第玖話 【2】 新妖術炸裂!
「わっ、たっ、あわわ!!」
僕に視線が向いた瞬間、大量の影法師達が腕を伸ばして攻撃をしてくる。
一旦逃げようとはしたけれど、そんな時間も与えてくれ無かったので、とにかく避けまくるしかなかったです。
「こうなったら……! 1体ずつ向こうに送って、美亜ちゃんに捕まえて貰うしか無い。だけど、出来るかなぁ……」
少し不安になったけれど、影法師達をチラッと見て、その態度にムカついてきました。
それは、影法師達の赤い目が細くなり、明らかに人を小バカにしたような笑みを浮かべていたからです。
「俺達を捕まえる?」
「俺達に捕まるの間違いだろう?」
「この人間の様にな」
それぞれ色んな方向から、影法師達が僕をバカにしてくる。
そんな影法師達が指さす先には、震えて縮こまっている様子の男性の姿があった。髪の毛が明るい茶髪だし、見た目ホストっぽい人ですね。
もう僕の中では、こいつらを絶対に許さないという思いが湧いてきています。
だけど、影の妖術では無理。
そうなると……今朝、思い浮かんだばかりのあの妖術しかないかな。
初めてだから、どこかで試した後に使いたかったけれど、炎も効きそうにないし仕方が無いね。
そして僕は、影法師達から距離を取ります。
それにしても、簡単に距離を取らせてはくれないと思っていたら、影法師達は遊んでいるのか、その行動を止めようとはしてこなかったよ。
バカにしているね。何だかムカついてきますよ。
「逃げるのか? どうせ逃げられんぞ。ククク、好きな様に逃げてみろ」
そんな言葉も聞こえてきて、流石の僕も言い返します。
「何を言っているんですか? 逃げる気なんて無いですよ」
そして、僕は右手を狐の形にすると、深呼吸して目標を定めた。
先ずは左にいる奴。
人間界と妖界を繋ぐ、あの移動用の影に近いし、なにより一番油断しているから上手くいくはずです。
ついでに妖術を使う時は、いつも耳も尻尾も黒狐さんの様に黒くなっています。
だから、僕の体毛が変化した事に、影法師達は多少驚いていたけれど、それでも僕を好きな様に
恐らくこの後、その油断してほくそ笑んでいる顔が、一気に怒りの色に変わるだろうから、距離を取りやすくする為にも、後ろに壁が無いところに居ておかないとね。
「妖異顕現、
僕がそう叫ぶと、狐の形をした右手の指先から、黒い鳥の羽根を付けた真っ黒な矢が1本飛び出て、狙いを付けた影法師に向かって行きました。
実はこの矢には、狙った敵への追尾機能が付いていて、少し狙いが外れていようが、相手が逃げようが、確実に的を射抜く事が出来るんだ。
だけど、狙いを付けた影法師は避けることもしない。
どうせ影だからすり抜ける――と、そう思っていてくれているようで助かりましたね。
この矢は、実体の無いものを射抜く矢なんだよ。
「ぐはぁっ?!」
その矢は、見事に影法師の体のど真ん中に命中し、そのままの勢いで、壁にある影へと向かって行く。
そしてその影法師は、影の中へと吸い込まれて行った。
その後どうなっているかは分からないけれど、向こうで美亜ちゃんがスタンバイしていて、ちゃんと捕まえてくれているはず。今はそう信じよう。
ついでに言うと、この黒羽の矢の追尾機能は、僕の精神力で補っています。
要するに「そいつを追いかけろ」と、そう強く念じれば追尾してくれますが、それを念じ続けなければならないのです。
だからこれ、結構疲れるの。出来たら、1回で2体以上を射抜きたいところです。
「な、何だこいつは!」
「ちっ、全員でかかれ! 押さえつけろ!」
そう来るよね。だから距離を取りやすくしていたのです。
怒った影法師達は、一気に地面へと溶け込んで影へと変化し、地面や壁を這うようにして僕へと向かって来ます。
この状態だと矢では射抜けないから、とりあえず逃げるしかないね。
「へへ、逃げるんかよぉ」
「なんだ、その程度かよ。焦らせやがって。所詮影には勝てないのさ」
「とっ捕まえて精神を乗っ取ってやるさ」
僕を乗っ取ろうとしても、妲己さんに弾かれると思うけど――って、余計な事を考える前に、敵の攻撃を回避しないとね。
影法師達は考えも無しに、影の中から腕を伸ばし、それで僕を捕らえようとしてくるけれど、実はそれを狙っていたのです。
「妖異顕現、黒羽の矢!」
影法師達の腕が出た瞬間、そっちの方を振り向き、僕は再びそいつらにさっきの黒い矢を放ちます。
「ぐわ!」
「うぉ!」
「な、なに?!」
あっ、やったね! 3体同時に射抜けたよ。
上手く狙いを付けながら、弧を描く様にして、横から次々と影法師の腕を射抜く事が出来て、ちょっとだけ嬉しくなっちゃったよ。
そのままそいつらは腕に引っ張られ、地面や壁の影から出て来ると、止まらない矢に引きずられながら、別の影へと向かって行く。
そこはさっき1体送りつけた、人間の世界に繋がっている影です。
そこに行くようにと、僕が念じているのですからね。
だから、抵抗虚しく影法師達3体は、一緒に連れ立って影の中へと飛び込んで行った。
これで4体ですね。まだ半分近く残っているけれど、この調子でいけば何とかなるかも。
―― ―― ――
「ぐぉあ!!」
「ちっ、ちくしょう!」
10分後。
最後の2体を矢で射抜き、目的の影へと向かわせ、そのまま影の中へと放り込んだ。
「ふぅ、これで全部――かな? うん、大丈夫だね」
再度辺りを確認し、ここの影法師達を全部片付けたのを確認すると、今度は捕らえられていた男性の元へと向かい、その人の無事を確認します。
「あの……大丈夫ですか?」
「ひっ、ひぃ!! な、何だよ! 獲物の取り合いして、今度はお前が俺をおもちゃにするつもりか! ち、ちくしょう……煮るなり焼くなり好きにしろ!」
えっと、錯乱していますね。だけど、これは無理も無いと思う。
僕はこの人の前で、妖術使っちゃったんだよね。だから、仲間だと思われていてもしょうが無いかも知れない。だけど、僕は悪い妖怪では無いからね。
とにかくこの人を落ち着かせないと、ここから脱出しようとしても、僕に着いて来てくれないと思う。
だからその男性を落ち着かせる為に、助かるんだということを、僕はその人に必死に訴えかけ続けた。
「はぁ、はぁ……う、嘘じゃ、ないのか?」
「あなたがそんな状態なのに、それで嘘をついたところで労力の無駄じゃないですか?」
助かるとか脱出出来るとか、そういう嘘をついて嵌めるにしても、疑っていない状態を狙って言うでしょう?
冷静になれば分かることだけれど、それだけ錯乱しているんだね。
「そ、そう……か。そう、だよな。わ、悪い……取り乱していたよ。目の前で繰り広げられる戦いで、君は、俺達を戦いに巻き込まないようにと、常に気を使っていたよな」
その男の人はやっと冷静になってくれたようで、ようやく僕の事を信じてくれました。
「あっ、それならさ。もう1人居るんだわ、捕まった人。ほら、そこの路地の所。女性が座っているだろ?」
男の人からそう言われ、僕がその路地を確認すると、確かに女性が居ました。
だけど、その女性は虚ろな目をして涎を垂らし、足を八の字にして座り込んでいた。何かブツブツと呟いていて、既に精神が壊されているようですね。
「遅かったのですね……」
その人を見て、何だか申し訳ない気持ちになっちゃいました。それでも早くここを出て、この女性を病院に連れて行かないといけません。まだ助かるかも知れない。
そして僕は、胸ポケットから2つの勾玉を取り出すと、後ろにいる男性に声をかけます。
「ごめんなさい。嫌かも知れないけれど、この人を運んでくれる? 僕がやりたいけれど、ここから出る為の扉を出さないといけないから」
僕の言葉に、その男性は嫌な顔をせず、その女性の元へと向かうと、しっかりと担ぎ上げて背中に背負い、僕の後ろに付きました。
それはそれで、早くここから出せと言わんばかりですね。
その後に僕は、妖界に移動する時にいつも行っている事をしました。
毎回やっているけれど、この扉を作る時は、そんなに妖気を必要としないようで、ちょっと驚いています。
凄く妖気を使いそうだけれど、これが一番妖気を使わないのですよ。この勾玉を使っているからかな?
「よし! この空間の歪みのような部分に行けば、ここから出られるよ。ちょっと不安だろうけれど、だいじょ――って、もう行ってるし!」
その男性の行動の早さときたら、びっくりしましたよ。
早くここから出たかったのは分かるけれど、少しは躊躇しないのですか?
何で僕が置いてけぼりを受けるのか、そこが釈然としないんだけれど、とにかく助けられたから良しとしましょう。
とにかくその男性に続き、僕も人間界へと戻ります。
相変わらず、この色の反転した空間は気持ち悪いです。あの男の人は気持ち悪くなかったのかな?
「あっ、椿! 戻ったわね~いったいどういう事よ! 大量に影法師が出て来るから、私焦ったわよ! それと、あんた何をして妖界から出て来たのよ!」
そして妖界から出てくるなり、美亜ちゃんが詰め寄って来ました。
1度に色んな事を確認しようと、僕に向かって色々と言ってくるけれど、こっちは聖徳太子でもないので、1個ずつお願いしますね。
だけど、連絡が取れなかったから焦るのは分かるし、これは仕方がないです。
「ご、ごめん。連絡の手段が無かったし、美亜ちゃんなら何とかすると思ったから……あっ、だ、駄目だった?」
すると美亜ちゃんは、どこか得意気になりながら、妖怪を封印する巻物を取り出してくると、それを見せつけるようにしてきました。
「大丈夫よ、全員捕まえたわ。まぁ、あんたの矢で壁や床に固定されたから、捕まえるのは簡単だったわよ」
良かった……信じて正解でした。
だけど美亜ちゃんは、どこか納得のいっていない表情をしている。
「あんたは相変わらず、人の神経を逆なでするのが上手いわね。こんなの、殆どあんたが捕まえたようなものじゃない!」
「あっ……いや、その……」
言い返せませんでした。美亜ちゃんの名誉挽回のチャンス、これだと僕が奪っちゃってるよね。
早く妖怪を倒して、引きずり込まれた人を助けないとって、そう思っていたら、美亜ちゃんの事情が頭からすっぽ抜けていました。
でも美亜ちゃんは、そんなに怒っている様子でも無く、落ち込んでいる様子でも無く、何だか微妙な表情をしながら、その場で俯いていました。
その美亜ちゃんの目は、何かを決意したような目でもあったけれど、寂しさや怯えまで入っているようで、何だか良く分からない、気難しい表情になっていました。
やっぱり、家の事と何か関係があるのだろうね。
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