第捌話 初めての共同任務

 それから翌日。

 僕は学校帰りに、妖界にある妖怪センターに立ち寄っています。


 昨日捕まえたBランク妖怪、うつわをセンターに引き渡す為です。

 もちろん白狐さんと黒狐さんも、Aランクの妖魔を引き渡しに僕と一緒に来ています。


 一応報奨金も出るようで、それらの支払いは、今住んでいる場所の国の通貨で支払われています。

 懸賞金という言い方で無いのには、ちゃんと理由があるそうで、賞金稼ぎというイメージがつくからだそうです。

 だから、あくまで捕まえてくれたその努力に対して、報償金が支払われる事になっています。


 因みに、わざわざ住んでいる国って言った時点で、もう気づいたかも知れないですが――


 そうです。海外にも日本で言う所の、妖怪という者が存在しています。


 更にこれも人間と同じで、海外の妖怪達が日本に移住したり、休暇で旅行するために日本に来ていたりします。

 そこで、そんな妖怪達が悪さをしないようにと、各国のセンター同士で情報交換をしたりしています。


 かなり本格的な組織だなぁって感じたけれど、そもそも海外の妖怪達と会うことは、余程の事がなければ無いそうです。


「椿様、お待たせしました。手続きが終わりましたので、3番窓口へどうぞ」


 僕がそんな事を考えながら、センターのロビーで待っていると、受け付けの中から呼び出されました。

 慌てて受け付けへと向かい、そこに居た蛇の執事妖怪、ヘビスチャンさんから封筒を手渡された。


 なんだか思った以上に厚みがあるけれど、気のせいでしょうか?


「いやぁ、流石は椿様。たった数日の内に、もうBランク妖怪を捕まえるとは。本当に先が楽しみです」


「あ、ありがとうございます」


 ヘビスチャンさんの僕への評価がドンドン上がっている気がする。終始舌をチロチロと出して、嬉しそうにしているんだもん。


『おっ、椿よ、ちゃんと受け取ったか?』


 その後、白狐さんと黒狐さんに声をかけられました。そっちも終わったようで、2人一緒にこちらにやって来ています。


 昨日の夜あんな事があったから、黒狐さんとは顔を合わせづらいけれど、顔を背けるとまた距離を空けそうだし、恥ずかしいけれど、ここはいつも通りに振る舞わないと。


「うん、だ、大丈夫。ちゃんと受け取った――けど、ちょっと分厚い様な……」


『そりゃそうだ。Bランク妖怪から額が跳ね上がるから、最低でも50万は貰えるはずだぞ』


「ごじゅ――?!」


 黒狐さんに言われた金額が、僕の予想していたものとは桁が違っていたので、体が硬直して動けなくなっちゃいました。


 そんなに貰っても良いのでしょうか?


『その分危険度が増しとるから、本来はいきなり狙えるレベルでは無いのだ。椿は我らの力を持っているから、割と簡単に倒せているだけで、他の妖怪達は苦戦必至の妖怪だぞ』


 白狐さんにそう言われたけれど、思い返せば実際に倒したのは妲己さんでしたね。僕は倒していないよ、捕まえただけだよ。


 駄目だ……もっと強くならないと。


「そう言えば白狐さんと黒狐さんって、報奨金はどうするんですか? 2人で退治しても金額が……」


『ん? 不本意だが、半分に分けているわ』


 白狐さんは不本意なんですね。でも、黒狐さんも同じ表情だから、そったも不本意なんでしょうね。

 それでも、2人共僕より分厚い封筒を持っているので、貰っているのは相当な額だと思う。


「んっ? あっ! そうだ、これ学費に――」


『そんな心配はするな、椿よ。金銭的な事は、全て翁がやってくれとるわ』


 せっかく良い使い道があったと思ったのですが、白狐さんに現状を言われ、学費の心配はしなくて良くなりました。


 それなら、この大金はどうしたら良いんでしょうか?


「あ~ら! 何か辛気くさい妖気がすると思ったら、ダメ妖狐の椿じゃない!」


 すると今度は、後ろの方から甲高い声が聞こえて来ました。

 しかも、この声には聞き覚えかありますよ。僕はあんまり会いたくない妖怪です。


「あら? あなたまさか……手配書の妖怪を倒して、報奨金でも貰ったの?」


 そんな僕の思いなどお構いなしに、ズンズンと近づいてくる黒猫の美少女。そう、金華猫の美亜ちゃんです。


 相変わらず艶のある黒髪ロングヘアーを、颯爽と歩きながら靡かせている。

 今日は黒のドレスっぽい服装で、スカートが以前より短めだけれど、膝より下だから上品そうには見えるね。


「ふふん、どうせDランクの小物でも捕まえて、それで意気揚々としているんでしょう? 私なんてCランクよ! 報奨金の額もあなたより上!」


 そう言って、美亜ちゃんは封筒を見せびらかしてくるけれど、明らかに僕より薄い。

 CランクとBランクって、そんなに差があるの? それとも、手配書に記されている妖怪の強さにも比例するのかな?


「んっ? ちょっと待って。あなたのその封筒の厚み……」


 ようやく美亜ちゃんが僕の封筒に気づいたらしく、まじまじと見つめた後に、手に持っている自分の封筒と見比べ、そして徐々に美亜ちゃんの体が震えだしました。


「ふ、ふふ……こ、これで勝ったと思わない事ね! どうせ、1番倒しやすい妖怪を狙ったんでしょ!」


 美亜ちゃんはプライドが高いですね。

 とにかく、どこか自分が勝っている部分が欲しいみたいです。


「いえ、椿様はBランクでも上位に入る厄介者、噐を捕獲されました」


「はぁ?!」


 すると、受け付けからヘビスチャンさんが出て来て、ツカツカと僕達の元にやってくると、容赦なく美亜ちゃんにトドメを刺した。


 あの妖怪って、Bランクでも上位に入る程に厄介な妖怪だったんですね……。


 それを聞いた美亜ちゃんは、目を丸くした後、何かブツブツと呟いています。

 よっぽど悔しいのか、せっかく貰った報奨金を封筒と一緒に握りつぶし、体はより一層悔しさで震えていました。


「美亜“さん”。そんなに椿様に負けたく無いのですか?」


 その前にヘビスチャンさん、更に美亜ちゃんにトドメを刺さないで下さいよ。

 何で美亜ちゃんは“さん”なのに僕は“様”なの?! 白狐さんも黒狐さんも自慢気にしないで!


「あ、当たり前じゃない。わ、私は常に、トップじゃなければ、そ、そうじゃなければ……あ、あの家から」


 あれ? 震えていたのは悔しさじゃないのかも。


 怖がっているのか、美亜ちゃんは両腕で自分を抱き締めるようにし、必死に震えを止めようとしている。

 以前に白狐さんが言っていた、美亜ちゃんの家柄と何か関係しているのかな?


「ふむ、それでしたら。名誉挽回の為に、今から椿様と共に、Bランクの任務を受けてみますか?」


 その様子を見ていたヘビスチャンさんが、いきなりそう提案してきた。


 あの……僕の意思は関係無しですか?


「えっと、美亜ちゃんと……?」


 僕はちょっと不安そうに言うけれど、言った後に後悔しました。

 だって美亜ちゃんからは、まだ名前で呼んで良い許可を貰っていなかったんだよ。この前名前を呼んだら怒られたからね。


 だけど、返ってきたのは意外な言葉だった。


「な、何よ。どうせあんたの方が強いし、私なんか足手まといで邪魔だって、そう思っているんでしょう?!」


「え、えぇ?! そ、そんな事ないよ!」


 僕は必死に否定するけれど、美亜ちゃんは目を細めながら、ジッと僕を睨んでいる。


 こ、怖い……いじめっ子の目じゃなくて、本気で怪しんで睨んでいる目だよ。


「本来これは、椿様達にと思い持ってきたものですが、実力のバランスから見て、美亜さんでも問題ないと思ったのですが。如何でしょう?」


 ヘビスチャンさん、言葉が巧いですね。

 フォローしているようだけれど、その口調から、美亜ちゃんを試しているようにも聞こえる。


 流石ですね。伊達に長い年月、執事を勤めていたわけでは無いのですね。


「ふ、ふん。しょうが無いわね。そこまで言うのなら、この子と一緒にその任務、やってあげるわよ!」


 そして、上手く美亜ちゃんは乗せられたようです。結構張り切っちゃっていますよ。これは断れなさそう。

 だけど僕だって、苦手な人でも怖がらず、普通に接する事が出来るようにならないといけないんだ。


 それに、美亜ちゃんは訳ありみたいだから、今回は一緒にやってみたいとも思っているよ。


「これを成功させれば、お父様やお母様も私を……」


 美亜ちゃんは背中を向けると、やっぱり何かブツブツと呟いていた。今回はハッキリと聞こえたけどね。

 その言葉から、予想していた通りに、家族と上手くいっていないのが分かったよ。


 1番最初に会った時、試験の時に一緒に居たあの女性が、母親なんだと思う。

 実はあの時、美亜ちゃんに投げかけられた言葉が、僕にも聞こえていたんだ。


『一族の恥さらし』


 ――ってね。


 一瞬だったからこれだけしか聞こえなかったし、その時は何の事だか分からなかったけれど、今ならそれがどういう事か良く分かる。


 そう、実は美亜ちゃんの妖気は、あんまり高くなかったんだ。隠密に優れているのかと思ったけれど、そうでもないみたいです。

 半妖と同等か、それよりちょっと強めかな、という位しか感じ取れなかった。


 だからいつも強がっていて、倒せそうにない巨大な敵にも、果敢に立ち向かおうとする。それでも、試験の時に対峙していた相手には、多分勝てなかったんじゃないのかな……。


 Cランクの手配書でもかなり大変だったみたいで、美亜ちゃんの体を良く見ると、腕とか頬に沢山の傷が付いていた。

 脚にも打ち身やすり傷が多く見え、スカートで隠れている見えない部分にも、多分沢山の傷があるんじゃないのかな?


 そんな彼女を見ていると、僕の中で美亜ちゃんのイメージが変わってくる。

 それはいじめっ子ではなく、認めて貰おうと必死に努力をする、とても強い女の子に見えました。


 いじめられてウジウジしていた僕とは段違いだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る