第伍話 【2】 還る魂達
僕に何か出来ることはないかと思い、ぬいぐるみの中にいる子供達の魂に、必死に説得を試みてみると、割とあっさりとある1点に腕を伸ばしました。
皆同じ方向を指しているので、これは間違いないと思う。そこは、この子達の骨が山積みになっている中だった。
「白狐さん黒狐さん! その骨の山の中に、こいつの本体があるよ!」
すると、僕がそう叫んだ瞬間、その大量の骨の山が動き出し、ガラガラと音を立てて崩れていく。
バレた以上隠れていては狙われると判断し、姿を現した様です。
「ギィィィィイイ!!」
夜眠れなくなる様な、そんな不快な鳴き声を響かせながら、骨の中から何か出て来る。
それは、巨大な魚の顔だけの妖魔で、額から伸びる管の様なものが、さっきの卵型のものと繋がっていた。
顔もその特徴も、まるでチョウチンアンコウのようですが、用途が全く違うし、そもそも魚が地上に居られるわけが無いよ。
たまたま姿が似てしまい、特徴まで似てしまっただけなのでしょうね。
【ふふ、そこに居たんだね。ずっと隠れんぼするのかと思ったけれど、案外簡単に出て来たわね『
妲己さんが、その妖魔の名前らしきものを言った後、おいしそうな料理が目の前にやって来たような顔をし、その目を爛々と光らせた。
そして待ちきれない様子で、その妖魔に近づいて行くけれど、魂喰いからしたら、たとえ親だろうと食われるいかないんだろうね。
額から伸びる卵型のものを、グルグルと円を描くように振り回すと、妲己さんに向けて叩きつけてきた。
【あらあら。それは捕まえた子供の魂を、そこに閉じ込めてゆっくりと吸っていく為に使う物でしょう? そんな粗末にしちゃ駄目よ】
だけど、身を翻してその攻撃を避けた妲己さんは、手を影絵の狐の形にし、妖術発動の言葉を発した。
【妖異顕現、黒焔狐火】
その妖術は僕もやったことがあるし、1番最初に妲己さんが出て来た時にもやっていたので、多分1番出し易くて、そして使い易い妖術なのだろうね。
妲己さんが狐の形にした手から、黒い炎を出すと、真っ直ぐに魂喰いに向かって飛んでいった。
だけど、魂喰いに直撃したのに、そいつは全く効いていない様子でピンピンしています。
あの表面の、ヌメヌメした体液が燃えるのを防いだのかな?
【うん。というわけで、押さえるのお願いね。白狐、黒狐】
「妲己さん。わざわざそれを言うために、あの妖術を出したの?」
僕の体では倒せないって言いたいのですね? どうせ僕は無力ですよ。
『はぁ、仕方ない。だが良いか? 椿を助ける為であり、お主の為では無いからな!』
白狐さんは当たりが強いですね。それも当然と言えば当然だけど。
『とりあえず白狐、こいつをどう押さえる? 俺はさっきから過重力しているのに、全く
確かに良く見たら、黒狐さんがさっきの妲己さんと同じ様に、手を影絵の狐の形にし、魂喰いに向けていた。
でも、効果はさっき言ったように、全く効いていないらしいです。今度はビュンビュンと触手を振り回していますよ。
【もう、ほらぁ。早く足止めしてよ。椿の体じゃ押さえられないのに】
そう言って、妲己さんは軽々と触手の攻撃を交わし続けている。
僕の体って、そんなに弱いのですか?
確かに殆ど戦った事がないから、体に筋力は付いていないけれど、女子の体なんだから贅沢言わないで欲しいよ。
『全く、仕方が無い。少し下がっていろ』
そう言うと白狐さんは、爪を伸ばして鋭くし、魂喰いに向かって突撃して行くと、卵型の器官に向かって爪を突き立てた。
それでも、見た目と違ってそれは思った以上に硬いらしく、白狐さんの爪は突き刺さっていなかった。
『むっ? 参ったの、こいつは硬いのぅ……』
すると、今度は魂喰いの方が不気味な笑みを浮かべ、その卵型の器官を高々と持ち上げると、白狐さんを叩き潰そうと、思い切り振り下ろしてくる。
『流石はSランクと言ったところ。だがな――』
それを見た白狐さんは、足に力を入れて地面を踏み締めると、腰を落としながら手を引き、卵型の器官に狙いを定めていた。
『これでも、我は2級ながらに、緊急時にはSランクとの交戦を、特別に認められているの――だ!!』
最後だけ力強く言ったのは、その言葉と同時に、卵型の器官を掌底で上に弾いたからです。
見ただけだから分からないけれど、多分1トン近くの力で、白狐さんを押し潰そうとしたんじゃないだろうか?
それ位の勢いを感じたんだけれど、白狐さんはそれを片手で弾き飛ばしたのです。
『黒狐。炎や重力が効かんのであれば、雷はどうじゃ?』
『今やっとるわ! なんなら別に下がらんでも良いぞ、白狐!』
白狐さんを消して、僕を黒狐さんのものにしようと言うのが丸分かりですね。
この妖狐は、こんな時まで僕の取り合いをするのですか?
『妖異顕現!
黒狐さんがそう叫ぶと、狐の形にしている右手から、同じような狐の形をした黒い
でも、魚の形をしているだけで、水の中で生活している奴ではないからね。それは効かないんじゃないんですか?
「グギィィィイイ!!」
だけど、黒狐さんの妖術を受けた魂喰いは、悲鳴を上げながら感電した。
いや、これは……痺れている?
『ふん、油断したな。ただの雷の攻撃だと思ったろう? いや、そもそもこいつには言葉を理解する知能は無いからな。見た目だけで判断したのだろう。俺のこの妖術は、感電させて痺れさせるのではなく、神経を麻痺させ、その行動を抑制する為のものだ』
うわぁ、凄いです。妖術のレパートリーで言ったら、黒狐さんが上手なのですね。
【あはぁ、良くやったわ黒狐】
ただ、その様子を見ていた妲己さんが、舌なめずりをして涎まで出していました。
「僕の体ではしたないことしないでよぉ!」
でも、妲己さんは僕の言葉を無視し、そいつに向かって行くと、右手を狐の形にして口の部分を少しだけ開けた。するとそこに、小さな黒い丸めの空間が出来ていた。
【それじゃぁ、成熟したあなたの力――頂くわね】
「ギ、ギィィ。ギィィィィイイ!!」
魂喰いは必死に抵抗するけれど、体は麻痺状態で動けないまま。止めてくれと、そう目で訴えかけているようにも見えるけれど、そんな要望を呑むはずもなく、妲己さんが作り出した空間に、そいつは引きずり込まれていく。
それはまるで、ブラックホールに吸い込まれていくような感じで、魂喰いの体は、妲己さんが作り出した黒い球体の中へと吸い込まれて行った。
そしてついには、魂喰いの体を全て球体の中に吸い込んでしまった。
【ふふ、良い感じに成熟していたわね。100年? 200年? どれだけの数の子供達の魂を、それだけの年月消滅させずに吸っていたのかな?】
そんな前から……こうやって子供達を捕まえては、その魂を吸っていたのですか。そう考えると恐ろしい奴ですね。
それと、僕の体は大丈夫なのかな? あんなものを妲己さんの中だけに取り込んだとしても、多少は影響あると思うんだけど……。
『ふぅ、助かったわ。いくら交戦が出来るとはいえ、捕獲までは許可されとらんかったからの』
『全くだ、こいつは捕獲出来てもな』
そう言うと、黒狐さんが巻物を懐から取り出してくる。
良く見ると、それは厳重に巻き付けられていて、何かを封じているみたいです。
もしかして……さっきの妖魔を捕まえていたの?
【あら、いつの間にさっきの子を捕まえたの? 逃がそうと思っていたのに、油断したわね】
妲己さんがガッカリした様子で言ってくる。
どうやら、黒狐さんがこっそり捕まえた妖魔は未熟だから、妲己さんは成熟するまで逃がそうとしていたのですね。
だけど、成熟した妖魔を取り込んで自分のものにして、いったい何を企んでいるんだろう。
ガッカリしていたと思ったけれど、その次には妖艶な笑みを浮かべていた妲己さんの姿は、正に邪悪そのものですね。
「やっと隠れんぼ、終わったね」
「ごめんね、巻き込んで。でも、どうしても見つけて欲しかったの。あの鬼を倒して欲しかったの」
またその言葉に振り返ると、僕の後ろで、事の顛末を見ていたぬいぐるみ達が光り輝いていた。
この子達の1番の強い想いは、自分達の体を見つけて欲しかっただけだったんだ。
でも、子供達のその想いを怨念に変え、次々と餌を釣っていた。
そしてついには『かくれ鬼』という妖魔さえも巻き込み、そいつを新たな釣り竿として使い、次々と釣ろうとしたんでしょうね。
だけど、20年前にここは封じられてしまい、誰も足を踏み入れなくなったから、念が溜まって濃くなっちゃったのかな。
それでもまだ分からないこともあるし、それを考えるのは戻ってからになるね。
『お、椿よ。お主の体も光っとるの』
白狐さんに言われて気づき、慌てて自分の体を確認すると、確かにぬいぐるみのこの体が発光しています。
この子達の願いに近い想いを叶えたので、ぬいぐるみから解放されるらしいです。
あとは、この子達の遺体を妖界から出して上げれば、この任務は達成……ですよね?
そして僕は、そのまま妲己さんの操る自分の体へと引っ張られ、体の中に飛び込んでいく。
【ふふ、お楽しみは終わりか。まぁ良いわ、多分これから――】
自分の体に飛び込んだ瞬間、妲己さんが何か言ったけれど、その後ちょっとだけ意識が飛んでしまったから、最後まで聞き取れなかったよ。
そしてゆっくりと目を開けると、僕はしっかりと自分の体へと戻っていました。
「あ、あは。あはは。やった、も、戻れたぁ」
とにかく必死になって自分の体を確認します。どこも欠損していないよね……怪我はないよね。
腕も脚も、ちゃんと全部自分の意思で動かせるし、耳と尻尾も大丈夫みたいで、自由にピコピコと動かせる。
『良かった良かった! 椿!』
「うひゃぁ! 抱き上げないで下さい、白狐さん!」
どれだけ嬉しかったのかは、その顔を見たら分かるよ。だから、抱き上げるのだけは恥ずかしいので、それだけは止めて欲しいよ。
黒狐さんも安心した様な顔をしていますけど、何だかいつもより控え目?
いつもなら、白狐さんの行動に腹を立て、間髪を入れずに突っかかってくるのに。
もしかして、僕の中に鬼嫁がいるから? それで辞退してくれるなら、僕としてはありがたいんだけどね。
「それじゃ、僕達の体、宜しくね。学校を襲っていた子達にも連絡したし、もう大丈夫だよ」
「あっ、もう行くの?」
白狐さんに降ろしてもらい、光っているぬいぐるみの元へと、僕は駆け寄って行く。
実は、もう1つ確認したい事があったのです。だから、急いでその子達に聞いてみます。
「ねぇ、君達はずっとここに居たの?」
「そうだよ。ずっとずっとここに居たよ。だから見つけて欲しかったの。だけど見つけてくれなかった。でも、僕達も前の子達を見つけられなかったから、こうなってもしょうがないよね。お姉ちゃんみたいに、怖がらずに見つける事が出来れば、死ななくて良かったんだよね」
そのぬいぐるみ達の悲しそうな言葉の前に、僕は自分の無力さを感じていた。
人生経験がまだそんなに無いから、この子達にかけてあげる言葉が見つからない。だけど、それでもこの子達に言いたいことがある。
「残念だけど、僕も怖かったよ。でもそれ以上に、この2人の力になりたいって、その思いだけで動いていたの。だから僕は、そんなに凄くないよ。最後だって――」
「だけど、僕達を助けてくれたのはお姉ちゃんだよ。お姉ちゃんが一生懸命動いてくれたから、ようやくここから解放されるんだよ。ありがとう」
その子達の言葉を聞いて、僕は涙が出そうになるのを堪えていた。
だって――その感謝の言葉は、僕が生まれて初めての感謝の言葉だったからです。
「ありがとう」
「ありがとうね」
「ごめんね、ありがとう」
「ありがとうございます」
色んな感謝の言葉が聞こえて来る。
その言葉の数々は、向こうの校舎にいるぬいぐるみ達も入っているのではないかと、そう思うくらいで、それだけの大量の感謝の雨が降り注ぎ、もう泣きそう――というか泣いています。
そしてぬいぐるみ達は、光の玉になって遥か上空へと上がって行く。
妖界からでも天国に行けるのかな?
少し不思議に思いながら、僕はその光景を眺めていた。
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