第玖話 【1】 妖怪「影法師」

 京都、四条にある木屋町通り。


 僕は今、美亜ちゃんと一緒にこの場所に来ています。もちろん妖界ではなく、人間の世界のですよ。


 あれから白狐さんと黒狐さんに事情を説明し、2人は別の仕事をヘビスチャンさんから依頼されました。

 因みに、そっちの任務にはレイちゃんが必要らしく、特別に貸してあげました。


 そういうわけで、こっちの任務は美亜ちゃんと2人でこなすことになりました。


 依頼内容はというと、1週間程前からこの場所で、2人の人が別々の日に行方不明になるという事件が発生していて、その原因となっているものを探り、妖怪なら捕獲し、別の要因ならセンターに報告する。と言った内容です。


 そしてこの木屋町通りは、鴨川の近くを京都駅付近から真っ直ぐ北に、御池通りまで伸びる道で、脇に小川が流れているのが特徴的な道です。

 この小川は昔、物を運ぶ為の船を渡していたみたいだけど、今は風景として渓流の様な形に改良し、風情をだす為の装飾が施されているのです。


 人で賑わうのは、ここ四条通りから御池通りにかけて伸びる所で、居酒屋が多く立ち並んでいる為、金曜日等はサラリーマンでごった返しになるんだ。

 でも実は、この木屋町通りはガラの悪い人が多く、地元の人は仕事以外で行くことを、極力控えているみたいなんです。


 それとその横には、鴨川と木屋町通りの間に挟まるようにして伸びる細い道があります。四条通りから続くこの狭い道、そこが観光地でも有名な、先斗ぽんと町と呼ばれている場所なんです。町とはつくけれど、町名として存在しているのでは無く、単にそう呼ばれているだけの呼称なんです。


 ここは花街として栄えた歴史を持ち、芸妓さんや舞妓さんはここで接待したりしています。

 そう、テレビとかでも良く見る、鴨川を眺める様にして外に伸びている、あのお座敷のある料理屋、そう言った店が軒を連ねているのが、ここ先斗町です。


 一見さんお断りのお店もあるし、値段が桁違いに高いお店もあるので、初めて行く人は注意しましょうね。ここ先斗町は、その風景だけを楽しむのもありですからね。

 特に夕方等は、店先の外灯が幻想的で、石造りの道が独特な雰囲気を生み出し、京都ならではの究極の和を楽しむ事が出来ますよ。


 そして行方不明事件は、ここ先斗町と木屋町通りを繋ぐ、更に細くて狭い路地で発生していました。ここの方が狭さと古さも相まって、まるで昭和にタイムスリップした様な感覚に陥ります。

 この狭い場所にも、飲み屋とか小料理屋があって、その店も古くてボロボロだから余計にそう感じるのかも。


「ふふん、まさに京都ならではの場所ね。こんな大勢の観光客がいる中で、妖怪が好き勝手暴れているかも知れないのね」


 この場所に到着してからというもの、美亜ちゃんは腕を組みながら、四条通りから伸びる木屋町通りを眺め、そんな雰囲気を楽しんでいます。

 そんな場合じゃないとは思うけれど、この強気な姿勢は僕も見習わないとね。


 それと今の僕は、周りの人から見たら普通の中学生に見えるはず。耳と尻尾は見えないし、制服のままだからね。

 美亜ちゃんは黒いドレスみたいな服装だけど、見えないから大丈夫でしょう。


 周りは人でいっぱいだし、夕焼けに照らされているこの路地は、正直妖しさで満ちあふれている。

 それに案の定、妖気が壁や床やらにへばり付くようにして漂い、そこに妖怪が隠れているような、そんな雰囲気を出していました。


 とにかく、この妖気を調べないといけないですね。


「ん~と……出た。Bランクの妖怪『影法師』だね」


 へばり付いているその妖気をスマホに取り込み、手配書アプリで検索し、僕はその妖怪を確認した。


 どうやら人の影が感情を持ち、化けたものらしい。そして影から妖界へと連れ込み、心を折ってからその精神に侵入する。なんとも恐ろしい妖怪ですね。

 悪さをしなければ、大人しく人の影に溶け込むだけなのだけれど、手配書のそいつは、精神に侵入した相手に悪意を植え付け、犯罪行為をさせるそうです。


「ふ~ん。それなら、行方不明になった人達の命は大丈夫そうね」


 すると美亜ちゃんが、僕のスマホを覗き込みながら言ってきます。だけれど、自分の携帯で確認してよ。顔が近くて、ちょっとドキドキしちゃうよ。

 だって僕自身は、まだまだ男の子の精神でいるつもりだし、美亜ちゃんみたいな美少女に突然近寄られたら、緊張してしまうのは当然だよ。


「み、美亜ちゃん……自分の携帯は?」


「うっ、な、無いわよ」


 僕の言葉に、美亜ちゃんは凄く言いにくそうにし、俯きながら答えた。

 聞いちゃいけない事を聞いちゃったようで、僕も少しばつの悪い顔になっちゃってると思う。美亜ちゃんに、余計辱めを与えちゃったかも。彼女の顔がみるみる真っ赤になっていきますよ。


「わ、悪い?! どうせ出来が悪いからって、そんなの持たされていないわよ!」


「ご、ごめんなさい!」


 そう謝った後、僕は耳も尻尾もペタンと下げ、見るからに反省の態度を見せているんだけれど、美亜ちゃんは構わず路地の先へと進んで行きました。

 こんな所で1人にさせると危ないと思い、慌ててその後を追いかけるけれど、美亜ちゃんは両耳を別々に動かしていて、警戒を怠っていなかった。


「良いこと? ちょっと強いからっていい気になっていると、いつか足元をすくわれるわよ!」


「いや、別にいい気にはなっていないよ」


 僕が後を着いてきているのが分かったのか、美亜ちゃんは振り返りながら、そんなことを言ってきた。


 彼女からしたら僕は、いい気になっているように見えたのかな?


 そんなつもりは一切無かったから、僕は必死に否定するけれど、美亜ちゃんは再び前を向き、辺りの様子を伺いだしました。


「それで、この妖気の持ち主はどこに居るの?」


 その直後、美亜ちゃんが前を向いたまま問いかけて来ました。

 探すのは僕だから、それはそれで良いのだけれど、美亜ちゃんはもうちょっと……何というかこう、落ち着いた方が良いと思うよ。


 だって、今まさに彼女の後ろから、影の様な腕がゆっくりと伸びてきているからね。しかもその手は、床に伸びている路地の壁の、その影から出て来ていたんだ。


「妖異顕現、黒焔狐火」


 右手を狐の形にして、僕は黒い炎の塊を出すと、その影の手を引っ込めました。


「あっつ!! ちょっと椿、何するの! 私の綺麗な尻尾が焦げるでしょう!」


「あっ、ごめん。火力がまだ上手く調整出来なくて……でも、影から真っ黒な手が伸びていたし、危なかったから」


 いきなりの出来事に美亜ちゃんがびっくりし、僕の方を振り向くと、腕を組んで注意してきました。

 これは当然でしたね……先に声をかけるべきでした。咄嗟だったから追い払わないとって、そう思ったのだけれど、美亜ちゃんからしたらいきなり僕に攻撃されたんだから、そりゃ怒るよね。


「黒い手って、椿の後ろから伸びてきているその手?」


「えっ? わぁ!!」


 すると、美亜ちゃんがキョトンとした顔で言ってきたので、ゆっくりと後ろを向くと、また同じようにして影の腕が伸びて来ていました。


 それはなんとかギリギリで避けられたけれど、美亜ちゃんが言ってくれなかったら絶対に気づかなかったよ。だって、妖気も僕と似ていたからね。

 その理由も、黒い腕がどこから伸びているのかを見た瞬間、一瞬で分かった。自分の影から、黒い腕が生えていたんだからね。


 そして黒い腕は、そのまま僕の影の中に引っ込むようにして消えていく。


 それにしてもさっきの2回とも、攻撃をするよりも捕まえようとしていたね。


「さっきのが、影法師の妖術かしらね?」


「そうみたいだけれど、どうやらこっちの世界には居ないみたいだよ。この路地に溢れる妖気の元を辿ってみても、何処にもたどり着かないんだよ」


 僕は立ち上がりながら辺りを確認し、美亜ちゃんにそう伝えると、彼女は思案顔で何かを考えているような、そんな格好をしました。


「美亜ちゃん。妖怪の居場所を考えるよりも、先に後ろの腕から回避する事を考えようよ」


「へっ? みゃぁぁあ?!」


 僕の声に気付いて後ろを振り向いた後の、美亜ちゃんの驚愕の顔はちょっと可愛かったかな。

 それよりも、彼女を狙って無数に伸びる、この影の腕を何とか止めないといけませんね。


「妖異顕現、影の操」


 そして、以前使ったもう1つの妖術で、僕はこの無数の影を操ろうとするけれど、相手は影の妖怪、向こうの方が影を操る事に関しては上手だったよ。全く影の腕を止める事が出来ない。


「ちょっと!! 何とかしなさいよぉ!」


 必死な形相で逃げながら言われてもなぁ……。


 ちょっと前の僕も、あんな風に必死な顔だったのかな? 人の振り見て我が身を直せとは、良く言ったものです。


「それなら……目には目を歯に歯を、影には影をだ!」


 そして次の策にと、僕は自分の影を操り、同じ様にして影の腕を伸ばすけれ――ど、これはどう頑張っても2本しか出せないですよね。


「あっ、全然足りないです……」


 それに対し、相手は倍どころではない程の影の腕を操っている。圧倒的に差がありすぎですよ。


 この差はどうなっているのでしょうか?!


「この役立たず~!!」


「美亜ちゃんもでしょうがぁ!!」


 そして遂に、僕まで美亜ちゃんと一緒になって逃げ出します。


 だけどそもそも、ここの路地は短くて、直ぐに木屋町通りか先斗町に出てしまうので、逃げようにも場所が限られている。

 こんなのを一般人に見られるわけにもいかないし、既に騒ぎを聞きつけ、数人がここにやって来ていて、不思議な顔をして僕達を見ているもん。


「くっ! 不味いわ、人間に見られるわよ!」


 そんな事は分かっているけれど、どうすれば良いのだろう?


 そんな中で、僕は突然ある事を思いつく。別に、僕ならこの状況はピンチではなかったですね。


「美亜ちゃん! 君はこのままここで待ってて! 僕がこの影から妖界に行って、向こうで影法師をこっちに追い込むから、出て来たところを捕まえて!」


「へっ? ちょっ!」


 急がないと人が更に集まるし、僕は美亜ちゃんの返事を聞かずに走り出します。

 そして腕に掴まれないように交わしながら、その腕が伸びている地面の影へと向かって行く。


「もう! 自分勝手なんだから!」


 それを見た美亜ちゃんが、僕の後ろでそう叫んだ後、地面から飛び上がる音が聞こえてくる。どうやら、そのまま壁伝いに上に上がっているようです。

 流石は猫の妖怪だね。その身軽さは羨ましいよ。僕なんか、さっきちょっと捕まりかけましたよ。


 それでも何とか捕まらず、腕の伸びている影に辿り着くと、意を決してそこに飛び込みました。


 すると、まるで水の中に飛び込んだような感覚になり、目の前が真っ暗になります。

 黒い水の中を進んでいるような感じで、そのまま真っ直ぐに進んで行くと、急に赤い夕焼けの光が僕の目に飛び込んできた。


 そして今度は、地面から飛び上がる様にして影から出ました。

 下に飛び込んだのに、上から飛び上がるのは、感覚的に変な状態なので、地面に着地する時にふらついちゃいましたよ。


 だけど、何とか妖界に辿り着いた様です。

 この人間界の夕焼けよりも、真っ赤で燃える様な夕焼けは、妖界独特の風景で、僕達がいたあの場所は、建物がボロボロになっていて、如何にも恐ろしい雰囲気を出していた。


 そして僕の目の前には、僕の背丈の3倍以上はあるであろう、細長くて黒い人が――


「た、沢山いるぅ?!」


 見る限りでは軽く10体近くは居て、僕の登場に反応し、そいつらが一斉に顔をこちらに向けてきましたよ。


 しまった、この数は想定外でしたよ。に……逃げた方がいいかな?

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