第漆話 【1】 特大サービス?

 カナちゃんとも分かれ、一足先におじいちゃんの家に帰って来た僕は、いつもの様に皆からの歓迎を受けた。


「「「「おかえり~!! 椿ちゃ~ん!」」」」


「あっ、ただいま~」


「「「「お、驚かない?!」」」」


 いや、学校であんな経験をしたし、ここにいる妖怪さん達は、悪さをする妖怪では無い事が分かっているので、出迎えでの驚かしさはもう怖くはないですよ。


「おかえり~椿ちゃん! 時間掛かったみたいだね。もう直ぐご飯だから、部屋で着替えたら広間に来てね」


「うん、分かった~」


 そして家に入り、自分の部屋に行く途中で、台所から里子ちゃんに声をかけられた。部屋への途中に台所があるので、そこに立っていた里子ちゃんが、嬉しそうに尻尾を振っていましたよ。


 もちろんだけれど、ご飯は里子ちゃん1人で作っているわではないよ。仲居さんみたいな妖怪もちゃんと居てます。実はろくろ首さんもそうなんです。

 混雑している台所では、ろくろ首さんのあの伸びる首は、お料理の味見に行くのにはピッタリなのでしょうね。ぐねぐねと首をあっち伸ばしてこっち伸ばしてしているよ。


「それにしても、今日は疲れたな~お風呂に入ったら、もう直ぐに寝よう」


 自分の部屋に入るなり、僕はため息と一緒にそんな事を呟く。

 そして制服を脱ぎ、短パンとTシャツというラフな物を選ぶけれど、その時に姿見に自分の姿が映っちゃったよ。


 ブラは断固として断っているから、やっぱり見てしまうわけです。その、ふっくらと盛り上がっている胸の辺りをね。


「うぅ、やっぱり誰がどう見ても女の子になっちゃったんだよね、僕。ううん、元から女の子だっけ……」


 そのまま、姿見に映った自分の体を確認していく。


 顔は……男だった時も女顔だから、これはほとんど変化無し。

 その時から、女だなんだとからかわれていたからね。僕がほんとに女の子だって分かっても、クラスの皆は全く動じなかったよ。


 逆にそれはそれで悲しかったかな。そんなに女顔だったんだってね。


「う~ん、胸はいうほど無いから気にしていないけれど……でも、最近ちょっとなぁ」


 成長期なのだろうね。初めに見た時より、ほんのちょっとだけ大きくなっている……ような。

 う~ん、最初見たときはちゃんと見ていなかったんだよね。良く分からないや。


【へぇ、自分の体に興味津々だね~まだまだ男の子の心が残っているんだね~】


「ひぇ?! だ、妲己さん?! 寝ていたんじゃないんですか!」


 すると、急に頭の中に妲己さんの声が響いた。

 大きさを確認する為にと、こっそり胸を触っていたのはバレていないはず! 


【ん~? 楽しそうだから出て来ちゃった。それに、少し寝た事でだいぶ力が安定してきたんだよね~だから、今なら椿の体を乗っ取れそう】


 最後の言葉だけ脅しが入っていて、若干怖かったんですけど。

 やっぱりこの妖狐は、僕の体を乗っ取る気でいたんだ。これって、かなり危機的な状況なんじゃないでしょうか?


「ぼ、僕の体を乗っ取らないで!」


 それでも僕は、大きな声を出して必死で訴え、抵抗の素振りを見せるけれど、やはり妲己さんはその程度じゃ怯まなかった。

 それどころか、僕を遊び道具としてしか見ていないような、そんな口振りで僕の抵抗を切り返してくる。


【ふふ、必死で抵抗しちゃって~それだったら、体を乗っ取らない代わりに、1つあることをして貰おうかな~あっ、もちろんこの事を誰かに言った瞬間、直ぐにあなたの体を乗っ取るからね】


 妲己さんの楽しそうなその声に、僕は悪寒を感じた。

 でも、体を乗っ取られるわけにはいかないから、もう言うことを聞くしかないのかな……。


「な、何をすれば良いの?」


【んふふ、そうねぇ。あの狛犬の子が、この部屋にこっそりと用意している服があるじゃない? それを着て――】


「えぇぇ?! な、何で僕がそんな事を!!」


 それは断固として拒否したい。


 拒否したいんだけれど、多分駄目なんでしょうね。だって妲己さんが、また脅しの入った声で怖がらせてくるんだもん。


【良いんだ、体を使われても。私はどっちでも良いよ~】


 僕に逃げ場なんてなかったです。やるしかないのですね。

 でも、恥ずかしいだけだからまだ大丈夫。恥ずかしいのを我慢したら、こんな事くらい出来るはず!


 ―― ―― ――


 それからしばらくして、ご飯がもう間もなく出来るという頃、ようやく白狐さんと黒狐さんが帰って来た。

 僕は玄関の近くの物陰から、こっそりと2人の様子を見ています。


 やっぱり恥ずかしいんだってば、この格好は……。


【モジモジしていないで早く行きなさいよ!】


 楽しんでる、絶対楽しんでいるよ妲己さん。声が嬉しそうなんだもん。

 でも早くしないと、白狐さんと黒狐さんが僕の前を通過しちゃう。徐々にこっちに近づいているんだもん。


 もうこうなったらヤケだよ! この格好で、2人のお出迎えをすれば良いんでしょう!


 そして僕は、意を決して2人の前に飛び出した。


「お、お帰りなさい。白狐さん黒狐さん」


『おぉ、出迎えか椿……よ? ど、どうした……その格好は』


『なんの心境の変化だ、椿。その可愛らしい格好はどうした?』


 そうなんです。今の僕の服装は、里子ちゃんがこっそりと洋服の中に紛れ込ませていた、淡いピンク色のミニのワンピースなのです。


 恥ずかしいどころの話じゃないし、顔なんか絶対に真っ赤になっているはずで、熱暴走してしまいそうなくらい熱いです。

 せめて尻尾だけはと、頑張って垂れ下げないようにはしているけれど、耳が伏せちゃうのは許して欲しい。


 だけど、ここから妲己さんの言うとおりの事をしないといけないんだよ。だから、高鳴る鼓動を押さえるようにして、ゆっくりと深呼吸をします。

 そして僕は、また意を決して白狐さんと黒狐さんを見つめると、赤面したままの顔で言葉を発します。


「あっ、えっと。つ、疲れている2人に、ぼ、僕からサ、サービスだよ。あの、これからご飯にしますか? お風呂にしますか?」


 ここまで言ったら分かると思います。定番のアレですよ。アレ。でも妲己さんが指示したのは、言葉だけではなかったんだ。

 恥ずかしいけれどやらないと、妲己さんに体を乗っ取られるんだよ。だから、必死に恥ずかしいのを我慢して、ただでさえ見えちゃいそうなミニのワンピースの裾を、ゆっくりと軽く持ち上げて、僕は言葉を続けた。


「そ、それとも。わ・た・し?」


 その瞬間、僕の頭の中は恥ずかしいやらみっともないやら、色々な事が限界に達してしまって、顔が爆発しちゃいそうになっちゃっています。


 白狐さんは鼻血を爆発させる様に吹き出していますけどね。


 でもどういうわけか、僕のこれだけの行動に対して、黒狐さんが鼻血も吹き出さずに苦笑いしていた。


 なに? その反応は……そんな困った様な顔で苦笑いされるとは思わなかった。


 そんな黒狐さんの表情に、いつの間にか恥ずかしさが消え、代わりにショックを受けてしまった僕は、その場で呆然としちゃっています。

 そんな僕に、黒狐さんがゆっくりと近づいて来て、頭をくしゃくしゃと撫でてきた。


『無理するな、おおかた妲己にでも言われたんだろ?』


「えっ?」


 そして黒狐さんは、そのまま僕の横を通り過ぎ、奥の広間へと向かって行くと、そのまま広間の中に入って行った。

 その後、その広間で誰かが倒れた音がしたけれど、それでもいつもの黒狐さんとは違っていたよ。


 いつもなら広間まで耐える事なく、その場で白狐さんと一緒になって、大量の鼻血を吹き出して倒れるのに……。

 会ってからたった1週間足らずとはいえ、白狐さんと黒狐さんの性格は分かってきている。


 でも、2人の過去の事は知らない。


 妲己さんと何かあったんだろうか? 気になってしょうが無いよ。


「つ、椿ちゃん。そ、それ……私が用意した服。き、着てくれたの?! やっと女の子に?!」


 その声に驚いて顔を向けると、横から里子ちゃんが感激の声を上げ、尻尾を振っていました。まるで発情した犬みたいに息を荒げていて、この僕の姿を見つめていますよ。


 こ、これは危険信号です。


「い、いや! ち、ちが……! これは!!」


【あははは! やっぱり椿は可愛いわね~充分可愛い姿も見られたし、私は寝るとしますか~】


 そう言うと、大きなあくびのようなものが、僕の頭の中に響いてきた。妲己さんのあくびかな?

 良かった……僕の中の色んなものを犠牲にして、何とか体は乗っ取られずにすんだよ。


【あぁ、そうそう。あなたの体を乗っ取れるって嘘だからね。そんな事出来る訳ないし、する気もないって言ったでしょ? ほんと信じ易いんだから、椿は。それじゃ、お休み~】


「ちょっと待って下さい、妲己さん。妲己さん?!」


 僕の声に何の反応も示さないということは、本当に寝ちゃったようです。

 もしかして、僕は遊ばれたのですか? 頬に何かが伝っているんですけど。


「つ、椿ちゃん? えっと……泣かないで。大丈夫、すっごく似合ってるよ!」


「里子ちゃん、励ましになってないですそれ」


 里子ちゃんが、すっごい気持ちの良い笑顔で言ってくるけれど、僕としてはそれは褒め言葉では無いんです。ただ羞恥心を煽るだけの言葉だよ。


 でも、里子ちゃんは悪くない。そう……悪いのは妲己さんだ!!

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