第拾話 【2】 意外な助っ人

 お坊さんの錫杖は折ったけれど、相手は素手や蹴りで、僕を攻撃してくる。

 しかも普通の人とは違って、明らかにパワーとスピードが段違いなんです。


 妖怪や妖魔を殺して回っているからなのか、いったいどんなカラクリなのか……さっき数珠に『練気』を込めていると、そんな事を言っていたから、それとこのパワーとに何か関係があるかも。


「くっ、あぅっ!」


 でも、そんな事を考える余裕は殆ど無く、僕は相手の攻撃をギリギリで避けては、次の攻撃が見えず、その攻撃をモロに受けていたりしています。


 攻撃した後、次の攻撃に移るのが早いのです。つまり俊敏でもあるので、僕の方は殆ど攻撃が出来ない。

 それでも、美亜ちゃんを見捨てて逃げるなんて事も出来ないんだ。


 だから白狐さんと黒狐さんが来るまで、ここは僕がやらないといけないんだ!


「ぐっ、うぅ……!」


 地面に突っ伏しながらも、何とか気力だけで立ち上がり、僕は精一杯相手を睨みつけます。

 隙を突けば何とかなるかも知れないけれど、それでも今の僕では、その隙すらも見抜けない。いや、そのお坊さんに隙が無いんだけどね。


「ふん、まだ立つか。肋にヒビくらいは入っているだろうに、それでも立ち向かうか」


 実際お坊さんの言うとおりです。

 さっきから息を吸い込む度に、胸の下の辺りに激痛が走っている。前の僕なら泣いていたけれど、今は涙目になっている状態で、その痛みをなんとか堪えています。

 誰だって、こんな激痛は涙目になるってば。肺に骨が刺さっているんじゃないかって程に痛いんですよ。


 やっぱり、無策に突撃しても返り討ちにあうだけだ。

 それだと時間すら稼げないと分かったので、とにかく僕の使える妖術で、相手を錯乱させるしか無い。


「妖異顕現、影の操」


 僕は左手で脇腹を押さえ、右手で狐の形を作ると、影を操る妖術を発動する。相手を錯乱させるには、これが1番のはずだから。


 そして僕が妖術を発動した瞬間、路地を包む影がグネグネと動き出し、意のままに操れる様になる。


 だけどそんな時、僕の頭の中に妲己さんの声が響いてきた。


【ふふ、苦戦しているわね。というか、私も痛みとか共有しているんだからさ~怪我とかはあんまりしないでくれる? 痛みで眠れないじゃない】


「う、うるさいです……よ。そして出て来ないで下さい。ここは、僕が頑張らないとダメなんだよ」


【分かってるわよ、そんなことぐらい。でも、私だって死にたくはないし、あんな奴らに捕まりたくはないからね。危なくなったら変わりなさい】


 そう言っただけで妲己さんは静かになったので、僕はすかさず、操っている影を槍のように細くし、お坊さんに向けて突き刺そうとしたけれど、それは軽々と避けられてしまいした。

 戦闘経験の違いからなのか、さっきから僕は攻撃を当てる事も出来ず、こうやって軽々と避けられてしまっています。


「はぁ、はぁ……くぅ」


 しかも痛みを我慢しながらなので、影が安定せず、真っ直ぐになってくれない。そこを突かれてしまい、僕は再び蹴り飛ばされた。


「ぐっ……! あぅっ!?」


 そして蹴られた後、激しく地面を跳ね、そのまま空き店舗になっている店の壁に激突してしまった。

 その壁にヒビが入る程なので、これは正真正銘、本気の力で攻撃をしてきていますよ。


「……げ……さい」


 すると僕の耳に、か細くて小さな声が聞こえてくる。


「……たしの……とは……ら……さい」


 その声は、どうやら美亜ちゃんが発しているみたいです。


 美亜ちゃんの方は、さっきから抵抗すらしなくなっていて、力無く地面に倒れ込み、肩で息をしていました。だけど、必死に僕の方に顔を上げ、声を絞り出しています。


「私の、事は良いから……逃げなさい」


 ようやく聞き取れたのは、美亜ちゃんらしくない弱気な発言で、美亜ちゃんが無理をしているのは僕にも分かった。

 美亜ちゃんの目は恐怖の色に染まり、今にも泣き出しそうだけれど、それを必死に堪え、僕を逃がそうとしている。


 相手は僕を狙っているから、自分のせいで僕まで捕まるなんて、そんなのはプライドが許さないんだろうけれど、命よりプライドを取るのは違うよね。


「くっ……美亜ちゃんは、その数珠から抜け出す事だけを考えて。そんなプライドばかり優先して死ぬのは、絶対ダメ!」


 そう言って僕は再び起き上がり、再度右手で狐の形を作ると、影を操る妖術を発動しようとしました。

 だけどその前に、お坊さんが凄いスピードで僕の懐に飛び込んできた。


「えっ? あがっ……!」


 そして、相手が僕の首を乱暴に掴むと、そのまま締め上げられてしまった。

 僕は中学生なので、簡単に体が浮き上がってしまい、更に首が締まっていく。


 苦しい……でもそれ以上に、自分の力の無さが悔しくて、僕は知らない内に涙を流していた。


「このまま意識を奪い、連れて行く」


 朦朧とする意識の中で、僕は必死に抵抗しようとするけれど、既に手足に力が入らない。


【全く……こうなると思ったわよ。約束よ、ここからは私が――】


 妲己さんが僕の頭にそう話しかけてきた時、それを遮るかのようにして、誰かの大声が耳に届いた。


「おい! このクソ坊主! 何してやがる!!」


「な――にぃっ?!」


 その声に、お坊さんが反応して振り向くよりも速く、横から拳が炸裂し、お坊さんはそのまま殴り飛ばされ、地面に数回程転がって寝転んだ。


「げほっ、げほっ……はぁ、はぁ。えっ?」


 自分の首が大きな手から解放された瞬間、僕は必死に息をし、肺に酸素を送り込む。

 一瞬の事で何が起こったのか分からず、僕は吹き飛んで行ったお坊さんへと顔を向けた。相手はピクリとも動いていないですね。


「大丈夫か? いったい何が――って君達、その尻尾と耳は……」


 しまった……この反応からして、一般の人?


 そう思って顔を上げた僕は、目の前でしゃがみ込み、心配そうに僕を覗き込む人を確認します。

 なんとその人は、影法師達によって妖界に連れて行かれていた、さっき助けたばかりの男性だった。


「な、何で……ここに?」


「いやぁ、君達何も言わずに去って行くからさ、せめてお礼をと思って探していたんだよ。そしたらさ、君達の声が路地から聞こえもんだから、こっちにやって来たんだけれど……」


 その人はそう言うと、僕の姿をジロジロと見てくる。

 そんなにジロジロと見られたら、なんだか恥ずかしいのですが。思わず耳を手で押さえてしまい、尻尾を足の間に隠しちゃいます。遅いとは思うけれどね、気分の問題なの。


「そうか……君達も、さっきのあの化け物と同じ存在なのか?」


 同じと言ったら同じですよね。だから僕は、黙って頷きました。


「貴様、愚かな事をしたな。化け物を助けて何になる? さぁ、そこをどけ」


 すると、さっきこの人に吹き飛ばされたお坊さんが、ゆっくりと立ち上がり、そのままこちらに近付いて来ます。


「危ないないから、ここから逃げて!」


 この人は一般人だから、こんな戦いに巻き込むわけにはいかない。だから僕は、自然とそう叫んでいた。


 だけどその男の人は、僕を見た後に美亜ちゃんにも目を向け、ゆっくりと目を閉じると、お坊さんに向かって話しかける。


「おい、坊さんよ。あんたは、“悪い”化け物を退治する人なのか?」


「如何にも」


 その人の質問に対し、お坊さんは自信満々な様子で、自分達は正義のヒーローだと言わんばかりに、力強よく答えた。


 でもその人は、お坊さんに再び質問をした。


「それなら、こいつらも悪い事をしたのか?」


「否。だがこいつらは、存在するだけで人に害を成す。そう、存在そのものが悪なのだ」


 その言葉に、男の人は何故か怒っているような、そんな雰囲気を放ち始める。

 僕はその様子を見て、少し焦ってしまう。

 だって普通の人間が、こんなにも強いお坊さんを相手になんて、出来るがわけないよ。


「待って、お兄さん……そのお坊さんは普通じゃないから」


 だけどその男の人は、僕の言葉に対してにっこりと微笑むと、体の向きを変え、そのままお坊さんに対峙してしまいました。


「決まったぜ、どっちが悪か。そんなの一目瞭然だったな」


 するとその人は、そのまま真っ正面に居るお坊さんに向かって、その顔面に何の躊躇も無く、しかも何の構えも無く、いきなり右ストーレートを叩き込んだ。


「てめぇの方が、明らかに悪者だ!!」


 そう叫びながら放れた、その人の全身全霊を込めた怒りのパンチが、お坊さんの左の頬のど真ん中を、見事に綺麗に捉え、相手を再度地面に倒れ込ませた。

 しかも良く見ると、相手の歯が何本か取れていて、そのパンチがよっぽど強烈なのが分かります。


「なっ、なっ……!」


 妖怪を助ける人間なんて、僕は初めて見ました。ただ呆然と、その様子を見てしまっている。


 驚き過ぎて言葉も出て来ないよ。


「ぐっ、貴様……何をする! 化け物を庇うなど、正気か?」


「そりゃこっちの台詞だ。こんな幼気いたいけな可愛い少女達を、偉そうにいたぶって殺そうとして、そっちの方が正気か疑うな」


 お互いに一歩も引かず、相手を見据えている。その間には、絶対に火花が散っているはずだよ。


 それよりも、これはチャンスなんじゃないの? あのお坊さんに隙が出来ている……それなのに、体が動かないよぉ!


「少女だと? そいつらは妖怪。そう、化け物! 滅すべき敵だ!」


 今度はお坊さんが拳を握り締め、叫びながら思い切り殴りかかってきます。

 完全にお坊さんのターゲットが、この男の人に変わってるじゃんか。このままじゃ危ない!


「ダメ、そのお坊さんはめちゃくちゃ強――」


 たけど、僕が注意する前に、その人の姿が一瞬視界から消える。


 いや……これに1番驚いているのは、対峙しているお坊さんだろうね。目の前の人がいきなり消えるんだもん。

 だけどその人は、その場から消えたわけじゃなく、瞬時にしゃがみ込み、お坊さんのパンチを避けていたのです。


 そのまま一気に懐に飛び込むと、今度はお坊さんのあごに向けて、右アッパーを綺麗にヒットさせていました。

 そのままお坊さんを綺麗に後ろに仰け反らせて、その後3回程地面をバウンドさせてダウンさせる。どんな威力ですか……。


「悪いね。俺は昔ボクシングをやっていてね。化け物以外なら負けた事はないのさ。来いよ腐れ坊主。悪い事をしてねぇのに罰するなんて権利は、お前には無いって事を、その体に叩き込ませてやる」


 その男の人がそう言うと、シャツの首元のボタンとネクタイを外し、高そうなスーツを着崩すしていく。


 あっ、そっちの方が格好いいですね。


 なんて見とれている場合じゃなかったよ。この人意外と強いです!

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