第拾話 【3】 課題の残った結果に
ボクシングをやっていたその男の人は、僕達の状態を見て味方をしてくれたけれど、よく考えたら一般人を殴っているので、お坊さんよりも男性の方が捕まっちゃうよね……。
「待って! あなたが捕まっちゃうから、それ以上はダメだよ……って、イタタタ……」
叫ぶんじゃ無かったよ。肋にヒビが入っているかもしれないんだった。
でもその人は、そんな僕の訴えにも耳を傾けず、大丈夫だと言わんばかりの顔をすると、再びお坊さんに立ち向かう。
「おい、これ以上は喧嘩両成敗で、両方捕まっちゃうぜ。それが嫌なら、とっとと――」
そっか……お坊さんの方も、この人を襲ったり殴ったりすると、同じように捕まっちゃうのか。
この人は、それを狙っていたんだね――と思ったけれど、あなたの方が先に殴ったから、正当防衛の方が成立しないですか? 僕達のことなんて説明出来ないだろうし……本当に大丈夫なのかな。
そして残念な事に、お坊さんの目は既に血走っていて、その人をギロリと睨みつけ、そのまま思い切りあごを蹴り上げようとして来た。
「妖怪は滅する! それに加担する者も滅する!」
「うぉ! 何だこいつ?! 常識で考えたら、ここは逃げるだろうに……ったく」
その人は文句を言いながらも、何とか相手の攻撃を避けると、拳を前に出し、ボクシングの構えを取った。
「しゃ~ねぇな~警察来るまでの間、相手してやるよ!」
このままでは、ここでストリートファイトが始まる――そう思ったその時、上空から聞き慣れた声が、僕達の居る路地に響く。
『そこまでじゃ!』
それは、とても安心出来る妖狐の声。そう、白狐さんの声だった。
そしてその声が響いた瞬間、僕の目の前に、白狐さんと黒狐さんが舞い降りて来る。ちゃんと人型です。
「よ、良かったぁ……」
やっと来てくれた事で安堵し、体の力が抜けてしまったよ……というか遅いですよ。
『椿! 大丈夫か?!』
そんな僕の様子を見るやいなや、黒狐さんが僕の肩を掴んでくるのだけれど、肋にヒビが入っているか、これは下手したら折れているかもしれないので、そんなに力強く掴まれた痛いんですよ。
「こ、黒狐さん……とりあえずは大丈夫だけれど、そんなに大丈夫じゃない……かな。イタタタ」
『むっ? 椿、まさか怪我を?』
「あっ、うん。多分肋が……」
僕がそう言った瞬間、何かが切れたような音がした。プツンってさ。気のせいだとは思うけれどね。
だけど、目の前の2人の顔が一気に怒りの色に染まり、そしてお坊さんを睨みつけているところを見ると、気のせいでは無さそうです。
『貴様、よくも!!』
『椿にこんな重症を――もはや生かしてはおけん!』
「ふ、2人共落ち着いてよ。一般人も居るんだってば」
お坊さんと対峙している男の人が、いきなり現れた2人に驚いているのに、更に2人が怒りを露わにしたから、もう呆然としてしまっているよ。
そしてお坊さんの方も、2人の登場に驚き、その後に悔しそうな表情を浮かべると「時間切れか」と呟き、この場から立ち去ろうと、少しずつ後退りをし始めた。
『おっと、逃げようたってそうはいかん!』
それを見た黒狐さんがそう言うと、右手を狐の形にして、逃げようとするお坊さんに向けた。
このままお坊さんを逃がす気はないようで、捕まえてしまおうとしています。
『妖異顕現、過重力!』
続けて黒狐さんは、相手の動きを封じる妖術を使うけれど、お坊さんはそれを読んでいたのか、急に後ろに跳び退き、黒狐さんと距離を取った。
黒狐さんのこの妖術って、もしかして効果範囲があるのかな? 距離を取ったお坊さんは、体が動けなくなっている様子も無く、再び後退し、更にその距離を開けてくる。
「今回も邪魔が入ったが、いずれ――」
そう言うと、そのお坊さんは路地の壁を蹴り、颯爽と屋根の上へと跳び上がった。
『言ったはずだぞ、逃がさんとな!』
だけどそこには、白狐さんが待ち伏せをしていて、跳び上がって来たお坊さんに向かい、鋭い爪で引き裂こうとした。
だけど、お坊さんはそれすら読んでいたのか、慌てる様子も無く、冷静に対処してそれを回避した。
「うぬらに勝てると自負するつもりは無いのでな」
そしてお坊さんは、そう言った後に懐から何かを取り出した。
それはお札のような物で、達筆な字で、何か文字の様な物が書かれている。それを手にしながら、何かお経みたいな物を唱えると、そのお札から眩い程の光が放たれた。
『なっ! 何だこれは?!』
『っ?! 馬鹿な、奴らがこんな術を使えるわけが……』
その光は路地だけじゃなく、辺り一帯を照らしていく。
こんなの更に多くの人が気付いて、めちゃくちゃ目立ってしまう。目眩ましだけでは無く、僕達が逃げざるを得ないような状況を作り出してしまうなんて……やっぱりあのお坊さんは、ただ者じゃない。ここから逃げないと――
ってその前に、眩しすぎて目が開けられないよ。
そして暫くして、その明るさが収まってきたのが分かると、僕はゆっくりと目を開けた。
うん……目がチカチカする。目を閉じるのが遅かったですね。
その後、何とか辺りの状況が確認出来るようになり、僕は辺りを見渡した。
だけどその場には、もうあのお坊さんの姿は無く、白狐さんも下に降りて来ていて、僕の元に来てくれた。
『逃がしてしまったか。あんな術を使うとは思わなかったわ。とにかく、椿の怪我を治したら戻るぞ』
白狐さんはそう言うと、右手を狐の形にし、僕の胸の下部に当てると、小さく何かを呟いた。
白狐さんの使う治癒妖術は、僕達が使っている妖術とは違う言葉が必要なのかな。
よく聞き取れないけれど、白狐さんがその言葉を呟いた後、指の先が光り、ずっと激痛の走っていた胸の部分に、暖かなものが流れ込んできた。そして徐々に、その痛みが引いていったのです。
『どうじゃ? 痛むか?』
「えっ? あ、ううん。もう大丈夫です。あ、ありがとう白狐さん」
白狐さんの治癒妖術って凄いですね。僕も使える様になれるかな?
でも、黒狐さんの妖術が使えるわけでは無い事を考えると、白狐さんの治癒妖術も、僕が使える可能性は低いかも知れないですね。
「あっ、そうだ! 美亜ちゃん!」
『安心しろ、数珠を引っ剥がした。命に別条は無いが、気を失っている』
僕が美亜ちゃんの方を向くと、黒狐さんが美亜ちゃんを解放していて、その脇に担いでいました。
本人が気を失っているから良かったけれど、それ絶対美亜ちゃんが暴れ出しそうな担ぎ方ですよね。
『よし、ならば直ぐにセンターに戻るぞ』
そう言うと、今度は白狐さんが僕をお姫様抱っこして、そのまま立ち上がった。
いきなりだったからビックリしたけれど、僕は自分で立てますからね! なんなら立っていたからね!
「待って白狐さん! 僕は自分で立てるから!」
『いいや、疲労困憊していそうだからこうしておれ』
こうしていろって言われても、この格好はめちゃくちゃ恥ずかしいってば。僕は男の子なんだよ。
それなのにお姫様抱っこなんて、お姫様抱っこなんて――あれ? でも、今は女の子なんだし、他人からしたらこの状況、別に変では無いんだっけ? いや、僕の精神の問題なんだよ!
だけど、白狐さんは僕の意見なんて聞き入れてくれないだろうし、仕方なく白狐さんに言われた通り、大人しくお姫様抱っこされることにする。
「あっ……そうだ、目撃者! あの人どうするの?!」
そこで気が付いた僕は、未だに呆然としている、僕達を助けてくれた男の人を指差した。
すると、白狐さんと黒狐さんは一瞬その男性を見たけれど、直ぐに視線を外した。
『放っておけ。どうせ事実を言ったところで、こんな事を信じる者はいないだろう。笑い話にされるだけじゃ』
「そうだろうけど。その……アフターケアとかは?」
『無い』
そうですか……意外と言うか当たり前と言うか、そんな事は人間がやる事なんですよね。
仕方ないけれど、僕を助けてくれた人に何も言えないのは、なんだかもどかしいし、せめてお礼だけでもしたいな――って、そういえば僕が助けた人でもあるから、こっちがお礼を言ってもお礼を言い返されるだけかもね。
『おい、早く行くぞ白狐。人が集まり出した!』
『うむ』
「えっ、あっ?! ちょっ――!」
僕がちょっと戸惑っている間に、白狐さんと黒狐さんは一刻も早くその場から立ち去ろうと、一気に屋根へと跳び上がると、そのまま夕暮れの街へと向かい、屋根伝いに走って行く。
白狐さんは人気の無い所を探しているようで、辺りをキョロキョロと見渡しています。
そんな中で、僕は助けてくれた男の人の姿を、見えなくなるまでずっと見ていた。結局、お礼も言えなかったよ。
徐々に小さくなるその姿を見ながら、僕は小さくため息を突いた。
「人間に守られてたら駄目じゃん……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます