第拾話 【1】 襲撃の滅幻宗
何とか無事人間界に戻り、被害者の男性は僕に感謝をした後、急いで警察に電話をかけていた。
面倒事になる前に退散するべきかな?
「Bランクが11体、額はそこそこになるわね」
美亜ちゃんの方は、今回の事で手に入る報奨金の計算をしているけれど、君にとってはその額はそこそこなんだね。僕としては大金なんですけど……。
だけど、確か美亜ちゃんはこの前、Cランクの手配書を捕まえた時、意気揚々とその報奨金を自慢気に見せていたような。
あれは金額よりも、Cランクを倒した事を自慢したかったのかもね。
「美亜ちゃん、それよりも早くここから離れようよ。後は警察官や、救急隊員の人達に任せよう」
僕は美亜ちゃんに耳打ちをした後、店先に座らせている女性に目をやり、その人の様子を伺いました。
やっぱり気になっちゃうからね。
その人は、相変わらず虚ろな目のままで涎を垂らしている。
これは病院に連れて行っても、もう治らないんじゃないかと思ってしまいます。
でも、警察官にも半妖の人達がいたし、もしかしたら医者の中にも半妖の人がいて、こういう事件で被害を受けた人達の、精神的な治療をしている人達も居るかも。
なんて淡い期待を抱きながら、僕は妖怪センターに戻る準備をする為、再び路地へと戻りました。
美亜ちゃんは、その僕の行為に首をかしげながら着いてくると、あることを思い出たのか、後ろから僕に話しかけてくる。
「あっ、そういえば! あんたは何で自由に妖界を出入り出来るのよ? さっき妖界から簡単に出て来たでしょ? 普通は手続きして、正規の扉を通らないといけないのよ? ここに来るときもそうだったでしょ?」
そう言うと、美亜ちゃんは腕を組みながら僕を睨んでくる。
そうでした……何も考えずに妖界から出て来ちゃったよ。ここに来るときも、正規の扉を通って来たからね。当然、不思議に思って聞いてくるよね。
因みにその正規の扉は、分厚い青銅の扉で厳つかったです。
丁度センターの裏手にあったので、今回はその扉を使ったけれど、その扉は好きな所に出て来られるらしく、出た瞬間には木屋町通りが見えてびっくりしましたよ。
だけど、さっき僕は妖界から簡単に出て来たんだ。これはしょうがない。勾玉の事を話しておきましょう。
「ごめん、言い忘れていたよ。実は僕は、白狐さんと黒狐さんから勾玉を貰っていてね、これを使えば、あの扉みたいに場所移動は出来無くても、その場所から直接妖界に行くことが出来るんだよ」
そう言いながら、僕は美亜ちゃんに白と黒の勾玉を見せました。
すると美亜ちゃんは、更に目を丸くして、その勾玉をじっくりと眺め始めます。
「あ、あんた。これ、神器レベルの妖具じゃない。何て物を貰ってるのよ……ったく、相変わらずあんたは私の神経を逆なでするわね」
あれ? 何で怒ってるのですか? 美亜ちゃんの事が良く分からないや。腕を組んで顔を背けちゃいましたよ。
とにかく、早く戻るなら戻りたいです。
だって、ここから正規の扉に行くには、1度市役所に行かなきゃいけないし、その後人に見られない様に地下通路に降りて、秘密の場所にある扉に行かなきゃいけないからさ、時間がかかって面倒くさいんだよね。
「ふん、まぁ良いわ。違法な事をしているわけでは無いから、あなたの方法で帰りましょう」
やっぱり美亜ちゃんも、あの正規の扉で帰るのは面倒くさいらしくて、僕の帰り方に乗ってきました。
でも美亜ちゃんによると、僕のやり方は特別らしく、正規以外での妖界と人間界の移動は、原則禁止であり、それを行うと違法になるそうです。
だから、あの影法師達はそれを無断で行い、好き勝手に悪さをしていたから、妖怪センターに手配されていたのです。
「それじゃぁ、行くよ?」
そして、僕が両手に勾玉を乗せ、移動の準備をしたその時――
「逃がさん」
「ミギャァァアッ?!」
野太く低い男性の声が聞こえ、突然後ろに居た美亜ちゃんが悲鳴を上げた。
僕が驚いて振り返ると、美亜ちゃんが長くて太い数珠に巻き付かれ、その場に倒れ込んでいました。
「美亜ちゃん?!」
咄嗟に美亜ちゃんに近づき、その無事を確認しようとするけれど、これはどう見ても無事じゃないよ。息を荒くしながら、美亜ちゃんは苦痛に顔を歪ませている。
妖怪に対してこんな事が出来るのは――
「合縁奇縁。妖気を辿って来てみれば、逃がした獲物に出会えるとは。邪魔者を滅した後、お前は連れて行く」
その声の元を見ると、目の前には、僕達の家を襲ったあのお坊さんが、錫杖に付いている鈴を鳴らしながら、こっちに近づいて来ていました。
滅幻宗……でしたっけ?
ついでに、その鈴の音を聞くと頭が痛くなってくるんですけど……。
「この鈴の音を聞き続けると、いかな妖怪と言えども、脳を破壊され、苦痛の内に滅してゆく。死にたく無ければ、拙僧と来い」
そんな厄介な物を用意して来ているなんて、どうしよう……。
そして、この口調に声色は、学校にも襲撃して来ていた、あのお坊さんに間違いないです。顔は大きな笠を被っているので、ハッキリと良くは見えないけれど、絶対に間違いない。
この人はとてつもなく強く、あの白狐さんと黒狐さんとも対等に戦っていた。僕なんかが相手に出来るレベルではないと思う。
そしてこのお坊さんは、何故か僕を殺すのでは無く、捕らえる事を目的としていた。
「うぐ、くっ。み、美亜ちゃん……しっかりして」
痛む頭を押さえながら、僕は美亜ちゃんに声をかけるけれど、鈴の音を聞いているのと同時に、数珠で縛られているので、どうしようも出来ずにいる。
「フミィィ……ふぅ、ふぅ」
それでも美亜ちゃんは、必死に抵抗していた。
こんな状態でも、自分では勝てない様な相手でも、美亜ちゃんは負けたくないという想いから、必死に色んなものに抗っているんだ。
例えそれが、敵わぬ強敵でも。
「美亜ちゃん……」
それなのに僕は……敵の強さと恐怖の余り、逃げる事を最優先にしていた。
それは確かに間違いでは無いだろうけれど、今この状態で逃げようとしても、上手くいかないのは分かりきった事じゃん。
僕は全く変われていない。
自分より弱そうな相手にだけ、意気揚々と立ち向かえているだけじゃん。本当に馬鹿じゃないですか。
何の為に、僕は変わろうとしているの?
何の為に、強くなろうとしているの?
何の為に、今頑張っているの?
全て――
「白狐さん黒狐さんと一緒になって、戦いたいからじゃんか!!」
頭が痛いくらいで、怯んでどうする僕!!
「うわぁぁあ!!」
僕は、頭痛を吹き飛ばすようにしながら叫び、白狐さんの力を解放していくと、お坊さんへと突進して行きます。
ただ突進するだけじゃなく、ちゃんと爪を伸ばし、ひき裂こうとしていますよ。
「ふん!」
だけど、錫杖で軽々とその身を吹き飛ばされてしまい、そのまま路地の壁に激突してしまった。
「いっ……!!」
そして、口の中に血の味が広がっていく。
どうやら、思い切り錫杖で頬を殴られたようです。早すぎて分からなかった。
「うっ、くぅ。はぁぁあ!!」
それでも怯まずに叫び続け、お坊さんに突撃して行きます。
錫杖で攻撃すれば、一瞬でも鈴の音が止まり、この頭痛も止まる。だからその間に、美亜ちゃんが数珠から脱出出来れば良い。
それとさっきの勾玉。
実は白狐さん黒狐さんと話したいと念じておいたので、密かに2人に繋がっているはずなんです。
この戦闘音を聞いてくれるだけで、恐らく来てくれるはずです。
「しつこい!」
「ぐっ!」
再び錫杖で吹き飛ばされ、僕は床に激しく叩きつけられる。
正直、かなり痛いし泣きそうになるよ。でも、絶対に泣き言は言わないし、こんな奴に屈したりはしない!
「妖異顕現、黒焔狐火!」
僕は気合いを入れながら立ち上がり、同時に左手を狐の形にし、黒狐さんの力を解放すると、そこから黒い炎の塊を出し、お坊さんに目がけて放ちました。
「2度も食らわん」
そう言うと、お坊さんは錫杖でその炎を振り払ってきた。いったいどんな錫杖ですか……。
でも、どうせそうなるとは思っていたよ。
だから僕は、次に白狐さんの力を解放し、そのお坊さんとの距離を一気に詰めます。自分自身が出した炎だからか、舞い散った火の粉は熱くなかったです。
そのまま怯むこと無く、お坊さんの手にある錫杖に狙いを付けると、伸ばした爪で思い切り叩き折ってやりました。
「なっ?!」
笠の中から覗く目が、驚愕して見開いているのを見て、少しだけ気分が良くなったけれど、それでお坊さんの戦意が削がれる事はなかった。
間髪入れずに、僕のお腹に思い切り蹴りを入れ、そのまま突き飛ばされてしまいました。
「あっ、かはっ……」
流石にかなり痛かったので、苦痛で顔が歪み、胃の中の物が逆流しそうになりまきた。
女の子のお腹を蹴るとか、本当に最悪ですね。
「貴様、あくまで抵抗するのか。何も無傷で連れて来いとは言われていないのだ。苦しむ前に大人しくした方が良いぞ」
お腹を押さえて倒れ込む僕に、お坊さんはそんな言葉を投げかける。
あなたの行動で、そんな事は分かっています。だからって言う事を聞く訳にはいかないし、危険な考えを持つあなた達に着いて行ったら、悲惨な目に合うのは誰が見ても分かりますからね。
「美亜ちゃん、動ける? 美亜ちゃん!!」
とにかく、美亜ちゃんが何とか動けるようになっていないかと、そっちを確認するけれど、美亜ちゃんは相変わらず苦しんでいる様子です。
「ふん、あの化け猫には消えて貰う。数珠には俺の『練気』がたっぷりと込められている。直に消滅する」
その言葉を聞き、僕は一気に絶望的な気分になった。
だけど美亜ちゃんは、まだ諦めずに藻掻いている。
だから僕も諦めない。最後まで、戦い抜いてやるんだ!
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