてしまっています。耳も尻尾も垂れ下がり、プルプルと震えちゃっている。


「情け無く敵の術に捕まり、死にかけて足手まといになり、しかも自ら状況を打開する事も出来ず、成り立ての妖狐に助けられるとはな。不様以外の何ものでもないわ! この、一家の恥さらし者が!!」


「――っ?!」


 あの美亜ちゃんが、今にも泣きそうになってる。


 それよりも、ちょっとそれは言い過ぎじゃないのかな? 流石の僕でも、この人達の言っている事はおかしいと思う。


 そう思った僕は、美亜ちゃんのフォローに入ろうとするけれど、白狐さんと黒狐さんが僕の前に立ち塞がり、それを止められてしまいました。


「ちょっ……何で? 美亜ちゃんがあんなに言われる必要は――」


『残念だがな、他人の家の事情に首を突っ込む事はするな』


『あいつの家系は、妖界では名門中の名門。その中でも、あの娘は妖気が少なく、まともに妖術も使えないんだろう。あの家族が言うように「出来損ない」と言う事なのだ。俺達がどうこうしてやる事は出来ない。家柄の問題だ。そうやって、優秀な血筋と言うものを守ってきたのだろう』


 2人に言われるけれど、それでも僕は納得がいかない。

 だから、何とか食い下がろうとするけれど、次に白狐さんから言われた言葉で、僕は行動を止めてしまった。


『椿よ。覚に言われなかったか? 優しさは時に、人を傷つける凶器となる』


「あっ、で、でも――」


 白狐さんの言葉に反論出来ない。それでも納得いかない。

 どうしたら良いのか分からない状況で、僕はうまく言葉が出せなかった。


『椿、その優しさはお前の取り柄だ。俺達も誇りに思う。だがな、それも時と場合によるんだ。優しさだけでは、どうにも出来ない事もある。その優しさが、時に人を傷つける事もある。今回の様に……な』


 黒狐さんに諭されてしまった。

 言われた通り、僕がどんなフォローをしたとしても、それは美亜ちゃんのプライドを傷つけるだけだった。


 だけど……それでも僕は、力になって上げたかった。


 美亜ちゃんは、いじめっ子なんかじゃないよ。

 ただ自分の力を認めて欲しくて、それで虚勢を張っていただけなんだよ。


 そんな中、泣きそうになっていた美亜ちゃんが声を張り上げる。


「えぇ、そうよ……その通りよ! 私は一家の恥さらしよ! 出来損ないよ! そんな私なんか、もう娘だとも思っていないでしょう?!」


「あぁ、そうだ」


 美亜ちゃんのお父さんに、一切の迷いは無かった。

 その信じられない言葉に、僕は全身が総毛立ってしまったよ。


「――っ?! だったら……それだったら、もうそんな家なんか出てってやる! 縁なんか切ってやる!」


「それは大歓迎だな。ならば金輪際、貴様は私達の家に近付くな。そして、我々の家系だと名乗る事も許さん!」


「えぇ、清々するわよ! こんな腐った家から出られるなんてね!」


 もう美亜ちゃんは、ボロボロと泣いてしまっています。

 だけど美亜ちゃんのお父さんは、そんな事は気にしていない感じです。寧ろ、これで厄介者が居なくなると、そう言わんばかりの嬉しい表情をしていた。


 信じられない……これが、家族? 実の娘に対してやることなの?


「ふふふふ、これから忙しくなりますわ! ようやく、邪魔者が消えてくれたのでね。あぁ、私がしっかりと家の方はやっておきますので、ご心配無く。美・亜・さん」


 そしてその後、ツインテールの妹らしき子がそう言ってきた。

 もう既に、美亜ちゃんを姉とは呼んでいない。いったいどんな家系なんですか。


「行くぞ」


「は~い、お父様!」


 父親に促され、その子は両親の後に着いて行った。

 するとその途中で、美亜ちゃんの家族の姿が急に消えました。まるで霞が掛かったかのように、突然にすぅっと消えたのです。


 だけどその時、美亜ちゃんのお母さんだけが振り返っていました。その表情は、一瞬でも凄く印象的だったよ。

 悲しげな瞳をして、今にも泣き出しそうで、何か言いたげだっけれども、夫に尽くす妻という立場上、何も言えなかったのだと思う。


 そのまま、2人と一緒に姿を消してしまった。

 その場で涙を流しながらも、両親と妹が消えていった空間を睨みつける、娘の美亜ちゃんを1人残して。

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